ウクライナ発の経済危機が「雇用調整助成金」頼みの日本企業を襲う 「麻薬」を打ち切る機会をまたも失う

現代ビジネスに3月25日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/93708

「まん防」ようやく解除

新型コロナウイルス対策として東京や大阪など18都道府県に出されていた「蔓延防止等重点措置」が3月22日に全面解除された。新規感染確認者数は減少傾向とはいえ、まだまだ高水準だが、「重点措置」がどれだけ蔓延防止に役立ったのか疑問視する声もあり、政府は全面解除に踏み切らざるを得なくなった。経済社会活動をこれ以上止められないというのが本音だろう。

だが、これで経済活動が元に戻るのかというと心許ない。景気が急回復している米国に比べるとその差は歴然としている。

米国は2020年4−6月期にGDP国内総生産)が年率実質で31.4%減と大きく落ち込んだが、7−9月期に急回復。その後も2021年10−12月期まで6四半期連続でプラス成長が続いている。ところが日本は、2020年4−6月期に28.6%のマイナスで、7−9月期に急回復したものの、その後はプラス成長とマイナス成長を繰り返している。

GDPの実額の推移を見ると、米国は2020年10-12月期に新型コロナ前の水準に戻り、その後も成長を続けた結果、2021年10−12月期はコロナ前を10%以上上回る過去最高を更新している。一方の日本のGDPの実額は2021年10−12月期になっても、消費税率引き上げ前の2019年7−9月期を超えていない。日本経済は新型コロナ禍からの回復に大きく出遅れているのだ。

米国は「労働移動」

この差はどこから来ているのか。

最大の要因は「労働移動」にあるとみられる。米国の失業率は新型コロナ前の2020年2月が3.5%で史上最低水準だったが、3月の4.4%から4月には14.7%に跳ね上がった。大量の失業者が一気に発生し、失業保険申請は過去最多になった。米国政府は全国民への定額給付金の支給を決定、失業手当の大幅な増額も決めた。「失業者個人を救う」政策を徹底したのだ。

その後、米国の失業率は景気の回復と共に急速に低下していった。2020年10月には6%台、2021年5月には5%台となり、12月には3.9%まで低下した。ほぼ新型コロナ前の水準に戻ったわけだ。この間、米国経済は急速に回復し、2021年末のクリスマス商戦は未曾有の活況に沸いた。同時に急速に物価が上昇、金融当局は金融緩和の縮小に動き始めている。

この間、米国では「労働移動」が起きたとみていいだろう。多くの会社が経営破綻し、「チャプター11」を申請。再生に向けた解雇などが行われた。一方で、ポスト・コロナ社会に適合した新しい産業、例えばDX(デジタル・トランスフォーメーション)や、通信販売などの分野は失業した人材を一気に吸収していったと考えられる。

日本は企業が人材を抱え込む

ところが日本の場合、まったく違った展開になった。

新型コロナ前の2020年2月の失業率は2.4%。緊急事態宣言が発出され経済が凍りついた5月には2.9%に上昇したが、失業者が溢れる事態にはならなかった。

最も悪化したのは2020年10月の3.1%である。経済が凍りついた結果、飲食店や宿泊、小売りなどの中小企業を中心に経営破綻するところが出たが、米国と違って大手の企業はほとんど倒産せず、失業する人も増えなかった。逆に正規の雇用者数は増える結果になった。

これは間違いなく「政策」発動の結果だ。新型コロナの蔓延と共に政府は雇用調整助成金の支給条件や金額を緩和し、失業者を押さえ込んだ。

雇用調整助成金は原則として企業の申請に基づいて支給される。本来ならば解雇対象になる余剰人員を国が助成金を出して企業に抱え込ませる格好になるわけだ。2020年4月から2022年3月18日までに支給決定された助成金は総計5兆589億円。これだけ巨額の資金を注ぎ込んで、失業を封じ込めたのだ。

一見、正しい対策のように見えるが大きな副作用もある。企業が人材を抱え込んだため「労働移動」が起きていないのだ。経済成長期に作られた雇用調整助成金の制度は、通常の景気循環を繰り返しながら経済全体が成長していくことを前提にしている。不景気の時期に企業に余剰人材を抱え込ませても、いずれ景気が回復すれば、その人材の仕事が復活、結果的にクビにならずに済むわけだ。

ところが、今回の新型コロナは、経済や社会のあり方を根底から変えてしまった。業種業態によっては新型コロナが明けても元に戻らないところも少なくない。一方で、ポストコロナ社会を睨んだ新しい産業は好調を維持しているが、失業者が労働市場に排出されないので、人手不足に喘いでいる。これが成長を抑えている大きな要因になっているとみられるのだ。

選挙前、助成金を切れず

本来はこの3月末で特例が廃止される予定だった雇用調整助成金は、6月まで延長されることになった。従来型の企業は2年間にわたる助成金依存の結果、特例廃止による人件費の増加を自前で吸収できない状態になっている。

重点措置の解除をきっかけに一気に人出が戻り、従来型の事業環境に戻るならば何とか自立できるかもしれないが、なかなか元どおりの消費経済に戻りそうにない。勢い、雇用調整助成金が無くなればやっていけない、となり、そうした声を受けた政治家が延長に動いたわけだ。

もはや「麻薬」である。おそらく6月末の期限もさらに延長されるだろう。7月には参議院議員選挙が控えているから、その直前に打ち切れば、回復力の弱い企業は生き残りをかけて人員整理に向かう。

選挙前にそんな事態を招けば与党は大敗しかねない。政治に影響力がある旧来型産業の経営者から再延長を求める声が出てくるに違いない。

だが、こうした状況を続ければ、労働移動が起きず、新しい成長産業に人材が移っていくこともない。

さらにロシアによるウクライナ侵略戦争で、世界的なインフレが一段と深刻化し、日本企業は輸入原材料やエネルギー代金の高騰に直面している。新型コロナからの立ち直りに大きく出遅れていた日本経済にとっては、まさに泣きっ面に蜂の状態である。