「親子上場」で無視される少数株主の権利 ヤフー・アスクル経営権争奪戦の「背景」

ビジネス情報誌「エルネオス」の8月号(8月1日発売)『硬派経済ジャーナリスト磯山友幸の《生きてる経済解読》』に掲載された原稿です。是非お読みください。

 

昨年末、ソフトバンク・グループ(以下、ソフトバンクG)の子会社である「ソフトバンク(以下、ソフトバンクKK)」が東証一部に上場した。もともとソフトバンクGが行っていた電話事業を分離して子会社化し、それを上場したのだ。公開後もソフトバンクGがソフトバンクKKの発行済み株式数の六六%超を持ち続けており、親会社も子会社も上場企業という、いわゆる「親子上場」の典型例になった。
 先進国の資本市場では「親子上場」は極めて異例だ。ある事業を分離して別会社にすることはよくあるが、それは第三者に事業を売却するのが狙いで、上場したとしても保有株の大半を売り切り、「親子」でなくなるのがほとんどだ。
 親子で上場すれば、親会社の株主と子会社の株主で利益相反が起きることになりかねない。親子間の商取引で親会社に有利な条件にすれば子会社の株主にとっては不利益になる。
 世界の企業のグループ経営は、連結決算の上位にある親会社が上場し、その価値をどう高めていくか、という視点で経営されるから、子会社に株主をつくって、そこで配当をするという考え方は起こらない。
 もう一つ問題が起きる。上場する子会社は圧倒的な「支配株主」が存在するわけだから、その他の株主、いわゆる「少数株主」は不利になる。ソフトバンクKKの場合、三分の二の株式をソフトバンクGが押さえているから、会社の方針はすべて親会社の意向で決まることになる。六六%を握っていれば、会社の方向性を決める重要な決定である「特別決議」をするのに必要な三分の二を初めから押さえているに等しい。つまり、その他の少数株主の声は聞く必要がなくなり、上場企業の自主性、独立性を初めから踏みにじる。

ヤフーの連結子会社化の際には
アスクルの独立性維持で合意

 そんな親子上場の問題が噴出する事例がこのほど表面化した。東証一部上場でオフィス用品通販大手のアスクルと、同社の株式の四五・一八%を持つ、同じく東証一部上場のポータルサイト運営大手ヤフーの間で、経営権を巡る騒動が勃発したのだ。ヤフーのアスクル株持ち株比率は四五%だが、実質支配力基準を取る国際会計基準IFRSを使うことで、二〇一五年にヤフーの「連結子会社」になった。連結決算の対象にする際に、ヤフーとアスクルは業務・資本提携契約書を交わし、アスクルの経営の独立性を維持することで合意。これ以上の株式の買い増しはしないこと、取締役会に送り込むヤフー側の取締役を二人に限定すること、取締役の選任はアスクル側の手続きで行うことなどを申し合わせていた。
 それが、今年六月に突然、アスクル岩田彰一郎社長(写真)の退任をヤフーが求めたという。それをアスクル側が拒否すると、八月二日の株主総会で岩田社長の取締役選任議案に反対する旨を通告したのだ。創業以来社長を務める岩田氏を追い出せば、後は支配株主として自由にできると考えたのだろう。
 アスクルの岩田社長は記者会見を開いてヤフーの横暴ぶりに怒りをぶちまけたが、その際に強調したのがアスクルの一般株主、ヤフー以外の「少数株主」の利益が侵害される、という点だった。
 ヤフーは当初、アスクルに対して一般ユーザー向けの通販事業であるロハコをヤフーに譲渡するよう求めてきたという。これをアスクル社外取締役や社外監査役らで構成する「独立役員会」が審査し、ヤフーの利益にはなるかもしれないが、アスクルの少数株主の利益には反するとして、拒否していた。
 ヤフーは岩田社長の再任を「数の力」で拒否し、岩田氏を追い出せば、取締役会を支配でき、ロハコ事業を手に入れられる、そう考えたのだろうか。
 通常、株主が会社側の取締役選任議案に反対する場合、株主提案をして独自の候補を立てるのが普通だ。あるいは、会社を自由にしたければTOB(株式公開買い付け)を行って少数株主の株式を買い取り、一〇〇%子会社化する手続きを取る。ところが、今回、ヤフーはどちらの手続きも取っていない。株主総会の場で、いきなり岩田氏を取締役から排除し、その他の取締役に言うことを聞くよう、半ば恫喝しているわけだ。
 当初ヤフーは、八月二日の株主総会に「動議」を出し、別の人物を社長候補として取締役に選任するのではないかとみられたが、総会を前にして、社長は送り込まないと表明している。まったく異例の展開になりそうだ。

「成長戦略実行計画」の中でも
市場の信頼性毀損を懸念

 実はヤフーもソフトバンクKKの「子会社」である。もともとソフトバンクGの傘下だったが、上場企業として独立性が高かった。ところがソフトバンクGの子会社であるソフトバンクKKに株式が譲渡されソフトバンクKKの子会社となった。つまり、ソフトバンクGからみれば孫会社になったのだ。
 つまり、アスクルはヤフーの「子会社」だから、ソフトバンクGから見れば「ひ孫会社」ということになる。そのいずれもが上場しているという、世界的に例を見ない歪な垂直関係になっているのだ。
 かねてから「親子上場」は問題視されてきた。実は今年六月に閣議決定された「成長戦略実行計画」の中でも、日本のコーポレートガバナンスの見直しの課題として親子上場が指摘されている。そこにはこう書いてある。
「特に、支配的な親会社が存在する上場子会社のガバナンスについては、投資家から見て、手つかずのまま残されているとの批判があり、日本市場の信頼性が損なわれるおそれがある」
 政府が懸念していることが、まさにソフトバンク・グループで起きているのだ。金融庁東京証券取引所は今後、上場子会社の独立性保持や、親子上場の制限といった政策を検討していくことになるだろう。そういった面でも、今回のアスクルとヤフーの騒動の行方が注目される。
 ヤフーには一〇%強の株式を保有する文房具大手プラスも同調すると発表している。株主総会となれば、ヤフー側が六割近い株式を押さえていることになり、資本の論理だけでいえば、ヤフーの勝利は歴然としている。しかし、議決権の過半を握れば何をやってもよいのか、少数株主の利益は守られないでよいのか。日本の上場企業のあり方が根本から問われることになる。

