左官職人が味わわせてくれるかまど炊きのご飯

雑誌Wedgeに連載中の『Value Maker』がWedge Infinityに再掲載されました。御覧ください。オリジナルページ→https://wedge.ismedia.jp/articles/-/17004

Wedge (ウェッジ) 2019年 3月号 [雑誌]

Wedge (ウェッジ) 2019年 3月号 [雑誌]

  • 作者:Wedge編集部
  • 出版社/メーカー: 株式会社ウェッジ
  • 発売日: 2019/02/20
  • メディア: Kindle
 

 「かまどさん」をご存じだろうか。「おくどさん」「かまさん」「へっついさん」などともいう。地域によって呼び名は様々だが、昔はたいがいどこの家にもあった。土間の台所に作られた炊事用の「かまど」のことである。

 ガスコンロや電気炊飯器の普及と共にすっかり姿を消し、今ではほとんど見なくなった。薪(まき)をくべて裸火を燃やすことが難しくなり、古い家で存在はしていても、まったく使っていないケースが多い。新しく作ったり、修理するのは、よほどの伝統を重んじる旧家か、趣味人に限られる。

 奈良県宇陀市左官業を営む宮奥淳司さんは、そんな「かまどさん」を何とか後世に残す方法はないかと考えてきた。かまどを作る左官塗りの技術を伝承する職人も全国から姿を消しつつあった。

 きっかけは10年ほど前のこと。奈良市の旧市街地である「奈良町」の町づくり活動をしていた社団法人から、「かまどさん」を作ってほしいという仕事が舞い込んだ。

 それらの施工事例をホームページに載せると、うちでも作ってくれないか、という依頼が来るようになった。全国の飲食店などから年に2、3件の割合で注文が来るようになったのだ。かまど炊きのご飯がブームになったことが追い風になったようだった。

 だが、年にわずか数件では、世の中にアピールするには不十分で、「後世に残す」ことにはならない。もっと身近に「かまどさん」を感じてもらう方法はないか。

火の神が宿るかまどさん

 2015年頃のこと。宮奥さんは卓上で使える「かまどさん」を作り始めた。全国の左官職人も思い思いの卓上型かまどを作っていたが、自身の理想とする機能性・形にこだわった。

 卓上で使えるかまどは必要最小限の大きさ・重量でなければならない。強度を優先すると大きく重くなる。扱いやすさを優先すると華奢(きゃしゃ)な本体になってしまう。相反する要素を共存させることに苦労した。試行錯誤の連続の末に独創的な卓上かまどが誕生する。

 思わず撫(な)でてみたくなる丸みを帯びた愛らしい形、吉祥文様(きっしょうもんよう)にインスパイアされ、同時に吸排気効率の良い焚口(たきぐち)のデザイン、置く場所の傷付き防止に木製底板を組み込んだアイデアなどが認められ、16年には意匠登録が通る。

 完成した卓上型「かまどさん」は、固形燃料でご飯が炊ける。1合なら燃料1個、3合なら3個といった具合だ。かまどさんの上にコメと水を入れた専用の釜を乗せ、木製の蓋(ふた)を被(かぶ)せる。炊き上がりに30分ほどかかるが、本格的なかまど炊きご飯が自宅の食卓の上で味わえる。

 発表すると、評判が口コミでジワジワと広がった。

 そんな折、それが春日大社権宮司だった岡本彰夫さんの目に留まる。

 「かまどさんは火の神さんが宿るもの。だから、さん付けで呼び大切に扱われてきたんや」

 かまどは単なるモノではない。古(いにしえ)から人々は八百万の神を敬い崇めてきた。宮奥さんは、かまどづくりは襟を正して向き合うものだ、と改めて気を引き締め直したという。

 日本古来からの文物に通じる岡本さんはしばしば、「生活に密着していた当たり前のものほど、後世に残りにくい」と話す。

 当たり前だからこそ、文書などに書き残されず、使われなくなった途端、どう使われていたかが分からなくなる、というのである。

 おそらく「かまどさん」もそのひとつになるのだろう。もはやかまどさんを使って調理ができる人は全国でも数少ないのではないか。

 宮奥さんの作る卓上型「かまどさん」は、使い方の「模型」としても機能する。そうか、昔の人はこうやってご飯を炊いていたのだな、ということが腑(ふ)に落ちるわけだ。

 ちなみにこの「かまどさん」、最もシンプルなタイプで1基13万円(税込み)する。一見高いように思うかもしれないが、決して儲(もう)かる品ではない。

 さらに「高級バージョン」は20万円くらいになる。といっても宮奥さんの手間賃が大きく増えるわけではない。釜を据える口のところの漆喰(しっくり)が崩れないようにする「カマツバ」と呼ばれる金属製の輪など、外注で手作りしてもらうため、驚くほどコストがかかるのだ。

