「全国最下位」にはなりたくない!「最低賃金」が及ぼす「悪影響」

8月19日の新潮社フォーサイトにアップされた拙稿です。オリジナルページ→

https://www.fsight.jp/articles/-/45750

 今年も最低賃金(時給)が10月から大幅に引き上げられる。遂に東京と神奈川では時給1000円を突破。1013円になった東京は、第2次安倍晋三内閣が発足する直前の2012年には850円だったので、7年で163円、19%も上昇することになる。

 中小企業団体などからは人件費負担増が経営を圧迫するとして批判の声も上がっているが、給与の引き上げで低迷が続く消費を底上げしたい政府の意向が強く反映された結果とみられる。人件費増で経営が苦しくなるという声がある一方で、給与増が消費増に結び付けば、時給アップは景気にプラスに働くという声もある。最低賃金引き上げは、景気にプラスなのか、マイナスなのか。

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雇用者「初6000万人突破」なのに日本人がどんどん貧しくなるワケ  やむを得ず働く女性と高齢者が急増

現代ビジネスに8月15日にアップされた拙稿です。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66540

「誇るべき」とはいえない雇用増

企業などに雇われて働く人の数が初めて6000万人を突破した。人口減少が本格化する中で、なぜか働く人の数は過去最高を更新し続けている。本来、「雇用の増加」は経済政策の成果として誇るべきものだが、どうも雰囲気が違う。経済的に働かざるを得なくなっている高齢者や女性が増えている感じなのだ。

総務省が7月30日に発表した労働力調査によると、働いている人の総数である「就業者数」が6747万人、企業などに雇われて働く「雇用者数」が6023万人と、ともに前年同月比で78カ月連続の増加となった。第2次安倍晋三内閣が発足した翌月の2013年1月から6年半にわたって増加が続いている。

就業者数は2018年5月に約11年ぶりに史上最多を更新、6月の統計でも6747万人と最多となった。雇用者数は長期にわたって過去最多を更新し続けてきたが、ついに6000万人の大台に乗せた。完全失業率は2.3%にまで低下、いわゆる「完全雇用状態」に成って久しい。それでも有効求人倍率は高止まりしたままで、一向に人手不足は解消しない。

雇用だけで見れば、日本経済は絶好調で、安倍首相ならずとも、「政権発足以来、雇用を500万人生み出した」と胸を張りたくなるのは当然とも言える。

だが、日本は人口減少国家である。日本の総人口は2008年の1億2808万人をピークに減少に転じ、2018年10月現在で1億2644万人とすでに150万人以上も減っている。しかも、高齢化が進んでおり、15歳から64歳の「労働力人口」の減り方はさらに深刻だ。にもかかわらず、働いている人の総数は増えているのだ。いったい日本の雇用に何が起こっているのか。

女性と高齢者が働く理由

実は、15歳から64歳で働いている就業者の数は、1997年6月の6171万人をピークに減少し続けている。6月は5853万人だから318万人も減っている。それを補っているのは、働く女性と65歳以上の高齢就労者の増加である。

この6月の統計では、女性の就業者数が初めて3000万人を突破した。15歳から64歳までの女性の就業率は71.3%に達する。

安倍首相は就任以来、女性活躍促進を掲げて、保育所の増設による待機児童の解消、産休・育休の制度拡充などに力を注いできた。その結果、女性の就業者数が350万人も増えている。

夫婦共働きの家庭が一般的になり、子どもが生まれても会社を辞めないケースが増えた。出産年齢から子どもが育つまでの30代前後に就業率が落ち込む「M字カーブ」が日本の問題点として長年指摘されてきたが、ほぼこれは解消されつつある。

安倍内閣のもう1つの「成果」は、働く高齢者を増やしたことだ。「1億総活躍社会」「人生100年時代」などのキャッチフレーズを掲げて、いつまでも働ける社会、つまり高齢になっても働き続ける社会を打ち出した。

もちろん、年金の支給開始年齢のさらなる引き上げが下心にあるのは間違いないが、高齢者が働き続けるのは当たり前というムード作りに成功したことは間違いない。

65歳以上の就業者は2012年12月には593万人だったが、その後、急速に増え、2019年5月には901万人と初めて900万人を突破した。

2013年4月から施行された改正高齢者雇用安定法によって、65歳までの再雇用が義務付けられたことをきっかけに、嘱託などとして定年後も働くことが広がり、定年を過ぎても働く団塊の世代が多かったことが、高齢就業者の急増をもたらした。

しかし可処分所得は減少

ここへ来て相次いで実現した女性就業者初の3000万人乗せと、65歳以上就業者初の900万人乗せは、まさしく安倍内閣の「雇用政策」の本質を示していると言って良い。

人口減少が鮮明になる中で、放っておけば、労働者数が減少する。GDP国内総生産)を増やすには、働く人の数、つまり労働投入量を増やすか、労働生産性を引き上げるしかない。

