時計経済観測所/本格的な円安・インフレで「資産性」の高い高級時計がブームに

時計雑誌クロノスに連載されている『時計経済観測所』です。11月号に掲載されました。WEB版のWeb Chronosにもアップされています。是非ご一読ください。オリジナルページ→ 

https://www.webchronos.net/features/84473/

 

本格的な円安・インフレで、「資産性」の高い高級時計がブームに


 前回、当欄で「ついにインフレへ。物価上昇見込みが高級時計の駆け込み需要生む?」と書いた。2022年4月に日本の消費者物価指数が前年同月比で2.1%の上昇となり、消費増税直後の一時的なものを除くと13年半ぶりに2%超えとなったが、5月も2.1%上昇、6月も2.2%上昇と3カ月連続で2%を上回った。電気代やガス代、輸入食材を中心に大きく値上がりしており、生活実感としては2%どころではない。誰の目にも「インフレ」がはっきりしてきたうえ、まだまだこれからが本番だと感じ始めていることだろう。

 インフレは、通貨価値が下落すること、つまり「円」の価値が大きく落ちて、モノの価値が上がっていくことだ。円で資産を持っていればどんどん目減りしてしまうので、富裕層を中心に、円を実物資産に換える動きが広がり、高級時計の駆け込みが起きる、というのが前回の記事の趣旨だった。以後、予想した通りの展開になっている。

名古屋の百貨店で時計売り場の開店が相次ぐ

「高級腕時計ブーム、名古屋で沸騰中 全国で一番注目集める理由は」(7月18日付毎日新聞)、「若者も高額品の買い手に 海外ブランド・時計、SNSも一役」(7月8日付時事通信)といった記事がメディアに躍った。きっかけは名古屋の百貨店で時計売り場の新装開店が相次いだこと。松坂屋名古屋店は7月6日に時計売り場を14年ぶりに改装、「GENTA The Watch(ジェンタ ザ ウォッチ)」としてオープン。面積を従来の約2倍の1200㎡に広げた。名古屋三越栄店ではひと足早い6月20日に、スイスの高級時計メーカー、パテック フィリップの単独ショップが1階にオープンした。

 松坂屋の時計売り場オープンでは、スイスの独立時計師、アントワーヌ・プレジウソによるブルーサファイアをちりばめた世界限定1本の腕時計、1億8150万円を用意したと報じられ話題を呼んだ。一方、パテック フィリップは2000万円程度の価格帯が中心で、2億円近い商品も扱うという。完全に「資産性」に注目する顧客をターゲットにしている。

百貨店「美術・宝飾・貴金属」部門の売り上げは前年の2倍

 日本経済が新型コロナウイルス蔓延の影響から立ち直りつつある中で、百貨店の売り上げも大幅に伸びている。日本百貨店協会がまとめた5月の全国百貨店売上高は、前年同月比で57.8%増と3カ月連続のプラスになったが、中でも「美術・宝飾・貴金属」部門は16カ月連続のプラスで、5月の増加率は97.5%増。つまり、前年の2倍の売り上げとなっている。高級時計などの貴金属・宝飾品に一気にお金が向かっているわけだ。

 スイス時計協会がまとめた6月のスイス時計輸出統計でも、日本でのブームがはっきり表れている。日本向け輸出は1億4020万スイスフラン(約199億円)と、前年同月比16.1%増えた。世界全体では8.1%の増加なので、日本はその2倍の伸びだ。1月から6月までの累計だと19.5%も増えている。ウクライナ戦争や米欧での金利引き上げで世界経済が減速するかに思われたが、世界の高級品消費は根強いものがある。

「インバウンド消費ブーム」の環境が整う

 円安を見越した「実物資産」へのシフト以外にも、日本の時計販売にプラスに働くことがある。円安による外国人旅行者の増加だ。日本は、入国者数の制限を続けており、まだまだ「鎖国状態」だが、それでも日本政府観光局(JNTO)の推計によると、6月の訪日外客数は12万人あまりで、1年前の9251人に比べれば10倍以上。今後、本格的に日本を訪れる観光客が増えれば、インバウンド消費が一気に盛り上がることは間違いない。

 特に時計などの高額品の場合、円安が進む前に仕入れた商品の価格改定が十分に行われておらず、円安で自国通貨が強くなった外国人旅行者にとっては、まさに大バーゲンセール状態になっている。一気に円安が進んだ2013年から14年にかけて、東京・銀座に中国人観光客が溢れた「インバウンド消費ブーム」が再び起きる環境が整っているわけだ。そうなると、超高額のハイエンド品ばかりでなく、100万円前後といった中価格帯商品も一気に売れていくことになるだろう。

意味不明、岸田内閣の「便乗値上げ」を許さない「需要創出」って何だ 「政策目的」がチグハグ過ぎる

現代ビジネスに10月22日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.media/articles/-/101252

一体何を言っているのだ

「便乗値上げについては、今般の需要創出支援の趣旨を逸脱するものであり認められるものではありません」

全国旅行支援が始まったタイミングでホテルの宿泊料などが値上がりしていることについて、斉藤鉄夫国土交通大臣は記者会見でそんな発言をした。意味不明である。そもそも需要と供給で価格が決まる市場経済の中で、供給が一定のところに需要を創出すれば価格は上がる。それを「便乗値上げ」とは言わない。

もっとも、「現時点で便乗値上げの報告はない」としたが、確認されれば「厳正に対処する」のだという。見ものである。国交省はどんな事例を「便乗値上げ」と認定するのか。

客室の電気代や、送迎車のガソリン代、朝食のパンの小麦粉など、価格が上昇しているものを宿泊代に上乗せするのは普通の感覚なら「便乗値上げ」とは言わないだろう。しかし、エネルギーや食料代などは、いずれも岸田内閣が価格上昇を抑えようと必死に補助金を投入しているから、それらの上昇分を転嫁すること自体が罷りならぬとでも言いたいのか。

