現代ビジネスに7月2日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/84715
会長再任否決、「政府側」敗北
東芝の株主総会が6月25日に開かれ、現職の社外取締役で取締役会議長が株主の議決権行使の結果、再任拒否されるという主要企業では前代未聞の事態になった。
再任が否決されたのは永山治氏。中外製薬の社長会長を務め、ソニーの経営再建にも携わった実力派経営者である。東芝では社外取締役として車谷暢昭・前社長を辞任に追い込むなど、海外ファンドなど株主との関係修繕の中核を担うと見られていた。それだけに永山氏が再任されなかったことで今後の東芝の経営の行方が混沌としてきた。
取締役選任議案での永山氏への賛成票は44%に留まった。2020年の総会で98%の賛成票を得ていたことを考えると、株主の支持が一気に離れたことが分かる。
その原因は、「モノ言う株主」として取締役の送り込みなどを求めてきたエフィッシモ・キャピタル・マネジメントに対して、車谷氏ら経営陣が経済産業省と一体になって様々な工作を行っていたことが明らかになったことで、株主の猛烈な反発を食ったためだ。
経産省参与だった水野博道・元GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)理事兼最高投資責任者が、株主の一つである米国大学のファンドに議決権行使しないよう圧力をかけていたとの疑惑が昨年末に米メディアに報道された。
これに対して東芝の監査委員会は「問題なし」との結論を出していたが、独立した弁護士らの再調査報告書では米ファンドなどへの働きかけの様子が赤裸々に綴られていた。総会前にこの報告書が出たことで永山氏の車谷前社長の任命責任、監督責任が問われた格好だ。
東芝・海外投資家の動向、さらに無視できなく
問題なしという調査報告を出した監査委員会の委員長らは会社側が前もって取締役候補から除外していたが、社外取締役候補に残っていた監査役委員の小林伸行公認会計士は賛成25%という圧倒的少数で再任を拒否された。
経営者側にたって問題を「隠蔽」しようとしたのではないか、と多くの株主に疑われ、永山氏と共に信任を失ったということだ。
ちなみに、アクティビストと呼ばれる「モノ言う株主」は東芝株の2割程度を抑えているだけで、他の外国機関投資家や、日本国内の機関投資家、個人投資家の反発も買ったことが、今回の再任拒否につながった。
総会後、選ばれた投資銀行出身のジョージ・オルコット氏が取締役を辞任、再任・新任された取締役は8人だけとなった。永山氏が務めてきた取締役会議長は、本来は社外取締役が務めるポストだが、暫定的に綱川智社長兼CEO(最高経営責任者)が務めることになった。
綱川氏の社長兼CEOも、車谷氏の辞任による緊急対応だったので、今後、議長及び社長を本格的に選任していく作業が始まるものとみられる。
遅くとも来年の株主総会では新しい議長候補や社長が取締役として選任されるが、株主が求めれば、その前に臨時株主総会を開いて再度、取締役会体制の見直しが行われる可能性もある。
その際、社長や取締役候補の選任に大きな役割を担うのが「指名委員会」。社外取締役だけで構成され、過半数を外国籍の取締役が握っている。今後、経営体制がアクティビストなど外国投資家の意向で入れ替わっていく可能性が高い。
3.11以降、逃げ回った結果
そこで改めて問題視されるのが東芝が持つ原子力事業などと、国の安全保障との関係。2020年から外為法が強化され、安全保障上問題になる指定企業の1%以上の株式を保有しようとする外国株主について国が調査する権限を持つ。
東芝もそうした企業の1つに指定されている。水野氏が大学ファンドに圧力をかけたとされる際には、この外為法での調査をちらつかせることで議決権行使に影響を与えたとされている。
経産省が東芝の経営陣へのアクティビスト代表の参加を何としても阻止しようとしたのは、原子力技術などが投資ファンドに握られることを何としても避けたいと言う考えがあったとされる。
安全保障を重視する立場の議員や識者の中には、経産省が経営陣と「一体」になって行動したことを当然視する向きもある。
だが問題は、原子力技術を守るのではなく、東芝という会社を守ろうとしたことだろう。
東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所事故以来、原子力発電は「事業」として成り立たせるのが極めて困難になった。それに付随した原子力技術を持つ東芝などの事業も成り立たなくなるのは時間の問題だった。
本来、政府は原発を将来にわたってどうしていくのか議論し、国民のコンセンサスを得て原発のあり方を決めるべきだったが、震災後10年間、国民世論を恐れてか、議論から逃げてきた。
「安全性が確認されたものから再稼働する」としたものの、原発の建て替え(リプレース)や新設などは一切、議論してこなかった。
6月には関西電力美浜原子力発電所3号機が10年ぶりに再稼働したが、この原発は初稼働から44年が経過した老朽原発。
原発推進派の元経産省幹部ですら「半世紀前の技術よりも新技術の方が安全に決まっている」という中で、あえて60年間の延長運転を認め、老朽原発の稼働実績を作ろうとしているのは、このままでは40年たって次々と原発が廃炉になっていく事態を回避するためだ。
つまり、リプレースや新設の議論を封じていたツケを、老朽原発でも大丈夫だという新しい「安全神話」の下で支払おうとしている。しかしこれも時間稼ぎに過ぎない。