日本だから実現できた「妥協しない」モノづくり

Wedge Infinityで公開されている Wedge(ウェッジ)2018年11月号掲載の「Value Maker」です。オリジナルページ→

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/14937

「ありそうで無いもの、長く使っていて飽きないものを作ってきました」

 そう語るのは、「ポスタルコ(POSTALCO)」のブランドでステーショナリーや革製品を生み出してきたデザイナーのマイク・エーブルソンさん。妻で同じくデザイナーのエーブルソン友理さんも、モノづくりでは「妥協はまったくしませんね」と笑う。

 そんなふたりが作る「ポスタルコ」の品々にほれ込む顧客は、世界に広がっている。

東京に拠点を移した理由

 ふたりが出会ったのは米国ロサンゼルスにある美術大学「アートセンター・カレッジ・オブ・デザイン」。マイクさんはプロダクトデザイン、友理さんはグラフィックデザインを学んだ。卒業後はニューヨークでデザインの仕事をしていたが、意気投合して2000年にブルックリンで「ポスタルコ」を共同で創業した。

 だが、ふたりは翌年、「ポスタルコ」の拠点を東京に移す。自分たちのデザインを形に変えていくには、技術と熱意を持った職人との共同作業が不可欠だと感じたからだ。東京にはそうした職人が存在していたのだ。

 「例えば、この名刺入れ。開くと口が大きく開きます。そのためには高い技術が必要とされる縫製部分が増える。他の名刺入れにはない縫い方にすると職人さんにとっては面倒なのですが、たくさん名刺が入った時も形が崩れずにきれいに見えます」

 そうマイクさんは言う。そんなデザイナーの注文に根気よく付き合ってくれる職人が日本にはまだまだいる、というのだ。

 エーブルソン夫妻の流儀は、デザインしたら後は職人任せというのではない。職人と共に何度も試行錯誤を繰り返す。ただし、あくまでデザイン先行ではなく、使いやすさが第一だ。

 01年に初めて作った書類ケース「リーガルエンベロープ」は18年たったいまでも作り続け、店頭に並んでいる。何も入れないと薄くたためるが、マチがあってしっかり書類が入る。手で握る部分は革で、耐久性が高い。

 当初は想定していなかったが、最近はノートパソコンを入れる人も増えた。まさしく、ありそうでなかった便利なモノの代表格だ。

 「妥協しないモノ作り」には最適の場所である日本だが、その最大の難点は「安いものが作れないこと」だった。

 また、職人の手作業頼みの商品では、難しいものになればなるほど、数が作れない。どうしてもコストが高くなってしまうわけだ。

 例えば、構造の設計を一からデザインしたボールペン「チャンネルポイントペン」は無垢の金属棒から職人がひとつひとつ手作業で削り出している。

 ペンをポケットなどに差した際にクリップだけがネクタイピンのように見えるデザインはシンプルだが、それを実現するのはペンの構造から考える必要があった。

 当然、「ポスタルコ」の製品の価格設定の仕方は、一般のステーショナリーとはまったく違う。

原価を積み重ねて価格を決める

 普通ならば顧客のターゲットを定めて価格帯を決め、それに合わせてコストを絞るようなやり方を大手メーカーなどは採る。

 だが、「ポスタルコ」は、まずデザインを決め、職人と製造方法を詰めた段階で、原価を積み重ねて販売価格を決める。職人にも満足してもらえる対価を払うよう努める。

 「もちろん、無駄なコスト増になることはお客様のためにならないので避けます」

 と、マイクさん。例えば、数センチの違いで規格から外れコストが2倍になるようなものは、規格内に収めてコストを圧縮する。

 だから、「ポスタルコ」の商品は決して安いわけではない。書類ケースは税込みで3万円ほど、ボールペンは4万円前後だ。名刺入れは1万2960円だ。

 できあがるまでの手間暇や職人の手作りであることを考えれば、相応の値段とも言える。また、長年使い続けることができれば、むしろ安い、と言えるかもしれない。

デザイン、発想を実現するツール

 東京・京橋の複合商業施設「京橋エドグラン」の1階に「ポスタルコ」の直営店がある。04年に京橋にショップを開いた後、12年に渋谷に移転。再開発でビルが完成した16年に再び京橋に戻った。ステーショナリーだけではなく、バッグなども置くガラス張りの店舗はオシャレな高級有名ブランド店ばりだ。

 一見、輸入品を扱っているようだが、初めての来店客は「日本の職人の手作り」と聞いて一様に驚くという。

 京橋はショールーム的色彩が強い。「ポスタルコ」は初めから「世界」を視野に入れた販売を展開してきた。使い心地の良いものに対する興味は全世界共通だと考えたからだ。インターネットの普及で、オンラインショップが俄然(がぜん)力を発揮した。

 いま、売り上げの半分近くは海外からの注文だ。ウェブサイトはオシャレだ。製作までのストーリーやデザイナーとしての思いがつづられている。もっぱら友理さんの得意分野だ。

 「ポスタルコ」の最新作は「モーグルスキーチェア」。北極圏で使う犬ぞりの形から着想を得た。家具にも領域を広げるに当たって、本物の木の家具にこだわる「カリモク家具」とコラボレーションした。