需要が増えてホッとひと息ついたので、需要が増えて売り上げが増えた分、苦労をかけた従業員の給与を増やそうというのはどうなのだろう。これも便乗値上げとは言えないだろう。まして、岸田内閣は「賃上げ促進」と言い続けているから、賃上げのための価格引き上げは岸田内閣の「政策目的」に叶っていて、責められるはずはない。

いったいどんな値上げをすると「便乗値上げ」になるのか。かつて電力会社に課していた「総括原価主義」よろしく、国が認めた原価に「適正利潤」を上乗せした「適正価格」を計算して、それを上回る値上げについて「便乗値上げ」として「厳正に対処」するのだろうか。それとも、ホテルや旅館に「公定価格」でも導入したいのか。

需要が増えれば価格は上がるもの

全国旅行支援が10月11日から(東京都は10月20日から)始まり、旅行代金の40%、交通機関とセットの旅行でひとり1泊8000円まで、宿泊のみだと5000円までが補助される。さらに平日は3000円、休日は1000円の地域クーポンが付いてくる。かつて盛り上がったGoToトラベルに比べて上限金額は少ないものの、待ってましたとばかり旅行に行こうと考えた人は多い。

ところが、全国旅行支援開始のタイミングで、人気ホテルの宿泊料が上昇。「開始前よりも高くなって支援のメリットを感じない」と言った声が溢れた。それが大臣をして「便乗値上げは許さない」と言わしめた理由である。文句を言いたい人たちの気持ちも分かるし、それをなだめようとする政治家の姿勢も分かる。しかし、前述の通り、需要が増えれば価格が上がるのは仕方ないことなのだ。

ならば、全国旅行支援などやらなくても良かったではないか、という声も出て来よう。そう。その通り。無駄である。国家財政を数千億円も注ぎ込んで「需要を創出」しなくても、需要は爆発的に増えていた。何しろ2年半もの間、新型コロナで「外出自粛」を余儀なくされてきただけに、この秋こそは旅行にゆくぞ、と考えていた人は少なくない。

さらに外国人だ。新型コロナ対策を理由に外国人観光客の受け入れを大幅に制限、事実上「鎖国状態」にあったが、岸田内閣は「開国」に踏み切った。それが何と同じ10月11日からである。止めていた外国人の制限を無くすだけでも需要は急増する。そうすれば値段も間違いなく上がるわけだ。未曾有の円安だから、超割安になった日本旅行に外国人が押しかけるのは火を見るより明らかだった。

外国人需要でホテル代が急騰し、日本人が泊まれなくなるのはかわいそうだから、日本人には補助金を出してあげよう、というのなら分かる。需要増加を機にホテルや旅館はどんどん値上げをして、一気に収益力を高めて、従業員の給与を大幅に引き上げてください。今がチャンスです、というのなら、政策としては筋が通っているかもしれない。ところが、「値上げするな」と言わんばかりの大臣コメントである。

もはや打っている手がチグハグ

いったい岸田内閣はどんな経済政策を取ろうとしているのか。

インフレを徹底的に抑えようと言うのなら、需要を抑えれば価格は下がる。ガソリン代の補助金石油元売り会社に出して、価格を抑えれば、需要は減らないから、価格もなかなか下がらない。補助金など出さずに価格が上昇すれば皆倹約して需要量が減り、結果価格は下がるのだ。

また、インフレ退治には金利の引き上げが常套手段だが、景気悪化を恐れてゼロ金利を維持し続けている。日米の金利差は開く一方で、円安が進み、輸入に依存するエネルギー代は一向に下がらない。もはや、打っている手がチグハグなのだ。

結局、すべての打つ手が付け焼き刃のその場凌ぎのため、全体としてはチグハグにならざるを得ないと言うことだろう。

岸田首相の「聞く力」が災いしてか、ぎゃーと言ってきた業界のためになる補助金制度を次々に導入しているとしか思えない。全国旅行支援も結局は旅行業者の声を聞いた結果ということで、国民の生活や楽しみを考えてのことではない、ということだろう。

「東京ディズニー2割引き」は本当に必要なのか…岸田政権の「ワクワク割」は世紀の愚策である インフレ促進による形を変えた「増税」であることを説明すべき

プレジデントオンラインに10月20日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/62774

大盤振る舞いのツケは国民自身に回ってくる

イベントワクワク割」や「全国旅行支援」は本当に必要な政策なのだろうか。旅行代金を補助する「全国旅行支援」は、東京都を除く46都道府県では10月11日から、東京都は10月20日から始まる。旅行代金の最大40%、交通機関付きの旅行では8000円、その他では4000円が補助され、そのうえ、平日で3000円、休日で1000円の地域クーポンまで付いてくる。さらに、それとほぼ同時に入園料などを割引する「イベントワクワク割」も始まった。

2020年に実施されて人気を博した「GoToトラベル」「GoToイベント」の形を変えた施策である。政府の大盤振る舞いで、国民からすると「得をした」ように感じられる。だが、いずれそのツケは国民自身に回ってくる。

いったい何のため、誰のために行われている政策なのか。本当にその効果はあるのか。また、ツケはどんな形で回ってくるのだろうか。

冷え込んだ需要を喚起する役割は果たしたが…

もともとのGoToトラベルは2020年4月に外出自粛や営業自粛で一気に「人流」が止まったことを受け、新型コロナを抑え込んだ後の景気テコ入れ策として計画された。ピタリと客足が途絶えてホテルや旅館などの悲鳴が上がる中で、拙速だという声を押し切って7月に開始した。宿泊代金の50%を2万円まで補助し、その7割が旅行代金の割引、3割が地域共通クーポンという形で、今回の「全国旅行支援」よりも補助金額が大きかったこともあり、一気に旅行客が増える「効果」があった。