働く世代の人口減少が確実視される中で、労働投入量を増やすために、女性と高齢者を労働市場に参入させる政策を取ったということだろう。

安倍首相も第2次安倍内閣発足直後に、女性活躍促進は、社会問題として掲げるのではなく、経済問題として推進するのだと発言している。

それまで女性の職場進出は、男女共同参画や女性の社会的地位の向上といった「社会問題」として取り上げられるケースが多かった。安倍首相は、あくまでも経済的な要請として女性の就業率引き上げを狙ったと「告白」していたのだ。

だが、人口減少で総需要が減っていく中で、労働投入量を増やす政策は、何をもたらしたか。人手不足で労働需給が逼迫しているにもかかわらず、思ったように給与が上がらない事態に直面している。毎年最低賃金を引き上げ、ついに東京や神奈川では時給1000円を突破するが、これが全体の賃金底上げにつながっていない。

一方で、社会保障費の引き上げが続き、2014年の消費増税もあったことで、庶民の可処分所得は減少している。所得の減少を補うために、これまで働いていなかった主婦がパートに出たり、定年を過ぎても働く高齢者が増えているという面も強いだろう。

つまり、働く人の増加は、景気好調だけを示しているのではなく、人々が貧しくなっていることの表れなのかもしれないのだ。

景気悪化を「日本のせい」にしたい韓国の事情 ホワイト国除外の影響は軽微なのに

プレジデントオンラインに8月9日にアップされた記事です。オリジナルページ→https://president.jp/articles/-/29596

 

韓国政府は「報復措置」として反発している

安全保障上の輸出管理で優遇措置を取っている、いわゆる「ホワイト国」(正式には「グループA」)から、韓国を除外する政令が8月7日、公布された。8月28日に施行される。

日本政府はこれに先立つ7月4日に、半導体製造などに使うフッ化ポリイミド、レジスト(感光材)、フッ化水素の3品目について、輸出手続きを厳格化する措置を取っていた。兵器転用などの恐れがある化学品などに韓国政府の輸出管理や運用に不十分なものがあったというのが理由で、韓国政府に管理体制の見直しなどを求めてきた。

しかし改善の意思が示されなかったことから、今回の「ホワイト国」除外に踏み切った。食品や木材を除くほとんどの品目で、経済産業省が個別審査を求めることができるようになる。

日本政府はあくまで「安全保障上の貿易管理の問題」だと繰り返し強調しているが、韓国政府は徴用工問題に関する韓国大法院(最高裁)判決などへの報復措置だとして強く反発。韓国国内で日本製品不買運動などを繰り広げている。

経産省幹部「韓国政府の主張は事実と全く違う」
「今後起こる事態の責任は全面的に日本政府にあることをはっきり警告する」

文在寅ムン・ジェイン)大統領は、安倍晋三内閣が「ホワイト国」除外を閣議決定した8月2日、臨時閣僚会議を招集して、強い調子で日本を非難した。「明白な経済報復だ」と指摘、「人類の普遍的な価値と国際法の大原則に違反する」とした。

そのうえで、「この挑戦をむしろ機会と捉え、新しい経済の跳躍の契機とすれば、われわれは十分に日本に勝つことができる」「勝利の歴史を国民とともにもう一度つくる。われわれは成し遂げられる」と韓国国民に訴えた。

過剰とも思える反応だが、「ホワイト国除外」はそれほど韓国経済に大打撃なのだろうか。

経済産業省の幹部はこう指摘する。

「韓国政府はあたかも日本が禁輸措置に踏み切ったかのように言っているが、事実は全く違う。あくまで安全保障上の措置で、日本からの輸出手続きが厳格化されると言っても、他のアジア諸国と同等の扱いになるというだけの話。経済に深刻な影響が出ることはあり得ないし、世界のサプライチェーンが動揺することもない」

そう韓国経済に大打撃だとする文大統領ら韓国政府要人の主張を否定する。実際、経産省はさきに輸出手続きを厳格化した3品目について、すでに輸出許可を出しており、正規の利用目的の製品については、輸出は滞っていない。

米中貿易戦争の影響で韓国経済が悪化している
にもかかわらず、なぜ韓国政府は日本の措置を「明白な経済報復」だと決めつけ、露骨に日本政府を敵視する姿勢を取るのか。

考えられるのは、足下の韓国経済が急速に悪化していることだろう。米中貿易戦争の余波で世界経済に減速懸念が強まる中で、貿易依存度(国内総生産GDPに占める輸出入の割合)が80%を超す韓国経済の先行きに暗雲が広がっている。日本の貿易依存度は30%程度なので、その大きさが分かる。

しかも、韓国の輸出先トップは中国で、全体の4分の1を占めている。米中貿易戦争の激化が、韓国経済を直撃することになりかねないのだ。

8月1日に米国のドナルド・トランプ大統領が中国からの輸入品3000億ドルぶんに、9月1日から関税10%を上乗せするとツイッターで発信した途端、韓国の通貨ウォンは一気に急落した。緩やかなウォン安ならば輸出企業にプラスに働くが、急落は通貨危機に直結しかねない。金融市場では「アジア通貨危機リーマンショックに続く、3度目の通貨危機が起きそうだ」という見方まで広がっている。