 「昔は鋳物でできた様々なサイズのものが安い値段で売られていたのですが、今は誰も使わないのですべて特注です」と宮奥さん。一度滅びたものを復活させようとすると、すべてが「規格外」になるため、猛烈な制作費がかかる。

 一つ一つ手作りで、コテさばきひとつで風合いが違う。注文制作で一つずつにシリアルナンバーが付いている。18年末の段階で「57」。ざっと50基が売れている。

宇陀への感謝の気持ち

 宮奥さんは自身の卓上かまどに「宇陀かまど」と命名した。生まれ育った宇陀への感謝の気持ちを込めている。

 宮奥さんの住む宇陀は、古事記にも登場する歴史を帯びた地域で、都と伊勢神宮などを結ぶ街道筋にあった。歴史を持つ旧家が今でも多く残り、漆喰の土蔵や壁の修復、作り直しといった伝統的な左官の仕事が比較的多くある土地柄だ。

 父の下で修業を積んだが、宇陀という「場」がなければ、左官職人としての今の宮奥さんはない。

 また、奈良は多くの神社仏閣があり、文化財修理の仕事も少なくない。宮奥さんは今、奈良「南都七大寺」の一つ薬師寺の国宝東塔の解体修理に関わる。昔の左官職人の技に舌を巻くことしばしばだという。

 ちなみに、土壁などは解体時に崩しても、再びその土を練り直し再利用するという。白鳳時代の職人がさわったであろう土を、今、自分がさわっているのだと考えると感動的だという。

 ところが最近では土をさわったことがない左官職人が増えているのだという。近代的な工法では、そもそも土壁自体が姿を消している。合板などのうえに、薄く壁材を塗り付けるような仕事ばかりが増えているというのだ。

 宮奥さんの「宇陀かまど」をさわると、何ともやさしい土の肌触りがする。滑らかな曲面をコテ一本で仕上げていく技は、そう簡単には磨けない。

 住み方のスタイルが変わり、住宅や住宅設備が「進化」を遂げていくなかで、古くからあるものを守り続けていくことは極めて困難だ。伝統技術を守るためだからと言って、白壁の土蔵を新たに建てるというのは簡単にはできない。

 卓上型の宇陀かまどは、台所の土間に鎮座する昔ながらの「かまどさん」ではないが、かまどさんがどんな使われ方をしていたかという日本人が受け継いできた「価値」や「想い」を確かに後世へと伝えていくことだろう。

フォーサイト「2020年の注目点、気になること」【テーマ編】

新潮社フォーサイトに1月2日にアップされました。

全文は、会員登録をしていただくとお読みいただくことができます。オリジナルページ→

https://www.fsight.jp/articles/-/46273

 

【日本経済:磯山友幸】不況下の賃金上昇

 消費増税の影響が予想以上に大きく、そうでなくても低迷していた消費が大きく落ち込んでいる。2020年はこの消費低迷がどこかで底を打つのか、それとも景気が底割れするのか、大きな焦点になる。一方で、団塊世代が全員70歳以上になり、本格的に労働市場から退出する。景気が後退したとしても、人手不足は逆に深刻化するだろう。

 最低賃金の引き上げもあり、人件費の上昇も続く。不況下の賃金上昇という「試練」に企業は直面することになる。だが、それは日本の経済構造を変えていくきっかけになるかもしれない。いかに付加価値を高め、収益を上げて賃金を引き上げていくか。本当の意味での働き方改革を促し、企業に高付加価値化を迫ることになる。

時計需要の好調に水を差す一大市場「香港」の行方

隔月で発行される時計専門誌「クロノス」に連載中の『時計経済観測所』2020年1月号(12月3日発行)に掲載の記事です。時計を通じて見える「景気」の行方などを解説しています。

クロノス日本版 2020年 01 月号 [雑誌]

クロノス日本版 2020年 01 月号 [雑誌]

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: シムサムメディア
  • 発売日: 2019/12/03
  • メディア: 雑誌
 

