高級スイス時計が激売れ…中国経済、実は「ひとり勝ち」が鮮明になっていた 経済回復競争、日本は負け組に?

現代ビジネスに4月15日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/82261

 

高級品消費の指標、スイス時計

新型コロナウイルスの蔓延は世界経済に大きな打撃を与えている。ところが、新型コロナが最初に確認された中国は、その後、ウイルス拡大の封じ込めに成功。他の国々を横目に、経済は一気に回復基調をたどっている。まさに、中国経済が「ひとり勝ち」の様相を呈しているのだ。

典型的なのは、高級ブランドの時計や宝飾品などの需要。ロックダウン(都市封鎖)などで外出もままならない欧米諸国では、国内外の旅行がストップし、ブランド品の売り上げが激減している。

ところが、経済活動が回復し、消費も持ち直している中国では、高級品ブームとも言える状況が生まれている。海外旅行などができない分、国内での高級品消費に余裕のある市民たちの資金が向いている、というのだ。

それが端的に表れている数字がある。高級時計の代名詞でもあるスイス時計の全世界向け輸出額を調べているスイス時計協会の2020年の年間統計だ。

それによると、中国(大陸)向けの輸出額は23億9400万スイスフラン(約2800億円)と、2019年に比べて20%も増加。過去最高額を記録しただけでなく、スイス時計の最大の輸出先に躍り出た。

全世界向けの輸出額総額は169億8410万スイスフラン(約1兆9884億円)と21.8%も減少しおり、輸出先30カ国・地域のうち、中国、オマーンアイルランドを除いた27カ国が大幅なマイナスになった。オマーンアイルランドはもともと輸出額自体が小さく、イレギュラーな数字と言え、まさに中国が「ひとり勝ち」なのである。

香港、急速な凋落

もともとスイス時計の輸出先としては、戦後長い間、香港がトップだった。2019年の香港向け輸出額も26億9100万スイスフラン(約3185億円)と、2位の米国、3位の中国を抑えて圧倒的なトップだったが、2020年はその座を譲る歴史的な年になった。

2020年のスイス時計の香港向け輸出額は16億9670万スイスフラン(約1986億円)で、2019年比なんと36.9%も減少、世界3位に転落したのだ。

新型コロナに伴う経済凍結で消費が落ち込んだ米国向けも19億8670万スイスフラン(約2326億円)と17.5%減少、中国に大きく水を開けられて、2位にとどまった。ちなみに、4位の日本向け輸出も26.1%減った。

香港は英国の植民地だった頃から、世界を代表する貿易都市として栄えてきた。1999年に中国に返還された後も「一国二制度」の方針の下で、それまでと変わらないアジアの貿易拠点、金融拠点としての地位を保ってきた。

それがにわかに変わり始めたのは2014年の「雨傘運動」と呼ばれた民主化運動から。2019年には強権姿勢を強める香港政府に対してさらに激しい抗議運動が盛り上がった。ところが、2020年6月に遂に中国政府が「香港国家安全維持法」を成立させ、民主派の弾圧に乗り出した。

従来の「一国二制度」が風前の灯火となったことに西側諸国は強い危機感を抱いている。貿易上の最恵国待遇を取り消すなど対抗措置を強めており、その結果、香港の自由貿易都市としての歴史的地位が音を立てて崩れているのだ。

中国大陸向けのスイス時計輸出が一気に増えたのは、香港での時計需要を支えてきた中国大陸から香港への観光客が減少し、上海や北京などでの消費が増えていることが背景にあると見られる。

欧米からの香港への旅行者も激減しており、高級品の一大需要地だった香港の影は一気に薄れている。つまり、中国市場の急伸とは裏腹に香港が凋落しているのである。この傾向は当面続くことになるだろう。

「ポストコロナ」の敗戦国は

中国の「ひとり勝ち」は、日本との貿易にもはっきりと表れている。2020年の日本から世界への輸出額と、世界から日本への輸入額の合計である「貿易総額」は136兆円あまりと前年に比べて12.5%減少した。輸出が68兆円と11.1%減、輸入が67兆円と13.8%減ったのだ。

そんな中で、逆に「中国」への依存度が大きく増している。日本から欧米などへの輸出が激減している中で中国向け輸出は15兆円と2.7%の伸びたのだ。2019年に最大の輸出先だった米国向けは、2020年は17.3%減の12兆円あまりとなり、中国向けを下回った。日本にとっての最大の輸出先が中国になったのである。

もともと中国からの輸入額は米国からの輸入よりも遥かに多く、輸出と輸入を加えた貿易総額は2007年に中国が米国を抜いて以降、差が開いてきたが、その差がさらに広がった。

米国が中国と対立色を強めている背景には、こうした中国経済の影響力の増大があるのは間違いない。中国は経済的に「ひとり勝ち」となっていることを背景に、周辺各国と軍事的な緊張も高めている。

問題は新型コロナが終息した後の「ポストコロナ」の時代にも、中国が「ひとり勝ち」を続けることになるのかどうか、だ。リーマンショックで欧米の緊急機関が苦境に立ち、各国の経済が大打撃を受けたのを横目に中国は一気に存在感を強めてきた。今回の新型コロナでも同じことが起き、中国の存在感が圧倒的なものになるのかどうか。

