岸田流の後ろ向き「新しい資本主義」ではポストコロナを生き残れない  「痛み」もない、「改革」もない

現代ビジネスに11月13日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/89290

残念ながら空振り

総選挙の結果を受けて11月10日に両院で首班指名が行われ、第2次岸田文雄内閣がスタートした。同日行われた記者会見で岸田首相がなぜ「新しい資本主義」や「新しい分配」を掲げるのか、その思い、首相の信念が聞けるのではないかと期待したが、残念ながら空振りだった。

「新しい資本主義」の「新しい」という意味が、これまでの「資本主義」を否定し、資本主義でも社会主義でもない「新しい」主義を目指すという話なのか、これまで日本がやってきた資本主義のその先にあるものなのか、やはり判然としなかった。結局、これまで総裁選や総選挙の際に言ってきた「新自由主義的政策はとらない」というフレーズも、「所得倍増」という言葉も会見での発言からは姿を消した。

キャッチフレーズばかりで具体性がない、と批判されてきたからだろう。具体的な話が盛り込まれてはいた。だが、それらはいずれも「個別政策」ばかりで、そうした個々の政策がどう連関して、全体としてどんな国家を目指すのか、具体的な姿は見えて来ない。「デジタル田園都市国家」というまたしても具体性の薄いキャッチフレーズに戻ってしまう。

そもそも「田園都市」というキャッチフレーズも高度経済成長の後の乱開発や公害などの矛盾が残っていた時代の「昭和な」イメージで、いくらデジタルを付けたからと言って、ほとんどの国民は新しさを感じないに違いない。しかも、大平正芳首相の掲げた「田園都市構想」は結局、実現せずに終わった。大平首相が宏池会の先輩だったことへの「気配り」あるいは「ノスタルジー」に感じてしまう。

自分の信念はどこに

だが、今は、そんなふんわりした「国家像」では、国の舵取りを担えない危機の時だ。新型コロナウイルスの蔓延という短期的な危機だけではなく、日本が構造的に直面している危機をどう乗り越え、どんな国家を目指すのかをリーダーが指し示すことが極めて重要なタイミングに来ている。

人口減少が始まっている中での、出生数の急激な減少は、経済だけでなく社会構造を根本から揺るがしつつある。企業の国際競争力の劣化は深刻さを増し、グローバル化の中でガラパゴスの度合いを増している。国民全体が貧しくなっている中で、財務省が望む消費増税による財政再建も現実味が薄れている。かと言って今のような狙いも効果も分からない助成金の大盤振る舞いで、経済の好循環が始まるわけでもない。

首相は会見で、「新しい資本主義の起動に向けた議論を本格的に動かし始めました」と語った。今から議論を始める話だったのか。岸田氏は自民党の政策立案の責任者である政調会長としてアベノミクスを支えてきた人だが、それは自分の信念ではなかったのか。政調会長として思うことが何も出来なかった非力な人を、日本国民は首相に選んだのか。

目新しくない「緊急提言」

会見で語った新しい資本主義の「具体策」は、先日「新しい資本主義実現会議(以下、実現会議)」が緊急提言としてまとめた内容そのままだった。

そもそも実現会議のメンバーには、世の中で「新自由主義的」と思われている冨山和彦・経営共創基盤グループ会長や、「働き方改革」などを主導してきた柳川範之東京大学大学院教授、人工知能の第一人者である松尾豊・東京大学大学院教授ら、「改革派」と目され、これまでアベノミクスを支持してきた人たちから、三村明夫・日本商工会議所会頭や十倉雅和・経団連会長など守旧派ともみられる経済団体トップ、さらに労働組合である連合の芳野友子会長まで、15人も集めた「寄せ集め」だ。

彼らが考える「新しい資本主義」が一致するはずもない。同床異夢もいいところだろう。

その会議から出てきた「緊急提言」には目新しいものはない。10月26日に初会合があって、2回目の11月8日に「緊急提言」が出てくるという国の会議では考えられないスピードは、裏を返せば役人がこれまでの施策をまとめたものに他ならない。