景気悪化を「日本のせい」にしたい文大統領
実は、韓国経済の足下が崩れ始めているのだ。

しかも、韓国経済は財閥企業に大きく依存している特徴がある。韓国GDPの2割はサムスン電子現代自動車が稼ぎ出していると言われるほどだ。対中輸出の激減で輸出産業の業績が悪化すれば、そのしわ寄せは若者に行く。財閥系企業に入れるかどうかで人生の成否が決まるとも言われるほど財閥志向の強い韓国の若者たちが、新卒採用の道を閉ざされれば、大きな社会不安が起きかねない。そうなれば、当然、不満は文政権に向く。

2017年5月に就任した文大統領はちょうど折り返し点に差し掛かっている。韓国大統領の任期は1期5年で再選が禁止されている。民主化以降、これまでのほとんどの大統領が任期後半にレイムダック化し、激しい政権批判にさらされたのは周知の通りだ。

とくに、経済の悪化は支持率の低下に直結する。韓国経済の悪化は自らの経済運営の失敗のせいではない、ということを強調しなければ、批判の矛先は大統領に向く。だからこそ、ことさらに景気悪化の原因を「日本のせい」にしなければならないのだろう。

8月6日、ソウルの中心部の通りに「BOYCOTT JAPAN」と書かれた旗が掲げられた。日本には行きません、日本製品は買いません、というキャンペーンだ。

日本を訪れる韓国人が激減している
実際、7月以降、日本を訪れる韓国人は激減している模様だ。

2018年1年間に韓国から日本を訪れた訪日客は753万人。トップの中国(838万人)に次いで2番目に多い。東日本大震災で訪日客が激減した2011年を底に毎年増加を続け、2018年は前の年に比べて5.6%増えていた。

それが今年は一転してマイナスになりそうだ。1月から6月までの韓国からの訪日客数は386万人で、前年同期に比べて3.8%減少した。6月は0.9%の増加だったが、7月は前年の60万7953人をどれくらい下回るかが焦点になりそうだ。

韓国にとっては、日本に行って外貨を落とされるよりも、国内にとどまって国内で消費してもらう方が経済にプラスになる、と考えているのかもしれない。

不買運動も、通貨危機に直面する韓国にとっては、必要な政策ということかもしれない。というのも、日韓の貿易収支をみると、韓国の方が大幅な貿易赤字になっているためだ。今年1月から6月の貿易統計では、日本から韓国への輸出が2兆6088億円、韓国からの輸入が1兆6228億円で、差し引き9859億円の日本の黒字になっている。日本からの輸入を減らすことは、外貨流出を防ぐことに直結する。

日本ボイコットは経済的にプラスではない
ちなみに6月末までの上半期では、韓国向け輸出は11%減少、輸入は7.4%減少と、貿易は「縮小」している。7月以降、さらに日本からの輸出が減るのかどうか、注目点だ。

もっとも、こうした日本ボイコットは、短期的には韓国経済のプラス要因かもしれないが、中長期的にみれば、バカげた話である。というのも、日韓関係が悪化すれば、日本から韓国への訪問客も減る。

報道によると、今年3月に日本から韓国を訪れた人は37万5000人に達し、月別で1965年の国交正常化以来の最高を更新した、という。若者世代を中心に韓国への関心が高まり、交流人口が大きく増えていた。そんな矢先に、政治を舞台に日韓関係の悪化が進んだ。

韓国中心街の明洞(ミョンドン)などは多くの日本の若者でにぎわう人気のエリア。もちろん、そこで落とされる外貨は韓国経済にとってプラスに働く。前述の通りに掲げられた日本ボイコットの旗が、地元商店主らの抗議によって数時間後に外されたのは、当然のことだろう。日本からの訪問客を排除すれば、自分たちの利益が損なわれるからだ。

政冷経熱」という前提が崩れつつある
輸入品ボイコットにしても同じだ。例えば日本製の電気機器の中には、多くの韓国製半導体が使われている。買うのを止めれば、その分、韓国から日本への輸出も減ってしまうのだ。

竹島を巡る領有権問題など、戦後、日韓関係を巡る紛争の種は尽きていない。だが、これまで、それはもっぱら「政治」の世界の話で、民間の企業取引や民間交流には影響を及ぼさなかった。日韓も「政冷経熱」を前提に長年付き合ってきたわけだ。

その点、徴用工を巡る大法院判決では、民間企業の資産が差し押さえられるなど、政治問題が民間どうしの関係に暗い影を落としている。日韓双方の経済人の多くは、こんな「関係悪化」をまったく望んでいないことだけは確かだろう。

アスクル騒動で「真の勝利」を手にしたのは誰なのか…その意外な深層 孫正義氏「反対」発言の意味とは

現代ビジネスに8月8日にアップされた原稿です。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66425

