「壊れても修理して使う」アンティーク時計の価値

雑誌Wedge12月号に掲載された拙稿です。Wedge Infinityにも掲載されました。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/21595

 

Wedge (ウェッジ) 2020年 12月号 [雑誌]

Wedge (ウェッジ) 2020年 12月号 [雑誌]

 

 

 1950年代は腕時計の技術が完成した黄金期。買ったら一生使う。壊れたら修理し、孫子の代まで使う。そういう時代背景の中で作られたモノなのです」

 アンティーク時計を専門に扱う「ケアーズ」を川瀬友和さんが立ち上げたのは、今から30年前。クオーツ(電池式)時計が全盛の頃で、機械式の時計は「時代遅れ」としてかえりみられることがなかった。そんなアンティーク時計にのめり込んだのは、「壊れたら新しいモノに買い替えていけばよいという考えが、どうしても嫌でたまらなかった」からだと振り返る。

きっかけは父親の時計

 東京都江東区森下に本社を置く「ケアーズ」は、六本木の東京ミッドタウン表参道ヒルズに店舗を持つ。古いものを大切にする文化がある米国やドイツに買い付けに行き、自社の工房で修理・整備して店頭に並べる。

 1本10万円前後の「入門編」から1000万円を超す名品まで。マニアだけでなく、古いモノに価値を見出す人たちに着実に支持されてきた。

 川瀬さんと時計の出会いは中学生の頃。父親から、永年勤続の記念品だったセイコーの「スポーツマチック」をもらった。裏ぶたを開け、構造を調べ、分解するうちに、機械式時計のメカニズムにハマっていった。ちなみに「スポーツマチック・ファイブ」は1963年に売り出されて世界的な大ヒット商品となり、日本の「セイコー」の名前を一躍世界に知らしめた時計だ。

 体育大学を卒業後、水泳のインストラクターをしていたが、機械式の時計集めに熱中する。時間がずれないクオーツが主流になった当時、町の時計店では手巻きの腕時計が埃をかぶっていた。半ば見捨てられて不良在庫と化した国産時計を、定価の5分の1、数千円で譲ってくれる店も多かった。休みのたびに川瀬さんは時計店を回った。

 そんなある日、日本フリーマーケット協会が、渋谷のNHK前広場で開いた「フリーマーケット」に出会う。米国伝来の新しい風俗に魅せられた川瀬さんは、集めてきた時計を並べる店を出してみることにした。すると思いのほかよく売れるではないか。

「自分と同じように古いモノに価値を見出す人たちがいる」

 川瀬さんは、インストラクターの合間に出店を繰り返した。フリーマーケットで知り合った友人が東京・中野の商店街「ブロードウェイ」に雑貨店を出したので、そこにも時計を並べてもらった。アンティーク時計が安定的に売れるようになった。

 「本物のフリーマーケットを見たい」

 当時、そんな一心でカリフォルニアを旅した。英語もできず、レンタカーの借り方さえ知らない中で、アンティーク時計の世界で有名だったフリーマーケットに何とかたどり着いた。

 「本当にカルチャーショックでした」と川瀬さんは振り返る。その旅がきっかけとなって、アンティーク時計を扱う商売が徐々に「副業」から「本業」になっていった。

 米国のアンティーク時計市などで買い付けると、どうしても修理や整備の知識が必要になる。当時の日本の時計店には分解修理ができる腕を持った職人が必ずと言ってよいほどいたが、弟子入りを乞うても相手にされない。技術を身につけるのに、30歳を過ぎた年齢では遅すぎる、というのだ。

 ところが、米国で時計職人に修理の技術を教えてほしいと頼むと、喜んで伝授してくれた。日本と米国のカルチャーの違いを痛感した。川瀬さんはそうやって修理の技術を身につけた。

 メカニズムに興味があった川瀬さんは、当時から、時計を買う時には部品も同時に購入してきた。修理をするには部品が必要になることが少なくないが、製造当時の部品はなかなか手に入らない。補修の部品を新しく作ることもあるが、同型の時計を分解して部品だけを取り出して使うことも多い。

 そうした部品を取り出すための半ば壊れた時計や部品は、当時は二足三文で買えた。機械式の時計が価値の高いものとして世界的にも見直される日が必ず来ると川瀬さんは信じたのだろう。「今ではそれが宝の山になっています」と川瀬さんは笑う。

 会社を設立したのは89年。いわゆる「バブル」真っただ中の時だ。安くて良いモノを大量に使い捨ててきた高度経済成長期を通り抜け、「高くても良いモノ」を買う余裕が日本人にも生まれたタイミングだった。

 当時の高級品ブームに乗って、スイス製のロレックスが人気を博した。ロレックスの「デイトナ」は定番クロノグラフとして高い知名度と圧倒的な人気を誇った。今でも新モデルが販売されているが、川瀬さんは「70年代の手巻きで少し小さめのサイズのモデルはすごく格好いいが、コストがかかりすぎてもう作れるメーカーはなかなかいないのではないか」という。新製品のロレックスが売れるとともに、ロレックス製のアンティークにも注目が集まった。

 会社は順調に成長を続け、今では従業員30人の会社となった。分解修理やオーバーホールに当たる技術者も8人。しかも若手が育ってきた。

成熟した国に集まる時計

 そんな「ケアーズ」では70年代半ば以降の時計はほとんど扱わない。当時の時計メーカーは、クオーツに対抗して機能性を重視する一方、コストを下げるために駆動部分のムーブメントを外注したり、他社製品にブランド名だけを付けるOEM生産が急拡大した。「この時代の時計は、おそらく100年たってもアンティークとしての価値は生まれない」と川瀬さん。本物を求めた時代に作られた本物だけが価値を持ち続けるということだ。