10兆円の大学ファンドを年度内に創設やDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進、クリーンエネルギー開発などで「科学技術立国」を目指すというのは、菅内閣で進めてきた政策だし、スタートアップ企業の支援というのも、安倍内閣時代から繰り返し主張されてきた。

「デジタル田園都市国家構想」もこれまでの内閣の「地方創生」の看板架け替えではないか、とさっそく揶揄されている。

改革なき「改革」連呼

経済安全保障が「重要な成長戦略の柱」だというのも分からない。米中対立の中でトランプ政権時代から機微技術の流出問題が懸案になってきたが、最大の輸出対象国である中国向けに制限がかかれば、経済にはマイナスになるはずだ。「サプライチェーンの強靱化や基幹インフラの信頼性確保を進める法案」というのも具体的に何をやろうとしているのか分からない。

結局、各所に出てくるのが「交付金」である。しかも「大規模に展開」するという言葉まで出てくる。国家財政が火の車だということなど眼中にないかのごときだ。

施政方針演説に「改革」という言葉がないと日本経済新聞などに痛烈に批判されたが、会見の冒頭発言では、4回、「改革」という言葉が出てきた。ただし、うち2回は「党改革」「(党の)ガバナンス改革」だったので、いわゆる政策としての「改革」は2回しか出て来ない。

総論として「成長のための投資と改革を大胆に進める」としたが、具体的に触れたのは、「デジタルを活用する際に障害となる規制改革にも果敢に取り組みます」とした1カ所だけ。そのうえで、「自動運転による自動配送サービスを可能とするための法案を提出」するとした。デジタルを活用する障害の規制の見直ししかやらないような言い方だ。それで、「成長のための改革」と言えるのか。具体策は年末以降だと言うから、またしてもお預けである。

まず「公的部門で分配強化」

そのうえで、「成長の果実を分配」する、と言う。岸田首相が言う「新しい分配」とは何なのか。「官民挙げ、国民お一人お一人の給与を引き上げるための具体的アクションを起こします」と語ったが、具体的に何をやるというのか。

ひとつは、民間企業に給与を上げさせるために、給与を引き上げた企業を支援する「賃上げ税制」を進めるというもの。これは菅政権でもやってきたことだ。

さらに、「実現会議」の場で、「来年の春闘に向け、賃上げの議論をスタート」させるという。メンバーに労働側も財界も加わっていたのは、官邸で団体交渉をやって、みんなで賃上げムードを盛り上げようということだったようだ。

官邸主導の春闘や、労使協調が「新しい資本主義」ということなのだろうか。

さらに、「公的部門での分配を強化」する、という。予算を組み替えて、各省庁の配分を変える決断でもしたのかと思ったら、「民間における賃上げに先んじて、看護、介護、保育、幼稚園などの現場で働いている方々の給与を増やしてまいります」という。介護保険などで決まっている「公定価格」を引き上げれば民間の賃金も上がる、ということなのか。ここでも、公費をつぎ込む発想が示されている。

小泉、安倍とは立ち位置が違う

結局、岸田首相の言う経済政策は、規制を緩和して、民間の活力を引き出すというアベノミクスが標ぼうした改革は封印するということなのだろう。「構造改革」とうい言葉や「規制緩和」という言葉は出て来ないし、「競争」という言葉もない。アベノミクスでさかんに言われた「働き方改革」も姿を消した。

ポストコロナの経済をにらんで世界に伍して戦える構造を作るには、労働市場改革が不可欠だ。労働人口の増加が見込めない中で、生産性を上げていくには、より高い利益を生む産業へと人材を移動させていく必要がある。それがアベノミクスで言っていた「働き方改革」の本当の意味だ。だが、それには労働組合は反対で、伝統的な企業の経営者も競争が激しくなる規制緩和には抵抗する。

会見の質疑の中で、岸田首相は「丁寧で寛容な政治」という言葉を繰り返した。小泉政権以来、歴代首相が繰り返した「痛みを伴う改革」とは岸田首相の立ち位置は明らかに違うということだろう。だが、それで岸田首相が言う「成長」は達成できるのか。今後、具体化してくる施策に目新しいものが出てくるのか。そこには首相の覚悟がこめられるのか。注視していきたい。