株主総会が大きく「変質」、主役はファンド 経営陣も無視できない「株主提案」増える

日経ビジネスオンラインに6月22日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/062100079/

株主総会のピークは6月28日
 株主総会が佳境だ。東証上場の3月期決算企業2340社余りのうち、15%に当たる359社の総会が6月22日に開かれ、総会シーズンが本格化する。最も多いのが6月28日の木曜日で、全体の31%に当たる725社が開催する予定だ。28日に次いで多いのが27日、そして26日。22日と合わせた4日間で全体の80%が総会を開く。

 今年の株主総会の注目点は、「株主提案」の行方だ。一定数の株式を持っている株主が総会に「議案」を提出するもので、基準日の6カ月以上前から議決権の100分の1または300個以上の議決権を有する株主が権利行使できる。8週間前までに会社に通告した場合、会社は総会の招集通知に株主提案として記載、議題にしなければならないのだ。

 株主提案は年々増えている。昨年2017年6月の総会では40社に合計212議案が出された。2016年は37社167件、2015年は29社161件だった。当初は、原発反対の株主が電力会社の株主になって原発廃止の議案を提出するといった使われ方がされていたが、ここへきて、株主の利益を左右するような提案が増えている。

 例えば、6月20日に都内で株主総会を開いた新生銀行の場合、米国のヘッジファンドであるダルトン・インベストメンツが新たな役員報酬制度の導入を求める議案を提出していた。同じ総会で新生銀行は会社提案として、取締役の年間報酬枠合計1億8000万円のうち、2000万円を上限に株式で支給する新たな役員報酬制度を提案していた。役員報酬の一部を、一定期間譲渡できない株式で支給することで、株価上昇を意識した経営を促す仕組みだ。

 これに対してダルトンが株式部分を2000万円では不十分だとして、上限を2億円とするよう求める「株主提案」を出していたのだ。

 これらの議案について、議決権行使助言会社である米インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)は、株主提案に賛成するよう推奨していた。助言会社の推奨には海外の機関投資家が従う傾向が強いため、新生銀行総会での議案の行方が注目された。結局、総会では会社側提案が可決された。

取締役選任、配当積み増し、保有株の分配……
 株主提案は通らなかった格好だが、経営陣には大きな圧力になったのは間違いない。株価上昇に向けた役員のインセンティブ付与をどうするかなど、機関投資家にとっても大きなテーマで、こうした提案を無下に扱うことはできなくなっている。

 例えば、6月28日に開かれるフェイスの株主総会では、米国の投資ファンドであるRMBキャピタルが、RMBのパートナーである細水政和氏を社外取締役として選任するよう求める株主提案を行っている。RMBコーポレートガバナンスの強化など、経営改革を求める姿勢を強調しているが、これに対して、会社側も“対抗措置"を打ち出した。

 会社側が提案する取締役候補を、従来の社内取締役5人、社外取締役2人から、社内5人、社外3人とし、社外取締役の割合を3分の1以上に引き上げたのだ。経営陣もただ単に株主提案に反対するだけでは、その他の機関投資家など株主の支持を得られなくなっているわけだ。

 株主提案で、配当の積み増しなど、利益配分を求めるケースも増えている。6月21日に開かれたアルパイン株主総会では、香港の投資ファンド、オアシス・マネジメント・カンパニーが増配や社外取締役の選任を求める株主提案を提出した。オアシスは2018年3月期の期末配当を会社側提案の15円ではなく、325円にするよう求めた。

 親会社であるアルプス電気アルパインを完全子会社化する方針を掲げているが、これに1割弱のアルパイン株を保有するオアシスが反対。社外取締役を送り込むことや、増配を求めていた。 この提案にもISSは賛成推奨していたが、総会ではこの株主提案も否決された。

 やはり6月28日に開催されるTBSホールディングス(以下、TBS)の株主総会に出されている株主提案も注目される。英国のファンドであるアセット・バリュー・インベスターズ(AVI)が、TBSの保有する東京エレクトロンの株式を、TBSの株主に分配せよ、と求めているのだ。AVIは今年3月末時点で2%弱のTBS株を保有しているとされる。

 TBSはいわゆる「政策投資」として東京エレクトロンの株式を770万株、発行済み株式の4.7%分を持っている。いわゆる持ち合い株だが、この770万株のうち4割に当たる306万4414株を株主に現物配当せよ、と要求しているのだ。

