公務員の冬ボーナスは5年ぶり増加…「自動的な給与増」を変えない限り、東大生の「官僚離れ」は止まらない 民間に流れる理由は「給与が低いから」ではない

プレジデントオンラインに12月19日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/64578

冬のボーナスが5年ぶりの増加に

このほど支給された国家公務員の2022年の冬のボーナスは5年ぶりの増加となった。

人事院が8月に今年度の国家公務員の月給とボーナスを3年ぶりに引き上げるよう勧告したのを受けたものだ。もっとも管理職を除く平均支給額は65万2000円余りで、増加額はわずか500円。平均年齢の低下などもあるとはいえ、岸田文雄内閣が民間企業に求めている大幅な賃上げとは比べるべくもない。

公務員の給与やボーナスは、民間の水準をベースに決めることになっている。参考にするのは大企業の賃金水準のため、中小企業などに比べて高い「役人天国」だという批判も根強くあるが、新型コロナウイルスで激減した民間のボーナスなどを参考に、夏のボーナスまでは削減が続くなど、公務員給与も「緊縮」状態が続いていた。

問題は今後、世の中が「賃上げ」ムードになってきた場合、公務員給与も「民間並み」の慣行に従って、増やしていくのかだ。

さすがに政府が賃上げを政策として掲げているからといって、民間に先んじて公務員の給与を増やすのは難しいが、民間が上昇すれば、それに比例した引き上げを人事院は求めてくることになるだろう。

人件費アップで防衛費はさらに膨張する

すでに消費者物価の上昇は3%を超えており、実質賃金を増やしていくには5%程度の賃上げが民間企業では「必須」になるに違いない。人手不足もあり、中小企業の間でも賃上げに踏み切るところが出てくるだろう。

おそらく、これに従って「民間並み」に公務員給与を引き上げていくことになるのだろうが、その「財源」を確保できるのかどうかだ。

岸田内閣は今後5年間の防衛費を43兆円とする方針を示し、その財源を巡る議論が活発化している。予算の剰余金なども防衛費に回すことや、すでに増税している「復興増税」分の一部を防衛費に充てることなど「やりくり」を強調しているが、不足分は増税するとして、法人税を中心に増税するという。増税に対しては自民党内からも反発が出ており、すんなり防衛費の増額分を手当てできるかどうかも不透明だ。

防衛費の増額の中身は明らかになっていないが、敵基地攻撃能力などを含めた防衛装備の拡充に回すことが想定されていると見られる。

一方で、自衛官などの人件費の増額は現段階では見込んでいないと見られる。公務員の人件費を増やせば、当然、自衛官の人件費も上昇していくわけで、そうなると本来の防衛費にしわ寄せがいきかねない。つまり、人件費の増加分も別途、財源を手当てしなければならないわけだ。

給与5%増で3000億円が必要になる

大企業の場合、政府の要請に従って、利益や内部留保などこれまでに生み出した収益を人件費に回すことは可能だろう。新型コロナによる打撃から回復してくれば、収益自体も回復してくる。人件費に回す原資はおのずから存在する。だからといって、国家公務員の人件費が民間に連動して増えたとしても、その原資は存在しない。税収か借金(国債)で賄うしかないが、税収が増える保証はない。

国民のおそらく過半数が必要だと考えている防衛費の積み増しでも、真正面から増税議論ができない中で、公務員人件費を賄うために増税すると政府が言い出せるのか。

国家公務員の人件費は5兆3000億円余り。5%増やすには3000億円近い財源が必要になる。自衛官だけでも2兆円近い。しかも、人手不足の中で、待遇を見直していかなければ、人材確保が年々難しくなる。国家公務員に優秀な人材が集まらなくなった、と言われて久しい。

消費税も法人税国債もあてにはできない

防衛費の財源捻出のすったもんだからも分かるように、もはや増税する余地は小さくなっている。

消費税は1%の引き上げで2兆円以上の税収増になるが、すべて社会保障費に充当することになっており、消費増税分を防衛費や公務員人件費の引き上げに回すことは難しい。年金や健康保険料などの負担が増え、所得税を引き上げることも難しくなっている。富裕層に増税すればよいという意見も出るが、実際、それほど富裕層が多くいるわけではない。

そうなると主要な税源としては法人税になるが、防衛費ですでに4~5%の増税が検討されている。公務員人件費の引き上げに回す余力はないだろう。

結局は、国債で賄うことになるのだろうか。財政赤字の国で、公務員の給与を赤字国債で賄い続ければ、いずれ国家財政は破綻する。日銀の国債引き受けなどで財政破綻を回避しても、猛烈な物価上昇や円安に陥ることになりかねない。

「民間並み」自動的な引き上げに合理性はない

そもそも、公務員の給与・ボーナスの水準を「民間並み」とすることに合理性はあるのだろうか。

公務員の仕事は、直接、経済的に収益を生み出すわけではない。これまでは四半世紀にわたってデフレ経済が続き、物価もほとんど上がらなかったため、本格的な賃上げは起きなかった。そうした中で、公務員給与を「民間並み」にしておいても、人件費が膨大に増加することはなかった。

ところが、世はインフレである。物価の上昇が価格に転化され、それが企業収益に結びつくのならば、民間企業では、賃上げの原資はいずれ生まれてくる。しかし、インフレになったからといって収入が増えるわけではない公務員に給与増の原資は生まれてこない。

いやいや、消費税は価格が上昇すれば税収が増える、という意見もあるだろう。だが、前述の通り、消費税収の増加分を防衛費や人件費に回すことは基本的にはできない。

インフレの中で企業は人件費を増やしても利益が増えるとは限らない。消費が減って景気が悪化したりすれば、法人税収はむしろ減ってしまう。つまり、財政赤字が続く国家がインフレに直面している中では、自動的に公務員給与を引き上げていくことは難しい。

民間に人材が流れるのは「給与が安いから」ではない

こうした行き詰まりをきっかけに、公務員給与のあり方を抜本的に見直す契機にすべきではないか。「終身雇用」を前提とした「年功序列型賃金」を見直し、民間同様、一定年齢に達したら、給与減少もある人事体系にすることで、優秀な人材や重要なポストの給与を大きく引き上げることを検討すべきだろう。

経営コンサルティング会社マッキンゼーなど民間企業で長年働いた経験を持つ川本裕子人事院総裁はメディアとのインタビューで、各省庁で増える中途採用の増加を歓迎している。官庁に奉職した若手世代が大量に辞めて民間に行く一方で、一度辞めた官僚経験者が「出戻り」するケースなどが増えている。

そうした「出入り自由」の組織にするには民間と給与水準が同じというだけではなく、昇進や給与などの制度が民間並みである必要がある。

これまで霞が関は東大出身者を中心に、高学歴で優秀な人材を集めてきた。そして、そうした人材が民間に流出するようになったのは「官僚の給与が安いから」という説明が好んでなされる。だが実際には、旧態依然とした昇格制度や組織の高齢化、硬直的な働き方に幻滅する人が少なくない。意思に反してクビになることはなく、降格されることもほとんどない、毎年給与が増えていく公務員の人事制度が硬直化していることが優秀な若手に愛想を尽かされている。

民間では年功序列型賃金が崩れて久しい。民間の給与が上がるといっても全員が等しく賃上げされる時代は終わった。日本国の経済規模が右肩上がりに大きくなる時代が終わる中で、公務員給与も「民間並み」で一律に引き上げていく時代は終わったと考えるべきだろう。