欧米各国は、ワクチン接種の拡大で、新型コロナを抑え込み、経済活動を復活させようと急いでいる。ワクチン接種が先行しているイスラエルなどでは新型コロナの新規感染者の減少が見え始めている。

中国を追いかけるように欧米各国の経済活動が急ピッチで再開されていく中で、ウイルスの封じ込めがうまくいかず、ワクチン接も進まない日本が大きく出遅れることになるのではないか。中国ひとり勝ちの世界で、日本だけが負け組に転落する危険性が出始めている。

 

成人式は誰のもの? 原点回帰で生まれた新しい価値

雑誌Wedge1月号に掲載された拙稿です。Wedge Infinityにも掲載されました。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/21719

 

Wedge (ウェッジ) 2021年 1月号 [雑誌]

Wedge (ウェッジ) 2021年 1月号 [雑誌]

 

 

 「成人式は1日で行うものとしては国内最大級の巨大イベントです。ところが、ただ集まって首長の話を聞いて、写真を撮って、友達と食事するくらい。中には会場で暴れて逮捕される若者もいます。いったい成人式は何のためにやるのでしょう」

 成人の日の振り袖写真を撮影する成人式サロン「KiRARA」の運営に携わる中西昌文さんは、新しい「成人式」の形を提案する。

 「家族のための成人式」

子育ての終わりと、巣立ち

 20年間子どもを育ててきた親にとって成人式は「子育て卒業式」。20年間育てられた子どもにとっては「親からの巣立ちの儀式」だ。家族にとって最高のイベントにする。それをトータル・プロデュースしようというのだ。

 2021年に成人を迎える人は120万人。近年は新成人の約8割が自治体主催の「成人式」に参加するから、ざっと100万人だ。新型コロナウイルスの蔓延で、どんな形で「成人式」を行うか自治体によってバラバラだが、それでも式を中止しようとすれば猛烈な反対の声が上がる。それぐらい「一生に一度」のイベントとして定着しているのだ。家族にとってはそれだけ重要なイベントであるにもかかわらず、自治体の「成人式」に行って終わりでは寂しい、というのである。

 15年に当時、中西さんがもともと所属していた会社が取ったアンケートでは、「娘の成人の記念に家族で特別な催しをしたいと思いますか」という質問に、「そう思う」「強く思う」と答えた親は合計63%にのぼった。何か思い出に残ることをしたいというニーズは確実にある、ということだ。

 中西さんの提案する「家族のための成人式」とはどんなものか。振り袖などのレンタル着物を選び、写真を撮るのが定番だが、本番前に母娘で着付け教室に通うことを提案して「思い出作り」を応援する。また、写真も1枚だけではなく、プロの写真家が撮影した20カットの写真をアルバムにする。

 さらに、記念品として父母と娘の3本の「ハタチリング」を作り、リングの内側に文字を刻む。

 成人式のマーケットにはまだまだポテンシャルがある、と中西さんは見る。バブル期の娘の成人式では、振り袖の購入に48万円を使い、写真撮影に2万円をかけていた。現在は、振り袖はレンタルに変わって約20万円、写真撮影に5万円を使うとして、25万円が「未消費」に終わっている。プロデュースの仕方によっては、その25万円が掘り起こせる、と考えているのだ。女性60万人が25万円を使えば1500億円の市場だ。

 実は、呉服市場はバブル期前に2兆円産業と言われていた。それが普段の生活から着物が消え、趣味の領域になっていくに従って市場規模も縮小、今では2600億円程度とされる。10分の1の市場になってしまったのだ。しかも、さらに年々減少が続いている。

 そんな中で「成人式」だけは着物を着るのが当たり前の、唯一の機会になっている。その成人式をきっかけに着物にお金を落としてもらえば、呉服業界も成長するのではないか。

 中西さんは、もともと勤めていた会社が、呉服販売大手の「いつ和」(本社・新潟県十日町市)に買収されたのを機に18年に独立。「ソーシャルメイク」という会社を立ち上げ、「いつ和」とコンサルティング契約を結んだうえで、成人式サロン「KiRARA」の事業を引き続き支援している。家族で子どもの成人をどう祝うか、トータル・プロデュースするというのを引き続きお店のコンセプトとしている。「いつ和」への売却時には2店舗だったものが、現在は首都圏で8店舗を展開するまでになった。年間800家族が「家族のための成人式」を形にしている。

 呉服市場にとって、成人式にはもうひとつの魅力がある。

 約半数の「男性」はほとんど着物を着ておらず、仮にレンタルで紋付き袴を着たとしても金額はわずか。まったくと言ってよいほど、お金を使っていないのだ。家族にとっては、息子の成人式も娘と変わりなく重要なイベントのはず。女性と同額の50万円を新成人の60万人の男性が使えば、3000億円の市場が生まれる。

 中西さんのアイデアで、成人を迎えた息子から母親へ「感謝」のサプライズ・プレゼントも生まれた。母親に贈るネックレスなどもサロンに用意している。成人したばかりの息子がアルバイトなどの稼ぎで買うのが前提なので、価格は4万8000円に抑えてある。