 TBSの大株主には三井物産三井住友銀行三井不動産など大企業が名を連ねており、2%しか株を持たない海外投資家の提案が通る可能性は低いが、注目される理由がある。

 東京証券取引所が6月1日から施行した、「改訂コーポレートガバナンス・コード」で持ち合いに関する「原則」が大幅に改定され、「政策保有株式の縮減に関する方針・考え方など、政策保有に関する方針を開示すべき」とされたのだ。

 さらに「個別の政策保有株式について、保有目的が適切か、保有に伴う便益やリスクが資本コストに見合っているか等を具体的に精査し、保有の適否を検証するとともに、そうした検証の内容について開示すべきである」とされ、政策保有する合理的な理由を具体的に示すことが求められるようになった。

「反対」する場合、正当な理由が必要
 TBSは東京エレクトロン株の保有について「従来から、当該株式を企業価値向上のための各種投資の原資として有効に活用しており、今後も、最適なタイミングで随時活用する方針です」と株主総会招集通知に記載。株式の現物を配当すれば多額の税金が課せられることなども理由として、株主提案に反対する、としている。

  問題は、こうした説明に年金基金や生命保険会社などの機関投資家が納得するかどうか。前述のISSは株主提案に賛成するよう推奨している。改訂されたコーポレートガバナンス・コードで「縮小」が求められている政策投資を、容認するような議決をすることが許されるか、機関投資家側も大きく迷わざるを得ないのだ。

 というのも、安倍晋三内閣が主導して2014年に「スチュワードシップ・コード」という機関投資家の行動規範が導入されたからだ。生命保険会社や年金基金、信託銀行などの機関投資家は保険契約者や顧客などにとってどちらが利益をもたらすかを検討し、議決権を行使しなければならなくなったのである。

 つまり、英ファンドの提案どおり、東京エレクトロン株を配分してもらうのがよいか、TBSにこれまで通り東京エレクトロン株を保有させておいた方がよいか、最終受益者の立場に立って判断することを迫られるわけだ。

  しかも、機関投資家にとって厄介なのは、その議決権行使の内容について、昨年から個別に開示しなければならないことになったことだ。つまり、TBSの問題について、株主提案への賛否が表に出てしまうのだ。ISSが推奨する株主提案に反対票を投じるには、それなりの理由付けが必要になる。

 その議案が株主にとってプラスになるのか、ならないのか――。株主提案の内容がより株主の損得に直結する問題になってきたことで、経営者も緊張を迫られるようになってきた。もはやシャンシャン総会という言葉も死語になりつつある。

 スチュワードシップ・コードにせよ、コーポレートガバナンス・コードにせよ、アベノミクスの成長戦略の一環として導入されてきたものだ。狙いは日本の上場企業に「稼ぐ力」を取り戻させること。要は収益力を引き上げるために機関投資家など株主のプレッシャーを利用しようとしたのである。株主提案の増加や、株主総会での企業の対応を見ると、そうしたコーポレートガバナンス改革は、少しずつ前に進んでいるように見える。

「ニセコ」が国際リゾートに変貌した真相 立役者のロス・フィンドレー氏に観光戦略を直撃

日経ビジネスオンラインに6月8日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/060700078/

 北海道倶知安町。2018年の公示地価で、住宅地、商業地ともに上昇率全国トップに躍り出た。理由は外国人にスキーリゾートとして「ニセコ」が人気を博していること。外国人自身が別荘などとして不動産を取得しているほか、リゾートとしての発展を見込んだ投資も増えている。いわゆるインバウンド(訪日外国人)に沸いている町だ。2018年1月時点の町の人口は1万6492人だが、うち1648人が外国人。何と1割が外国人という日本の地方としては有数の“国際化”が進んだ地域でもある。そんな倶知安町に30年近くにわたって住み、ニセコの魅力を発信してきたNAC(ニセコアドベンチャーセンター)のロス・フィンドレー社長に話を聞いた。 (聞き手は磯山友幸


世界中のスキーヤーに高い人気


ロス・フィンドレー氏
1964年オーストラリア・メルボルン生まれ。キャンベラ大学卒業。米国やスイスでスキーのインストラクターを経験。1989年来日、札幌でスキー学校のインストラクターなどを務める。1992年倶知安町に移住。建設会社で働きながら、スキーのインストラクターを続ける。1994年ニセコアドベンチャーセンター(NAC)設立。社長に就任して今に至る。冬のスキーによる観光しかなかったニセコ地域に、ラフティングなど夏の体験観光を付加、広く国内外から観光客を集めることに成功した立役者。日本人の妻との間に4人の子どもがいる。


――日本は政府をあげて訪日外国人の受け入れ増加を目指しています。2017年は2869万人が訪れました。ニセコ地域はオーストラリアや欧米からの観光客が多く、観光地として成功していますね。