 カリモクと組めばより良い木材を調達でき、イメージ通りのイスが作れると考えたからだ。受注生産方式で販売する。

 「ポスタルコのお店自体を大きくしようとは考えていません」

 と、友理さん。ポスタルコはあくまで、自分たちのデザインをモノとして実現するひとつのルート。他の企業などとのコラボレーションに力を入れ、自分たちのデザインや発想がより多く実現すればよい。そう考えているようだ。

 大量生産、大量消費の時代は、「良いものをできるだけ安く」という理念でモノづくりは進んできた。だが、世の中が豊かになり、モノが有り余る時代になって、そうした理念はデフレを加速させることになった。

 その反省もあって、「本当に良いものを作り、きちんとした値段で売る」流れが強まってきている。消費者も、価格一辺倒ではなく、「長く使えるものなら、少々高くても、本物がいい」という志向に変わってきた。

 「ポスタルコ」の品々はそんな日本社会の変化にフィットしていると言えそうだ。

吉本が所属芸人と契約書を交わさない理由 だから2010年に上場廃止を選んだ

プレジデントオンラインに7月26日にアップされた拙稿です。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/29447

なぜ芸人への業務発注が「口頭」なのか

所属芸人による「闇営業」問題の矛先が、吉本興業に向かっている。

「闇営業」を行って反社会勢力から金銭を受け取ったとして所属先の吉本興業から契約解除などの処分を受けた宮迫博之さん(雨上がり決死隊)と田村亮さん(ロンドンブーツ1号2号)が7月20日、「涙の謝罪会見」を強行した。

これに対して、吉本興業の岡本昭彦社長が7月22日に5時間半にわたる「長時間ダラダラ会見」を行ったことで、多くの人の関心は吉本興業という会社と芸人の「契約関係」や「ギャラ」の実態へと移り、吉本興業コンプライアンスコーポレートガバナンスが問われる事態になっている。

多くの視聴者を驚かせたのは、吉本興業と芸人の間には「契約書」が存在せず、業務発注などは口頭で行われているということ。岡本社長は記者会見でこの点を追及されると、「どういう形が模索できるかやっていきたい」と回答した。

しかし、朝日新聞デジタルが7月13日に報じた大崎洋会長のインタビュー(「芸人との契約、今後も「紙より口頭で」吉本興業HD会長」)では、大崎会長はこう答えている。

「結論から言うと変えるつもりはない。吉本に契約書がないと言っているのは、つまり専属実演家契約のこと。それとは別に口頭で結ぶ諾成契約というものがあり、それは民法上も問題がなく成立する」

「所属」なのに、実際には「雇用」していない

つまり、出演依頼を口頭で行い、それを口頭で承諾すれば、契約が成立しているので、その方式を変えるつもりはない、というのだ。

吉本興業の仕事を受ける芸人は個人事業主という扱いで、「吉本興業所属」という言い方がされるにもかかわらず、雇用契約は存在しない。吉本興業自身もホームページで「吉本興業には総勢6000人以上の才能豊かなタレントが所属しており、テレビ、映画、舞台など幅広いメディアに送り出しています」としているが、実際には「雇用」していないのである。

大物タレントのビートたけしさんは、自身のレギュラー番組でこの問題についてこう発言していた。

「闇(営業)って言っているけど、それをやらなきゃ食えないような事務所の契約がなんだ。家族がいて食えないようにしたのは誰なんだと。だったら雇うなよ。最低保障くらいしろよということですよ」

そう怒りをぶつけた。「所属芸人」として使うならば、雇用契約を結び、最低限の賃金を払えというわけだ。雇用契約となればもちろん、国が定める最低賃金は保証される。だが、吉本興業の説明に従えば、芸人と吉本興業の間の関係は「雇っている」わけではない、ということになる。だから「個人事業主」である芸人が直接仕事を取ることも黙認してきた。

問題発覚以降、ことさら「闇営業」という言葉が使われ芸人が悪いというトーンで語られているが、実際は当たり前に行われてきたことなのだろう。

「ファミリー」で済む時代ではなくなった

こうした事務所と芸人の「関係」は100年にわたる吉本興業の歴史の中で生まれてきたものに違いない。昔は文字の読めない芸人もおり、紙の契約など他人行儀と見てきたのだろう。だから、会見で岡本社長の口からは「ファミリー」「家族」という言葉が何度も飛び出した。

だが、時代は大きく変わっている。

7月24日に公正取引委員会が開いた定例記者会見で記者から契約書を交わしていない点について問われた山田昭典事務総長はこう答えた。

「契約書面が存在しないということは、競争政策の観点から問題がある」

実は、公正取引委員会有識者会議を開いて芸人などの「個人事業主」と発注側企業の関係について2018年2月に報告書を公表している。「人材と競争政策に関する検討会報告書」がそれだ。

その中で、「発注者が役務提供者に対して業務の発注を全て口頭で行うこと、又は発注時に具体的な取引条件を明らかにしないことは、発注内容や取引条件等が明確でないままに役務提供者が業務を遂行することになり」「代金の支払遅延,代金の減額要請及び成果物の受領拒否、著しく低い対価での取引要請、成果物に係る権利等の一方的取扱い」といった行為を「誘発する原因とも考えられる」としていた。

法的に問題の多い「口頭契約」を続けるリスク

実際、ここ10年ほどの間に「下請法」が改正され、親事業者が個人事業主に役務提供委託する際には、下請法3条に定める書面を発行する義務がある。

いわゆる「3条書面」と呼ばれるもので、発注する業務内容や金額、支払期日などが記載される。吉本興業と芸人の会計でもこの下請法が適用されるが、芸能事務所が主催するイベントへの出演を個人事業主に委託する場合は、「自ら用いる役務の委託」に該当して3条書面を交付する義務が発生しないとされる。これがテレビなどに芸人を出演させる場合などにも適用されるのか、微妙なところだとされる。