秋の京都など人気の観光地には旅行者が押し寄せ、旅館やホテル、土産物店など観光関連業者はほっとひと息ついた。だが、それとともに新型コロナの蔓延が拡大。「人流」を抑制することが蔓延阻止につながるとしてきたのだから「人流」を増やせば蔓延が拡大するのは当たり前と言えた。結果、年末になって「中断」に追い込まれた。

冷え込んだ需要を喚起する、エンジンのスターターとしての役割は証明されたものの、結局、再びブレーキをかけざるを得なくなった。今になって振り返れば、事業実施のタイミングが早すぎたということになる。

GoToトラベルの予算は当初、1兆4368億円が計上されていたが、途中で中断されたこともあり、7000億円余り使って7200億円を余らせた。GoToトラベル再開に向けた予算も確保しているが、今回はGoToトラベルを再開するのではなく、別枠の事業として実施している。

GoToトラベルに集まった批判の中身

GoToトラベルは人気を博したものの、問題点も浮上した。補助額が旅行代金の50%、上限2万円と大きかったことから、ひとり当たり4万円を超えるような高級旅館・ホテルに人気が集中した。「そもそもそんな高額の旅行ができる豊かな層に何で補助金を出すのだ」といった批判が湧き上がった。また、対象を個人旅行とし、ビジネスの出張は対象外としたこともあり、もともと価格競争を繰り広げていたビジネスホテルなどはあまり恩恵を受けなかったとされる。

もともとGoToトラベルやGoToイベントの施策自体、狙いが曖昧だった。冷え込んだ景気を動かすためのスターターなのか、補助金を呼び水にしてさらにお金を使ってもらう消費拡大策、景気刺激策なのか、それともホテルなど旅行業者やイベント業者の支援策なのか。

前述のように当初はスターターの役割を期待して設計されたが、導入が早期に決まったのは旅行業者の声に配慮したためだった。補助金をきっかけに人流が戻り、経済活動が回り始めれば、景気刺激策になる。

仮に7000億円の予算を使ったとしても、その経済効果が数兆円に及べば政策として意味があったということになる。景気が回復すれば、いずれ法人税や消費税などの税収も増え、国にお金が戻ってくることになる。

タイミングを誤り景気は回復しなかった

ところがタイミングを誤ったことで、新型コロナが急拡大。経済活動を再び止めたため、経済効果はあまり上がらなかった。結局、蔓延拡大で1年延期していた東京五輪も、無観客にせざるを得なくなり、東京五輪の経済効果も結局は当初の期待にはまったく及ばなかった。

だが、GoToトラベルやGoToイベントが政策的に失敗だったという総括がされているわけではない。むしろ、国民が喜んだのだから、また再開しようという話のまま、ズルズルと存続しているのだ。

今回の「全国旅行支援」は、GoToトラベルへの反省から、上限金額を抑えた。旅行ができる金持ちへの補助金という批判をかわそうとしているのだろう。さらにビジネス客も対象に加えた。また、「平日」の助成を厚くすることで、予約の集中を分散させようともしている。政府としては人気の高かった政策を再開することで、低下傾向が続く内閣支持率を取り戻そうという狙いがあったかもしれない。

補助金がなくても経済活動は自律的に回復する

だが、2匹目のどじょうは期待外れになるかもしれない。

というのも、2年前とは経済情勢が大きく違うからだ。新型コロナウイルスの感染者は増えたものの、死亡率は低下しており、多くの国民の警戒感が薄れている。結果、経済活動は自律的に回復傾向にある。

「イベントわくわく割」で東京ディズニーリゾートのパスポートを2割引にしなくても入場者は押し掛けるし、「全国旅行支援」で補助金を出さなくても秋の旅行シーズンの人出はかなり多くなると見込まれていた。

さらに政府が決断した外国人観光客の受入規制の実質的な撤廃によって、一気に外国人観光客が増える可能性がある。しかも、大幅な円安が進んでいるため、外国人の間での日本旅行ブームが起きそうな気配だ。放っておいても外国人観光客で観光地は満杯になる可能性があるわけだ。人気のディズニーリゾートにもやってくる外国人が急増するだろう。

そこで問題になるのが価格だ。

GoToトラベルの時にも一部の人気旅館で見られたが、補助金分、価格が上昇するケースがあった。今回は、「全国旅行支援」の補助金が帳消しになるくらい価格が上昇することになるだろう。さっそく、「旅行を予約しようと思ったが、値段が高くなっていて『全国旅行支援』のメリットを感じない」といった声が聞かれる。ディズニーのパスポートだってこれまでも値上げを繰り返し、来年度も繁忙期に値上げすると報じられている。

物価上昇を抑え込むどころか許容させている

岸田文雄首相は10月末までに総合経済対策をまとめるよう指示を出し、物価高騰対策をさらに進めるとした。これまでもガソリン代の高騰を抑えるための補助金の支出や、輸入小麦の価格据え置きなどの政策を実施。さらに価格上昇が続いている電気代・ガス代の価格を抑制するためのこれまでにない政策を実施するとしている。価格上昇(インフレ)は何としても抑えたいというわけだ。

ところが皮肉なことに、「全国旅行支援」や「イベントわくわく割」は価格を抑える方向に機能せず、代金の引き上げを許容させるための補助金になりつつある。

それで旅行業者が儲けて、人件費の引き上げに向かえばまだしも、値上がりを続けている食材費や光熱費に消え、人件費引き上げには回らないという懸念もある。また、旅行代金が上がれば、当然、旅行自体を諦める人たちもおり、GoToトラベルほど旅行を活気付かせる効果があるのかも分からない。

外国人旅行者の増加で、観光業界はそれなりに潤うとしても、それが「全国旅行支援」や「イベントわくわく割」の経済効果だったという話にはなりそうにない。

バラマキは形を変えた増税を引き起こす

一方で、政府の大盤振る舞いは後々国民へのツケとなって現われる。

財政赤字が膨らめば、いずれ増税などで国民負担が増える。財政赤字に加えて、防衛費の大幅な増額を政府は打ち出しており、国民負担が減る見込みはない。それでも消費増税は行わないというのが岸田首相の公約で、結局は国債の増発で膨らむ予算を賄う他なくなるだろう。