 川瀬さんが懸念しているのが、古いモノに価値を見出す「文化」が若い人たちに受け継がれるかどうか。バブル期にアンティーク時計に目覚めた世代が高齢になり、大事にしてきた愛品を手放す相談が増えている。若者が徐々に貧しくなっていると言われる中で、父から子へ、そして孫へと代々受け継がれるべきアンティーク時計が行き場を失っていくのではないか。

 アンティーク時計の世界では米国とドイツに大きな市場がある。「文化的に成熟した豊かな国にアンティーク時計は集まるんです」と川瀬さんは語る。

 経済が急成長している中国の消費者は、まだまだ最先端の新製品に価値を置き、アンティーク市場では存在感がない、という。果たして日本はどうなっていくのか。古いモノに価値を見出し、それを生活の中で楽しむ「余裕」を持ち続けられるのか。アンティーク時計を修理し、価値を吹き込み続ける川瀬さんの取り組みは続く。

コロナ直撃で、ここから「マスコミ」と「広告」はここまで激変する…! CNN広告営業責任者に聞いた

現代ビジネスに3月25日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/81541

深刻な打撃

国際オリンピック委員会IOC)と国際パラリンピック委員会(IPC)、東京都、東京2020組織委員会、国の5者が3月20日に行ったリモート協議で、海外観客の日本への受け入れを断念することが決まった。日本側が安全・安心な大会を実現するために海外在住者の受け入れ見送りを報告し、IOC、IPCが了承した。

海外からの観客の来日を見込んでいた観光関連業者など日本経済への打撃は計り知れないが、国際的な広告などメディア業界への影響も大きい。CNNインターナショナル・コマーシャルの上級副社長でアジア太平洋・中南米の広告営業統括責任者などを務めるロブ・ブラッドレイ氏に聞いた。

ーー東京オリンピックパラリンピックへの海外からの観客の受け入れを断念することになりました。新型コロナウイルスの蔓延状況によっては開催自体も危ぶまれます。

「大会が開催されるかどうかを推測するのは私の担当ではありませんが、もし開催されないようなことがあれば、大会に合わせてキャンペーンを計画している企業などにとって大きな影響を与えることになると思います。しかし、各社とも、引き続き全世界の国民や消費者とのコミュニケーションを必要としています。また、日本の多くの企業も、ジャパン・スピリット、日本の精神を自社のブランドと共に打ち出したいと思っているはずです。自社のブランドが世界の視聴者を魅了し、日本の魅力を世界の舞台で示したいという思いがあるわけです。CNNは、日本のパートナー企業と協力し、各社のこうした思いや日本の精神を世界に伝えられるよう、引き続き支援していきたいと思います」

メディアもまた変容

ーー新型コロナの蔓延によって人々の生活は大きく変化しましたが、この先、メディア業界にどのような変化を引き起こすと考えますか。

「新型コロナの蔓延が深刻になるにつれて、これまでの様々な危機以上に、人々はより『ファクツ(真実)』や『科学』を重視するようになりました。より信頼に足りるかどうか、科学に裏打ちされたファクツを重視する姿勢を強めています。メディア企業は常に『信頼』や『ファクツ』を基盤にしてきましたが、かつてないほどそれが求められるようになりました。

「事業的な観点でも、我々の軸を見つめ、よりよきジャーナリズムとは何なのか、ファクツとは何か、を考える必要に迫られました」

「旅行業が大幅に落ち込み、イベントの開催中止などで高級品の売り上げも激減など、新型コロナの影響が出る中で、ビジネスのあり方をどうするか。2020年2月、私たちが拠点とするロンドンがロックダウンになる前に、社内にタスクチームを立ち上げました。データ部門や法務、財務、販売部門に加え、広告制作会社部門からも人を集め、顧客にとってCNNとは何なのか、どうあるべきなのかを話し合いました」

「その結果、我々は顧客のコンサルタントになるべきだ、CNNのようなメディア企業は以前にも増して、顧客企業や顧客のブランド価値を高めるためのコンサルティングを担うべきだという結論になりました。私たちは観光や健康など様々なファクツに基づいたコンテンツを持ち、そうしたファクツやデータからトレンドを見極め、それを元に顧客にアドバイスすることができます。また新しい産業や金融の流れもいち早く把握していますから」

ーーメディア企業は新型コロナを機に、大きく変わっていくということですか。

「私はしばしば、CNNは単なるメディア企業ではない、と言っています。データ企業であり、技術企業であり、調査会社であり、広告制作会社でもあります」

これからメディアは受け手の期待に応えられるか

ーー新型コロナは世界の産業に大きな影響を与えました。

「もちろん、影響は小さくありませんが、すべての事業が消え去ったわけではなく、新しい事業も生まれ、大きく成長している企業もあります。また、新型コロナをきっかけに生活が変わったことで、デジタル化が大きく進みました。CNNはテレビニュースだけでなく、ウェブサイトの運営者としても世界有数の存在になり、テレビとデジタルの連携も大きな可能性を生んでいます」

ーー新型コロナに加えて、オリンピックが縮小開催となれば、経済には大打撃です。

「メッセージという意味では、オリンピックは『希望』です。困難を克服し、世界をひとつにつないでいくという意味合いがあります。どんな形で大会が開かれるにせよ、日本にとって非常に重要な意味を持つ大会だと思います。オリンピックはこれまでも、様々なストーリーをうみ、英雄を生み出してきました。スポンサー企業にとっても、まさにブランド価値を磨く大きな機会です」