一般の人には関係のない話と思われるかもしれない。だが、フリーランスで仕事をする人の増加や、「副業・複業」の解禁などで、いわゆる「個人事業主」として仕事を請け負うケースが急増している。吉本興業の芸人のような「立場」に立たされる働き手が増えているのだ。

こうしたフリーランスへの仕事の委託に関して今でも「口約束」や事前に条件を示さないで依頼するケースがままある。だが、こうした行動は、大企業はもとより、一定以上の規模の会社にとってはコンプライアンス上、重要な事項になっている。つまり、6000人ものタレントを擁しているかつては上場企業だった吉本興業が、法律的にも問題が多い「口頭契約」を続けていることは大きなリスクなのだ。

事実なら「下請けいじめ」と言われても仕方ない

報酬についても世間の常識からかけ離れていることが白日の下に晒される結果になった。

岡本社長は記者会見で吉本興業とタレントの「取り分」について、「ざっくりした平均値で言っても5対5から6対4です」と述べた。これに対してツイッターなどSNS上でタレントたちが猛反発する事態になった。

吉本所属の芸人、キートンさんはTwitterで、「ギャラ5:5だったのか てことは、私が海外に約1週間行ったあの仕事は、吉本は2万円で引き受けたのか! 優良企業」と投稿。今年6月に解散したお笑いコンビ「御茶ノ水男子」の佐藤ピリオド.さんもTwitterで、「品川で初単独やった時。445席即完して。グッズも完売して。ギャラ2000円だったなぁ。御茶ノ水男子2人で4000円。9割9部9厘:1厘の間違いでは。それを社員さんに抗議に言ったら仕事減らされて。いい思い出だなぁ」と書いた。

事実だとすれば、独占禁止法で禁止されている「優越的地位の濫用」に該当、“下請けいじめ”と認定されかねない事例ではないか。

上場時には「反社と付き合いのある人」がいた

もう1つ、最大の問題は、反社会的勢力との関係だ。吉本興業は2010年に上場を廃止したが、反社会的勢力と決別することが大きな狙いだった、という。前出の朝日新聞デジタルのインタビューで驚くべきやりとりがされている。

「2010年の上場廃止とともにコンプライアンスがうまくいき、それを機に『反社会勢力との付き合いのある人には出て行ってもらった』というが、上場企業の方がコンプライアンスは厳しいのでは。上場時に反社会勢力と付き合いがある人が吉本にいたのか」という質問に対して、大崎会長はこう答えている。

「そうだ。具体的に誰かは言えない。亡くなった人もいる。非上場にして、それまで一般に紛れていた反社会の人や株主は排除できたと思っている。現在ではテレビ局や銀行などが株主なので、反社会の人たちが入る隙はない。もちろん、だからといっていい加減な経営をするというわけではない。そのために監査法人も日本で一番と言われているあずさ監査法人に変えて、コンプライアンスの小冊子も作った。非上場にしたからこそ、しっかりやってこれた」

「グレーな客」を芸人に押し付け、吉本は責任回避

2010年ごろは東京証券取引所が反社会的勢力を市場から退出させようと規制を強化していた時期と重なる。上場廃止基準にも「反社会的勢力の関与」という一文が書き込まれた。反社と付き合いのある会社は資本市場から退出させるという強い意志が示されたわけだ。

それに対して吉本興業は資本市場から自ら退出する道を選んだ。経営者や大株主に暴力団などとつながりのある人がいたということなのか。上場廃止でその株主と縁を切ることができたというのは、その株式を買い取ったということなのか。

吉本興業は「反社」とは縁を切ったと言いながら、芸人がいわゆる「闇営業」をやり、その中には「微妙な客」がいることも薄々承知していたのではないか。暴力団に詳しいジャーナリスト伊藤博敏さんは「反社認定は難しい」と指摘している(現代ビジネス「闇社会を長年取材をしてきた私が「吉本興業騒動」を笑えない理由」2019年7月25日)。自ら暴力団と名乗ったりする人は激減し、すべての問題人物や会社を「反社」だと警察が認定しているわけではない、というのだ。そうしたグレーな客との付き合いを、契約関係が曖昧な芸人に押し付け、会社としての責任を回避してきたのではないか。

非上場に比べ、上場企業の方がディスクロージャーコンプライアンスに対する要請も厳しい。「非公開にしたからやってこれた」という吉本興業の言い訳はあまりにも空虚だ。

「アスクル」乗っ取り「強権発動」に隠された「ヤフー」の陰謀

7月26日の新潮社フォーサイトにアップされた記事です。オリジナルページ→

www.fsight.jp

 東証1部上場のポータルサイト運営大手「ヤフー」と同じく東証1部上場のオフィス用品通販大手「アスクル」の経営権を巡る争いが、いよいよ佳境を迎える(2019年7月19日『「ヤフーVS.アスクル」が問う「資本市場の信頼性」と「少数株主利益」』参照)。焦点は、8月2日にアスクルが開く株主総会で審議される取締役の選任議案。株式の約45.13%を握るヤフーはすでに7月24日、岩田彰一郎・現社長の再任に反対する議決権行使を行ったと発表している。同じくアスクル株の11.63%を保有する事務用品大手「プラス」もヤフーと共同歩調を取っており、岩田社長が株主総会で取締役に選ばれないことが確定的になった。

「新社長」は誰に

 ヤフーは7月24日のプレスリリースで、「低迷する業績の早期回復、経営体制の若返り、アスクルの中長期的な企業価値向上、株主共同利益の最大化の観点から、抜本的な変革が必要と判断」したことが、再任反対の理由だとした。そのうえで、「業績低迷の理由である岩田社長を任命した責任など総合的な判断から、独立社外取締役の戸田一雄氏、宮田秀明氏、斉藤惇氏の再任にも反対の議決権行使を行」ったことを明らかにした。いずれの議決権行使もインターネットを用いた投票で実施したという。