これまでは何とかそれでやりくりしてきた。だが、そのツケとして円安が進んでいる。財政悪化が進めば、その国の通貨の信用度は毀損きそんしていく。政府・日銀は介入で円安を止めようと必死だが、1ドル=150円に迫り、年初から30円以上も値下がりしている。さらに財政をバラマケば円安に歯止めがかからなくなるという声もある。

円安が進めば輸入物価が大きく上昇し、生活を圧迫するようになる。インフレが加速するわけだ。所得が増えない中で、物価が上がるというのは形を変えた「増税」である。旅行支援と言われても、旅行している余裕がない、という声はどんどん大きくなるだろう。

政府が介入すればするほど市場は歪む

問題は、「全国旅行支援」によって値上げができた旅館やホテルが、旅行支援が終わったからといって値段を下げるかどうかだ。

外国人観光客の需要があるところは値段を下げる必要がないし、国内旅行者しか泊まらないような宿は、値段を下げざるを得なくなる。しかし、コストは上昇しているから経営は苦しくなってしまう。

そうした業者は年内で終わる予定になっている全国旅行支援の継続を強く求めるだろう。結局、政府はバラマキを永遠に止められなくなってしまうわけだ。実際、すでに「全国旅行支援」の来年度以降の継続を検討するという報道がなされている。

需要と供給で価格が決まるのが資本主義だ。政府が補助金で価格を動かそうとしたり、需要を変動させようとすれば、それだけ市場機能は歪むことになる。結局は、その政策を止めた時の市場の反動が大きくなるわけだ。「全国旅行支援」にしても「イベントわくわく割」にしても、天下の愚策であることは間違いない。

岸田内閣の「愚策」は止まらない~相次ぐバラマキは円安を加速させる 国民よ早く政策の失敗に気づけ

現代ビジネスに10月16日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.media/articles/-/101080

あっさり1ドル145円

円安に歯止めがかからない。10月14日の外国為替市場では1ドル=148円台後半まで付け、1ドル=150円が視野に入ってきた。

9月22日に政府・日銀が24年ぶりに為替介入した際には145円台から一時的に140円台にまで戻したものの、円安の流れは止まらなかった。介入によって政府・日銀は1ドル=145円台を「抵抗ライン」としているのではないかとの見方から再度の介入を警戒する声もあったが、そのラインをあっさり超えたことで「歯止め」が亡くなった格好だ。

為替は短期的には「金利差」が影響する。米国がインフレ退治に向けた利上げを繰り返す一方で、日本が「ゼロ金利量的緩和」を継続していることから、「日米金利差」が拡大し、ドルの価値が上昇、円安が進んでいる。

一方で、多くの為替アナリストは「円安ドル高はどこかの時点で反転する」と語る。米国の相次ぐ利上げの結果、米国景気が後退すれば、今度は利下げに転じるので、日米の金利差は「縮小」に向かうから、今度は円高方向に動くというわけだ。金利差に注目するオーソドックスな相場観とも言えるだろう。

中長期的に見ると、物価水準の違いを調整する形で為替が動く面もある。いわゆる「購買力平価」をベースにした考え方だ。為替レートは長期的には一物一価が成り立つように決まるという説である。米国の物価が大幅に上昇している中で、同じものを購入した場合の日米の価格差はどんどん広がっている。

この考え方に従えば、インフレ(物価上昇)というのは通貨価値の下落なので、インフレが進む米国のドルは、インフレ率の低い円よりも弱くなるはずで、円高に振れるはずだということになる。実際、2021年の購買力平価は1ドル=100.4円で、円は売られすぎだということになる。

もちろん、日本でも物価の上昇が始まっている。日本の消費者物価指数は4月以降8月まで、前年同月比2%を上回る上昇が続き、3%超えも確実視されている。それでも米国の9月の消費者物価上昇率8.2%に比べるとまだまだ低い。

しかし、日本も企業の間で取引するモノの価格である「企業物価指数」は9月に前年度月比9.7%の上昇となり過去最高を更新。いずれそれが価格転嫁されて消費者物価に跳ね返ってくることが確実視されている。何せ、企業がモノを輸入する際の価格である「輸入物価指数」が9月は48%も上昇しているのだ。円安が物価上昇に結びつきつつあるわけだ。

何でもかんでも補助金

この円安による物価上昇を何とか食い止めようと岸田文雄内閣は必死である。10月末までに「総合経済対策」をまとめることを表明。電気料金について「家計・企業の電力料金負担の増加を直接的に緩和する、前例のない、思い切った対策を講じます」(10月3日の国会での所信表明演説)と大見えを切った。

岸田内閣は1月以来、ガソリン代の高騰対策として、石油元売会社に補助金を出してガソリンなどの小売り価格を抑える政策を実施、さらに小麦粉の価格を抑えるための製粉会社への売り渡し価格の維持などを行ってきた。

それに加えて、電気料金とガス料金も上昇を抑えるために補助金を出すという。石油元売会社への補助金は「時限措置」「激変緩和措置」という建前だったが、いったん導入したら止められず、1月以降も継続する方向だ。

電気代については、電力自由化の結果、家庭が契約する電気会社が膨大な数にのぼり、しかも料金体系がバラバラなことから、公平な助成の組みの導入が難しいという声が上がっているが、「毎月の請求書に直接反映するような形」の制度にすると首相は語っている。しかも1月にも前倒しで実施するとしている。

岸田内閣の支持率は10月10日から13日に行われた時事通信の調査で、27.4%にまで下落。菅義偉内閣で最低だった29%も下回った。国民の意見を二分した故安倍晋三首相の国葬問題や、自民党議員に広がっている旧統一教会問題などが支持率低下の要因だが、そこに「経済対策への不備」が加わりつつある。