経営権は掌握できず

東証1部上場のアスクルと、同社の株式の約45%を持つ「親会社」ヤフーとの経営権争いは、8月2日のアスクル総会で、ヤフーが岩田彰一郎社長らの再任を拒否する議決権行使を行い、岩田氏と独立社外取締役3人が退任した。

これでヤフーが経営権を掌握し、「ヤフー勝利」が確定したように見えるが、実態はそうではない。むしろヤフーは次の一手を繰り出せず、自らの親会社でもあるソフトバンク・グループの総帥、孫正義氏にも見捨てられかねない状況に追い込まれているのだ。

「今泉氏の取締役選任議案に賛成の方は拍手をお願いいたします」

議長の岩田社長が採決を取ると、会場での拍手はゼロだった。

「事前の議決権行使書などにより、賛成が過半数を超えており、よって、今泉氏の取締役選任議案は可決されました」

東京・九段下のホテルで行われたアスクル株主総会では、前代未聞の光景が繰り広げらた。賛成の拍手がゼロの中で、議案が可決されたのだ。

今泉氏とはアスクルの株式の約11%を持つ事務用品大手プラスの今泉公二氏。会社側が提出した10人の取締役候補のひとりだが、ヤフーに同調して、岩田社長らの再任に反対の議決権行使を行っていた。

会場の株主はそんな今泉氏に「反対」の姿勢を見せたが、事前に提出された議決権行使書で、約45%を持つヤフーと、11%を持つプラスが賛成していたため、取締役に再任されたのだ。

このほか、ヤフー取締役専務の小澤隆生氏と、ヤフーから出向して執行役に就いている輿水宏哲氏も取締役候補だったが、会場での賛成の拍手はパラパラだった中で、大株主の意向で再任された。

総会の日の午後7時。都内の会議場で「新執行部」による記者会見が行われたが、そこには3人の取締役しか顔を出さなかった。

総会で選任されたのは、小澤氏、輿水氏、今泉氏の「ヤフー派」3人と、BtoB事業のCOO(最高執行責任者)だった吉田仁氏、BtoC事業のCOOだった吉岡昭氏、チーフマーケティングオフィサーの木村美代子氏の「社内3人」の計6人。総会後の取締役会では「賛成多数で」、吉岡氏が社長兼CEOに就任、吉田氏は引き続きBtoB事業COOとなり、木村氏が新たにBtoC事業COOに就いた。

総会で勝利したはずのヤフーは、総会前から「新社長を送り込むことはしない」と公言していた。

ヤフーとアスクルの間に存在する「業務・資本提携契約」には、ヤフー側から送り込める取締役の人数を2人までとし、株式の買い増しも禁じる「独立性尊重」の規定がある。今後もこの契約は生き続けると吉岡・新社長も明言しており、ヤフーは本当の意味で、経営権を奪取できていないわけだ。

岩田氏の「勝利」…?

今回の騒動は、2019年1月にヤフー側がアスクルに対して、BtoCの「LOHACO(ロハコ)」事業の譲渡を打診したことから始まっているとされる。

アスクルは独立社外取締役監査役による「独立役員会」を開催して検討、アスクルの少数株主の利益にならないとして打診を断った。6月末になって突然、岩田社長に退任を求めたのも、言うことを聞かない岩田氏を交代させ、ヤフーの意思を経営に反映させようとした、とみられている。要は、経営権の奪取、「乗っ取り」を図ったというのだ。

結果的には株主総会でヤフーが強権発動したものの、現時点では、アスクルの経営はヤフーの思い通りになっていない。取締役会は3対3で、社長は社内が握っているためだ。ヤフーは社長の吉岡氏を取り込むことなどで経営権を実質支配しようとしたとみられるが、今のところ社内3人は「一枚岩」のため、従来の岩田路線が継続されている。

しかも、株主総会では、ヤフーの小澤氏がロハコ事業について、アスクルに譲渡を求めることはない、と明言した。つまり、アスクルを解体してヤフーの事業再編を行うというシナリオも実行に移せなくなっているのだ。

結果的に見て、岩田氏の作戦は大成功だったと言えるだろう。数の論理で自身がクビになることは分かっていながら、満天下にヤフーのコーポレートガバナンス無視を訴えることで、アスクルの独立性をとりあえずは保ったのだ。岩田氏の勝利と言っても良いかもしれない。

6月末に再任拒否を通告され、自ら引退するように迫られた際、岩田氏が「引退」を決めていれば、アスクルの経営は実質ヤフーの意のままになっていた可能性が高い。そうした水面下で圧力に屈する道を選ばず、世間に理を問うたことで、マスメディアに火が付き、世の中の関心事となった。

独立社外取締役が会見を行って、少数株主の利益を守るよう声を上げたことに呼応し、コーポレートガバナンスの第一人者である久保利英明弁護士や、コーポレートガバナンス・コードの作成に携わる冨山和彦・経営共創基盤CEOなどが親子会社上場の場合の少数株主権の保護を求める意見を次々と公表した。