 アスクルが議案としている取締役候補は10人。岩田社長のほか、吉田仁・BtoB事業COO(最高執行責任者)、吉岡昭・BtoC事業COO、木村美代子・チーフマーケティングオフィサーの「社内取締役」が4人、ヤフーから派遣されている輿水宏哲・執行役員社外取締役でヤフー取締役専務の小澤隆生氏、そして社外取締役の今泉公二プラス社長の「ヤフー派」が3人、戸田一雄・元松下電器産業(現パナソニック)副社長、宮田秀明・東京大学名誉教授、斉藤惇・前日本取引所グループ(JPX)最高経営責任者(CEO)の「独立社外取締役」が3人という構成だ。

 当初は岩田氏だけを否認するとしていたヤフーは、3人の独立社外取締役も「クビ」にする行動に出たわけで、これによって株主総会では「社内」3人、「ヤフー派」3人の取締役が選ばれることになりそう。ヤフーは岩田社長の後任について、7月18日に出したプレスリリースで、「新しい代表取締役社長についてはアスクルの取締役会で決議するものと考えています。当社から社長を派遣するつもりはありません」と公表しており、3対3の取締役会でどう決着を着けるのかが焦点になる。

 ヤフーから派遣されている輿水氏は、アスクル執行役員を務めるものの「まだ若く、とうてい事業全体を引っ張る力量はない」(アスクルの別の執行役員)という。BtoBのCOOである吉田氏やBtoCのCOOである吉岡氏は岩田体制の右腕・左腕で、岩田氏を放逐したヤフーに協力した場合、社内をまとめ切れるかどうか疑問。「良し悪しは別として、20年以上にわたって社長を続けてきた岩田氏がいなくなったアスクルの経営が大混乱に陥るのは明らか」(独立社外取締役の1人)と見られる。

孫正義会長の意向

 それにしても、当初は岩田社長だけを否認するとしていたヤフーが独立社外取締役の3人も否認したのはなぜか。3人は社会的名声も高い人たちである。

「私たちは業績が上がらないことにも厳しく苦言を呈してきたし、岩田社長を守ろうとしている訳ではない。資本の論理だけでデュープロセスを無視するヤフーのやり方が問題だと中立的な立場で申し上げてきた」

 と独立社外取締役の1人である斉藤氏は言う。取引所のトップを長年務めてきた斉藤氏から見ても、ヤフーの行動は「目に余る」ということのようだ。

 また、松下電器の副社長だった戸田氏も、

過半数の株を押さえたら何をやってもよいということが今の世の中で許されるのか」

 と憤る。上場企業として「指名報酬委員会」を置き、そこで決めたことを取締役会でも議決しているのに、支配株主だけの利益でそれを覆すことができるのなら、「独立社外取締役をやっていて何の意味があるのか」というわけだ。

 実は、指名報酬委員会は6人で構成されていたが、3人の独立社外取締役と、独立社外監査役の安本隆晴氏、岩田社長に加え、もう1人、不思議な立場の人が入っていた。弁護士の小林啓文氏だ。建て前はアスクルの顧問弁護士ということになっていたが、実は「ソフトバンクグループ(SBG)」の孫正義会長と長年にわたる関係を持ち、孫会長の右腕と言われてきた人物だ。アスクルの指名報酬委員会でも、「今回の問題が起きるまで議論をリードしていた」と指名報酬委員の1人は言う。つまり、アスクルの人事は孫氏の意向も反映されていた、というのである。

不可思議な「秘密契約」

 今回、ヤフーが突如としてアスクルに牙をむいた背景には、SBGの事情、孫会長の「心変わり」があると見られている。

 実は、ヤフーとアスクルの間には不可思議な「契約」が存在している。「業務・資本提携契約」がそれで、2012年にヤフーがアスクルに出資した際に結ばれ、2015年にヤフーの持ち株比率が高まるのを機に改定されている。アスクルが自社株買いを行うことでヤフーが保有する議決権割合がそれまでの41.9%から44.6%に高まり、国際会計基準IFRS)上、ヤフーの連結対象になったことがきっかけだった。

 2015年5月19日にアスクルが出した「ヤフー株式会社との業務・資本提携契約の更改に関するお知らせ」というリリースには、こんなくだりがある。

「当社は、すべてのステークホルダー(お客様、株主様、取引先様、従業員)への価値向上と、上場会社としての事業運営の独立性維持を前提に、そのような状況を了承しております」

 そのような状況というのは、IFRSで連結対象、つまり「実質子会社」扱いされることだ。

 この時も、アスクル社外取締役らによる「独立委員会」が検討し、「当社とヤフー株式会社の関係はイコールパートナーシップの精神が継続され、かつそれぞれが独立した上場会社として事業運営の独立性が確保される、との結論に至っております」という声明を出している。

 そしてヤフーも、2015年8月に出したリリースで、「当社はアスクルの議決権の過半数保有するには至っておりませんが、同社の株主構成および過去の同社株主総会における議決権の行使状況等を勘案した結果、同社がIFRS上の連結子会社に該当すると判断いたしました」としたうえで、こう述べている。

「当社およびアスクルは、上場会社として事業運営の独立性をお互いに尊重し、イコールパートナーシップ精神のもと、アスクルが運営するBtoC事業『LOHACO(ロハコ)』において、『お客様に最高のeコマースを提供する』という目標を推し進めて参ります」

 IFRSで実質子会社としながら、独立性は維持する――という契約が両社の間で結ばれたわけだ。

 しかし、ヤフーの有価証券報告書には、「議決権の所有割合は50%以下ですが、実質的に支配しているため子会社としています」と書かれているだけで、独立性を保証した契約の存在は一切書かれていない。