世界各国の例を見るまでもなく、大幅な物価上昇は政権の足元を大きく揺るがす。輸入物価が国民生活を直撃した発展途上国では、反政府デモや暴動まで起きている。電気料金対策を「来年春」から「1月にも」に前倒ししたのも岸田内閣の「焦り」が表れている。

この政策は長続きしないのに

物価抑制のために補助金を出すことについて、大半の国民は「歓迎」する。給与が増えない中で物価が上昇してはたまらない、と考えるからだ。庶民の党を標榜する公明党が、与党の一翼を担う立場から電気代支援などを強く要望しているのも庶民の声の反映と言える。「国が負担してくれるのは助かる」というわけだ。

だが、この政策は長続きしないことが明らかだ。膨大な財政支出が必要になるからだ。

財務省が10月8日に公表した「予算執行調査」によると、すでに7246億円が使われている。今年度予算は1兆1655億円で今後補正予算で増額される可能性もある。電気料金やガス料金の抑制に今後、兆円単位の予算が必要になってくる可能性が高い。

しかも、調査では、補助金分がすべて価格抑制に回っているかどうか疑問であることも判明している。ガソリンスタンド事業者へのアンケートでは、回答した155の2割で「補助金全額分抑制できていない」とし3割で「補助金全額分抑制できているか分からない」と答えている。近隣店舗との価格競争で販売額を決めているため、政府が示す“公定価格”で必ずしも販売していないためだ。市場経済の中で、政府が価格をコントロールしようとしても、いかに難しいかと言うことだ。

そんな調査が出ているにもかかわらず、業者への補助金を大盤振る舞いしようとしているわけだ。

そこで、為替の問題に戻る。政府は膨大な財政支出の増加をどうやって賄うか。いわゆる「財源」である。岸田首相は消費増税は行わないと表明しているし、物価上昇で消費が落ち込みかねない中で増税はできない。結局、国債の増発で賄わざるを得ないだろう。このところ大幅に引き下げてきた法人税率を引き上げる手もあるが、政府は防衛予算を大幅に引き上げることを検討しており、法人増税はその財源として有力視されている。

為替は長期的には「国力」が反映されることになる。財政赤字が限界を超えれば、通貨価値は暴落しかねない。つまり、財政赤字の拡大を前提にしたバラマキ政策の結果、円安が一段と進む可能性が強まってくるわけだ。円安が進めば、輸入に依存しているエネルギーや小麦などの円建て価格はさらに上昇する。補助金を出すことが逆に価格上昇を止まらなくする可能性があるわけだ。

もちろん、政府がバラマケば、多くの国民からは「よくやっている」と見られる。為替が円安に進んでいるのが「政策の失敗」だと考える国民は少ないから、政府の“愚策”は今後も続いていくことになるだろう。

「最優先」と言いながら「具体策は後手後手」の岸田内閣の経済政策 所信表明では見えない最後の望みの綱は

現代ビジネスに10月7日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.media/articles/-/100735

危機感が乏しい「国難

「日本経済の再生が最優先の課題です」。10月3日に国会で行われた所信表明演説で、岸田文雄首相はこう述べた。そのうえで、「新しい資本主義の旗印の下で、『物価高・円安への対応』、『構造的な賃上げ』、『成長のための投資と改革』の3つを、重点分野として取り組んでいきます」とした。

首相が挙げた3つが大きな課題であることは、多くの国民が分かっている。問題は、それをどう実現していくか。突っ込んで具体的な政策を語ることもなく、またしても「今後」へと先送りした。「最優先」と言いながら、岸田内閣の経済政策は後手後手に回っている。

岸田首相は演説の冒頭で、「今、日本は、国難とも言える状況に直面しています」とし、その国難を克服するために、「政策を1つひとつ果断に、かつ丁寧に実行していきます」と語った。岸田首相の演説では「国難」といった厳しい言葉を使うものの、どこか危機感に乏しい。「果断に」「丁寧に」といった言葉もなかなか響いてこない。

介入以外に物価対策なし

ではいったい具体的に何をやろうとしているのか。まずは「物価高・円高への対応」。

「先月には、食料品やガソリンの値上がりを抑えるための追加策を取りまとめました。特に家計への影響が大きい低所得世帯向けに、緊急の支援策を講じました」

岸田首相が言う「追加策」とは、政府による食料品やガソリン価格への「介入」だ。ガソリンの小売価格を抑えるために石油元売会社に補助金を出す仕組みで、1月末の導入以来、延長と規模拡大を繰り返してきた。今では1リットルあたり35円を助成するまでになっている。9月末までの時限的な措置のはずだったが、それを年末まで延長した。

似たような「介入」は「小麦」でも始まった。もともと小麦は政府が一括して輸入し製粉会社などに売り渡す「国家貿易」が続いていたが、輸入価格より安い「逆ざや」での売り渡しを始めた。

だが、これが抜本的な「物価対策」になるわけではない。政府が巨額の費用を注ぎ込んで「市場」と戦っても、価格を抑え込むことなどできるはずもなく、付け焼き刃の対症療法に過ぎない。政府内からですら「バラマキ」批判が出ているが、もはや止めるに止められない。補助金を打ち切れば価格が急騰するからだ。まさに「麻薬状態」になっている。

ところが所信表明演説で岸田首相はその「介入」をさらに拡大する方針を打ち出した。

「これから来年春にかけての大きな課題は、急激な値上がりのリスクがある電力料金です。家計・企業の電力料金負担の増加を直接的に緩和する、前例のない、思い切った対策を講じます」

何と電気まで政府が価格をコントロールするというのだ。しかし自由化が進んでいる電気料金でどう「補助」をするつもりなのか。

それにしても対応が遅い。10月中に総合経済対策を取りまとめるとしているが、物価高は今始まった話ではない。消費者物価指数(総合)は4月以降、前年同月比で2%を超える上昇が続き、8月には遂に3%を超えた。今年1月以降、企業物価指数は9%を超える上昇が続いており、いずれ消費者物価に跳ね返ってくるのは分かりきっていた。企業物価指数の上昇率は高止まりしており、消費者物価はさらに上がる可能性が高い。だが現状では、岸田首相は抜本的な物価対策は打ち出せていない。