 着物が身近な存在ではなくなってきた現在、若者と着物の数少ない「出会い」の場が成人式だ。レンタルの振り袖や紋付き袴を1日着ただけで、その後一生、着物とは無縁というのではもったいない。男性の成人式での50万円や女性の未消費分25万円がすべて呉服業界に戻ってくれば、現状の呉服市場が3倍になる可能性を秘めているわけだが、さらに、成人式をきっかけに、着物ファンが生まれれば、市場拡大に結びつく。若者がジリ貧の業界を下支えする存在に変わる可能性もある。

 着物のレンタルから着付け教室、撮影場所の提供、写真撮影、アルバム製作、そしてジュエリー。成人式サロンが提案するサービス、アイテムはどんどん広がっている。花束や記念品などもさらに拡大させる計画だ。新型コロナの蔓延で止まっているが、家族旅行の提案なども視野に入っている。都内のお洒落な場所に「家族成人式場」をつくることも検討中だ。新型コロナで社会が求めるビジネスモデルが変わり始めている今、ブライダルや飲食、旅行などの他業種とアライアンスを模索したいという。

成人式の起源とは?

 もともと成人式は1946年に埼玉県蕨市で始まった「成年祭」が起源とされるが、早くも48年には「成人の日」が制定された。戦争中に若者を戦場へ送った反省がそこにはあった、と中西さんはみる。そうした社会の共感が広がったことで、「成人式」は全国に広がり、定着していった。だが、そろそろ、何のため、誰のために成人式をするのか、考え直す時期にきているのかもしれない。

 「家族のための成人式、3年目には年間2000組、5年目1万組、10年目10万組を目指したい」と中西さんの夢は広がる。「20年目には年間30万組が行うようになって、家族のための成人式が新しい日本の文化になっていると信じています」と中西さん。そうなれば、呉服業界にも再成長の道筋が見えてくるかもしれない。

「物言う株主からの逃避」の東芝買収話がそれでも先行き不透明な理由 これを機に日本の原発政策を明確化せよ

現代ビジネスに4月9日に掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/82057

一年前から迷走中

投資ファンドCVCキャピタル・パートナーズ東芝に買収提案したことが4月7日明らかになった。

東芝は取締役会を開いて対応を協議。執行役による検討チームに加え、社外取締役も投資家保護の観点から提案を検証するなど、結論を早急にまとめる方針だと伝えられている。

CVCは株式公開買い付け(TOB)を検討しているとされ、他のファンドなどにも参加を呼び掛けるという。

CVCは4月6日の終値(3830円)を3割上回る1株5000円での買い取りを提案していると伝わったことから、7日は4350円まで上昇して引けた。

東芝は、昨年7月の定時株主総会で、筆頭株主物言う株主(アクティビスト)として知られるエフィッシモ・キャピタル・マネジメントなど投資ファンドから、独自の取締役選任を求める株主提案を出された。議案は否決されたが、車谷暢昭社長の取締役選任議案への賛成は57%台にとどまった。

ところが、その総会で大株主らの議決権行使書1300通が無効扱いにされていたことが発覚。東芝は再集計したが、納得しないエフィッシモ側の要求で臨時株主総会が3月18日に開催された。

臨時総会では、7月の定時総会の運営が適正だったかどうか独立した第三者による調査を求める株主提案が出され、東芝経営陣の反対にもかかわらず、可決される異例の展開となっていた。

苦肉の策か

定時総会を巡っては、経済産業省の当時の参与が、米ハーバード大学基金運用ファンドに干渉していたことが関係者の話で分かったとロイターが報じていた。

臨時総会では、東芝の豊原正恭副社長が「昨年の定時総会で議決権を行使しなかった大株主から、ある人物から定時総会前に接触があった結果、議決権を行使しなかったと連絡を受けている」と明らかにした。

決議に基づいて3人の弁護士が選任され、3カ月以内に調査結果を報告書にまとめ公表することになっている。

そんなアクティビストの大株主に経営陣が揺さぶられている状況だったが、そこに現れたのがCVCだった。

CVCは買収後、東芝を非上場化する方針だという話が伝わっており、アクティビストを排除したい東芝の現経営陣にとっては好都合の提案と言える。

しかも、CVCは車谷社長がかつて日本法人の会長を務めていたファンドで、東芝社外取締役を務める藤森義明氏もCVC日本法人に在籍している。このことから、車谷社長ら経営陣とCVCはつながっているという見方も出ている。

とことん祟る原子力事業

もっとも、CVCによる東芝買収の実現可能性については疑問視する向きが多い。東芝原子力事業を持っており、外為法の規定によって海外企業が出資を行う際には、届出の義務が生じる。

外為法の規定というのは、政府が2019年末に改正したもので、海外企業が指定業種の企業に1%以上の出資をする場合、届出を義務付けた。

指定業種には『国の安全を損なうおそれが大きい』業種が挙げられており、具体的には武器製造や原子力、電力、通信などが対象になっている。

先日も中国ネット⼤⼿の騰訊控股(テンセント)グループによる、楽天への出資が最後まで揉めたのが、この外為法の規定だった。日本郵政などと共に楽天の第三者割当増資に参加、テンセントは657億円を出資して、楽天の3.65%の大株主になるというものだった。