「今日の広告を見ると、全てのブランドには『目的』が必要になりました。何のためにそのブランドが存在するのか。顧客とブランドの間をいかに緊密につないでいくか。従来はなかった発想です。多くの消費者はファッションブランドであれ食品であれ、航空会社であれ、広告の仕方を通じて、企業の持続可能性や企業そのものを評価するようになりました。なぜなら消費者としてブランドに対して何がしらかの期待を抱くからです」

「では、オリンピックをスポンサーするブランドをどう人々は感じるのか。緊密につなぐものとは何か。人々がそこに『希望』を感じるということが重要なのです」

ーー広告業界の将来はどうなるんでしょう。新型コロナをきっかけにニュー・ノーマルという生活スタイルが定着する中で、広告のあり方や、メディア企業のあり方はどう変わるのでしょうか。

「我々は、受け手第一主義(オーディエンス・ファースト・ストラテジー)と言っていますが、メディア企業の姿勢は発信する広告主のためというよりも、受け手を第一に考えることが重要になります。受け手は広告を受け取る時に、ある種の「期待」があります。まずは、商品などのデータに対する期待で、これはどんどん重要性を増しています。さらに、その商品が持つ本当の価値とは何かを広告から知りたいという期待もあります。例えば広告のビデオを作る時にも、こうした期待にいかに応えるかが極めて重要になっていくと思います」

伝統的媒体広告にとどめ

電通の推計によると、2020年の日本の広告費総額は6兆円1594億円と、前年に比べて11%、7787億円も減少した。新型コロナウイルスの拡大による経済活動の停滞で、企業の広告出稿が激減したためとみられる。

雑誌が27.0%減、新聞が18.9%減と伝統的な媒体の広告が激減したほか、屋外広告や交通広告といった「プロモーションメディア広告費」も24.6%減った一方で、インターネット広告費は5.9%増となるなど、広告のあり方も大きく変わっている。

インターネットが広告の主流に躍り出る中で、ブラッドレイ氏の言うように、「データ」や「ファクツ」の重要性が増し、明らかに消費者が広告に求めるものが変わりつつある。一方で、インターネット上には「フェイク・ニュース」があふれるなど、何が真実かが分からない時代にも突入している。そうした中で、メディアが求められる役割も大きく変わっていくということを痛感するインタビューだった。

 

「コロナ」「米中対立」で縮む国際貿易:さらに存在感を増す中国

新潮社フォーサイトに3月24日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://www.fsight.jp/articles/-/47819

貿易統計が軒並み前年比マイナスとなる中で、対中輸出だけは昨年夏から急回復。ただし、本当に実需に基づくかは不透明。懸念される地政学リスクは、米政権交代後も消えそうにないという問題が――。

 新型コロナウイルスの蔓延で、国境を超えたモノの動きが急減している。財務省が発表している貿易統計によると、2020年の日本から世界への輸出額と、世界から日本への輸入額の合計である「貿易総額」は136兆円あまりと前年に比べて12.4%減少した。輸出が68兆円と11.1%減、輸入が67兆円と13.7%減った。

 3月の上旬、都内の郵便局の窓口で、高齢の女性が米国に小さな荷物を送ろうとしていた。通常ならば船便より早いSAL便で送るのだろうが、引き受けを停止していると言う。「では船便は」と女性が問うと、局員は「いつ到着するかまったく分からない」と答えていた。昨年4月以降、航空便国際線の大幅な減便などで、国境を超えた貨物輸送が大混乱。郵便も一部引き受けを停止する事態に追い込まれていた。昨年秋頃からは引き受け再開の動きが広がったが、1年近く経った今も混乱は続いている。

 年間を通して輸出も輸入も1割以上減るというのは異常事態だが、リーマンショック後の2009年に比べると影響は小さい。2009年は輸出が33.1%減、輸入が34.8%減とまさに未曾有の減少になった。新型コロナで人の動きが止まったことで、観光などサービス業は大打撃を受けているが、製造業は影響が小さいことや、人々の生活スタイルが変わっても、生活必需品の消費などは変わっていないことが影響を比較的小さくしているのだろう。

アメリカは「輸出相手国1位」からも転落

 だが、国別、製品別に輸出入を見ていると、大きな変化が起きていることが分かる。

 何と言っても、日本の貿易の中で、「中国」が存在感を増していることだ。2020年の中国向け輸出は15兆円と2.7%増えた。中国・武漢で新型コロナが急拡大したことを受けて2020年3月には月間の中国向け輸出額が8.7%減少したが、その後、急回復。7月以降は前年同月比でプラスを続けている。12月は10.2%も増えた。

「6月ごろから中国向けは完全に元に戻り、その後、前年を上回るペースで出荷が続いています。本当に実需なのかは分かりませんが、他の国向けが落ち込んでいるので、助かっています」と長野県の自動二輪向け部品メーカーの社長は言う。

 年間の統計を見ると、中国向け輸出で伸びが大きいのは自動車などの「輸送用機器」の6.0%増や、重電機器や電気計測機器といった「電気機器」の5.3%増など。このメーカー社長の証言を裏付けている。

 輸出が2.7%しか増えていないのに、なぜ中国の存在感が増しているのか。言うまでもなく、他国向けの輸出が大きく落ち込んでいるからだ。

 日本にとって重要な輸出先である米国向けの2020年の輸出額は12兆円あまりと17.3%減った。この結果、中国向け輸出額の15兆円を下回り、日本からの輸出先としては中国が最大の相手国になった。もともと日本の輸入額は中国からが米国からよりも遥かに大きく、輸出と輸入を加えた貿易総額は2007年に中国が米国を抜いて以降、差が開いてきたが、2020年は中国からの輸入が5.2%減だったのに対して、米国からの輸入は13.9%減と落ち込み、差がさらに広がった。