 香港での政府への抗議行動は一向に収まる気配を見せない。香港政府は警察によるデモ鎮圧を行い、大学構内への突入にまで踏み切った。死傷者も出ており「もはや内戦状態だ」という声も上がる。公共交通機関への影響もあり、香港を訪れる観光客は激減。観光業のみならず、香港の産業全体に影響を与えている。

 香港政府が10月31日に発表した2019年7-9月の域内総生産(GDP)速報値は前期比3.2%減と、リーマンショック直後の2009年以降、最悪となった。4-6月期は0.4%の減少で、2四半期連続のマイナス成長となったことで、定義上「リセッション(景気後退期)」入りしたことになる。

 10月以降も抗議活動はむしろ激化しており、10-12月期のGDPもマイナス成長が避けられない見通し。陳茂波(ポール・チャン)財政官は、2019年の香港経済は年間でマイナス成長となる可能性が「非常に高い」と述べている。

 そんな影響が時計市場にもはっきりと現れている。スイス時計協会がまとめた10月の国・地域別時計輸出額を見ると、香港向けは1億9130万スイスフラン(約209億円)と、前年同月に比べて29.7%減と大幅なマイナスになった。4月以降7カ月連続でマイナスが続いている。

 6月には米国向けに抜かれて輸出先別で2位に転落、7月は何とか1位に返り咲いたものの、8月、9月と続けて米国向けの後塵を拝した。さらに10月には中国本土向けにも抜かれ、3位に転落した。極めて異例の事態で、時計の一大需要地だった香港が音を立てて崩れている。

 1月から10月までの累計では香港向けは8.8%減の22億6180万スイスフランと、辛うじて首位を保っているが、2位で8.8%増の米国(19億7000万スイスフラン)、3位で15.6%増の中国本土(16億520万スイスフラン)に猛烈に追い上げられている。香港向けが落ち続け、年末商戦に向けた米国向けが好調だった場合、年間の輸出先として香港が首位から転落する可能性も出てきた。

 外交や安全保障問題が経済に影を落としているのは香港だけでない。香港同様、中国との関係が微妙な台湾も、香港の動乱を見て揺れている。2020年1月に行われる総統選挙では、現職で中国と距離を置く蔡英文総統が当初は苦戦するとみられていたが、香港の混乱を受けて台湾の人々の対中警戒感が強まり、一気に蔡氏が優先になっている。

 一方、中国との緊張が高まると、台中貿易にはマイナスで、景気に影を落とす。台湾から日本を訪れる訪日客も減少傾向になっている。

 スイス時計の台湾向けは1‐10月の累計では前年同月比0.8%増と低い伸びにとどまっている。

 また、米中貿易摩擦の影響で、半導体輸出が落ち込んでいる韓国も景気悪化が懸念されている。韓国の中央銀行である韓国銀行が10月24日に発表した7‐9月期の実質GDP(速報値)は前期比プラス0.4%。4‐6月のプラス1.0%から鈍化した。このままでは年間の成長率がリーマンショック後最低になるとの見方が広がっている。

 時計需要も同様に鈍化する傾向がみられ、10月のスイス時計の韓国向け輸出額は0.9%減とマイナスに転落した。日本との関係悪化に伴う相互の旅行客減少なども景気に影を落としている。

 スイス時計全体の1-10月の輸出額は前年同期を2.7%上回っている。2018年の211億7320スイスフラン(約2兆3000億円)を年間で上回れば3年連続の増加となる。2018年は世界全体としては時計など高級品が売れた良い年だったということになるのだろうが、最大の市場である香港の崩壊が今後どう影を落としていくのか。スイス時計の輸出のピークは2014年の222億スイスフラン。それを上回れるかどうかで、2020年の世界経済のムードが大きく変わることになるに違いない。

 

2020年、日本の株式市場の行方―― 海外投資家は日本を「買う」か「売る」か

ビジネス情報誌「エルネオス」2020年1月号(1月1日発行)『硬派ジャーナリスト磯山友幸の《生きてる経済解読》』に掲載された拙稿です。是非ご覧ください。

エルネオス (ELNEOS) 2020年1月号 (2020-01-01) [雑誌]

エルネオス (ELNEOS) 2020年1月号 (2020-01-01) [雑誌]