日本取締役協会や経済同友会などが意見を表明したが、これらは冨山氏らコーポレートガバナンス専門家の影響力が大きかったとみられる。

総会前の段階でヤフーは決定的なミスを犯した。岩田氏だけでなく、独立社外取締役3人も再任を拒否してしまったのだ。自分たちの意向に従わなかったものはすべて排除するということだろうか。

今後、アスクルは、独立社外取締役を追加選任する臨時株主総会を開くことになる。吉岡・新社長も「まず最初にやるべきこと」として臨時株主総会を上げている。独立社外取締役がひとりもいない現状は、コーポレートガバナンス・コードに違反し、上場させている東京証券取引所も座視できない状況になっているからだ。

ヤフーの「次の一手

なぜ、ヤフーは、そこまで焦ってアスクル株主総会で強権発動する必要があったのか。8月5日発売の『週刊現代』が、ヤフーの川邊健太郎社長がアスクルの岩田社長を訪れた際の「生テープ記録」をスクープしている。そこで川邊社長はこんな事を言っていたという。

「我々はソフトバンク・グループ(SBG)でありながら、非ソフトバンク的な良心を持ってやりたいなと思ってます。(でも)SBGであれば、いきなり呼び出されて、『こうすることにしたから』で、おしまいなのですよ」

「岩田社長も尊敬する社長ですが、我々は我々で、北朝鮮の一軍部みたいな感じですから、対処はしないとならない」

ヤフーの行動の背景に、ソフトバンク・グループの意思が働いているという事を認めているわけだ。

もちろん、ヤフーがソフトバンク・グループという「虎の威」を借りただけかもしれないが、少なくとも岩田社長はヤフーの強権発動はグループの総帥である孫正義氏の意向が働いていると感じたようだ。

この件に関して、ソフトバンクグループは8月2日にコメントを発表している。総会の直後というタイミングだが、週刊現代の「スクープ」が出る事を分かった上で、出したコメントだろう。

「孫個人は投資先との同志的な結合を何よりも重視するため、今回のような手段を講じる事について反対の意見を持っておりますが、このたびの件はヤフーの案件であり、ヤフー執行部が意思決定したものです。本件はヤフーの独立性を尊重して、ヤフー執行部の判断に任せております」

ヤフーの強権発動には反対だと明確に述べているのだ。ヤフーの川邊社長が孫氏の反対を無視して行動するはずはないと思うのだが、ことここに至って「ヤフーの判断」と突き放されてしまったわけだ。

ソフトバンク・グループの支援も得られない中で、ヤフーはどんな次の一手を打つのか。

独立社外取締役に「ヤフー派」を選任しようとすれば、コーポレートガバナンスの専門家だけでなく、マスメディアや世間を敵に回すことになる。

かといって、少数株主の利益を強調する役員が選ばれれば、ヤフーの利益につながる事業再編の芽はない。

完全に「手詰まり」状態になったヤフーの今後の行方から目が離せない。

「ヤフーvs.アスクル」取締役再任反対でどうなる「8・2株主総会」

7月31日のフォーサイトにアップされた記事です。オリジナルページ→https://www.fsight.jp/articles/-/45678

 

 親会社である東証1部上場の「ヤフー」と、経営権を巡って争ってきた東証1部上場の「アスクル」が8月2日に株主総会を開く。発行済み株式の約45%を保有するヤフーは岩田彰一郎社長らの取締役再任に反対する議決権行使をしたと7月24日に発表、約11%の議決権を持つ文具大手「プラス」も同社と共同歩調を取ったと公表した。6割近い議決権の行使によって10人の取締役候補のうち、岩田社長と3人の独立社外取締役は取締役から外れることが確定的になった。今後、アスクルはどこへ向かうことになるのか。総会を前に岩田社長に聞いた。

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ヤフーの「アスクル吸収」が簡単に進まないワケ 社長解任でも、対立は「長期戦」へ

8月2日のプレジデントオンラインにアップされた記事です。オリジナルページ→

president.jp

独立性の維持を定めた「契約」がある

東証一部上場のオフィス用品通販大手「アスクル」と、株式の約45%を握る親会社のポータルサイト運営大手「ヤフー」の対立が正念場を迎えようとしている。

アスクルは8月2日午前10時から東京都内で株主総会を開く。ヤフーと同じくアスクルの株式の約11%を持つ事務用品大手の「プラス」は、10人の取締役候補のうち、岩田彰一郎社長と独立社外取締役3人に反対票を投じたと発表しており、総会では3人の「社内」取締役と、ヤフー出身者ら3人の「ヤフー派」取締役という構成になる。

ヤフー側が資本の力でアスクルの経営権を奪取し、アスクル側の敗北が決定したように見えるが、そう簡単に事態が収束するわけではない。対立は「長期戦」になる見通しだ。

というのも、強権発動したヤフー側にはいくつかの弱点がある。

アスクルとヤフーの間には、アスクルの独立性を維持することを定めた「業務・資本提携契約」が存在する。ヤフーから送り込める取締役の人数を2人までに限っているほか、持ち株比率を45%からさらに引き上げることを禁じた条項もある。