 ただし、貿易収支を見ると、米国との間では約5兆1800億円の日本側の黒字なのに対して、中国との間では2兆3900億円あまりの赤字になっており、日本にとって米国は貿易黒字を稼がせてくれる重要な国であることはまだ変わらない。

鮮明化する「貿易都市・香港」の凋落

 貿易統計は世界の地政学を反映する。世界との月間の貿易総額は2018年10月に14兆9400億円の過去最高を記録したのち、急速に減少している。新型コロナが蔓延する前から日本と世界の貿易には陰りが出ていたのである。その最大の理由は「米中貿易戦争」。米国のドナルド・トランプ前大統領が中国製品の関税引き上げに踏み切ったことを引き金に、関税引き上げ合戦の様相を呈した。

 年間の貿易総額で見ると、2018年に164兆円の過去最多を記録した翌年、2019年は5.3%減の155兆円と9兆円も貿易額が減った。そこに新型コロナが加わり、2020年は2年連続の減少となったわけだ。これがいつになったら平常に戻るのか。

 2009年に105兆円まで激減した貿易総額が2008年の159兆円とほぼ同水準に戻るのに5年、完全に上回るには9年の歳月を要した。新型コロナはいまだに終息の見通しが立っておらず、2021年の貿易総量が果たして下げ止まるかも分からない。一方で、日本経済への影響がボディーブローのように効き始めており、2021年は国内消費の落ち込みから輸入額がさらに減少する可能性もある。

 国家間の対立が貿易額に影を落とす例は、米中問題だけではない。

 世界を代表する貿易都市として知られてきた香港の凋落が鮮明だ。日本から香港向けの輸出額は2015年には年間4兆2300億円と4兆円を超えていたが、2020年は3兆4100億円にまで減少した。民主化運動での混乱に対して、中国政府が民主派への締め付けを強めた結果、従来の一国二制度が守られない状況に直面。西側諸国が貿易上の最恵国待遇を取り消すなど対抗措置を強めた。こうしたことが日本から香港向けの輸出減少につながったと見られる。さらに新型コロナの世界的な蔓延で、香港の主要産業である観光が大打撃を被り、それに関した商品の香港向け輸出も落ち込んでいる。

 高級時計で知られるスイスの時計輸出の最大の向け先は、戦後長い間、香港がトップだったが、スイス時計協会の統計によると、2020年の香港向け輸出額は16億9670万スイスフラン(約1986億円)と36.9%も減少、世界3位に転落した。2019年まで香港に次ぐ2位は米国の指定席だったが、20%も一気に増えた中国大陸向け輸出が23億9400万スイスフラン(約2800億円)と世界トップに躍り出た。米国は17.5%減の19億8670万スイスフラン(約2326億円)と2位のまま変わらない。

 ちなみにスイス時計輸出の総額は169億8410万スイスフラン(約1兆9884億円)と21.8%も減少した。高級品消費が全世界で激減している中で、中国本土が存在感を高める一方、香港が凋落していることを如実に示す結果になった。

 日韓関係の冷え込みも貿易数値に鮮明に表れている。2020年まで韓国向け輸出は3年連続の減少、輸入も2年連続減少している。輸出入合計は2018年に9兆3000億円に達していたが、2019年に11.5%減少、2020年も8.0%減って7兆6000億円となった。日本政府による半導体材料の対韓輸出規制強化で日本製品不買運動が起きたことに加えて、徴用工問題で日本企業の資産を差し押さえる最高裁判決が出たことで、韓国向け事業を手控える動きが広がっている。

 政府は反日色を強める韓国の文在寅ムン・ジェイン)政権との関係を冷淡に見つめる姿勢を貫いており、関係修復の兆しは見えない。

 今後、世界貿易の中での中国の存在感はいやが上にも高まることが予想される。一方で、米国はジョー・バイデン大統領に代わっても対決色を薄めないことが明らかになった。中国との間では日本もかつてに比べれば関係は改善しているものの、尖閣諸島問題は引き続きの懸案で、貿易で一気に中国依存を高めることができる政治情勢にない。

 ワクチン接種の広がりなどで新型コロナが終息過程に入り、輸出での頼みの綱である米国向けが早期に回復してくるか。あるいは、連携を深めるインドや豪州、台湾などとの貿易拡大が見込めるかどうか。輸出産業を多く抱える日本経済への影響は大きいだけに、目が離せない。

「どうせ困るのは将来の日本人だから」返せない借金を膨張させる日本の末路 誰も「返済方法」を考えていない

プレジデントオンラインに3月22日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/44316

先進国中でも最悪の財政状態になっている

新型コロナウイルスの蔓延に伴う経済対策で、いわゆる「国の借金」が急増している。

財務省が四半期ごとに発表している「国債及び借入金並びに政府保証債務現在高」によると、2020年末に1212兆4680億円と初めて1200兆円を突破した。財務省はこれまでも「国の借金が最高を更新している」と警鐘を鳴らしてきたが、新型コロナ発生以降の増加率はこれまでとは水準が違う。

四半期ベースで見ると、2020年3月末までの5年間は、前年同期比0.4%減から3.5%増の間で推移、概ね1%台の増加ペースできた。ところが、新型コロナが広がって以降、2020年6月末は4.8%増、9月末は7.7%増、12月末は9.2%増と急激に増えている。もちろん新型コロナの影響で経済活動が凍りついたため、ひとり一律10万円の特別定額給付金雇用調整助成金、GoToトラベルといった前例のない大型経済対策を打ったからにほかならない。