 一方、アスクル有価証券報告書には、業務・資本提携について書かれている。主として株式の希薄化に関して書かれており、アスクルが新株発行などをした場合、ヤフーが持ち株比率を維持できるよう調整することや、ヤフー側がそれ以上、株式の買い増しをして持ち株比率を引き上げられないことなどが記載されている。ただし、この文書を読んで「独立性を保証したもの」と気が付く一般株主は少数だろう。

狙いは「自社利益の底上げ」か

 ところが、実際の契約ではさらに細かく「独立性維持」の規定が盛り込まれていた。

 たとえば、ヤフーから送り込める取締役数は2人までとすること、その他の取締役についてはアスクルの指名報酬委員会で決定し、それをヤフーも承認すること、などが盛り込まれていた。しかもヤフーが契約に違反して株式を追加取得したような場合、アスクルもしくはアスクルが指定する第三者保有株を売り渡すよう請求することができる、と書かれている。

 ただし、ここが重要だが、この契約書には守秘義務が課され、契約の事実さえも、その内容も公表してはならないという規定がある。しかも、法令によって開示が求められた場合でも、公表の内容や時期、方法、想定問答の内容について相手方に事前に通知しなければならない、としているという。

 そして、ヤフー側の有価証券報告書に契約についての記載がないということは、ヤフー側の求めによって契約内容が秘密にされているということだろう。上場企業の、しかも独立性という極めて重要な問題における契約にもかかわらず、これほど厳重な「秘密」にすること自体、上場企業として極めて問題だろう。

 しかも、IFRS上の連結にすることで、ヤフーは大きなメリットを得ていたと見られる。

 ヤフーの2015年8月27日のリリースには、連結子会社として扱うことによって、2016年3月期決算で596億円の「企業結合に伴う再測定による利益」を計上した、とある。2016年3月期の当期利益は1724億円、前の期が1339億円だったので、連結対象にした「再測定利益」がなければ減益だった可能性もある。

 また、2016年3月期には売上高が6523億円と前の期より2000億円あまり増加したが、これもアスクルを連結対象にした効果と言える。2016年5月期のアスクルの売上高は3150億円だった。つまり、連結に加えることによって、業績が大きく増加しているように見えるのだ。

 ヤフーのリリースでは、アスクルが連結対象になったのは、アスクルによる自社株買いによってIFRS連結に該当してしまった、というトーンで書かれている。だが、実際には「ヤフーの側からIFRS連結にしたいので、自社株買いをして欲しいと言ってきた」(アスクル役員の1人)というのだ。独立性を維持するという契約書があるから経営権が奪われることはないと言って安心(油断)させておきながら、その実、IFRS連結に加えたのは、自分だけ利益を底上げすることが狙いだったのだろうか。

 そして今度は、その独立性の約束も反故にして、アスクル全体の経営権までを手に入れようとしている、と見ていいだろう。

「ヤフーの収益」を減らさないため

 ヤフーは、SBGの子会社で昨年12月に上場した「ソフトバンク」(以下ソフトバンクKK)の子会社になった。もともとヤフーにはソフトバンクの資本が入っていたが、独立性が尊重されてきたと言われる。それが2018年の社長交代を機に、「SBG」というグループにおける「コマ」の1つとして扱われている。

 そのヤフーは今年10月1日、社名を「Zホールディングス」と変更し、傘下に事業会社の新設「ヤフー」がぶら下がる形になるという。これによってアスクルはZホールディングスの傘下になるとされているが、そうなると、新設ヤフーの収益からはアスクルは除外されてしまう。もともと騒動の発端だったアスクルのBtoC事業「ロハコ」をヤフーに譲渡できないかという打診は、この新設ヤフーの収益を減らさないための方策だったのかもしれない。

 ヤフーの川邊健太郎社長は、月に1度、孫会長に会うたびに「いつヤフーは楽天を抜くんだ」と発破をかけられているという。

 ヤフーが強権を発動してまで「事実上のアスクル乗っ取り」(独立社外取締役の1人)に踏み切った背景には、見た目の利益を膨らませて株価を上げたいソフトバンクKKやSBGの圧力があることは間違いなさそうだ。

ヤフーと対立、アスクル「異例会見」が明かしたガバナンス問題の深淵

現代ビジネスに7月25日にアップされた拙稿です。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66083

異例の会見

東証一部上場のオフィス用品通販大手「アスクル」に対して、発行済み株式の45%を握る筆頭株主のヤフーが社長退任などを求めている問題で7月23日、アスクルの独立役員らが記者会見を開き、ヤフーの対応を厳しく批判した。

経営権を巡る争いで、社外取締役や社外監査役などの独立役員が独自に記者会見を行うのは極めて異例。大株主や親会社が存在する上場企業のコーポレートガバナンスのあり方を問う内容となった。

アスクルは、コーポレートガバナンス(の強化)に一生懸命取り組んできた。それを資本の論理だけで、いとも簡単に変えてしまう。世の中にあって良い話なのか」

アスクルの独立社外取締役を務める戸田一雄・元松下電器産業(現・パナソニック)副社長は、そう言って声を荒げた。

アスクルには3人の社外取締役と同じく3人の社外監査役がおり、「独立役員」として取締役会の諮問に応じて意見を述べてきたという。

7月10日付けでは6人の独立役員全員の連名で、ヤフーからの要求に対する意見書を提出。岩田彰一郎社長に対する退任要求は、「上場企業としての当社におけるガバナンス体制を全く尊重していないものと言わざるを得ず、極めて遺憾」としていた。

独立役員会は1月にヤフーが一般消費者向け通販サイト「ロハコ(LOHACO)」事業について、ヤフーへの譲渡が可能かどうかを打診してきた際にも、岩田社長ら執行部の求めで、中立的な立場で検討に当たったという。

そのうえで、ロハコ事業を切り出すことはヤフー以外のアスクル株主、いわゆる少数株主に損失を与えることになりかねないという結論に達し、取締役会に意見を具申。それを受けて岩田社長がヤフーに譲渡不可の回答をしたと言う。

