「財政赤字の原因は何だと思いますか」国民の回答と経済学者の回答が真っ二つに分かれるワケ 7割の国民が「政治の無駄遣い」と答えた

プレジデントオンラインに6月10日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/70458

経済学者が考える財政赤字の原因は「社会保障費」

「国の借金」が2023年3月末で1270兆円と過去最多を更新した。それにもかかわらず、「子育て支援」や「防衛費」の大幅積み増し、ガソリン代から電気代、小麦にいたる価格抑制のための助成金と、政府の歳出拡大はとどまるところを知らない。65兆円しか税収がないのに過去最大の114兆円も使う予算を組んでいる日本。債務残高は国内総生産の2倍を超え、主要先進国の中でも最悪だと言われて久しいが、一向に歯止めがかかる気配はない。

財政赤字の原因は何だと思いますか」――。東京財団が5月にユニークなアンケート結果を公表した(※)。設問自体は一般的だが、これを「経済学者」と「国民全般」に分けて集計し、その意識の乖離かいりに焦点を当てたのだ。

※東京財政政策研究所「経済学者及び国民全般を対象とした経済・財政についてのアンケート調査

回答は選択肢から2つを選ぶ手法で、選択肢は「社会保障費」「公共事業」「高い公務員の人件費」「政治の無駄遣い」「その他」「わからない」の6つ。見事に経済学者と国民の意識の違いが表れた。

経済学者が考える赤字の原因は「社会保障費」が72%に及びトップになった。「政治の無駄遣い」41.1%、「公共事業」19.5%と続き「高い公務員の人件費」は1.8%だった。「その他」が14.5%もあるのは選択肢の設定が十分でなかったと見ることもできるが、それは置いておこう。

「負担増を強いられてきた」国民の思い

これに対しては国民の答えは、「政治の無駄遣い」が71.5%でトップ。これに経済学者が原因とはほとんど考えなかった「高い公務員の人件費」が40.4%で続いた。経済学者が最大の要因と指摘した「社会保障費」は17.5%、「公共事業」は12.5%だった。東京財団では「(国民は)無駄遣いの抑制や公務員の人件費削減などの歳出削減により、財政赤字問題には対応できると考えている可能性がある」と分析している。

なぜこんな意識の乖離が起きているのだろう。少子高齢化社会保障費が増え続けていることを国民が知らないはずはない。単に誤解していると考えるのは早計だろう。それよりも政治家や官僚の姿勢に問題があると感じているに違いない。

というのも、国民の多くは「社会保障費」を賄うために負担増を強いられてきた、という思いがある。財務省が発表している国民負担率(国民所得に占める税と社会保障負担の割合)を見ると、「社会保障負担」は1970年代からほぼ一貫して上昇を続けている。1970年度に5.4%だった社会保障負担は2021年度19.3%にまで上昇した。2000年では13.0%だったので、この20年の上昇率も大きい。給与袋を開いて、厚生年金や健康保険料の引き去り額がどんどん大きくなっていることを実感してきたのだ。

「政治の無駄遣い」への怒りは大きい

また、1980年代から2000年頃にかけては所得減税などで低下していた「税負担」も2000年以降は増加に転じている。消費税率の相次ぐ引き上げは「社会保障財源を賄うため」と説明されてきた。つまり保険料としても、税金としても、社会保障費は応分の負担をしてきたと国民は感じているのだろう。それに比べると、政治の無駄遣いは酷過ぎるということなのではないか。

そんな意識が昨今の政治情勢にも跳ね返っているのではないか。日本維新の会が躍進しているのも、財源確保を先送りしたまま歳出拡大に走る政府・自民党の対抗軸として批判票の受け皿になっているのだろう。

旧民主党が政権を奪取したのも、政官財の利権構造による政治の無駄遣いに国民が反発したことが大きかった。「事業仕分け」などによる無駄の撲滅を訴えたが、政権を取ると「ばらまき」を優先する結果になり、国民の失望を買ったということだろう。経済学者も4割以上の人が「政治の無駄遣い」を挙げており、歳出改革を行わなければ財政赤字は収まらないという点では一致している。