経済の悪化でGDP国内総生産)も落ち込んでいるため、国の財政状況をみるGDP対比の借金額は、ゆうに2倍を超え、先進国中でも最悪の財政状態になっている。それでも新型コロナ対策による財政出動は世界共通の手法のため、日本の財政状況だけが特段注視されることもなく、幸いなことに、円安や債券安(金利上昇)にはつながっていない。

新型コロナ前から、国の借金は増え続けていた

もともと新型コロナ前から、日本政府には「大盤振る舞い」体質が根付いていた。3月に成立した2020年度当初予算の歳出総額は102兆6580億円と、長年予算作成上の精神的ハードルとなっていた100兆円の大台をあっさり上回った。高齢化に伴う社会保障費の増大に歯止めがかけられないことが主因だったが、「国土強靭化」を旗印に、公共事業費や復興関連予算も高水準が続いていた。

政府が緊縮予算に転換しなかった背景には景気の底入れで税収が増加、バブル期を上回って過去最大になっていたこともある。また、安倍晋三内閣下で2回にわたって消費税率を引き上げ、消費税収が倍以上になっていたこともあった。要は収入が増えたことで、緩んだのだ。それでももちろん、歳出を税収で賄うことはできず、国債発行への依存が続いており、ジワジワと「国の借金」が増えていた。

本気で予算削減に取り組んでこなかった

本欄で「日本が返せるはずのない借金を重ねる根本原因」(2019年9月6日)にも書いたように、予算規模が大きくなれば権限が増える官僚機構にも、地元選挙民の期待に公共事業などで応えられる政治家にも予算を削減する動機はない。国の財政再建を口では言いながら、本気で削減に取り組まないのだ。一方で、国の財政を考えるのが仕事である財務省も、各省庁や政治家に痛みを求める歳出削減よりも気が楽な国民へのツケ回し、つまり増税ばかりを求めてきた。国借金が増えるのは問題だと言いながら、かつての「ゼロ・シーリング」つまり、予算増を認めない緊縮予算の策定などははなから放棄し、消費増税だけでなく、所得税の引き上げなどを政治家に働きかけて、実現してきた。

 

本来は、景気が回復期にある時にこそ、徹底して予算の使い道を見直すチャンスだったのだが、大盤振る舞いを続けてしまったのである。そこへ新型コロナ禍がやってきたわけだ。

借金を続ける限り破綻しない「借金財政」が当たり前

「世界最大の対策を講じているので、それによって雇用と暮らし、日本経済を守り抜いていく」――。新型コロナ対策で1回目の緊急事態宣言を発出し、経済活動が止まったことに対して、安倍前首相は、巨額の経済対策で国民を守ると宣言。補正予算を組んだ。

4月末の1回目の補正予算で一般会計予算は102兆円から128兆円に増加、2次補正では160兆円となり、最終的に2021年1月に国会で可決された3次補正では175兆6877億円という未曾有の予算規模に拡大した。

もちろん、新型コロナウイルスと闘う上で不可欠なワクチンの確保や接種のための予算も含まれるし、困窮した世帯を救うための助成金など必要なものも多くある。一方でGoToトラベルなど多くの国民が過剰ではないかと感じる予算も含まれる。未曾有の経済危機に直面して世界恐慌並みの経済崩壊につながることを防ぐには、政府が一気に予算を支出することは必要だから、それを批判するつもりはない。

だが、そうして急増した国の借金は間違いなく、国民にツケとして回ってくることになる。本来、政府はそのための「出口戦略」、つまり、どうやって増えた借金を元の水準に戻していくのかを描いておく必要がある。

残念ながら、日本政府の予算決算の仕組みは単年度で、それもかつての大福帳さながら、収支だけしか見ていない。国債の発行で得られる資金流入も「歳入」なので、いくら「歳出」が増えても借金ができる間は破綻しないという「借金財政」が当たり前になる。米国など多くの国は歳入が確保できないと予算支出が止まり、公務員の給与が止まったりするが、日本の場合、国債発行で見た目の収支尻が合えば、国は活動を続けられる。

増税をしたら、国民生活が成り立たない

企業のようなバランスシート(貸借対照表)の発想もないので、設備を作ったら減価償却費を計上するといった考えもなく、借金をどうやって返済するかという工夫も出てこないのである。もちろん、昔から国のバランスシートを作るべきだという議論はあって、実際に作ってもいるが、それはまったく運用には使われていない。

 

そんな仕組みの中で、膨張した借金は、どんな格好で国民のツケとして回ってくるのか。

財務省が普通に考えるのは、増税によって歳入を増やし、借金返済に回すという手法だ。つまり、いつか大増税がやってくる、という形でツケを払わされる。

だが、これは実際には難しい。

財務省は毎年2月に「国民負担率」という数値を発表しているが、この2月のデータでは、2019年度実績の国民負担率は44.4%と過去最高になった。税金と社会保障費を合わせた金額が国民所得のどれぐらいを占めるかという数字で、かつては世界でも有数の低さだと言われていたが、今でも米国を大きく上回りドイツに迫っている。後は、福祉国家と言われる高負担高福祉の国ぐらいしか上にはいない。