資本の力

その段階ではヤフー側は「真摯かつ誠実な検討に感謝する」旨の返事をしていたにもかかわらず、6月27日になって、突如、岩田社長のもとを訪れ、社長退任を迫った。

この点に関して戸田氏は、「ヤフーはアスクルの指名プロセスを認識しており、仮に取締役候補者について意見があるなら、派遣取締役を通じて指名・報酬委員会にその旨を伝えるべき」だったのに、「ヤフーは指名・報酬委員会での議論が終わった後、株主総会の直前になって、岩田社長個人に対して辞任を迫るという方法をとった」とし、上場企業がガバナンスの仕組みとして決めたプロセスを無視して、持ち株比率という資本の力だけでごり押ししようとしている点を強く非難した。

「時間切れを待っておったかのごとくの態度は、本当にガバナンスが存在しているのか、本当に残念」と語っていた。

そのうえで、アスクルの独立役員会は、

1)8月2日のアスクル株主総会では岩田社長を含む取締役候補を選任したうえで、来年に向けてヤフーの意見も踏まえたうえで十分に時間をかけて議論すべき、

2)ロハコ事業については2018年12月にヤフー派遣の取締役も出席のうえ決定した再構築プランの効果を検証してから、今後について検討すべき、

3)ロハコ事業の譲渡が再び議論される場合は、ヤフーとアスクルとの利益相反取引である点を理解し、極めて透明性の高いプロセスの下で交渉すべき、

――という3点を改めて意見として公表した。

同席した独立役員会アドバイザーでコーポレートガバナンス問題の第一人者でもある久保利英明弁護士は、ヤフーが数を頼みに株主総会で岩田社長の再任を拒否すること自体は可能としながら、「法的効果があるのか、様々な問題が生じる。そのリスクを負いながら、ヤフーさんは(総会で強行することを)やりますか、ガバナンスを踏みにじってもやるんだというのであれば、レピュテーション(評判)リスクを負って、総会後も荒事が続くことになる」との見方を示した。

日本のコーポレートガバナンス問題

同じくアドバイザーの松山遥弁護士も「支配株主としての義務、マナーがある」とし、総会の1カ月前という直前のタイミングで退任を求めてきたことを批判。ヤフー側は岩田社長の再任に反対するとしているだけで、「新しい代表取締役社長についてはアスクルの取締役会で決議するものと考えています。当社から社長を派遣するつもりはありません」としている点について、最低限のマナーを守っていないとした。

ヤフーとアスクルの資本関係は微妙。同席した社外監査役の安本隆晴氏は、「会社法上はヤフーは親会社ではないが、(国際会計基準の)IFRSが言っている(実質基準というのも)半分正しいのかと思うので、親といっても良いのかと」と歯切れが悪い。日本基準では株式の50%超を保有しなければ親子ではないが、ヤフーは45%の保有にとどめながら、IFRSの実質基準を使って子会社と「認定」してきた。

一方で、アスクルとは経営の独立性を保証する内容の「業務・資本提携契約」を結んでおり、アスクルはヤフーに経営権を取られない仕組みを保持してきたと考えている。

契約上は支配はしないが、IFRSは連結という不可思議な関係が、両社の関係が微妙に変化することで問題化しているとも言える。

ヤフーが約束してきた傘下においても上場企業としての独立性を維持するというガバナンスの仕組み自体が、そもそも無理だったということかもしれない。

「フランクに言うと、自分は何をやっているんだ、独立取締役としてやってきたことが、こうも簡単に(資本の論理だけで)終わってしまうのか。ガバナンスをしっかり日本に定着させることが必要だ」

戸田氏はそういって唇をかんだ。独立役員だけという異例の記者会見は、戸田氏の強い思いがあって実現した、という。

親子上場どころかひ孫までを上場させる異形の多重上場を許す日本のコーポレートガバナンスや資本市場のあり方に一石を投じたことは間違いなさそうだ。

 

高額報酬が「当たり前」時代の落とし穴

7月16日付のCFOフォーラム「COMPASS」に掲載された拙稿です。オリジナルページ→

http://forum.cfo.jp/cfoforum/?p=12456/

 この1年、カルロス・ゴーン日産自動車前会長や、JIC(産業革新投資機構)役員の高額報酬批判が世間を騒がせてきた。だが、サラリーマン社長でも1億円以上の高額報酬を得るというのが、どうやら「当たり前」の時代になってきた。

 東京商工リサーチが3月決算企業の有価証券報告書を調べて集計した「報酬1億円以上」の役員は、275社564人と今回も過去最多を更新した。前年は240社538人だったので、社数が約15%、人数が約5%増えたことになる。集計対象は2,400社で、1割を超す企業で1億円以上の役員が存在することになる。


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「全体がひとつの旅館」でまちおこしに成功した城崎温泉

Wedge(ウェッジ)7月号(2019年6月20日発行)掲載の「Value Maker」です。

 

 

 文豪・志賀直哉の「城の崎(きのさき)にて」で知られる兵庫県豊岡市城崎温泉には、一風変わった「おきて」がある。

 それぞれの旅館やホテルにある温泉の浴槽の大きさが一定の広さ以下に制限されているのだ。

 旅行客は温泉宿の湯に入るのではなく、もっぱら、浴衣に着替えて手ぬぐいを持ち、温泉街に7つある「外湯」へと出かけていく。たいがいの旅館がフロントでバーコードの付いたカードを渡し、客は外湯の入り口でそれをかざして無料で入浴する仕組みだ。

 川沿いに柳の木が植わり木造3階建の旅館が並ぶ温泉街を、浴衣でそぞろ歩くのは何とも情緒がある。最近は欧米を中心に外国人観光客の間で大人気の観光スポットになっている。