ロス・フィンドレー氏(以下、フィンドレー):「ニセコ」ブランドが世界で通用するようになってきました。スキーヤーの間では、スイスのサンモリッツやカナダのウィスラーに引けをとらない知名度になっています。2000年頃にオーストラリアの旅行会社がニセコのスキーを商品にして200人くらい来ました。それをきっかけに、雪質が最高だということで、評判が評判を呼びました。ここは、シーズン中ずっとパウダースノーで、アイスバーンになりません。ただ、リゾート地としての整備はまだまだです。

――何が問題なのでしょうか。

フィンドレー:通年雇用が多くないので、なかなか優秀な人材が腰を落ち着けて住んでくれません。通年雇用を生む観光業やビジネスを広げなければいけません。私の会社NACでは夏にラフティングを始め、今では夏の間にラフティング目当てのお客さんが3万人近く来るようになりました。

 冬のスキー、夏のラフティングと目玉ができましたが、それでも5、6、10、11の4カ月はお客さんがほとんど来ません。ホテルも営業を休み、海外の人もいなくなります。別荘などもガラガラです。稼働率が極端に落ちる中で従業員を雇い続けることが難しいわけです。


観光開発の「グランドデザイン」が不可欠
――1年中お客さんに来てもらう仕掛けづくりが重要だ、と。

フィンドレー:ええ。1週間は滞在して欲しいので、1週間分の「遊び」を用意しなければいけません。尻別川での川遊びも、ラフティングだけでなく、カヤックや小型のボート「ダッキー」、立って乗る「サップ(スタンドアップパドル)」などに広げています。林道や山道、川原、草原などを走るマウンテンバイク・ツーリングも始めました。

 2017年11月にオープンしたのが「NACアドベンチャーパーク」です。町有林を借りて高さ4メートルから13メートルくらいの高さに様々な足場を付け、木から木へと移動していくスリリングな遊びです。難易度の異なるコースがありますが、小学校高学年ぐらいから楽しめます。


ニセコアドベンチャーセンター(NAC)


――春から秋までお客さんを引き寄せられる目玉を作っているわけですね。地域の行政や民間が一体になって取り組んでいるのですか。

フィンドレー:そこが問題なんです。町、北海道、国がバラバラで統一したビジョンがないのです。国も観光庁国土交通省農林水産省経済産業省など縦割りです。

――グランドデザインが描けていない、と。

フィンドレー:観光開発にはこの地域をどんなエリアにしてブランドを磨いていくのか、グランドデザインが不可欠です。私はアジアのアウトドアの中心地にできると思っています。気候が良く、空気も水も綺麗なニセコに、アジアの都市住民が喧騒を逃れてやってくる。「アウトドアはニセコ」というブランドを距離の近いアジアでプロモーションしていくべきだと考えています。

――ところが省庁は縦割りでまとまらない。

フィンドレー:私たち民間が何かやろうとして認可を求めても、お役所仕事ですぐに1年2年かかってしまいます。役所の職員は時間がかかってもその間給料がもらえますが、民間は収入なしで従業員を食べさせていかなければなりません。

 町長はいろいろな意見をもった人の調整役で、大変だと思います。しかし、町としてのビジョンを掲げるべきだと思いますね。例えば、将来の人口を何人にするかをもっと高く掲げてもいい。

――倶知安町の不動産価格が全国トップの上昇率になっています。

フィンドレー:投資で新しいおカネが入って来ることはとても大切です。一方で、不動産価格が上がると、住宅の賃料も上がり、スキー場で働こうとする若い人たちの大きな負担になります。町営アパートを活用するなど対策が必要です。


英語ができないと仕事にならない
――NACなどフィンドレーさんの会社では何人ぐらい雇っているのですか。

フィンドレー:社員は20数人ですが、夏になるとアルバイトなどで90人くらいになります。ニセコも人手不足です。ここでは英語ができないと仕事になりません。英語ができないと、雪下ろしのような仕事しかできない。町民教育、グローバル教育に力を入れていく必要があります。

 今は、優秀な人材ほど町から出ていきます。高校進学や大学進学のために出て行って戻ってきません。この町で教育を受けて国際的な大学受験資格であるインターナショナル・バカロレア(IB)を取れるようにする。「グローバル教育研究会」というのが立ち上がって、IBについて研究しています。英会話を学ぶ機会を増やすなど、少しずつ前に進んでいます。