国民が「感じて」いる無駄遣いの原因

もちろん、経済学者が言うように社会保障費が最大の赤字要因だという立場にたてば、年金支給開始年齢の引き下げや、医療費の自己負担割合の引き上げなどが必要になる。そんな痛みをツケ回しされるのは御免だという国民側のエゴ的な部分がもちろん無いわけではない。

最大の開きがあった公務員人件費はどうだろう。数字を見ている経済学者は、公務員人件費が財政の大きな割合を占めているわけではないことを知っている。一般会計予算114兆円のうち、国家公務員の人件費は5.3兆円と5%に満たない。そのうち2.2兆円が自衛官や裁判所職員などの人件費である。行政機関だけで見ると30万5000人が働いているが、人口比にすれば他の先進国に比べて人数も多いとは言えない。つまり、人件費が財政赤字の原因だということにはならないというのが、数字から見た場合の結論だ。経済学者はこの筋に忠実な答えをしているわけだ。

国民の多くは国家公務員の人件費総額がいくらかなど知らないので、無知のなせる回答だと切り捨てることも可能だ。だが、国民はさらに深く「感じて」いるのではないか。結局、さまざまな政治の無駄遣いも、それを御膳立てしている官僚のせいではないのか。外郭団体に無駄な予算を付け、天下りで自分たちの利益を貪っているのではないか。

OBの天下り斡旋は「公然の秘密」

小泉純一郎内閣や安倍晋三内閣では、「身を切る改革」が繰り返し叫ばれた。政治家自身、あるいは公務員制度改革で、永田町や霞が関の無駄を排除していく。まずは政治家と官僚が姿勢を正すことから財政再建は始まると訴え、国民は高い支持率を与えたのではないか。岸田内閣になって「改革」や「身を切る」という言葉はほとんど聞かれなくなっている。

岸田内閣は公務員制度改革にはまったく関心を示さず、むしろ公務員給与の引き上げや、定年の延長などに理解を示す。天下りにも寛容だと霞が関では見られてきた。

現役官僚が天下りの斡旋を行うことは法律で禁じられているが、役所を離れた大物OBが中心になって天下り先を調整していることは公然の秘密だ。国土交通省の元事務次官東京メトロの会長に天下っていた本田勝氏が、東京メトロとは何ら業務上の関係がない民間企業、空港施設の役員人事に介入、国交省出身の副社長を社長にするよう要求していたことが朝日新聞の報道で明らかになった。

当然の事ながら国交省の現役官僚たちは「知らなかった」と口を揃えたが、公表前の人事情報が省外に多数メール送信されていたことが明らかになった。結局、空港施設の副社長も本田会長も辞任に追い込まれたが、ほとぼりが冷めれば「国交省の利権」を人知れず復活していくのだろう。

かつての役人天国が復活しつつある

小泉改革を受け継いだ第1次安倍内閣は、天下り規制に踏み込んだ。成田空港を運営していた新東京国際空港公団のトップは運輸省国交省)OBの指定席だったが、株式会社化した成田国際空港の社長には国交省の抵抗を押し切って住友商事の副社長を務めた森中小三郎氏を据えた。2012年にはJR東日本の副社長だった夏目誠氏に引き継がれたが、2019年には国交省で航空局長などを務めたOBの田村明比古氏が就任、国交省は失地を回復している。

そうした官僚のやりたい放題に国民の厳しい目が注がれているということだろう。もともと官僚の給与水準は「民間並み」が基本ということになっているが、幹部になれば別枠で、局長の年収は2000万円を超えるとされる。天下れば高給のほか高額退職金が待っており、かつての役人天国が復活しつつある。

政治家も官僚も、自らの利権を拡大するのではなく、身を切る改革に挑んでこそ、財政再建が達成できる、と多くの国民は考えているのだろう。ちなみに同じ調査で、消費税については経済学者の半数以上が税率を引き上げるべきだとしたが、国民は4割が現状維持、4割が税率引き下げか廃止を求めていた。政官が身を切らずに国民に負担を押し付けるのはけしからん、ということだろう。