タイムリーに規制改革を提案する学会目指す--「制度・規制改革学会」設立の狙いを八代尚宏会長に聞く

現代ビジネスに2月11日に掲載された対談です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.media/articles/-/106012

岸田文雄内閣になって「規制改革が後退している」と危惧する経済学者らが集まる「制度・規制改革学会」が立ち上がった。2月7日に行われた設立総会・シンポジウムには、これまで改革に携わってきた大物経営者らが顔を揃え、改革に向けた行動の重要性を訴えた。総会では八田達夫大阪大学名誉教授と八代尚宏昭和女子大学特命教授、竹中平蔵慶應義塾大学名誉教授が理事に就任した。なぜ今、新しい「学会」なのか。会長に選ばれた八代教授に話を聞いた。(聞き手は磯山友幸

岸田政権になって規制改革は逆行

 規制改革の現状についてどうお考えですか。

八代 以前にOECDで日本経済を担当していましたが、1980年代の「強過ぎる日本」の要因については色々な説明が可能でした。それが90年代に入ると今度は「弱過ぎる日本」になり、30年間まったく成長しなかった。同じ日本なのになぜ大きく変化したのかの説明には「誰か悪者のせいだ」と言えば分かり易い。岸田文雄首相は就任時に「行き過ぎた市場競争が問題だ」とし、「新自由主義が格差を拡大した」とも言われました。

そうでしょうか。私は、90年頃を境に旧ソ連・東欧の社会主義圏が崩壊し、中国経済の台頭等、世界が大きく市場経済化したのに、日本が過去の成功体験から何も変えようとしない「政策の不作為」が主因だと考えています。変わる世界に合わせて、過去の規制や制度を変えていかなければいけないのに、岸田政権になって規制改革はむしろ逆行し、何でも国に頼る、社会主義的な政策になっています。

 経済成長には規制緩和が必要だということですか。

八代 単に規制緩和すれば良いのではなく、むしろ、時代の変化に合わせて新しい規制を作らなければいけない。例えば、日本は終身雇用が前提だったので、わずかの解雇手当しかなく、そのため解雇判例の積み上げで対応してきました。欧州型の金銭解雇などの明確なルールがないことが、むしろ弱い立場の中小企業労働者に不利となっています。

格差拡大は改革ではなく低成長が原因

 なぜ、今、「学会」なのでしょうか。

八代 これまで日本では、立法は官庁が事実上やっていました。いわゆる閣法ばかりで、国会議員が作る議員立法はごく一部でした。ですから、行政が何でも裁量的に運用していける。電波も空港の発着枠も、オークションなどによってマーケットに任せず、役所が権限を握ってきた。

学者も法解釈が主流で、立法論に重きが置かれてきませんでした。新しい時代に合わせて経済合理的なルールに変えていくという共通認識が世の中にないのです。これを特区の提案のように、企業経営者や地方自治体のニーズに応じて、学者・ジャーナリスト・弁護士などの専門家が集まって、新しいルールを作っていくための学会を立ち上げた理由です。

 一方で、改革を進めたことが格差を拡げたという主張も根強いものがあります。

八代 アメリカの格差拡大は上位1%がどんどん豊かになって富を独占して行っています。ところが日本の格差は低所得層が膨らむことで拡大する、貧困化の問題なのです。格差が拡大しているのは競争のせいではなく、低成長に原因があります。政府はよく「分厚い中間層」と言いますが、それを実現するには経済成長が不可欠です。賃上げには生産性向上が基本で、政府が補助金を出す話ではありません。

 市場主義の競争は、弱者切り捨てだとも批判されます。

八代 北欧は福祉国家だと思われていますが、同時に市場主義の国です。例えば、大企業が倒産の危機に瀕しても、政府は企業を救うのではなく、直接、労働者を救います。失業手当は十分に支払い、職業訓練なども行うが、企業を助けることはしない。日本の政策が企業などの団体を支援することで、間接的に個人を助けようとするのと、まったく違うのです。

規制改革に向けた思いや知見を次世代に

 制度・規制改革学会では、どんな活動をしていくのですか。

八代 具体的な生産性向上につながる規制改革の提案を最優先したいと思います。少子化対策が今年の最重点課題だと岸田首相は言っておられますが、カネだけでなく、古い制度の見直しが必要です。認可保育所はいまだに「児童福祉」のままで、子どもは家庭で育てるのが基本という論理です。それができない家庭の子どものための認可保育所の利用には、生活保護のように、行政による「保育認定」が必要です。これを幼稚園のように誰でも使える「保育サービス」への転換が不可欠です。

学会ですから、きちんとデータや事実に基づいたEBPM(証拠に基づく政策立案)が基本です。また、政府のやった事を後から検証するのではなく、タイムリーな逆提案をやっていく。政府の規制改革会議は民間の視点で規制改革を行っていますが、我々はそのための兵站を担っていきたいと思います。

 規制改革を担ってきた多くの経営者や専門家も発起人に名を連ねています。

八代 長年、規制改革を主導してこられた宮内義彦さんのように、規制改革に向けた思いや知見を次世代につないでいきたい。経済学は、本来、現実の社会問題解決のための道具なのです。今は規制改革に逆風が吹いていますが、だからこそ、次の若い世代の人達に、私たちの経験から得た知恵を伝えていく、それがこの学会の大きな役割だと思っています。