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  • 出版社/メーカー: エルネオス出版社
  • 発売日: 2020/01/01
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かつて財務省が省内中堅幹部を集めて、なぜ日本経済が成長しないか、その原因を非公式に探ったことがある。二〇一二年頃のことだ。結論は、日本が構造改革を怠り「グローバル化に乗り遅れた」こと。そして、企業が稼いだ利益を投資などに回さず、「内部留保を増やしている」こと、の二点だった。
 その後、二〇一二年末に発足した第二次以降の安倍晋三内閣では、アベノミクスの第三の矢として「民間投資を喚起する成長戦略」を掲げ、規制改革を通して日本の経済構造の改革に取り組んできた。その取り組みが十分かどうか、成果が上がっているかどうかについては今回論じる対象とはしない。もう一つの「内部留保」については、二〇一三年以降も増え続け、毎年、過去最高を更新している。
 財務省が毎年九月に発表する法人企業統計によると、二〇一八年度末現在の企業が持つ「内部留保(利益剰余金)」の総額は、金融業・保険業を除く全産業ベースで四百六十三兆一千三百八億円と、前の年度に比べて三・七%増加した。第二次安倍内閣発足時の二〇一二年度は三百四兆四千八百二十八億円だったので、六年で百五十八兆六千四百八十億円、企業は内部留保を積み増したことになる。内部留保は、二〇〇八年度以降は毎年増え続け、二〇一二年度からは七年連続で過去最大となっている。
 しかも、二〇一八年度の企業が持つ「現金・預金」は二百二十三兆円にまで膨れ上がっており、企業が利益を投資などに回さずため込む動きは収まらない。

株価が堅調だ。二〇一九年十二月十三日には日経平均株価が一年二カ月ぶりに二万四千円台に乗せた。世界経済の先行きに不透明感が強まる一方で、世界的なカネ余りが続いており、出遅れ感の大きかった日本株にこうした資金が向かったという。
 日本取引所グループがまとめている投資主体別売買状況(週次、二市場一・二部合計)によると、一月四日から九月二十七日までの三十八週のうち、「海外投資家」が買い越していたのは、わずか七週だったが、九月三十日から十二月六日の十週では、八週で「買い越し」ていた。この間の買い越し額は二兆円近くに達した。日経平均株価が二万一千円台から二万四千円台に急伸した背景には、こうした海外投資家の買いがあった。
 日本の株式市場の売買の中心は海外投資家で、彼らの動向が株価を大きく左右する。世界の株式相場が上値を追う中で、日本株の動きが鈍いのは、ひとえに海外投資家が日本株を敬遠してきたことが大きい。
 一二年十二月に第二次安倍晋三内閣が発足し、アベノミクスが打ち出されると、海外投資家は大幅に買い越した。一三年は十五兆一千百億円、一四年は八千五百億円を買い越した。アベノミクスの三本の矢の三本目である「民間投資を喚起する成長戦略」に海外投資家は注目し、「日本が変わるのではないか」という期待を寄せた。低収益で成長路線から外れた日本企業の収益力が二倍になれば、株価が二倍になってもおかしくない、と読んだわけだ。
 ところが、一五年には買いが止まり、金額は二千五百億円と小さかったものの、七年ぶりの売り越しになった。アベノミクスへの失望が広がり、「やはり日本企業は変われない」という見方が強まったのだ。翌一六年は三兆六千八百億円も売り越し、翌年は小幅の買い越しだったが、一八年は五兆七千四百億円の大幅な売り越しになった。