経済が落ち込んだこともあり、2020年度の国民負担の見込みは46.1%である。つまり、これ以上の増税となれば、国民生活が成り立たなくなる恐れがある。

国は国債発行を続け、日銀も購入を続けるだろう

仮に、誰かの内閣が消費税率をさらに引き上げることを断行したとして、国民は所得が増えない以上、消費を減らすことになる。ますます経済が冷え込み、税率を引き上げても税収は増えないというジレンマに陥ってしまう。安倍内閣が2回にわたって消費税を引き上げられたのは、雇用が増え、所得が比較的安定していた環境だったからで、それでも2019年10月の8%から10%への増税は消費にボディーブローのようにきいている。

つまり、これ以上の増税は難しい。

かといって今の政府の体質では、緊縮財政に舵を切ることもできない。景気低迷が続く中では、景気対策を求める声が強く、「大盤振る舞い」が続くことになる。

ではどうなるか。おそらく、国は国債発行を続け、国の借金が減ることはないだろう。日本銀行国債の購入を続け、それを助けることになる。

国民が払わされる「インフレ」というツケ

どこかの時点で国債発行が限界に来るはずだが、海外投資家が日本国債を持つ比率は高くないので、ギリシャのように海外投資家に売り浴びせられて一気に国債暴落が起きることになるかどうかは分からない。

おそらく国民に回ってくるツケで蓋然性が高いのは、インフレだろう。当面は企業業績の悪化から賃金減少、そして消費の減少とデフレ色が強まることになるだろうが、ポストコロナで世界経済が回復過程に入ると、一気に物価上昇に火が付くことになりかねない。日本銀行が紙幣を擦り続ければお金の価値は下がっていくわけだから、相対的に物価は上がらざるを得ないのだ。今、株価や不動産などの資産価格だけが上昇しているのは、実体経済の回復を先取りしているのではなく、貨幣価値の下落を織り込みつつある将来のインフレの予兆なのかもしれない。

日本自体の成長率が世界に比べて小さくなれば、日本人は相対的に貧しくなって海外からの輸入品もすべて手が出ない高級品になってしまう。つまり、生活の劣化でいずれツケを払うことになってしまうのだ。

そうならないためにも、国は大盤振る舞い予算の出口戦略を考える必要があるのだが、霞が関や永田町を見ていても、誰もそこまで知恵が回っていないように見える。

楽天グループ、2423億円増資に潜む「見過ごせない問題点」

ITmediaビジネスオンラインに3月18日に掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2103/18/news047.html

 楽天グループと日本郵政グループが3月12日、資本業務提携に合意したと発表した。

 日本郵政増田寛也社長は「楽天グループさまは、私どもにとりまして最高のパートナーであります」と喜びの表情で語り、楽天三木谷浩史社長も「日本郵政日本郵便さんとタッグを組める親戚関係になるのは、歴史的な1ページになるのではないか」と提携の意義を語った。メディアの多くも前向きな評価をし、発表翌日には楽天の株価は急騰した。

 だが、この提携、手放しに評価してよいのかどうか。

日本郵政が1500億円を出資 楽天の大株主に

 提携に伴って、楽天は3月29日払い込みで第三者割当増資を行い、2423億円を調達する。そのうち1500億円を日本郵政が出資、その他に、中国のネット大手、騰訊控股(テンセント)グループが657億円、米ウォルマートが166億円、三木谷社長の資産管理会社三木谷興産が100億円を拠出。日本郵政楽天の発行済み株式の8.32%、テンセントが3.65%を持つ大株主となる。

まず問題なのは、日本郵政の出資だ。

 

 日本郵政楽天への出資で、楽天の持つIT技術などを物流事業に生かすことができると説明。郵便局で楽天モバイルの販売などを行うという報道も出ている。三木谷社長は会見で増資で得る資金の使い道について、「モバイルだけでなく、物流やAI(人工知能)にも投資をしていきたい」と話していた。だが、増資のために楽天が出した資料にはそうは書かれていない。

 資金使途として、楽天モバイルの4G(第4世代移動通信システム)基地局整備に1840億円、5G(第5世代移動通信システム)基地局整備に310億円、4Gと5G共通の設備に250億円を投資するとしているのだ。合計すると2400億円。増資で調達する金額から手数料を除いたほぼ全額が、楽天モバイルの設備に投資されることになっているのだ。日本郵政との共同事業に投じるわけではないのである。日本郵政にとっては、そのこと自体も問題だが、これは置いておくことにしよう。

 今回の増資の狙いは、明らかに楽天の携帯電話事業の資金繰りである。決算書から見える楽天の携帯事業の資金繰りは厳しい。2月12日に発表した2020年12月期決算は、当期利益が1141億円の赤字と、前年の318億円の赤字から大幅に悪化した。営業活動によるキャッシュフローは1兆円を超え、一見潤沢なように見えるが、これは楽天銀行楽天証券など金融事業による資金流入があるためである。

 楽天が決算時に公表したスライド資料の「キャッシュ・フローの状況(2020年1月-12月)」にある非金融事業の「現金及び現金同等物の増減額」は966億円のマイナスだ。さらに、携帯電話事業のエリアを全国に広げるために基地局整備の投資資金が出ていっており、投資キャッシュフローは3279億円のマイナスになっている。

基地局関連コストが増加 膨らむ営業損失

 モバイル事業の四半期の営業損失は毎期毎期膨らんでいて、2020年第4四半期(10-12月)は3カ月で725億円に達した。「基地局建設の計画前倒しに伴い、基地局関連コストが増加」したことが理由だとしている。今回、増資で調達する資金も今年の4月から12月までに基地局に投じるとしている。つまり目先の投資資金に充てられるのだ。