資本の力で経営権を奪取するならば、TOB(株式公開買い付け)で過半数を取ったり、取締役会の過半数を押さえたりするのが常道だが、それをヤフーがやらないのは、この契約が存在しているためだ。

独立社外取締役3人までクビにする

たとえばアスクルの岩田氏がメディアのインタビューで、「プラスの今泉公二社長はヤフーと共同歩調を取っている」と答えた際、ヤフー側はリリースを出して強く反発した。ヤフーとプラスが実質的な「共同保有者」ということになれば、業務・資本提携契約に違反する可能性があり、市場で売却しなければならなくなるからだ。契約違反にならないよう、ヤフーとしては表面上、アスクルの独立性を尊重し続けなければならないわけだ。

もうひとつ、ヤフー側の弱点は、上場子会社の少数株主保護を定めた東証コーポレートガバナンス・コードや、経済産業省の「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」に完全に違反してしまうことだ。

ヤフーは岩田社長への反対投票と同時に、3人いる独立社外取締役にも反対票を投じている。3人とは、松下電器産業(現・パナソニック)で副社長を務めた戸田一雄氏と、東京大学名誉教授の宮田秀明氏、そして日本取引所グループ(JPX)CEO(最高経営責任者)だった斉藤惇氏である。

上場子会社の場合、親会社と子会社の間で利益相反が起きることが予想されるため、大株主ではない少数株主の利益を守る立場として中立的な独立社外取締役の存在が求められる。それを「岩田社長を任命した責任など総合的な判断」だとして、クビにしてしまったのだ。

「資本の力」だけで押し切ることはできない

これにはさすがの証券取引所も黙っていられなくなる。

7月30日には、JPXで斉藤氏の後任CEOである清田瞭氏が定例記者会見に臨み、そこで苦言を呈する。

「総会の直前になって議決権行使を行い、それによって子会社の安全装置とも言われる独立社外取締役の解任にまで至った」ことに対して「懸念」を表明したのだ。

さらに有識者からも問題視する声が上がった。

日本取締役協会(宮内義彦会長)は同じく7月30日に、「日本の上場子会社のコーポレートガバナンスの在り方」という緊急意見を公表。次のように厳しくヤフーを叱責した。

アスクルの社長候補の取締役を不再任にしただけでなく、同じ理由で、独立社外取締役まで全員不再任としたのは、親子上場企業のガバナンス上、重大な問題である。支配的株主の横暴をけん制するために存在している、独立取締役を緊急性も違法行為もない状態で解任できるならば、ガバナンスの基本構造が成り立たなくなる」

そのうえで、こう指摘する。

「グループガイドラインの主旨に明確に反し、独立取締役がゼロになった状況は、金融庁東証コーポレートガバナンス・コード上も、会社法上も立法趣旨としては大きな問題状況を生み出している」

そうした批判があがる中で、証券市場のルールを無視して、資本の力だけで押し切ることは、さすがのヤフーもできない。

結局はアスクルの社内役員を社長に据えることになる

独立取締役までクビにしたのは、ヤフーとしては「失策」だったとみられるが、やむにやまれぬ事情があったと推測される。総会後の取締役会が「社内」3人、「ヤフー派」3人、「独立社外取締役」3人となった場合、社内と独立社外取締役が一致すれば、これまでと状況は変わらない可能性が高かった。実際、岩田氏を執行役員などとして残すことも検討されていたようだ。3対3になれば、社内取締役は「親会社」の意のままに動くとヤフーは期待しているのだろう。

だが、そう簡単ではない。というのも「親会社・子会社」といっても、ヤフーとアスクルはこれまで別会社と言ってもいいほど、お互いに独立性を尊重する関係だった。

2012年から始めた一般向け通販サイト「LOHACO(ロハコ)」は共同事業という位置づけだが、配送を行う物流業務やメーカーとの共同製品開発業務などはアスクルが長年培ってきた独自のものだ。ヤフーからアスクルに出向している幹部社員は数人しかいない。

ヤフーが取締役会の過半を押さえても、会社全体を意のままに動かせるわけではない。株主総会で社内役員を社長に据え、その指示の下で運営していくしか手はないのだ。

臨時取締役会の延期は「戦術」

岩田氏を解任したきっかけは、2019年1月にロハコ事業をヤフーに譲渡するよう求めたことに、岩田氏や独立社外取締役が反対したことだったとされる。ヤフーはその後、ロハコ事業の分離は考えていないと公表しているが、だからこそ、アスクル全体を「乗っ取り」にかかったのだろう。

だが、総会後の取締役会には独立社外取締役がひとりもいないため、重要な事業の譲渡など、アスクルの少数株主の利害に関する決定をするのは難しい。ガバナンス・コードや実務指針などへのルール違反を解消するためにも、早急に臨時株主総会を開いて独立社外取締役を選任せざるを得ないだろう。