公的な資金で
日本株が買い支えられている

前述の通り、一九年も秋口までは海外投資家は「売り」先行だった。九月末までの累計で三兆円以上を売り越していた。それが二兆円近くを買い越した結果、十二月六日時点で「海外投資家」は一兆二千億円の売り越しになっている。年末に向けて大幅な買い越しが続けば、年間で買い越しに転じる可能性も出ている状況だ。一九年を海外投資家が二期連続の売り越しで終わるか、わずかながらも買い越しになるかで、二〇年の相場のムードは大きく変わってきそうだ。
 ちなみに、海外投資家の売買が注目される一方、個人投資家の「売り」は止まらない。一一年にごくわずか買い越したのを最後に、毎年、大幅な売り越しを続けている。一九年も十二月六日時点で三兆八千億円近い売り越しとなっており、八年連続の売り越しになるのはほぼ確定的だ。高齢化の進展によって、金融資産として持っていた株式を売却換金する流れがジワジワと広がっている。株価水準が上がれば、個人の売りが出てくるという傾向が強まっている。
 個人が大幅に売り越し、海外投資家も売り越し傾向だとすると、いったい誰が日本株を買っているのか。
 大きいのは事業法人の買い越しだ。一一年以降一八年まで八年連続で買い越しを続けており、一九年も買い越したもようだ。高収益を背景に、企業が「自社株買い」を続けていることや、投資で他社の株式を保有するケースが増えていることが背景にあるとみられる。
 また、信託銀行の買い越しも五年連続で続いている。年金基金の資金の運用を受託している投資顧問会社などが売買する際、信託銀行名義になるため、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)などによる日本株買いを表しているとみられている。
 さらに、日本銀行による株価指数連動型の上場投資信託ETF)の買い入れが、売り物を吸収している。日銀のETF買い入れは一七年度に六兆一千七百億円、一八年度に五兆六千五百億円に達した。明らかに公的な資金で日本株が買い支えられていると言える。

株主還元要求が増え
経営は株主重視へ

 では、二〇二〇年の相場はどうなるのだろうか。量的金融緩和を進める日本銀行の政策は変わりそうになく、ETFの買い入れによる株式市場からの吸い上げは続く見込み。個人投資家の株式売却も進んでいくだろう。企業による自社株買いも続くと見ていい。つまり、引き続き、海外投資家がどう動くかで株価が左右される状況が続くことになりそうだ。
 そんな中で、海外投資家は何を見て日本株に投資するか。
 年金基金などの機関投資家は中長期の視点で投資するので、明らかに日本企業の収益性がどう改善していくかを見ている。経営が変わり、ROE(株主資本利益率)などが大きく改善する余地があるかどうかを見極めて、「良い会社」に投資してくる。あるいは、すでに投資している会社に対して、株主として意見を言って経営改革を促すことも今後増えてくるだろう。
 日本もコーポレートガバナンス・コードなどを通じて、経営者と株主の対話を促しており、日本企業も投資家の声に耳を傾けるようになった。昨今、配当増額などの株主還元など「株主提案」を行ったり、長期無配企業の役員選任議案に反対投票する海外機関投資家が増えている。二〇二〇年も三月期企業の六月株主総会に向けて、株主提案などが増えるだろう。
 また、一九年はリクシルアスクルなどで経営権を巡る争いが表面化したほか、ぺんてるを巡るコクヨとプラスの株式争奪戦など、経営のあり方を株主が問うケースが増えた。日産自動車関西電力など不祥事を巡ってトップが代わる事態も相次いだ。いずれも、機関投資家など大株主の動きに左右される案件だった。
 日本企業の経営がより株主の利益を重視する方向に変わってくるのは間違いない。中長期にわたって海外の投資家に株を持ってもらう企業が増えていくかどうか。それが今後の日本の株式市場の行方を大きく左右しそうだ。

「ふるさと納税は間違い」とする総務官僚のウソ  国民が税金の使途を決めて何が悪い

プレジデントオンラインに連載中の『イソヤマの眼』12月27日掲載された原稿です。是非ご覧ください。オリジナルページはこちら→

https://president.jp/articles/-/31857

2018年度はついに5000億円を突破した

年末はふるさと納税の季節である。「過剰な返礼品競争は制度を逸脱している」「寄付なのに物品目当てはおかしい」といった批判があるものの、ふるさと納税制度による寄付額は増え続けている。

もともとこの制度に消極的な総務省は、2019年6月から、返礼品を寄付額の3割以下で地場産品に限るとする「新制度」に移行し、「行き過ぎ」にブレーキをかけたが、ふるさと納税への人気は一向に衰える気配を見せない。

全国の自治体が受け入れたふるさと納税の総額は、2018年度は5127億円と前の年度の1.4倍に拡大した。総務省が「過度な返礼品」を問題視して制度の見直しを打ち出したことから、「駆け込み」的に豪華な返礼品を出す自治体が出現、さらにふるさと納税人気が盛り上がった。

「ワンストップ特例制度」が始まった2015年度は1652億円と、前の年度の388億円から一気に4倍以上に跳ね上がったが、その後も年々、寄付額が増加。2016年度は2844億円、2017年度は3653億円となり、2018年度はついに5000億円を突破した。