 

楽天は携帯電話など通信事業も手がけるため、この規定に沿って届出が必要ではないかとの疑義が生じたが、結局、取締役の派遣など経営参画はしないという一文が契約書にあることなどを理由に、届出しなくてよい例外に該当するとして、届出を見送り、予定通り出資が完了した経緯がある。

さすがに東芝のケースでは、非上場化するためにはCVCなどが大半の株式を取得することになり、経営に関与しないとは言えない。まして、原子力事業は日本一国の問題では済まない。

関係者によると、外為法の届出は、ただ届出すればよいというものではなく、事実上の審査が伴う。しかし、どう審査し、どういうケースでは買収が認められるのかという明確なルールが示されていない。原子力発電事業を投資ファンドに委ねることはどう考えても難しいとみられる。

10年経っても国の原子力政策は定まらず

そもそも問題は、日本が原子力発電を今後どうしていくのかという方針を明確化していないことにある。

東京電力福島第一原子力発電所事故を契機に世界の原発新設には急ブレーキがかかり、欧州では脱原発の動きが加速している。

日本は10年経っても将来の原発をどうするのか明確な方針を示さないまま、民間企業に任せきりの状況が続いている。一時期は原発輸出に力点を置く政策を国が打ち出したものの、実際には輸出は進まず、原発事業は採算を取るのが難しい状況が続いている。

電力会社にとっても再稼働が進まない原発がお荷物になっており、原発を国有会社に集約する案などが水面下で燻っているが、政治が決断できない状況が続いている。

そんな中で飛び出したファンドによる東芝の買収話は、日本として原子力技術をどう保持し続けるのか、原発を今後どうしていくのかという基本的な方針を改めて問うきっかけになりそうだ。

例外規定が届け出義務の抜け道に テンセントの楽天出資で露呈した外為法不備

SankeiBizに4月6日に掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://www.sankeibiz.jp/business/news/210406/bsm2104060545001-n1.htm

 楽天は、日本郵政や米ウォルマートなどを引受先に第三者割当増資で総額2423億円を調達した。増資発表後になって中国ネット大手の騰訊控股(テンセント)グループからの657億円の出資分について、払込期日が遅れる可能性があると公表するなど一時混乱したが、テンセントからの出資も含め当初予定通りに完了した。

 

 テンセントからの増資が問題になったのは、日本の外為法をめぐる懸念が浮上したため。日本政府は2019年末に外為法を改正、海外企業が指定業種の企業に1%以上の出資をする場合、届け出を行うことを義務付けた。指定業種の対象は、「国の安全」や「公の秩序」「公衆の安全」「わが国経済の円滑運営」に関わる企業で、国の安全などを損なう恐れが大きい業種として「武器製造」「原子力」「電力」「通信」が挙げられている。

 もともと外為法の改正は、米国のトランプ前大統領が中国製品への関税を引き上げるなど「米中貿易戦争」が激化する中で、海外企業から日本の安全保障に関わる企業を守る「買収防衛策」を国主導で強化した側面が強い。一方、米国のファンドなどからは、投資を阻害するとの批判の声も上がった。このため、取締役の派遣など経営参加をする場合以外の「純投資」では、届け出義務を免除するという例外規定も設けられた。

 今回、テンセントは出資によって楽天の発行済み株式数の3.65%を持つが、「経営に関与しない」という一文を契約書に入れていたという。このためその例外規定に合致、届け出は不要と判断していたとされる。ところが、霞が関や政治家の一部から安全保障上問題ではと、懸念の声が上がっていた。

 昨年、テンセントが開発したアプリ「WeChat(ウィーチャット)」が米国で問題化。トランプ氏がダウンロードを禁止する大統領令を出し、連邦地裁によって執行差し止めになった。同氏はアプリを通じて個人情報が中国政府に流出する疑念があるとした。そのテンセントが、携帯電話事業を手掛ける楽天に出資するのは問題ではないか、という声が出たのだ。

 楽天がいったんテンセントの出資遅れの可能性を公表した背景には、どうも一部の省庁から楽天に、外為法の届け出を自主的にテンセントに出させた方がいい、という話が非公式に伝えられたためだったようだ。後々、今回の出資について米国が問題視してくるのではないか、という「懸念」が背景にあったという。外為法の届け出には、経済産業省財務省総務省内閣官房などが関係するが、どこの役所も公式に届け出を求めたわけではなかった。

 関係者によると、テンセント側は、関係各省と2回ほど非公式の打ち合わせを実施。テンセントが契約の内容を説明して、届け出免除に該当すると考える根拠を説明した。各省は「聞き置く」姿勢に終始、何ら質問・議論がなかったため、テンセント側の判断として、事前届け出は行わなかった、という。

 もともと10%だった届け出基準を1%に引き下げたことで、海外からの投資に大きな支障が出るといわれてきた外為法改正。企業側の対応が問題になったのは今回が事実上初のケースとみられる。