 日本郵政は株式を上場しているものの、政府が株式の63%を持つ国有企業だ。国の子会社と言っていい。つまり国民の財産だ。株式保有者は「財務大臣」ということになっているが、実際は総務省が所管している。社長の増田氏はかつて総務大臣を務めた。日本郵政取締役で傘下の日本郵便の社長でもある衣川和秀氏も、やはり取締役でかんぽ生命の社長である千田哲也氏もいずれも郵政省出身である。いわば総務省がうんと言わなかったら何もできない会社なのである。

 一方の楽天の携帯電話事業の監督官庁総務省である。これでは、総務省管轄の会社が、国民の財産を使って、総務省が監督下の会社の基地局建設をやらせているような構図になってしまうではないか。つまり、国が楽天基地局建設に資金を出したも同然なのだ。

 なぜ、総務省はそこまでして「楽天さま」(増田社長の会見)を支えなければならないのか。

 

 通信行政に詳しい業界関係者が語る。

 「これまで総務省は、携帯電話事業への新規参入を促すことで競争を生み、価格を引き下げる政策を取ってきました。格安携帯会社もそうですが、大手キャリアに戦いを挑む相手になったのが楽天です。ところが、菅義偉氏が首相になって何しろ値下げ実現を急いだため、大手3社が一斉に値下げすることになった。楽天は一気に苦境に立たされました。まさに政府・総務省に梯子(はしご)を外された格好になったのです」

 

 その楽天を支えるために、総務省の手駒である日本郵政を使って資金を出させたというのが関係者氏の見立てである。

 「三木谷氏は政府の産業競争力会議の民間議員などを務め、当時官房長官だった菅氏とも関係が深い。増田社長は菅氏のイエスマンとして重用され、保険の不正販売問題を機に民間出身社長を追い出した後の日本郵政社長に収まりました。今回の業務提携にどれだけ首相が関与しているか分かりませんが、事前に耳に入っていなかったとは考えられません」

 そう前出の関係者は語る。

テンセントが出資 情報流出リスクは深刻

 今回の増資には、さらに問題がある。中国企業が日本国内の通信インフラを担う楽天に出資する点だ。

 テンセントが開発したアプリ「WeChat(ウィーチャット)」について、米国のドナルド・トランプ大統領(当時)がダウンロードを禁止する大統領令を出し、連邦地裁によって執行差し止めになったのは記憶に新しい。アプリを通じて個人情報が中国政府に流出するのではないかという疑念があったからだ。中国ではWeChatを使う10億人の国民の会話や行動を監視できるようになっているとされる。楽天へのテンセントの出資は、経済安全保障の観点から問題ではないのか。

 経済産業省が主導して2019年末に成立した改正外為法では、海外企業が指定業種の企業に1%以上の出資をする場合、届出を行うことが義務付けられている。指定業種の対象は、「国の安全」や「公の秩序」「公衆の安全」「我が国経済の円滑運営」に関わる企業で、「武器製造」「原子力」「電力」「通信」が国の安全等を損なうおそれが大きい業種とされている。当然、携帯電話事業を営む企業も対象になる。

 外為法改正には「国による買収防衛策」という側面もあり、米国などの投資ファンドから批判の声も上がったが、経産省関係者によると、安全保障に関わる企業への中国企業の出資を警戒していたという。背景には米国の要請もあった模様で、今後、テンセントの楽天への出資も問題になる可能性がありそうだ。

 今、国会では、総務省官僚への接待問題が追及されている。霞が関の他省庁の官僚の多くも「旧郵政省の利権体質は異常だ」と口を揃える。通信や放送など規制権限を総務省が握っているから、業者は官僚に「情報交換」と称して近づき、良好な関係を維持しようとする。業者と官僚の関係が近すぎるのだ。そんな最中に飛び出した「歴史的な提携」に総務省がどんな役割を果たしたのか。今後、徐々に明らかになってくることだろう。

「フォーク有料化」と言っている場合ではない…日本のリサイクルの「ヤバすぎる実態」

現代ビジネスに3月18日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/81296

スプーン、フォークまで

スーパーなどのプラスチック・レジ袋の有料化に続いて、コンビニなどでもらえるスプーンやフォークの有料化が始まることになりそうだという。

3月9日に閣議決定された「プラスチック資源循環促進法案」では、プラスチック製のストローやフォークなどを無償提供する事業者に、ゴミの排出を減らすための基準策定を求めるほか、排出事業者への勧告や命令、公表など行う権限を所轄官庁の大臣に与えることなどが盛り込まれている。

排出されるプラスチックゴミを減らし、国際的に議論になっている海洋プラスチック問題などに対応するのが狙いだというが、本当にそれで効果が上がるのだろうか。

日本は海洋プラスチック問題とは関係がない、と思っている人が少なくない。だって日々、ゴミは分別して捨てているし、リサイクルされているではないか、というわけだ。実際、公表されている日本の廃プラスチックのリサイクル率は86%で、世界に比べても高い水準にあるとされる。

実は、ここに問題がある。86%の中味を見ると、58%が「サーマルリサイクル」と呼ばれるもので、焼却して熱を回収して再利用するというものだ。国際的には、これはリサイクルとはみなされない。

化学的に分解して再利用する「ケミカルリサイクル」は4%、原料として再利用される「マテリアルリサイクル」は23%なのだが、ここにもまだ問題が隠されている。23%の過半が輸出なのだ。かつては中国向けが多かったが、中国が受け入れを厳しく規制するようになり、今はインドネシア向けが多いという。