「金持ちほど返礼品がたくさん」は不公平なのか

国民に大きく支持されているふるさと納税制度だが、総務省をはじめ霞が関ではとにかく評判が悪い。「あんな制度はさっさと止めるべきだ」と公言する官僚も少なくない。本来は住んでいる自治体からさまざまな住民サービスを受ける「原資」になっている住民税などを、他の自治体に回すことは本来の税金のあり方を歪めている、というのが彼らの主張だ。しかも、「税金を他に移しただけで、お礼をもらえるというのは理不尽だ」という。納税者の間にも、「金持ちほど返礼品がたくさんもらえるのは不公平だ」という声がある。確かに、義務である税金の支払いで物をもらって得をするというのは、正しくないという気もしないではない。

だが、総務官僚がふるさと納税を目の敵にするのは、そうした“正論”だけが理由ではない。

納めた税金は納税者が住んでいる地域だけで使われるわけではない。人口や所得によって自治体ごとの歳入に大きな差があるので、それを平準化するために、財政の豊かな自治体から貧しい自治体へ、資金を再配分している。地方交付税交付金である。

所得税法人税、消費税の大半はいったん国税として国が集め、それを地方に分配する。この分配権こそ、総務省(旧自治省)の巨大な利権であり、地方自治体に圧倒的に強い権限を行使する力の源泉になっている。

総務省から現役官僚が副知事や副市長、部長など自治体幹部に現役出向するのは当たり前で、退職後には知事選や市長選に打って出るというパターンが出来上がってきた。政府が選んだ知事を各県に送り込んで支配した明治の伝統が、形は変わっても生きているのだ。

税金再分配の権限を「納税者」にわたす制度

地方交付税交付金の支給権限が総務省にあることで、自治体は首根っこを押さえられ、国のいうことに従わざるを得なくなる。自治体とは名ばかりで、国の指示に従って国の行政事務を代行するというのが実態になっている。首長の最大の仕事は上京して、総務省など霞が関の役所や国会議員を訪ね、「陳情」して歩き、少しでも降ってくる予算を大きくしてもらうことだった。

その地方交付税交付金制度に穴を開けたのが、「ふるさと納税」制度だった。税金再分配の決定権限を、総務官僚ではなく、納税者自身が握ることになったのだ。もちろん、納税額のごく一部である。

制度自体は、菅義偉官房長官総務大臣だった際に政治主導で導入したものだ。秋田から集団就職で上京し、その後政治家になった苦労人の菅氏は、都市部に集中している税金の一部を生まれ故郷に還元する仕組みが必要だ、という声にいち早く反応したのだ。

もちろん財務省は反対し、地方税の一部を実質的に移す現在の仕組みが出来上がった。初年度は81億円。10兆円を超える地方税の個人住民税(2017年度決算では12兆8465億円)から見れば微々たるもので、総務省も当初は歯牙にもかけていなかった。

「ふるさと」とは関係ない金券を配る自治体も登場

一方で、自治体には大きな変化をもたらした。納税者に地場産品などの返礼品を送ることで、税収を増やすことができるようになったからだ。

地方では人口減少が大きく、税収減に悩んでいた。魅力ある商品を用意すれば、自治体自身のPRにもなる。「予算を使うのが仕事で、税収を増やすことを考える事がなかった自治体職員の意識が大きく変わった」と近畿地方にある山間部の市長は言う。実際、さまざまな創意工夫でふるさと納税集めに奔走する自治体職員が生まれた。

「仮に寄付額のほとんどを返礼品として返しても、地域の産業振興につながるので、自治体にとってはプラスだ」と九州にある市の市長は言う。市の判断で産業振興予算を付ける代わりに、返礼品に採用して納税者の「選択」に任せた方が、本当の意味での産業振興になる、と語る首長もいる。

そんな中で、「悪乗り」する自治体も現れた。地域の産業振興には必ずしも直結しない全国共通の商品券やギフト券、全国ブランドの商品などを返礼品として贈るところが出てきたのだ。ネットショップばりの品揃えの中から納税者が返礼品を選べる仕組みを作ったところもある。その典型的な例が大阪府泉佐野市だ。同市は2017年度に135億円を集めてトップになり話題を呼んだ。

泉佐野市は総務省に反発して「閉店セール」

もともと、ふるさと納税制度に批判的だった総務省にとって、制度を見直す格好のチャンスになった。2019年6月から新制度に移行することを決める一方で、総務省が繰り返し通達で求めていた、地場産品の利用や返礼品の金額割合を抑えることに従わなかったことを理由に、大阪府泉佐野市、静岡県小山町和歌山県高野町佐賀県みやき町を新制度の対象から除外することを一方的に決めた。

