現代ビジネスに5月21日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/95439
「公共」と「新しい資本主義」
岸田文雄首相が口にし続けている、「新しい資本主義」の具体的な方向性が、朧げながら見えてきた。
日本経済新聞の報道によると政府は「公益重視の新たな会社形態」の設立に向けた検討に入り、6月に閣議決定する。「短期の利益追求への偏りを修正し、公益を担いながら成長する企業を育てる」といい、「新しい資本主義」の柱の1つになるとしている。
新たな会社形態は、米国などで法整備が進む「パブリック・ベネフィット・コーポレーション」(PBC)がモデルで、定款などでその企業が目指す社会貢献の具体的な内容を明示し、公益と株主の利益のバランスを取りながら経営を行うという。日本での具体的な制度設計は不透明だが、日本には様々な形態の公益法人が存在し、公益財団法人や公益社団法人などには税制上の優遇措置もある。米国のPBCには税制上の恩典はない。
「新しい資本主義実現会議」などの議論では、経済団体から公益法人に課されている厳しい公益支出や収支相償の規制を緩めるべきだといった意見も出ており、「新しい会社形態」が何を目指したものなのか、今ひとつはっきりしない。公益法人は余剰利益を稼ぐことを前提にしておらず、配当のような形で利益を分配することができないためだ。
公益を重視しながら、利益追求や分配もできる形を目指していると言うことなのだろう。SDGsが重視される中で、こうした新しい法人形態が議論されることは良いことだ。
株主優先風潮への反発はわかるが
だが、「新しい資本主義」を掲げる岸田首相の周辺には、現在、上場している株式会社をPBC化していくべきだという意見があるようだ。つまり、今の上場企業が利益一辺倒で株主の利益しか考えていない、という批判が背景にある。ここ10年で株主配当は大きく増えたのに、従業員への給与は増えていない、といった批判が一部の政治家の間に根強くある。
配当を増額する上場企業が増えてきた背景には、もちろん「モノ言う株主」の要求が高まったこともあるが、企業自体の成長が止まり、利益が出せなくなったことで、設備投資や人的投資のニーズが薄れてきたことがある。
企業が成長して利益が増え、株価が上昇していれば、株主にとっても配当でもらうより、再投資してもらう方がメリットがある。日本企業は利益一辺倒といえるほど儲けることができず、成長していないことの方が問題だろう。
現在の株式会社制度でも、定款に社会貢献などを盛り込むことはできる。実際、そうした社会貢献を標榜している企業も少なからずある。要は株主との対話をきちんと進め、企業の理念に対する株主の同意を得ることが不可欠だ。それをせず、一方的に配当を減らし、社会貢献と称して不採算事業に邁進すれば、株主の反発を受ける。あるいは株が売られて、株価が大きく下落することになる。
日本経済は、新型コロナウイルス蔓延による経済凍結からの立ち直りが大きく出遅れているうえ、世界的なインフレや、ウクライナ戦争、企業の収益環境は厳しさを増している。今後も大幅な円安が予想される中で、海外から日本企業への投資メリットが消えつつある。そんな中で、日本政府が「公益重視の新たな企業形態」を打ち出すことが、誤ったメッセージになる可能性もある。
日本企業の第一目標が利益でないと思われたら
まがりなりにも、安倍晋三政権の下では、規制改革を進めることで日本企業の収益力をアップさせようとする政策を取ってきた。安倍首相が「Buy my Abenomics ( 私のアベノミクスを買え)と海外投資家への講演で延べ、日本株投資が膨らんだのも、アベノミクスによる改革で日本企業の稼ぐ力が増し、成長を始めるという期待が高まったからだ。
だが、岸田首相はその「安倍時代」を「新自由主義的政策」だったと否定し、「新しい資本主義」と言い出した。市場関係者の間では、岸田首相の言う新しい資本主義は、「結局は市場の否定ではないか」と訝る声が消えない。
金融課税の強化も燻り続け、四半期報告書の廃止も打ち出した。岸田首相就任以来、日経平均株価は大きく下げている。岸田首相は安倍首相の向こうを張ってロンドンの金融関係者を前に「Invest in Kishida」(岸田に投資を)と演説したが、その後も株価は上昇に転じていない。
「公益重視の新たな会社形態」を導入することで、日本経済全体が再成長軌道に入ると言えるのかどうか。それを明確に示せなければ、海外投資家が保有する日本株を一気に手離す動きにつながらないとも限らない。
公益法人の法制度を整備し、ガバナンスを強化したうえで、収支相償の規制を緩めることで、公益法人の機能を強化していくことには意味がある。だが、「公益重視」によって、既存の上場企業が公益を掲げて「利益第一」ではないと明言することで、日本の上場企業は「儲けなくても良い」方向に舵を切ったと海外投資家に思わせたら、株価下落の流れは止まらなくなる。