当然、クビにした独立社外取締役よりも、独立性が高い人たちを人選しなければならない。マスコミなど世間が注目する中での臨時総会になるだけに、思い通りに動いてくれる人材を据えるというのは簡単ではない。

総会を目前に控えた7月31日、アスクルは翌日に開くとしていた臨時取締役会を延期すると発表した。臨時取締役会では、「業務・資本提携契約」に基づいて、ヤフーが持つアスクル株式の買い戻し請求権を行使するかどうか審議することになっていた。それを急遽取りやめたことで、アスクルが完全に白旗を上げたようにも見えるが、実はアスクルの顧問弁護士である中村直人氏の「戦術」だという。

時間をかけても「交渉」で独立を求め続ける

買い戻し請求を行えば、ヤフーに契約を破棄させる口実を与えることになるが、その契約がなければアスクルの独立性を守ることが難しくなる。あくまで、契約に則った独立性維持を求め続けていくというわけだ。時間はかかっても交渉でヤフーからの独立を求めていくという。

ヤフーがアスクルを意のままに動かし、例えばロハコ事業のヤフーへの譲渡などを求めていくには、総会で選ばれた3人の社内取締役のうち、最低1人を「ヤフー派」に寝返らせることが必要になる。実際、岩田氏の解任を決める前後、ヤフー側はアスクルの取締役や執行役員たちと面談し、「懐柔」を試みてきた、と複数の役員は語る。

吉田仁・BtoB事業COO(最高執行責任者)、吉岡昭・BtoC事業COO、木村美代子・チーフマーケティングオフィサーの3人の社内取締役は総会直前までは「一枚岩」だといい、すでに岩田社長抜きで中村弁護士と総会後の対応を詰めている、とされる。

総会後もヤフーは表面上、アスクルの独立性や少数株主の利益保持を表明せざるを得ない。一方で、取締役会などでは、資本の論理を背景に、硬軟両様、社内取締役3人に言うことを聞かせようとするだろう。「彼ら3人もアスクルの独立性を守るために精一杯頑張ってくれると思います」と社長を追われる岩田氏はすがすがしい表情で語る。

株主総会で「勝利」を収めたかにみえるヤフーだが、アスクル側社内取締役が一枚岩であり続けるとすれば、騒動はそう簡単には終息しないということになる。

取引所トップがついに明かした「ヤフー・アスクル騒動」の最大問題点

現代ビジネスに8月1日にアップされた拙稿です。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66242

取引所トップがついに「懸念」を表明

「総会の直前になって議決権行使を行い、それによって子会社の安全装置とも言われる独立社外取締役の解任にまで至った」

東京証券取引所1部上場のアスクルに対して、親会社で東証1部上場のヤフーが岩田彰一郎社長と3人の独立社外取締役を再任拒否した問題で、東証を運営する日本取引所グループ(JPX)の清田瞭CEO(最高経営責任者)は7月30日の定例記者会見で、こう「懸念」を表明した。

8月2日に開くアスクル株主総会には、岩田社長ら10人の取締役選任議案が諮られるが、株式の約45%を握るヤフーと、約11%を持つ文具大手プラスはすでに、岩田氏らの再任に反対票を投じたと発表している。議決権の6割近くを保有する大株主が反対票を投じたことで、総会で岩田氏らが退任することは決定的となっている。

ヤフーは7月29日になって出したリリースで、「岩田社長の業績目標達成のための指導力及び実行力には疑問を持たざるを得ません」とし、岩田氏解任はあくまで業績悪化が理由だと強調している。

一方の岩田氏は、これまでの川邊健太郎ヤフー社長からの要求を暴露。アスクルの事業を手に入れるために経営権を奪取する「乗っ取り」が狙いだとしている。

取引所のトップまでが「懸念」を表明した背景には、ヤフー側の「失策」がある。岩田氏だけではなく、アスクルの独立社外取締役3人をも同時に再任拒否したことだ。

その3人がいずれも大物だったから問題が大きくなった。ひとりは松下電器産業(現・パナソニック)で副社長まで務めた戸田一雄氏、もうひとりは東京大学名誉教授の宮田秀明氏、そしてJPXのCEOだった斉藤惇氏である。市場の番人だった斉藤氏をいとも簡単にクビにしてしまったのだ。

しかも、理由を「岩田社長を任命した責任など総合的な判断」だとしたのも墓穴を掘った。自分たちの言うことを聞かないから独立役員を解任したというのが白日のもとに晒される結果になったからだ。

実質的な支配権を握る親会社が存在する上場子会社の場合、独立社外取締役の役割は大きい。親子上場の場合、親会社と子会社の利益が相反するケースが起きるため、独立社外取締役は子会社株主、大株主を除く少数株主の利益を守ることが最大の役割になる。

アスクルの場合、取締役候補を選ぶ「指名・報酬委員会」も独立社外取締役らが中心となっている。6月末に岩田社長がヤフーから水面下で退任を求められた際も、岩田氏は「指名・報酬委員会」に諮り、独立役員が岩田氏を含む原案通りの候補を総会に出すことを決めている。