小山町などは総務省に恭順の意を示したが、泉佐野市は猛烈に反発。市長が先頭に立って総務省批判を展開し、副市長による記者会見を東京都内で開いたりした。また、制度から除外される5月末までの限定として、ギフト券を大盤振る舞いするなど「閉店セール」を実施、テレビの情報番組などでも大きく取り上げられた。

この結果、逆に泉佐野市の宣伝となり、2018年度は497億円を集めて圧倒的なトップになったほか、2019年度も2カ月だけとはいえ、多額の寄付を集めたとみられる。

泉佐野市は新制度から除外した総務省の決定を不服として、「国地方係争処理委員会」に申し立て、2019年10月に委員会は、「過去の募集方法を根拠に除外するのは改正地方税法に反する恐れがある」と指摘、総務省に再検討を求めた。それでも総務省は除外方針を変えなかったため、泉佐野市が高裁に提訴している。

総務省の「再分配」は本当に公平なのか

その後も総務省泉佐野市の全面対決は続いている。総務省が全国の自治体に分配する地方交付税交付金の2019年度12月分の特別交付税分を総務省が減額した。ふるさと納税で多額の寄付を集めたことを理由にした減額に、泉佐野市は「本市を狙い撃ちにした嫌がらせだ」と反発している。

もっとも、泉佐野市のような「やり過ぎ」の自治体との係争は、総務省にとっては願ってもないこと。本来は住民サービスに使われるべき税金が他の自治体に回り、しかも返礼品で納税者に戻っている、という批判を展開する格好の具体例になっているからだ。

では、総務省が行う地方交付税交付金による再分配は、本当に「公平」なのだろうか。全国に1765ある自治体のうち、財政が黒字で交付金を受け取っていない自治体(不交付団体)はわずかに86である。圧倒的多数が財政的に自立していないのだ。自治体の自主財源を増やして、財政自立を求めていく方針だったはずだが、不交付団体は一向に増えていない。再分配機能に名を借りた国による地方支配が続いていると言っても良い。

しかも、地方交付税交付金の総額は15兆2100億円にのぼる。ふるさと納税がいくら増えたと言っても5000億円だ。

納税者が「税金の使途」を決める動きを止めるな

だが、それでも総務官僚にとっては目の上のたんこぶなのだろう。泉佐野市のように財政支出を圧倒的に上回る自治体が出てくれば、実際に起きているように、総務省の言うことを聞かなくなる。住民からの歳入よりも、ふるさと納税による寄付額の方が大きい自治体も数多く出現した。

納税者の意識も変わってきた。ふるさと納税として寄付する際、その資金の使途分野を選択できるようにする自治体が大きく増えてきたのだ。総務省の調査では全体の95.5%が選択できるようになっている。分野だけでなく、具体的な事業まで選択できる自治体も20.1%に達している。

また、返礼品なしで、災害復旧などに寄付するものや、自治体が新規事業を掲げて原資としてふるさと納税を募る「ガバメント・クラウド・ファンディング」なども広がっている。

つまり、ふるさと納税をきっかけに、納税者が、自分が税金を払う自治体を決め、払った税金の使途も決めるという動きがジワジワと広がっているのだ。民主主義国家としては当たり前のこととも言えるが、これは税収を何に使うかを事実上決める権限を握り続けてきた官僚組織にとっては「脅威」に他ならないわけだ。

新制度によって、2019年度のふるさと納税額が、霞が関の期待通り頭打ちになるのか。はたまた一度根付いて国民に支持されている制度はそう簡単には衰えないのか。大いに注目すべきだろう。

「景気底割れ」間近か…!インバウンド消費がヤバいことになっていた  消費増税の影響大

現代ビジネスに連載されている『経済ニュースの裏側』に12月26日に掲載された拙稿です。是非ご覧ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/69458

増税対策も目立った効果なし

景気の「底割れ」懸念が強まっている。

10月1日からの消費増税の影響に加え、日本の消費を下支えしてきた「インバウンド消費」が変調をきたしていることから、消費の低迷が続いている。ポイント還元など政府による必死の「反動減対策」も今のところ効を奏していないようにみえる。