NACのカフェからは羊蹄山が一望できる


――ニセコに住みたいという外国人は多いのですか。

フィンドレー:冬だけやってくる外国人も多いのですが、今、定住していて夏もいるのは500世帯くらいでしょうか。日本で暮らしたいと考えている外国人の中には、子どもを東京ではなく自然の多いところで育てたいという人が少なくありません。そうした人たちにニセコは魅力的です。だからこそ、通年で働ける仕事が重要なのです。通年で働ける仕事でないと、スタッフの質も上がりません。

――フィンドレーさんはなぜニセコに定住したのですか。

フィンドレー:1989年に日本に来ました。札幌・手稲三浦雄一郎さんのスキースクールでインストラクターをしていましたが、ニセコに遊びに来た時に、若い人たちがたくさん集まっていて非常に楽しかった。もちろん雪質が良いことにもひかれました。それでニセコで働くことにしたのですが、なかなか仕事がありません。ようやく建設会社に採用されて3年間働きました。

 オーストラリアの大学時代、スポーツ科学を学んでいたこともあり、自分でスポーツビジネスがやりたかったのです。それでNACを立ち上げました。1994年に設立して24年が過ぎましたが、札幌でクライミングジムを作るなど順調に拡大しています。

――最近では観光庁の「観光カリスマ」に選ばれるなど、政府の会議のメンバーとして、日本の観光行政に意見を述べています。

フィンドレー:繰り返しになりますが、明確なビジョンを示してブランドを磨くこと。そして国際的なプロモーションをきちんと行うことです。これはニセコに限ったことではありません。その町その町の特色を打ち出し、魅力を発信することが何より重要だと思います。まだまだ日本の観光はチャンスがあると思います。

「高プロ」導入で問われる「労働組合」 働き方が多様化する時代で「存在意義」はどこに?

日経ビジネスオンラインに5月25日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/052400077/

安倍内閣の悲願だった制度導入
 働き方改革関連法案が今国会で成立、「高度プロフェッショナル(高プロ)」制度が導入される見通しとなった。与党である自民党公明党と、日本維新の会などの一部野党が「働き方改革関連法案」の修正で合意し衆議院を通過する公算で、参議院でも6月20日の会期末までには可決成立する方向だ。仮に会期を延長しても小幅にとどまるとみられる。

 高プロ制は、年収1075万円以上で専門性の高い「社員」に限って、残業規制などの対象から除外する制度。「時間によらない働き方」の制度導入は、2012年末に第2次安倍晋三内閣が成立して以降の懸案だった。

 当初は、「ホワイトカラー・エグゼンプション」と呼ばれ、経営の幹部候補などを時間規制から除外することを狙ったが、左派系野党が猛反発。対象を高年収の専門職に絞り、「高プロ」として法案をまとめてからも2年以上にわたって審議されず、棚ざらしにされてきた。安倍内閣からすれば「悲願」の制度導入といえる。

 高プロ制はIT(情報通信)技術者やクリエイティブ系の職種など、労働時間と業務成果が比例しない職務につく社員に対して導入される。こうした職種を抱える企業からは、一律、時間で縛る現行制度への不満が長年くすぶってきた。これは働かせる企業側だけでなく、働く社員側にも不合理だとの声があった。

 一方、左派系野党は、年俸だけで際限なく働かせることにつながるとして、「残業代ゼロ法案」「定額働かせ放題プラン」「過労死促進法案」などとレッテルを貼り、徹底的に導入に反対してきた。背景には支持母体である労働組合の根強い反対がある。

 そんな高プロ制が導入に向けて動き出したのは2017年3月末に政府の「働き方改革実現会議」が「働き方改革実行計画」をまとめたのがきっかけ。長時間労働の是正を掲げて、残業に罰則付きで上限を求めることとし、経済界と連合などの間で合意に達した。残業の上限を原則として月45時間とする一方で、どんなに忙しい月でも「100時間未満」とすることとした。

 残業時間については法律で上限が決まっているものの、労使が合意して「36協定(さぶろく協定)」を結べば、実質的に青天井で働かせることができた。そこに法律で歯止めをかけることになったわけで、労働者側からすれば、画期的な規定ということになる。

新種の「正社員」が誕生する
 当初は「100時間未満」という絶対的な上限設定に対して、経団連など経営者側からは「100時間程度」などあいまいな表現にするよう求める声が上がったが、安倍首相が「裁定」を下す格好で収束させた。ただし、同時に法案には高プロ制を盛り込むことも了解された。それが2017年3月のことだった。