 結局、届け出の要否すら当局が明確に示さず「玉虫色」の対応に終始したことで、今後、日本企業の経営者が海外企業、特に中国企業からの出資を受け入れる際に、大きな障害になる懸念が強まったといえる。外為法の不備が露呈したと言っていいだろう。

失敗だと誰も言えない「オリパラアプリ」:費用73億では収まらず

新潮社フォーサイトに4月6日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://www.fsight.jp/articles/-/47844

 

和泉洋人首相補佐官の独断に近い形で業者と契約が結ばれたという「オリパラアプリ」。海外からの観客受け入れがなくなっても政治マター化した開発は止めようがなく、いずれ「出入国管理アプリ」に衣替えされる見通しだ。

 夏の東京オリンピックパラリンピックはどんな規模で開催されるのか。聖火リレーはスタートしたものの、新型コロナウイルス感染の「第4波」が懸念される中で、いまだに心許ない状況が続いている。

 3月20日に行われた組織委員会と日本政府、東京都、国際オリンピック委員会IOC)、国際パラリンピック委員会(IPC)の「5者会談」では、海外からの観客の受け入れ断念が決定。4月中には国内観客の規模なども決める予定だが、世界での感染が収まらず、日本も新型コロナの封じ込めに失敗する中で、世界からやってくる各国の代表団の規模が最終的にどうなるのかも読み切れていない。

 海外観客の受け入れ停止が決まった事で、日本にやってくる外国人の数は当初見込みから激減する事が確定的になったが、それでも「止まらない」ものがある。通称「オリパラアプリ」の開発である。

関係大臣たちも内容を知らず

 オリパラアプリは、東京オリンピックパラリンピックに合わせて来日する観客や選手、大会関係者向けの健康管理アプリで、ビザ取得時などにインストールを義務付け、日本滞在中の健康状態を追跡することを謳い文句に昨年秋頃から構想が動き始めた。このアプリをインストールしていれば、入国後の2週間の隔離措置を免除するという触れ込みだった。

 実際の開発が始まったのは今年に入ってからで、NTTコミュニケーションズと日本ビジネスシステムズ、日本電気NEC)、アルム、ブレインの5社が組んだコンソーシアムが73億1500万円で落札、緊急事態宣言真っ只中の1月14日付で契約が結ばれた。大会の開催まで半年に迫ったタイミングで、しかも開催自体が危ぶまれていた時に急きょ契約が結ばれたが、驚くべき事に、菅義偉首相の信任が厚い和泉洋人首相補佐官が独断に近い形で内閣官房の情報通信技術総合戦略室(IT室)のメンバーを集めて話を進めていたとされ、関係する大臣たちはほとんど内容を把握していなかった。

 2月に入って野党からの国会質問でオリパラアプリについて問われた平井卓也デジタル改革担当相は、IT室の所管でありながらまともな答弁ができず、コロナ感染者の把握などを行っているはずの田村憲久厚労相もほとんど分からず仕舞いだったことから、官邸で大問題になったという。2月18日に五輪担当相に代わったばかりの丸川珠代内閣府特命担当相では右も左も分からない上、アプリの構想自体が様々な省庁にまたがるため、結局、加藤勝信官房長官が担当する事になった。

 このアプリ、構想は壮大で、前述のように海外からの入国者がビザ発給を受ける際にアプリをインストールする。そして入国時にチェックされ、2週間の隔離措置を免除。利用者は滞在中の健康状態などを入力し、異常があれば、国内での発熱者などと同様にPCR検査を受け、陽性ならば病院や契約ホテルなどに移される、という流れが想定された。この間、ビザ発給の外務省の「査証システム(eVISA)」や、法務省出入国在留管理庁の入国管理データベース、厚生労働省の「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)」や「新型コロナウイルス感染症医療機関等情報支援システム(G-MIS)」などとシステム連携する構想になっている。

 これまで厚労省が作ったアプリでは、「新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)」が全国民にインストールを呼びかけられたものの、システムエラーが発覚、ほとんど役に立たない代物のままになっている。ちょうどCOCOAが機能していなかった事を発表した2月上旬に、このオリパラアプリ問題が浮上したこともあり、もしこれが構想通り機能すれば「まさしく神アプリだ」といった声がネット上を賑わせた。

73億円の後に「ベンダーロックイン」で膨大な請求

 オリパラアプリの契約段階での利用者想定によれば、海外からの観客80万人と選手や大会関係者40万人の合計120万人が使う事になっている。契約金額は73億円と巨額で、アプリ開発のほか各省庁のシステムとの連携基盤の開発・運用・保守を行う事になっている。120万人が使ったとしてひとり頭6000円かかる計算だ。

 ところが、ご承知のように海外からの観客の受け入れがゼロになったので、80万人の利用が消え、40万人だけが使うアプリ、という事になった。単純計算でひとり頭1万8000円の高級アプリという事になる。