リサイクル原料として再生されるというのが建前だが、「実際には山積みになって放置されているケースも多く、海洋に不法投棄されたり、流出したりして、海洋プラスチック問題につながっているとみられているます」と廃棄物マネジメント会社のトップは語る。そうした焼却や輸出を除くと日本のリサイクル率は実態としては、世界的にもみてかなり低いことになる。

「輸出」という抜け道が厳しく

ところがここへ来て、大きな問題が起きている。国際条約で廃プラスチックの輸出が厳しくなったのだ。2021年には、改正されたバーゼル条約付属書が発効、「リサイクルに適さない廃プラスチック」を輸出する場合は、事前に相手国に通告して、同意を得ることが必要になった。また、「リサイクルに適さない廃プラスチック」の範囲が広くなり、実際には輸出するのが難しくなっているのだ。

日本の2020年の廃プラスチックの輸出量は82万1000トンと、前年比8.6%減った。2014年の167万トンから7年連続で減少している。

2020年はレジ袋の有料化で廃プラスチックの排出量が減ったから輸出も減ったのかと思いきや、そうではないという。新型コロナウイルスの蔓延による在宅勤務の広がりなどで、コンビニの弁当容器などのゴミが増え、「明らかに廃プラの排出量は増えている」(前述のマネジメント会社トップ)という。つまり、輸出量が減っているのは、輸出が難しくなってきたことが主因とみられる。

今後、プラスチックゴミを処理するためのコストは大幅に上昇していくとみられる。輸出ができなくなれば、国内でのリサイクル率を高めなければならないが、ゴミ処理業者の引き取り価格などが上がっていく可能性が高いという。つまり、企業の多くはどうやってゴミを減らすかが大きな課題になってきたわけだ。

そこで、冒頭の法案が効いてくる。これまでお客に無料でスプーンを渡しても、ゴミを処分するのは買った側で、家庭ゴミとして出せば無料だった。そのツケは自治体に回ってくるわけで、結局は税金で処分しているわけだ。

ところが、法案が成立すれば、今後、排出側の責任が問われることになる。回収を求められることになれば、プラごみの処分費用が排出企業に回ってくることになりかねない。

 

レジ袋の有料化も今後可能性のあるスプーンの有料化も、顧客に利用を自粛してもらう狙いと同時に、企業側の資金回収の道筋を付ける狙いもある。有料にしてコスト回収する道を作ることで、今後予想されるごみ処理費用の増加に対応させようとしているのだ。

最終的に家庭ごみ有料化へ

だが、有料化でプラごみの総量が減るかどうかは微妙だ。もちろん、有料にすることで、プラスチックの利用そのものを減らさなければと消費者に意識改革してもらうきっかけにはなるだろう。だが、プラごみの総量を劇的に減らすには、抜本的な対策を考える必要があるだろう。

最も効果が高いのは家庭で出すごみを「有料」にすることではないか。

もう20年近く前にスイスとドイツに赴任したことがあるが、ごみ対策は日本とは比べ物にならないくらい徹底していた。スイスの場合、自治体によって金額が違うが、チューリヒの場合、35リットルくらいの指定ゴミ袋に入れないとゴミは捨てられなかった。10枚で2000円くらいしたのを覚えている。当然、必死になってゴミの排出量を減らした。

一方で、リサイクル品は大きなゴミ箱が町中にあり、無料で捨てることができる。ただし、色の付いた瓶、缶などいくつもの種類に分別することが求められている。結果、スイスでは10年ほど前から、焼却するゴミの量をリサイクルゴミの量が上回っている。

ドイツはスイスに比べると緩かったが、飲料は徹底してリターナル瓶が使われていて、週末に空き瓶のケースを持って飲料販売店に買いに行くのが父親たちの役割になっていた。

ドイツのスーパーの店頭では、パッケージを開けてリサイクルボックスに捨てていく人が多かったが、いかに自分の家に持って帰るゴミを減らすか、つまり自分の家から出すゴミを減らすかに皆、心を砕いていた。欧州共通だが、スーパーの野菜や果物はほとんど量り売りで、プラスチックのパッケージなどには入っていない。

日本は高い技術力で高性能焼却炉を開発し、ゴミを焼却してもダイオキシンなどが発生しないものを生み出した。ゴミ焼却場に温水プールを併設してその熱を利用し、「リサイクル」と胸を張ってきた。

だが、本当にそれで地球環境を守っていけるのか。プラスチックゴミ問題を、日本人の生活スタイルのあり方を含め、根本的に考え直すきっかけにすべきではないか。

「日本製鉄が東京製綱に敵対的TOB」は 「時代の変化」の象徴か

 CFOフォーラムに連載の『COMPASS』に3月15日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

http://forum.cfo.jp/cfoforum/?p=17872/

 ⽇本製鉄が、ワイヤーロープなどを製造する東京製綱に対して行っていたTOB(株式公開買い付け)が成立した。⽇本製鉄は東京製綱の発⾏済み株式の9.9%を保有する筆頭株主だったが、TOBによってこれを19.9%にまで引き上げると、1月21日に発表。公開買い付け期間は3⽉8⽇までの30営業⽇、決済開始日を3⽉15⽇を決済開始⽇としていた。買い付け価格は1500円で⽇本製鉄は24億円あまりを投じた。

 TOBに踏み切った理由として日本製鉄は、東京製綱の「業績不振及び財務健全性の悪化」と「ガバナンス体制の機能不全」を掲げている。株式を買い増すことによって「株主としてのコミットメントを高め、東京製綱の経営陣とより踏み込んだ協議を行う」「新たな経営体制となった東京製綱との連携深化等により東京製綱の企業価値の回復・向上を支援する」と大上段に振りかぶっている。


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