12月24日に日本チェーンストア協会が発表した11月の全国のスーパーの売上高は、全店ベースで前年同月比6.2%減と、10月の8.4%減に続いて大幅な減少になった。前年同月割れは7カ月連続だった。

また、店舗数調整後の既存店ベースでも、前年同月比1.4%の減少で、10月の4.1%減に続いて2カ月連続の減少になった。衣料品の落ち込みが大きいほか、食料品、住関連商品などいずれもマイナスになった。

百貨店の売り上げも厳しい。日本百貨店協会がまとめた11月の全国百貨店売上高(店舗調整後)も、11月は6.0%の減少となり、10月の17.5%減に続いて2カ月連続のマイナスを記録した。

百貨店の前年同月比の売上高は2019年7月までマイナスが続いており、消費税前の駆け込み需要は8月(2.3%増)と9月(23.1%増)だけだった。

消費増税による影響が大きい高級時計や宝石など「美術・宝飾・貴金属」部門は8月に23.8%増、9月に51.2%増となったが、反動で10月は24.3%減、11月は12.3%減と大きく落ち込んだ。ハンドバッグなど「身の回り品」などの影響も大きい。

税率が据え置かれたものが多い食料品も10月が5.1%減、11月が0.6%減とマイナスが続いており、消費の弱さを示している。

政府は消費増税の消費への影響を小さくしようと、食料品への軽減税率導入や、ポイント還元の実施に踏み切った。前述の通り、軽減税率が適用されている食料品の販売高もマイナスになるなど、消費全体の冷え込みの影響が出ている。

また、キャッシュレス決済によるポイント還元も、カードやスマホ決済を導入する店舗は確実に増加したものの、それが新規の消費を生み出しているかどうかは未知数だ。

来日外国人数は伸びても消費額減

加えて、ここに来て鮮明になっているのが、「インバウンド消費」が変調をきたしているこという。

百貨店で免税手続きをした人ののべ数は、6月以降6カ月連続でマイナスになり、11月は40万9000人と、1年前の43万3000人に比べ5.5%減った。免税による購入金額も10月は14.1%減、11月は5.6%減となった。

2カ月連続でマイナスとなったのは、免税対象が拡大された2014年10月以降、初めてのことで、増え続けていたインバウンド消費が頭打ちになってきたことを如実に示している。

背景には、日本にやってくる外国人客の数が頭打ちになってきたことがある。日本政府観光局(JINTO)の推計によると、10月の訪日外国人客数は前年同月比5.5%減、11月は0.4%減と2カ月連続でマイナスになった。

こちらも2カ月連続のマイナスは2012年3月にプラスに転じて以降、初めてのこと。中国からの来日数は増え続けているものの、日韓関係の冷え込みによって、韓国から日本にやってくる人が激減していることが響いている。

11月の中国からの訪日客は21.7%も増えたが、韓国からは65.1%減と3分の1近くに落ち込んだ。

韓国からの旅行客は日本での滞在日数も少なく、買い物など消費額も少ないことから、当初、影響は大きくないとみられていたが、さすがに減少人数が大きくなり、消費にも影響が出ている。

オリ・パラは大丈夫か

1月から11月までの訪日客の累計数は2935万人あまりと前年同期間に比べて2.8%の増加にとどまっている。2018年実績の3119万人を超えるのは確実で、7年連続過去最多を更新しそうだが、当初見込んだほどの伸びにはなりそうにない。

東京オリンピックパラリンピックでどれだけの観光客がやってくるのか、今のところ未知数だが、政府が目標としてきた2020年に外国人旅行者を4000万人にするという計画の達成はかなりハードルが高くなったと言えそうだ。

また、これまで日本経済を支えてきたインバウンド消費が、2020年に大きく伸びるのかどうかもなかなか見通せない。

政府は景気の底割れを防ぐために、事業規模26兆円にのぼる経済対策を閣議決定した。財政支出は13兆2000億円で、そのうち国と地方の歳出は9.4兆円程度を見込む。

2019年度補正予算と2020年度予算に組み込み、実質GDP国内総生産)の押し上げ効果が1.4%程度に達すると政府はソロバンをはじいている。

もっとも、冷え込んだ個人の懐を温めるには、公共工事などの財政支出では即効性が乏しいとの指摘もあり、2020年の消費がどれだけ盛り上がるかは予断を許さない。

自動車の新車販売の落ち込みなども深刻で、景気の底割れを懸念する声は日増しに強まっている。