 しかも、である。

 IT関係者によると、各省庁のシステムと連携させようと思えば、各省庁のシステムを改修しなければならず、73億円では到底収まらないという。あくまで、73億円に含まれるのは「連携基盤」を作って運用するところまでの予算だけだというのだ。各省庁のシステムはそれぞれ専門のベンダー(IT事業者)が運用・保守しており、だいたいその事業者しか改修できない「ベンダーロックイン」状態になっている。「競争入札でなく随意契約という事になると、ベンダーの言い値なので、膨大な金額を請求される」とITに詳しい省庁関係者は言う。つまり、オリパラアプリは完成までに予想以上の「金喰いアプリ」になる可能性があるというのだ。

 ならば、今からでも開発をストップすれば、予算を浪費しないで済むのではないかと思うが、どうもそうではないらしい。

「中止すべきだなんて絶対に言えません」

「すでにコンソーシアムの5社だけでなく、下請けのITベンダーに再委託されており、かなりの部分が開発費として使われている」と内閣府の関係者はいう。予算の内訳を見ると、アプリ開発に約18億円、データ連携基盤開発に約14億円、顔認証サブシステムに約5億円、医療機関向けサブシステムに約5億円、サポートセンター構築に約17億円、多言語対応等に約15億円となっている。今取りやめれば、サポートセンターの構築費くらい戻ってきそうにも思うが、手当てした場所や人材、機材のキャンセル料などが生じるので、結局「ブレーキは踏めない」のだという。

 このままでは、使わない「神アプリ」にどんどん資金が喰われ続ける事になりかねない。73億円をドブに捨てても止める方が、最終的には損害は小さくなるようにも思うが、政治も霞が関も誰も止められない、という。

 しかも政府は、「オリパラアプリは無駄だ」という批判をかわすために、「オリンピック・パラリンピックが終わった後も、出入国管理に使うアプリとして活用する」という方針にいつの間にか切り替えている。

 ところが、1月に結んだ契約の期間は1年間だけ。それをさらに延ばすとなれば、また数十億円単位の運用・管理経費がかかる事になりそうなのだ。

COCOAは開発費が約4億円だったので、事実上、失敗が確定的になった現在でもそれほど大きな批判は浴びていませんが、オリパラアプリはケタ違いなので、失敗となれば担当者の責任問題になります。現場からは中止すべきだなんて絶対に言えません」と内閣府の関係者は語る。オリンピック・パラリンピックを巡る情勢がこれだけ大きく変化している中で、ブレーキを踏む事ができるのは政治家だけだが、政治家側にも、失敗を認めれば内閣支持率に響き、秋までにある衆議院選挙に影響しかねない、という危惧がある。

 それだけに、失敗した事にしないためにも、新型コロナ対策でふんだんに計上されている「予備費」など、国会や国民に見えないところで、予算をつぎ込み続ける事になるのではないか、という見方が強まっている。

JTB、毎日新聞…コロナ減資による「大企業の中小企業化」は本当にアリなのか 法律が現実に対応できていない

プレジデントオンラインに4月2日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/44751

スカイマークの資本金は90億円から1億円に

著名企業が「減資」して「中小企業」になるというニュースが相次いでいる。格安航空会社のスカイマークが昨年12月に資本金を90億円から1億円に減らしたのに続き、毎日新聞社が3月末に、資本金を41億5000万円から1億円に減資、JTBも23億400万円から1億円に減資した。

通常、減資は業績悪化で繰越損失がたまった場合、資本金と相殺することで、その損失を消すために行われる。増資と組み合わせて「減増資」として行われることが多く、もともとの株主の持ち分を減らし、新規の株主が支配権を握って経営再建を進める手法としても使われる。

新型コロナウイルスの蔓延による経済停滞で、大打撃を被っているスカイマークJTBは、大幅なリストラなどにも取り組んでおり、株主にも損失を負担してもらうという象徴的な意味もあるだろう。毎日新聞も長期低落傾向にあり、同社を傘下に持つ毎日新聞グループホールディングスの2020年3月期の最終損益は56億円の赤字だった。いずれも経営が大きくつまずいている状況にあるわけだ。

資本金1億円以下なら「中小企業」になり節税できる

経営難に直面して「減資」する、というのは分かる。だが、なぜ「中小企業化」なのだろうか。

指摘されているのは、資本金が1億円以下になれば税法上の「中小企業」となり節税できる、というものだ。

税法上、中小企業扱いになるとさまざまな優遇措置が適用される。例えば、中小企業には、法人税の軽減税率が適用される。大企業の法人税率は一律23.2%だが、減資して中小企業になれば、800万円までの所得に対しては税率が15%に軽減される。もっとも800万円を超えた部分には23.2%の税率が適用されるから、収益規模の大きい企業には、それほど大きなメリットがあるわけではない。

一番大きいのは、中小企業化すると「外形標準課税」が適用されなくなることだろう。外形標準課税は、事業所の床面積や従業員数、資本金、付加価値などをベースに課税するもので、税引き前損益が赤字になったとしても、税金の支払いが生じる。つまり、一定の規模があれば、仮に損益が赤字でも、応分の負担をしてもらおうというのが外形標準課税なのだ。