インバウンドでは円安効果も

円安対策も同様だ。9月26日に政府・日銀は24年ぶりとなる為替介入を実施、2兆8000億円を使って円買いドル売りを行った。1ドル=145円を超えていた為替は介入によって一時140円台にまで円高に振れたが、効果は数日しかもたなかった。

岸田首相は円安対策について、「円安のメリットを最大限引き出して、国民に還元する政策対応を力強く進めます」と円安を活用する姿勢を見せた。その柱が、インバウンド観光の復活。これまで外国人旅行者の入国を制限していたものを、10月11日から「ビザなし渡航」や個人旅行を再開する。

世界の主要国が入国制限を解除する中で、日本だけが外国人観光客の受け入れに制限を設けてきた。ようやくそれを解禁すると言うのだ。政府の空振りの政策が多い中で間違いなく効果が出るだろう。門戸を開くだけで、外国人観光客は大挙してやってくるに違いない。

実際、円安で日本への旅行は世界的に見て格安になっている。日本旅行を待ちかねていた外国人は多く、一気にインバウンドブームがやってくるのは間違いない。岸田首相もインバウンド消費で5兆円のプラスを目指すと意気込む。

ただ、ひとつ気になるのは、新型コロナ前のインバウンドを支えた中国人観光客の動向だ。中国の景気後退は深刻で、国内消費の落ち込みが大きい。新型コロナ前のインバウンドは、中国人旅行者の「爆買い」が目立ったが、もしかするとその規模は思ったほど大きくならないかもしれない。要は「安さ」だけを売りにしてインバウンド観光客を呼んでも、かつてのような国内消費に結びつかないかもしれないのだ。

ではどうするか。逆説的だが、価格を引き上げる事だろう。「良いものを高く売る」経済構造に変えることだ。そうすれば、岸田首相が掲げる2番目の課題、「賃上げ」にも結び付いたいくだろう。当面は、日本にやっていくる富裕層からがっちり稼ぐことができるかどうかが、日本復活の鍵になりそうだ。

 

「満室御礼」を喜んではいけない…外国人観光客を増やすうえで旅行業界が勘違いしてはいけないこと 経営者は「最大限の値段」で注文をとるべき

プレジデントオンラインに10月7日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/62388

円安はもはや追い風ではない

円安が収まらない。

9月22日に1ドル=145円を突破したタイミングで政府・日銀は24年ぶりの為替介入を実施、いったんは1ドル=140円台に押し戻したが、その効果も短期間で消え、10月3日には再び1ドル=145円を付けた。

海外のインフレと、円安による輸入物価の大幅な上昇が、国内消費者物価にも波及し始めてきており、日本でも遂にインフレが本格化する様相を呈してきた。

円安は日本経済にプラスだと言い続けてきた日銀の黒田東彦総裁も、「これまでの急速かつ一方的な(円安の)動きは、わが国経済にとってマイナスだ」と9月26日の大阪市内で記者会見で述べるなど、持論を修正しつつある。それでも大規模な金融緩和は継続する姿勢を崩しておらず、外為市場では当面、円安が収まらないとの見方が広がっている。

確かに、かつては円安になれば日本企業の輸出が増え、自動車や家電メーカーなどが好業績に沸いた。企業の利益が増えた結果、賃金も上昇して、人々の消費が増えて、それが再び企業収益を押し上げる「好循環」のきっかけになった。円安は日本経済全体にプラスに働いていたわけだ。

今回も円安によって最高益を記録する製造業が数多くある。だが、それが賃金の上昇に結びつくかというと様子が違う。

決算上での数字は良くなるが実際は…

1990年代から2000年代にかけての円高に対応するために、製造業は工場を海外に移転した。事業構造が変わったため、円安になったからといって日本からの輸出数量が大きく伸びるということがなくなった。

また連結決算のマジックもある。今やホンダなどは米国での利益が日本よりも大きい。円安になれば米国での利益を円換算した場合、数字が大きくなり、連結決算上の利益は押し上げられる。かといってドルの利益を円に転換して日本国内に持ち帰るわけではない。

日産自動車最高執行責任者(COO)を務めた志賀俊之氏も、毎日新聞のインタビューで次のように語っている。

「自動車業界は円安で海外売上高や海外のドル建て資産が円換算で増えるので、決算の上では数字は良くなります。しかし、円安になると国内生産に必要な輸入部品のコストが上昇するので、実際のメリットはほとんどないのではないかと思います」

円安でむしろ輸入原材料の価格が上昇、電気などエネルギー代や輸送費なども大幅に上がっている。大手メーカーが下請けからの購入代金を多少引き上げたからといって、「従業員の給与を増やす余裕はない」と部品を製造する下請け会社の社長は言う。つまり、円安が日本経済の起爆剤になった1990年代までとは状況が違うと言うのだ。

長引く円安は、日本人を貧しくさせてしまう

実際、これは2013年以降の「アベノミクス」でも問題視されていた。金融緩和に伴う円高是正で輸出企業を中心に業績は大きく改善したものの、賃金はほとんど上昇しなかった。安倍晋三首相(当時)が「経済好循環」を掲げ、賃上げを求めても実現しなかったのである。

足元でこれだけ円安になっていても製造業に追い風は吹かない。10月3日に日銀が発表した全国企業短期経済観測調査(日銀短観)でも、大企業製造業の業況判断(DI)は3期連続で悪化。日本経済新聞は「かつて円安は日本経済の追い風だったが、構造変化で恩恵が広がりにくくなっている」と指摘していた。

