国家戦略特区、「優等生」は兵庫・養父市 未活用メニューの目立つ沖縄、東京も「家事支援」など課題

安倍首相が規制改革の突破口で位置付けきた国家戦略特区も最初の指定から丸2年。集中改革期間が終わった。果たしてその成果やいかに。当事者たちが特区の現状を評価しました。日経ビジネスオンラインに4月22日にアップされた原稿です。是非お読みください。→http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20130321/245368/


 安倍晋三首相が規制改革の突破口と位置づけてきた「国家戦略特区」。医療、農業、雇用などの分野で、いわゆる「岩盤規制」の打破を目指し、この2年間を「集中取組期間」としてきた。アベノミクスの息切れが言われ、安倍内閣の改革姿勢に海外投資家などから疑問符が付けられる中で、特区が「最後の砦」の様相を呈し始めている。

特区諮問会議でこの2年間の「評価」が行われた

 4月13日、国家戦略特区の司令塔である「特区諮問会議」が首相官邸で開かれた。2014年1月の第1回から数えて21回目の会議だ。メンバーは11人。議長は安倍首相自身が務めるほか、閣僚が5人、民間有識者5人で占める。閣僚は首相のほか、麻生太郎副総理、石破茂・地方創生担当相、河野太郎・規制改革担当相ら。民間有識者竹中平蔵東洋大学教授や、八田達夫大阪大学招聘教授、坂根正弘コマツ相談役らが名を連ねる。安倍内閣がたくさん作った会議体の中で、最も「改革色」の強いものだ。

 その特区諮問会議でこの2年間の「評価」が行われた。会議の締めくくりで安倍首相自身が総括して、こう話した。

 「国家戦略特区は、これまで10カ所指定され、 171の事業が大きな成果を上げています」「『時間をかけて満点を狙うのではなく、スピード第一に、まずは突破口を開いていく』というアプローチは、間違っていなかったと考えています」「国家戦略特区の役割は、今後も大きいと考えています」

 要は、国家戦略特区が着実に成果を上げ、日本の岩盤規制に穴を開け始めている、としたわけだ。

 国家戦略特区は2014年3月に、東京圏(東京都、神奈川県、千葉市成田市)、関西圏(大阪府兵庫県京都府)、新潟市兵庫県養父(やぶ)市、福岡市、沖縄県の6カ所が1次指定されたのに続き、15年春には「地方創生特区」との名称に変えて秋田県仙北市仙台市、愛知県の3地域が2次指定された。さらに今年4月には「広島県今治市」の1地域が加わった。指定された地域がないのは北海道だけで、それぞれの地方に「改革拠点」が出来上がったことになる。

 指定されると、その地域内に限って従来の法律による規制の緩和が可能になる。地域の首長と事業者、特区担当相によって「区域会議」を設置、それぞれの地域がまとめた「区域計画」を諮問会議で承認することで、それぞれの地域が従来の規制に縛られない独自の事業を行うことができる。その間、規制の「権化」ともいえる中央官庁は決定権を握らない。各地域が「ミニ独立国家」のようになるわけだ。

 諮問会議では、各地域から上がって来た要望が議論され、「規制改革メニュー」として認定されていく。特定の特区に特定の規制緩和事項だけが適用されるのではなく、特区として認定されると、規制改革メニューすべてを活用することができるようになる。後は、首長と新しい事業をやろうとする事業者の知恵次第なのだ。

 「改革メニュー」は多岐にわたる。都市開発では、都市計画の認可手続きをワンストップ化し、容積率の緩和などにも踏み込んだ。都市部での大規模開発を迅速化させるのが狙いだ。また、先進医療を提供する病院を指定、保険外の先進医療と保険対象の医療を同時に行う「混合診療」を大幅に緩和した。一般には混合診療を行うとすべてが保険適用から外れ患者の負担が極端に重くなるという問題があった。安倍首相は「保険を併用することで患者さんの費用負担は3分の1になった」と胸を張った。

変化の兆しが出始めているのは確かだが…

 千葉県成田市では国際医療福祉大学に医学部の新設が認められた。2017年4月に開設されるが、日本国内で本格的に医学部が新設されるのは38年ぶりのことである。成田空港に近い利便性を生かし、国際水準の医師の育成や、外国人患者を受け入れる「医療ツーリズム」の拡大を目指す。