つまり、減資によって中小企業化する企業は、大企業であるという体面を放り投げてでも、税金の支払いから逃れようとしている、と見られているのだ。

シャープは1200億円の資本金を5億円に減資

こうした中小企業への優遇措置は、ベンチャー企業などの中小零細企業の税負担や税金の支払い事務を軽減することが狙いだ。本来、大企業が節税対策として1億円以下に減資することは想定していないのである。

 

かつて経営危機に直面したシャープが2015年に1200億円の資本金を1億円に減資しようと計画したことがあったが、世の中の強い批判を浴びて撤回、資本金を5億円にした例がある。今回は、新型コロナという突然の危機が企業社会全体を襲っていることもあってか、今のところ、あまり強い批判は起きていないように見える。

もともと株式を上場している企業ならば、1億円以下に減資すれば上場廃止になってしまう。そのため、そう簡単には減資に踏み切れない。

毎日新聞JTBはもともと上場していない。しかし、社会的には大きな存在だ。JTBは大学生の人気就職先として常に上位を占めてきたし、毎日新聞は言論機関として、まさに「社会的存在」であることを自任してきた。それが仮に、税金を払わないために中小企業化するのだとしたら、許される話ではないだろう。

スカイマークは2020年春に再上場を申請していたが、それを取り下げていた。減資は、経営再建に向けて資本増強するためのステップと見ていいだろう。中小企業化は一時的なものということかもしれないが、将来、上場を目指す企業であり続けるならば「中小企業」になることが正しい道なのかは、議論があるだろう。

企業規模の基準が「資本金だけ」というのはおかしい

株式会社は本来、社会的な存在として、大きな責任を負っている。ただ利益を上げるだけでなく、雇用を生み、社会に貢献する責務があるのだ。株主だけでなく、従業員や取引先、顧客など幅広いステークホルダーに貢献するのが社会的存在としての株式会社だ。当然、力に応じて税金を納めるのもその責任のひとつである。

個人会社ならともかく、税金を払わないためにルールの抜け道を使うというのは、それを選択した経営者も失格だろう。昨今は企業の社会的責任が改めて問われる世の中になっている。

もっとも、日本の税制や会社法制など制度にも問題がある。

まずは、税法が「中小企業」かどうかを判断する基準を資本金においていることだ。

いまやほとんどの人たちは会社の規模を考える時、資本金は見ていないに違いない。売り上げや従業員数などを判断基準にしているだろう。上場企業でも株式を時価で発行して資金調達する方法が当たり前になっており、資本金はあまり意味を持たなくなっている。

機関投資家なども、資本剰余金や利益剰余金を加えた「資本の部」全体がどれぐらいの規模かを注目する。日本企業は内部留保をため込み過ぎだ、と批判されるが、その際に内部留保として見られるのは利益剰余金のことだ。企業規模を測る際には、資本金ではなく、利益剰余金なども加えた資本全体で考えるべきだろう。

株式会社の位置付けも、上場/非上場の区分も不明確な日本

ちなみに、欧州では資本の部がマイナスになる「債務超過」になると企業は倒産状態とみなされる。経営者は企業を存続させるために、必死に資本の出し手を探し、増資を引き受けてもらう。

 

ところが日本企業の場合、会社が倒産するかどうかは資本の多寡ではなく、銀行が資金を貸し続けるかどうかにかかっている。債務超過になっても金融機関などが支え続ければ、企業は倒産しない。

株式会社の位置付けも不明確だ。会社法の改正で資本金1円、株主1人でも株式会社を設立することができるようになったので、ごく小規模の個人会社も町の商店も、軒並み株式会社になった。

上場企業と非上場企業の法体系も明確に区分されていない。このため、大企業でも非公開会社のところが少なくなく、社債でも出さない限り、有価証券報告書など詳細な財務諸表を出す義務もない。つまり、社会的存在として重要性が増している企業にもかかわらず、あたかも個人企業のような法規制の下に安住している企業があるわけだ。

増資も同時に行い、経営再建に取り組むのが筋だ

今回、資本金だけを変えて中小企業になりすまし、社会的責任から逃れようとしていると疑われるような企業が相次いで出てきたことは、そうした法の不備を示しているわけだ。

さらに、企業は誰のものなのか、自分の会社はどんな責任を負っているのかを、経営者が真剣に考えていないことが、図らずも露呈した、ということだろう。

そうはいっても背に腹はかえられない、税金でも何でも社外流出を削らなければ会社が潰れてしまう、綺麗事は言っていられないのだ、と経営者は言うかもしれない。新型コロナの影響はそれほどに大きいのだ、と。

それならば、減資だけでなく、合わせて増資もきちんと行い、資本を増強して、経営再建に取り組むのが筋だろう。

万が一、誰も増資に応じてくれないのだとすれば、もはやその会社は社会的に存在意義を失っているということになるだろう。あるいは、経営を再建する方策を示し、自社の存在価値を社会に示すことができない経営者の能力欠如を示している、と言っても過言ではない。著名企業の減資・中小企業化問題は、会社の社会的責任とは何なのかという根本的な問いだといえる。