では、長引く円安をプラスに変える方法はないのだろうか。

一部には日本国内に製造拠点を戻して、円安を利用して輸出を増やそうとする動きもある。円安が進めば国際的な価格競争に勝てる、というわけだ。

だが、これはもう一度「貧しい日本」に戻ることになりかねない。先進国に比べ安くて豊富な労働力を持っていた日本が、安くて品質の良いものを大量に製造して輸出していた50年前の高度経済成長期の日本である。

今の円安水準を物価の推移などを考慮した「実質実効為替レート」で見ると、50年前と変わらない円安水準に戻っている。それだけ日本人の国際的な購買力は落ち、「貧しく」なっているのだ。

「日本への旅行客」を増やすことが第一

だが、当時と違い、今の日本は少子化で若年層の人口が減っている。人件費は国際的にみて「安価」になっているが、かといって若年層の「豊富な」余剰人材がいるわけではない。価格競争で勝って輸出を増やすという「発展途上国型モデル」に戻ることはできないし、それをやれば賃金は上がらず、日本経済を支えている国内消費はさらに悪化していくことになる。

ではどうするか。可能性があるのは「インバウンド消費」だろう。円安で日本への旅行が猛烈に「割安」になっている。これを活かすことが第一だろう。

新型コロナウイルス対策を重視するあまり、日本は実質的に「鎖国状態」を続けてきたが、ようやくその大幅緩和に踏み切った。10月11日からは、現在1日5万人の入国者数の上限を撤廃、外国人観光客の個人旅行を解禁するほか、ビザ免除も再開する。

新型コロナで旅行が制約されていた反動で、世界では旅行ブームが起きている。ウクライナ戦争の影響で欧州地域への旅行が忌避されていることもあり、「日本」への人気が集中しつつある。しかも円安で滞在費は世界各国に比して格段に安い。

宿泊料金は「国際相場」へ引き上げるべき

「皆さん(解禁の)情報を得るのが早く、外国の方からの予約が次々に入っています」と奈良の老舗旅館「古都の宿 むさし野」の北芝美千代さんは目を丸くする。若草山の麓にあり、門前には鹿が遊ぶ風情豊かな純和風旅館は、外国人に人気で、新型コロナ前は連日満室続きだった。外国人客向けに、女将の山下育代さんとお茶やお花の手ほどきをするなどアットホームなサービスも好評を博していた。それだけに、日本再訪を待ち構えていた外国人客は多いのだろう。奈良や京都だけでなく、日本各地の紅葉の名所は3年ぶりに外国人観光客で溢れるに違いない。

為替レートで言えば、この3年の間に2割以上の円安になっている。つまり、日本円建ての価格が一緒ならば2割引ということだ。しかもこの間に世界の物価は大きく上昇しているから、割安感が高まっている。

そこで重要になるのが料金の「国際相場」への引き上げだ。外国人旅行者が激増したとして、「安さ」を目当てにした「バックパッカー」ばかりが集まるようになっては、インバウンド消費に結びつかない。

財布に余裕のある旅行者だけを受け入れるブータン

ヒマラヤの王国ブータンは9月から外国人旅行者の受け入れを正式再開するとともに、滞在日数に応じて課す「観光税」を従来の3倍に当たる1日1人あたり200ドルに引き上げた。もともとブータンは、バックパッカーの多い隣国ネパールと対照的に、旅行費用を意図的に高く設定して財布に余裕のある旅行者だけを受け入れる政策をとってきた。今回の大幅引き上げはそれをさらに進めて、富裕層の割合を大きく増やそうと狙っているものと見られる。「量よりも質」の観光政策というわけだ。

日本も、放っておいても激増すると見られる外国人旅行者に、日本国内でお金を使ってもらう方策を考えていくことが重要になる。

「価格勝負」ではなく「品質勝負」の観光に方向転換していくのだ。価格を国際相場に近づけていくことで、増える収益を積極的に従業員の給与引き上げに回し、さらにサービスの高度化を進めていくべきだ。

旅館やホテルなどの宿泊業は、運輸や外食、小売りなどと並んで生産性の低い産業と言われてきた。従業員の給与水準も低く抑えられてきた。「安くて良いもの」という長年日本に根付いた考え方のしわ寄せが「低賃金」に結びついてきた。

「外国人観光客しか泊まれないホテル」があっていい

先日亡くなった稲盛和夫氏は著書『稲盛和夫の実学』(日経ビジネス人文庫)の中で、「値決め」こそが経営だとし、「お客さまが納得し喜んで買ってくれる最大限の値段」で注文を取るべきだとしている。

「商売というのは値段を安くすれば誰でも売れる。それは経営ではない」とまで言っている。長く続いたデフレ経済の中で、安くしなければ売れないとし、コストを下げることに邁進した。それが人件費へのしわ寄せにつながったというのが、この四半世紀の日本の経営だったのではないか。

それを転換するチャンスが、インバウンド消費の世界にやってくる。ただし、給与の増加につながってくるまでの間、インバウンド観光客しか泊まれない日本人には高嶺の花のホテルや、日本人には手が出ない外国人に大人気の高級工芸品というのが出てくるに違いない。

しばしの間、辛抱が必要ということになるが、製造業などに比べて、売り上げの回収が早く、従業員のボーナスなどに短期間の間に反映させられるのが小売りや飲食、宿泊といった業態であることも事実だろう。

円安によって、間違いなく、生活コストは上がっていく。世界の物価上昇からの無縁ではいられない。そうした中で生活を維持し、より豊かになっていくためには、給料を上げていくしかない。そのためには企業が価格を上げてきちんと「儲け」ることが重要になる。円安を「チャンス」に変えて儲ける「経営力」が求められている。

 

岸田首相の言う「ガバナンス改革強化」は「本気」なのか、海外投資家へのリップサービスなのか

現代ビジネスに10月2日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.media/articles/-/100530

また岸田首相スピーチの方向性が変わった

「とても大切な政策のひとつは、コーポレートガバナンス改革だ」−−。9月22日にニューヨーク証券取引所で行われた岸田文雄首相のスピーチを聞いて驚いた。岸田首相の口から「コーポレートガバナンス改革」という言葉が出てくるとは想像しなかったからだ。