 農業分野でも改革が進んでいる。農地は農地以外への転用が厳しく制限されてきたが、農地の一角にレストランを建てる「農家レストラン」が可能になった。3月には新潟市で初の農家レストランが開店している。

 旅館業法で設置が義務付けられているフロントの代わりに、監視カメラを設置した「古民家旅館」も兵庫県養父市に生まれた。養父市では、農業委員会が握っていた農地の賃貸や売買の許認可権限を、市長に移譲する改革も行われた。

 保育士不足を解消する一助として、特区内で「地域限定保育士」の試験を行うことも認めた。神奈川県や大阪府沖縄県などで行われ、それまで年1回だった保育士試験の受験機会が2回になった。それによって「昨年度の全国合格者の1割以上、約2400名が合格した」と成果を強調した。

 確かに、特区が「突破口」になって変化の兆しが出始めているのは確かだ。だが、アベノミクスが当初掲げた「3本目の矢」である規制改革による成長が華々しく実現しているかといえば、必ずしもそうとは言えない。

 実は、特区諮問会議では、民間議員5人の連名による「この2年間に対する評価」という文書が提出されている。そこでは、「171の具体的な事業が目に見える形で実現しつつある」としたうえで、「養父市や東京圏を中心に、各事業がスピーディに進捗していると、総じて評価できる」としているもののの、以下のような“限定意見”も付けた。

 「しかしながら他方で、下表のとおり、特に沖縄県を始め、各特区において本来活用されるべきメニューが未活用のままとなっている状況も散見される。本諮問会議として各自治体に対し、これらの速やかな活用を、引き続き促していくべきである」

 つまり、せっかく「規制改革メニュー」をお膳立てしているのに、特区に指定された地域がそれを十分に使っていない、というのだ。そのうえで、各自治体ごとに「未活用」の事項が表の形で示された。

養父市の改革の背景に「失うものはない」との覚悟

 1次指定された地域の中で、未活用メニューが「特になし」、つまりフルに活用して規制改革に取り組んでいると認定されたのが兵庫県養父市。特区の「優等生」とお墨付きを得たのだ。

 養父市は職員出身の改革派である広瀬栄市長が先頭に立って、様々な改革プログラムを実施している。国家戦略特区のメッカ的な存在になっている。

 もちろん、既存の規制を守りたい陣営からすれば許しがたい地域ということになる。全国で初めて農業委員会からの権限移譲を実行に移したが、その際には地域の農業委員会よりも、県や国の農業団体などが大挙して抗議に訪れた。

 現在も山間部などで自家用車を使った「ライドシェア」(相乗り)事業の解禁を準備しているが、タクシー業界やバス業界から猛烈な反発を浴びている。

 広瀬市長が腹を据えて改革に取り組んでいるのは「失敗しても失うものはない」という覚悟だ。背景には、急速に進む高齢化と人口減少の中で、「何もしなければ滅びる」という危機感がある。

 特区諮問会議の評価では、沖縄県に対して厳しい指摘を加えている。「未活用」な事項として「観光、農業関係事項など全般」とされたのだ。アジアからの旅行者が急増した「インバウンド効果」によって沖縄経済は急速に上向いているが、主眼であるはずの観光分野で特区としてやるべき事がある、というわけだ。

 「総じて評価できる」と名指しされた東京圏についても、未活用メニューが指摘されている。例えば、東京都の場合、「家事支援、民泊(大田区を除く)、住宅容積率の緩和等」の活用が促された。

 東京都は舛添要一知事が国家戦略特区に冷淡だとされ、政府が直接要請しても拒否する例が出ている。例えば、ホームヘルパーに外国人の就業を認める「家事支援」については、神奈川県が実施に踏み切り、解禁に向けた作業が始まっている。多摩川を渡っただけでサービスが認められないとなれば、事業者にとってだけでなく、消費者にとっても不便である。安倍首相が舛添知事に直談判したにもかかわらず、舛添氏は拒否したと言われる。

 東京都では大田区がいわゆる「民泊」を解禁したが、その他の地域には広がっていない。

 安倍内閣は国家戦略特区での規制緩和を「突破口」にそれを全国へと広げることを狙っている。逆に言えば、規制によって守られている既得権層や、規制が権力の源泉である霞が関は、特区が「アリの一穴」になることを恐れている。それだけに抵抗は強いのだ。安倍内閣の改革の成否を握る国家戦略特区を巡るバトルは水面下で激しさを増している。