 実は、浴槽制限には昔からの城崎温泉の哲学が隠されている。「まち全体がひとつの旅館」という考え方だ。それぞれの旅館は「客室」で、駅が「玄関」、道は「廊下」、土産屋は「売店」で、外湯が「大浴場」。スナックやバーもまちなかに並ぶ。

 有名温泉地の大ホテルによくある、スナックやカラオケからラーメン屋まで館内に揃っているというスタイルとはまったく逆なのだ。温泉街全体が豊かになり、まちとして活気にあふれることで、皆が潤う。そんな「共存共栄」が基本になっている。

 このコンセプト、昨日今日に始まったものではない。大正14年、1925年5月に発生した北但大震災によって、城崎の温泉街は完全に破壊され、発生した大火によって、ことごとく焼失した。当時の温泉旅館の主たちは、街路を整備し、元の木造建ての旅館を再建すると共に、共存共栄のルールを決めたのだ。今も、まちなかには「共栄なくして共存なし」と言ったキャッチフレーズが貼られている。

 そんな城崎のコンセプトが、ここへ来て新たな花を開き始めている。まちなかに新しいお店が次々とオープンしているのだ。老舗旅館を継いだ若手経営者を中心に、自分たちのまちに「再投資」するようになっている、というのだ。大きなきっかけは、外国人旅行者の急増だ。世界の観光地としてどう城崎温泉を磨いていくのか。そう考える経営者が増えているという。

 

まちなかにクラブサロンを作る

 「まちのクラブサロンを作ろうと考えたんです」というのは、創業160年の老舗旅館「西村屋」の7代目である西村総一郎社長。44歳。そんな若手経営者のリーダー格だ。メインストリートに面した西村屋本館の隣に、「さんぽう西村屋本店」という新しい施設を建てたのだ。まさに温泉街の中心である。

 1階は遅い時間まで夕食が食べられるレストラン「さんぽうダイニング」、2階はソファーやライティング・デスクが置かれ、飲み物やスナックを用意した「さんぽうサロン」。都会のホテルによくある「クラブ・ラウンジ」を、まちなかに作ったのである。この「サロン」、どこの宿に泊まっている客でも定額2000円(税別)で閉店まで何度でも出入りできる。

 城崎温泉は外湯巡りが名物だが、これまで外湯から外湯へと歩く途中でのんびり休憩する場所が少なかった。特に冬は雪や寒さをしのぐ場所が欲しい。そんな時にのんびりできる、まさにリビングが誕生したのである。

 1階の入り口には但馬の名産品や西村屋のオリジナル商品などを扱う「さんぽうギフト」も設置した。西村屋の料理人が厳選した松葉蟹と但馬の山椒を合わせた「蟹山椒」は売り切れになるほどの人気商品になった。

 「さんぽう」の名前の由来は「三方良し」。客と店と地域がそろって潤うという精神を表している。まさに、城崎温泉の精神そのものを体現した店名なのだ。また、敷地内には三柱神社があり、そこには火とかまどの守り神である三宝荒神が祭られている。そんな地域の神様への感謝の心も含まれているという。

 

次々に新店舗

 「さんぽう」だけでなく、城崎には新しいお店が次々にオープンしている。同じく老舗旅館のときわ別館などが出資して作った「ときわガーデン」もそのひとつ。外湯の「地蔵湯」の隣にできた。日本海の海産物や地物野菜などを大きなコンロで焼くバーベキューレストランで、クラフトビールもそろえた。こだわりのコーヒースタンドも併設して、外湯巡りをする人たちがテイクアウトできるオシャレなお店になった。

 昨年10月には、つちや旅館が消防署の跡地を利用した作った「UTUROI TSUCHIYA ANNEX」がオープン。カフェとギャラリー、2階は素泊まり専門の客室を作った。日本画家の山田毅氏が描いた作品に囲まれた空間でくつろぎ、地元の食材にこだわったサンドイッチとコーヒーが楽しめる。

 今、城崎の旅館は深刻な人手不足に悩んでいる。外国人旅行者の急増などで、宿泊希望者はいるにもかかわらず、配膳をする客室係などが足りないため、予約を断るケースまで出ている。

 そんな中で、旅館は素泊まりで、まちなかのレストランで食事をする外国人客などは、むしろ大歓迎なのだ。そのためには、オシャレで旅行者に好まれる飲食店が不可欠だ。ときわガーデンやUTUROIのオープンはそうした流れに乗っている。

 そのほか、駅前の土産物店だった太田物産が改装して始めた「キノサキ・バーガー」も人気のお店になった。地元の但馬牛100%使用というこだわりが、外国人旅行者にも受けている。地元の人たちが一押しの寿司店「をり鶴」も改装して、リニューアル・オープンした。

 

80万人を目指す

 地域の人口減少、高齢化によって失われつつある活力を取り戻すには「2011年に50万人泊を切った年間のべ宿泊者数を、2020年には何とか80万人泊にしたいという目標でやってきた」と西村社長は語る。日本人の人口が減る中でも国内の宿泊客数を維持しながら、海外からの宿泊客数を増やす以外に手だてはない。そのためにも、まちが一丸となって温泉街に磨きをかけることが重要になる。

 温泉街のメインストリートは、自動車が自由に走れるため、せっかくの情緒が台無しになっている、と長年言われ続けた。温泉旅館の主たちが要望を続け、温泉街を迂回するバイパス道路の建設が県の計画に盛り込まれた。車が通らなくなれば、温泉街という「旅館全体」の価値が上がる。

 「旅館業は多額の設備投資が必要な分、客単価や稼働率が上がり、損益分岐点を超えると一気に潤う」と西村社長は言う。まち全体の付加価値を高めることで、まち中の皆が潤っていくーー。生産性の低さが指摘される日本の宿泊業や小売業にとって、城崎温泉のモデルから学ぶことは多い。