証券取引所という場所柄を考え、事務方がリップサービスとして盛り込んだのか。あるいは、安倍晋三首相(当時)がロンドンやニューヨークでアベノミクスを表明して投資家の期待を煽り、日本株の上昇に結びつけたことに倣おうとしているのか。いずれにせよ、岸田首相が「本気で」ガバナンス改革を「大切な政策」だと思っているとは信じがたい。

証券取引所という場所柄を考え、事務方がリップサービスとして盛り込んだのか。あるいは、安倍晋三首相(当時)がロンドンやニューヨークでアベノミクスを表明して投資家の期待を煽り、日本株の上昇に結びつけたことに倣おうとしているのか。いずれにせよ、岸田首相が「本気で」ガバナンス改革を「大切な政策」だと思っているとは信じがたい。

というのも、就任以来、岸田首相の正式な記者会見や国会演説では、「コーポレートガバナンス」それに付随する「株主」という言葉は、まったくと言っていいほど使われて来なかった。就任当初こそ、「株主」について何度か触れたが、これは安倍内閣が進めたガバナンス改革が「株主利益偏重」だったものを見直し、従業員への「分配」を増やすべきだという脈絡で語られていた。

例えば、就任直後の2022年10月4日の記者会見ではこんな具合に語っている。

「例えば民間企業において株主配当だけではなくして、従業員に対する給与を引き上げた場合に優遇税制を行うとか様々な政策(中略)が求められると考えています」

さらに10月8日所信表明演説でも、「企業が、長期的な視点に立って、株主だけではなく、従業員も、取引先も恩恵を受けられる『三方良し』の経営を行うことが重要です。非財務情報開示の充実、四半期開示の見直しなど、そのための環境整備を進めます」と語っていた。

ちなみに四半期開示の見直しというのは、四半期決算の開示を企業に求めていることが短期的な業績追求につながっているので、開示を止めるべきだという岸田首相の一部のブレーンの主張に沿っていた。国際的に定着している四半期開示のルールに背を向けるなど、株主や投資家が求める「ガバナンス改革」とはむしろ逆向きに進もうとしていた。

「岸田ショック」からの方向転換

当時、岸田首相が執着していた金融所得への課税強化が報じられるたびに株価が下落し、「岸田ショック」と呼ばれる事態が繰り返された。岸田首相の言う「『新しい資本主義』は社会主義だ」と経営者の一部などから批判されるに及んで、岸田首相の口から「ガバナンス改革」や「株主」という言葉が発せられることはなくなっていった。

「賃上げを通じた分配は、コストではなく、未来への投資です。きちんと賃金を支払うことは、企業の持続的な価値創造の基盤になります」といった具体にレトリックを変える。「株主利益よりも従業員利益へ」という岸田流ガバナンス改革は影を潜め、2021年末あたりからは、「従業員への分配が株主のためにもなる」という主張に変わった。

2022年1月17日の施政方針演説では、「人的投資が、企業の持続的な価値創造の基盤であるという点について、株主と共通の理解を作っていくため、今年中に非財務情報の開示ルールを策定します」と述べていたが、それでも「あわせて、四半期開示の見直しを行います」と付け加えていた。

それ以来、岸田首相の演説や会見からは、ほとんど「ガバナンス改革」という言葉は消えていた。

その方向が変わって来たのが、5月5日にロンドンで行われた演説だった。

「日本経済は、これからも、力強く成長を続ける。安心して、日本に投資して欲しい。『Invest in Kishida』です」と述べたあのスピーチだ。続けてこう述べていた。

「私は、自由民主党政調会長時代、海外投資運用業者の参入を促す環境整備、コーポレートガバナンス・コードの改訂、そして、プロ投資家の要件弾力化等を決定しました。引き続き着実に取組を進めていきます。特に、日本のコーポレートガバナンス改革は、この10年で大幅に進展しましたが、企業の中長期的な価値向上を可能とする改革を更に強力に進めていきます」

本心なのか、アベノミクスへの擦り寄り

「インベスト・イン・岸田」というフレーズが、かつて安倍首相が同じロンドンで「Buy my Abenomics(私のアベノミクスを買え)」とスピーチして喝采を浴びたことを意識していたのは間違いない。しかも、アベノミクスの中で海外投資家に高く評価されたのがコーポレートガバナンス改革だったことを受け、私(岸田首相)が政調会長としてやった政策だ、と言い切ったわけだ。

アベノミクス批判で総裁に選ばれたはずの岸田氏が、アベノミクスに擦り寄って見せたのだ。これが本心なのか、投資家へのリップサービスなのかは分からない。

このロンドンのスピーチでは、まだ、「企業の中長期的な価値向上を可能とする改革」という言葉を使い、いわゆる「株主重視の改革」とは違うというニュアンスを残していた。それが冒頭のニューヨークのスピーチでは、「大切な政策のひとつ」に“昇格”。「近々、世界中の投資家から意見を聞く場を設けるなど、日本のコーポレートガバナンス改革を加速化し、更に強化する」とまで踏み込んだのだ。

かつては円安が進むとドル建ての株価が大きく下がるため、海外投資家が買いを入れてくるケースが多かった。足元の円ドル為替レートが1ドル=145円近くになる歴史的な円安にもかかわらず、海外投資家の買いは入ってこない。

日本取引所グループがまとめた8月の「投資部門別株式売買状況」によると、海外投資家は5300億円も売り越している。先行きまだまだ円安になると見られているためなのか、日本企業に投資魅力がないと判断されているのか。

岸田首相が世界の投資マネーを運用する投資家たちに秋波を送るのも分かる。だが、これまでの岸田首相の言動や経済政策の方向性を見ている投資家が、岸田首相が「本気で」、株主利益の拡大につながる「ガバナンス改革」を進めようとしているのか、まだまだ確信が持てずにいるのだろう。