コロナショック、地価下落は「序の口」か、それとも「一時的」か 実需は「減」、金融要因は「増」

現代ビジネスに4月1日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/81779

大阪圏、急落

地価が下落に転じている。国土交通省が3月23日発表した2021年1月1日時点の「公示地価」によると、東京・名古屋・大阪の3大都市圏の全用途平均の地価が、8年ぶりにそろって下落した。新型コロナウイルスの拡大によって経済活動が停滞する中で、全国平均の「商業地」の地価が0.8%下落、「住宅地」も0.4%下がった。

飲食店や小売店などの閉鎖などが相次いだことで、商業地の需要が低下、特に海外からの訪日外国人客が激減したことから、これまでインバウンド需要を見込んで出店などが加速してきた地域での地価下落が目立った。

また、リモートワークが拡大したことで、オフィスを縮小する動きが出始めるなど、オフィスビル用地などの需要も激減。地価下落に拍車がかかった。

地域別にみると、インバウンド需要の恩恵を受けていた大阪圏の商業地の下落が大きい。2019年には6.4%、2020年には6.9%と大きく上昇していたものが、一気に1.8%の下落となった。

大阪圏の商業地が下落したのは2013年以来。名古屋圏の商業地も同様に2019年が4.7%、2020年が4.1%の上昇だったものが、2021年は1.7%の下落となった。東京の商業地は1.0%下落した。調査地点で最も下落率が大きかった商業地は大阪道頓堀1丁目で28.0%も下落。下落率上位10地点中8つが大阪だった。

東京でも銀座8丁目の商業地が12.8%下落したのに続き、台東区浅草の商業地が下落率2位、3位を占め、インバウンド消費が落ち込んだ影響が鮮明に現れた。

郊外住宅地では上昇も

2020年に日本を訪れた訪日外客数はJINTO(日本政府観光局)の推計で411万人と、過去最多だった2019年の3188万人から一気に87.1%も減少。東日本大震災とそれに伴う東京電力福島第1原子力発電所事故で訪日客が激減した2011年の621万人をも下回って22年ぶりの低水準となった。

新型コロナが終息する見通しが立っておらず、訪日旅行客が回復する見込みが立たないことから、インバウンド期待の商業地の需要増加は当面見込み薄とみられる。

一方で、新型コロナに伴う在宅勤務の増加や外食自粛に伴う自宅での食事へのシフトなどが生活スタイルを大きく変えたことから、郊外の住宅地などでは地価が上昇する地点もみられた。

これまで都心に通勤することを前提に住む場所を決めていた人たちが、より生活の豊かさを実感できる場所を選ぶ傾向が強まっているとされ、通勤時間に囚われない住宅地の選定が増えているとみられる。

もっとも、全体としては人口の減少傾向が続いていることで、住宅を購入する若年層が減っていることから、こうした住宅地の需要がいつまで続くか疑問視する向きもある。

リーマンショック後に比べればまし

問題は、こうした地価下落傾向が今後も続くかどうか。

経済の悪化に伴う地価下落としては、リーマンショック後の2010年の下落率に比べるとまだまだ小さい。GDPの下落はリーマンショック後を上回るとみられるが、地価下落に関する限り、現在のところリーマンショック時ほどの影響は受けていない。

理由のひとつはリーマンショックが金融界発の危機だったため、金融機関の貸し出しに影響が出るなど、不動産売買に金融面でも大きな影響があったが、今回は政府の経済対策もあり、かつてない金融緩和や財政支援が行われているため、不動産金融に影響が出ていないことが挙げられる。

リーマンショック後の2010年の全国平均の住宅地の下落率は4.2%に達し、商業地も6.1%に達した。全国平均で商業地がプラスに転じたのは2015年、住宅地は2017年のことで、影響が5年から7年に及んだ。2021年の下落率は住宅地・商業地ともにまだ1%未満で、当時と比べれば小さい。

金融緩和が下支え

もっとも、経済への影響はむしろこれからが本番という見方もある。また、東京オリンピックパラリンピックに海外からの観戦客を受け入れないことが3月下旬になって決まっており、その影響は今回発表の公示地価には反映されていない。

オリパラを見込んでホテル建設を行った企業などがそれを売却する動きなどが強まれば、さらに地価が下落する可能性もある。

一方で、大規模な金融緩和によって、ダブついた資金が不動産に流れ込んでおり、地価の下落を下支えしているという見方もある。金融緩和によって貨幣価値が下落する可能性もあり、実物資産である土地や株式などへのシフトが今後も続くとの見方がある。すでに株価は上昇を続けており、土地でも同様の傾向が強まるというわけだ。

その際は、これまでのようなインバウンド消費を狙った飲食店街や繁華街などの商業地ではなく、もともと土地としてのブランド力の高いところに資金が集まる可能性が出てくるとみられる。ブランドイメージの高い商業地や高級住宅街の地価はあまり下がらないことになるかもしれない。

いずれにせよ、土地の利用価値を前提とした「実需」を前提にすれば地価の下落は続くと見るべきだろうが、金融緩和や貨幣価値の下落といった「資産」としての土地の価格を考えると、上昇に転じてもおかしくない、ということになる。2022年の公示地価がどちらに動くのか、注目したい。