ヤフーが独立取締役3人も「解任」した理由は、総会後の取締役会の構成にあったと見られる。

岩田社長ひとりを再任拒否した場合、取締役は9人になる。ヤフーから派遣されている輿水宏哲氏と社外取締役でヤフー取締役専務の小澤隆生氏、社外取締役の今泉公二プラス社長の3人が「ヤフー派」、吉田仁・BtoB事業COO(最高執行責任者)、吉岡昭・BtoC事業COO、木村美代子・チーフマーケティングオフィサーの3人が「社内取締役」、そして独立社外取締役3人という構成だ。

社内取締役と独立社外取締役は岩田氏がトップにいないと事業が回らないとみており、岩田氏を非取締役の執行役員にすることも検討していた。取締役会が6対3ならば従来通りの体制が続く可能性があったのだ。おそらく、それを阻止するために社外取締役を切り、取締役会を3対3にすること狙ったのだろう。

ガバナンスとはなにか

社長の再任に反対するならば、ヤフーが社長を送り込むのが筋だろう。ところが、ヤフーは、「総会にて岩田社長の取締役の再任議案が否決された場合、当社はアスクル筆頭株主として、引き続きアスクルの上場企業としての独立性が重要との考えから、新経営陣とアスクルの意向を尊重いたします」とし、「社長はアスクルの取締役会が選ぶ」という建前を強調している。

実はアスクルとヤフーの間には、会計上は連結子会社にするが、独立性は尊重するという「業務・資本提携契約」が存在する。そこには、株の買い増しができないことや、ヤフー側から送りこめる取締役は2人までとすること、その他の取締役についてはアスクルの指名・報酬委員会による決定を尊重することなどが記載されている。表立って強権を振るえないのは、この契約があるからなのだ。

さらに、資本の論理だけで上場子会社を完全にコントロールした場合、東証が定めるコーポレートガバナンス・コードや、経済産業省が決めた「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」に完全に違反してしまう。

独立社外取締役3人の再任を拒否したことで、このままでは株主総会後は、独立社外取締役がひとりもいない状態になる。これはこうしたコードや実務指針に完全に反する状態になってしまう。JPXの清田CEOが「懸念」を表明せざるを得なくなったのは、それによって少数株主の利益を守る仕組みがなくなってしまうからに他ならない。

ヤフーはコードや実務指針について、プレスリリースの中で、「アスクルの一般株主の利益に十分配慮し、同社における実効的なガバナンス体制の確保に向けて行動をしていく考えです」としている。資本の論理でガバナンスのルールを無視しているわけではない、と言っているわけだ。

その上で、独立社外取締役をクビにしたことについても、「業務執行(経営判断)を監督する役割などの観点から」反対したとし、社長の任命責任という理由はいつの間にか消えている。

さらに、「独立社外取締役に、『一般株主の利益を確保する役割』を果たしていただくことは、ヤフーがアスクルの大株主として、アスクルにおける実効的なガバナンスの確保を図る責任を果たすうえでも重要と考えています」と、言い訳に徹している印象が強い。

 

異様な資本形態

東証トップの「懸念」表明によって、株主総会後に独立取締役がいなくなる状況が「ルール違反」として東証から問題視される可能性が強まった。

株主総会でヤフーが動議を出して新たな独立取締役を選ぶことも可能だが、それをやれば、大株主が気に入らない独立取締役をクビにして、言うことを聞く役員に入れ替えたことを満天下に晒すことになるため、これは難しいだろう。

ヤフーはプレスリリースで、「速やかに、アスクルにおいて臨時株主総会などを通じて、新たな独立社外取締役の方が一般株主の利益を確保するに十分な人数選任されるよう、アスクルにおける指名プロセスの独立性を前提としつつ、当社としても最大限協力していきます」としているが、そうした「表明」だけで、ルール違反状態を東証が許すのかどうか。

クビになる独立社外取締役ら独立役員会のアドバイザーにはコーポレートガバナンスの第一人者でJPXの社外取締役も務める久保利英明弁護士が付いている。

清田氏は、アスクルとヤフーの親子上場だけではなく、その上にソフトバンクソフトバンクグループが存在する「親、子、孫、ひ孫の四重構造」になることにも「非常に興味を持って見ている」としており、JPXがこうした多重上場の制限などに動く可能性も示唆している。

資本の論理だけで強権発動することは法的には許されているが、ヤフーは明らかに証券市場のルールを踏みにじっている。岩田社長はヤフーのやり方をこう批判する。

「私に自主的な退任を求めてきた時もそうですが、『議決権の60%を持つ株主が言っているのだから分かっているよね』というふうに、社長というポストを取らなくても資本の論理で役員や社員に言う事を聞かせる、そういう会社にしてしまうということでしょうか。そうなれば、少数株主やステークホルダーの利益は関係なく、何でもできてしまう」

ヤフーとアスクルの騒動は、日本の証券市場の歪みを如実に示している。