 いわば、「罰則付き残業上限」の導入と、「高プロ」の導入は、労使間のバーターだった。連合も当初はそれを受け入れた。

 ところが、連合傘下の組合から猛烈な反発がわき上がる。昨年夏のことだ。以来、連合の支援を受ける左派野党は一貫して高プロの導入に反対してきた。

 なぜ、労働組合高プロに反対するのか。

 いったん制度が導入されれば、1075万円という年収下限がさらに引き下げられ、多くの労働者が低い年俸で働かされることになりかねない、というのがその理由。まさに残業代ゼロを容認する制度だというわけだ。さらに、労働時間規制を外せば、膨大な仕事を与えられて24時間際限なく働かされることになる、とも主張する。「定額働かせ放題」というわけである。

 だが、労働組合が最も恐れているのは、従来とは違った制度で働く「正社員」が生まれることで、組合活動に深刻な問題が生じるからに違いない。

 従来の労働組合は、組合員が一致団結して、ベースアップなどの待遇改善を一律で求めていくスタイルだった。当然、一部の社員だけが厚遇されることは許さないという建前だ。

 背景には「同一労働同一賃金」の考え方がある。同じ正社員が同じ仕事をする以上、同じ賃金が支払われるべきだ、というものだ。

 だから、特殊な働き方をして従来の枠組みとは異なる待遇を受ける社員が誕生することに戸惑いがあるのだ。労働時間の圧縮などを組合が求める時に、労働時間に関係なく働く社員がいた場合、求めるものが変わってくる。

 実は、同様の問題が嘱託社員や派遣社員など「非正規労働者」と「正社員」の間でも起きている。連合などは非正規労働者を組合員として受け入れることの重要性を訴えているものの、実際には大手の企業の労働組合非正規社員が加わっているケースは少ない。

 正社員でも労働組合に所属しない人が増えている。労働組合加入を義務付ける「クローズドショップ」の組合も少なくなり、労組加入が任意となっている企業が多いことから、組合の組織率は年々低下している。2017年6月末での労働組合の推定組織率はわずか17.1%である。

 これは、労働組合が働き手のニーズをつかみ切れていないことを示している。

労働組合高プロ社員の「味方」になる?
 「労働組合は敵だと思いました」と大手電機メーカーから外資系に転職した中堅社員はいう。その大手メーカーは経営危機に直面、退職者が相次いだが、そのしわ寄せが残った社員にのしかかった。残業時間はみるみる増えたが、「さぶろく協定」で組合が受け入れている以上、残業は拒否できない。耐えられなくなったその社員自身も外資への転職を決めざるを得なかった。「あのまま働いていたら過労死していたかもしれません」。

 高プロ制が導入された場合、労働組合高プロ社員の「味方」になるのだろうか。維新との修正協議で、高プロ社員が自らの意思で高プロから外れることができるよう明示された。

 高プロ制では、年俸と仕事量が見合っているかどうか、本人が納得しているかどうかが重要な要素になる。仕事量が多すぎる場合など、組合に相談しても、「それなら高プロを辞退しろ」と言われるのだろうか。少なくとも、現在の労働組合のスタイルの中で、個別の社員の待遇についてバラバラに交渉することは想定されていない。

 おそらく今後誕生してくる「高プロ」社員を、現状の労働組合が受け入れることは難しいだろう。高プロだけでなく、今後、働き方が多様化して、様々な条件で働く人が増えていく中で、組合がそれぞれのニーズを汲み取ることはできないに違いない。つまり、労働組合の組織率は、組合が変わらない限り、今後も低下を続けるだろう。

 では、労働組合はどう変わっていくべきか。

 働き方が一律であることを前提とした組合は、働き手からは必要とされなくなっていく。会社と働き手が個別に労働契約を結ぶようなケースが増えていくことになれば、従来の労働組合の「闘い方」では救えない働き手が急増してくることになるだろう。

 今後、組合が生き残っていくには、働き手のニーズをきちんととらえ、彼らの支援をする組織へと変わっていくことが求められる。会社と働き手が結ぶ契約の内容が不当ではないか、契約と違わない業務が与えられているか、問題がある場合、本人にアドバイスするなり、組合として改善を求めていけるか。個々の働き手のコンサルティングを担うような組織に変わっていく必要があるだろう。

 そんなのは労働組合ではない、という声が関係者からは上がりそうだ。

 もうひとつの生き残り策は、欧州のような「産業別」の労働組合に再編していくことだろう。同一労働ならば会社が違っても同一賃金を求めるというのが前提だが、日本の伝統だった企業別組合とは相容れない。働く側の意識もライバル企業より給与が高いかどうかに関心があり、同じで良い、とはならないだろう。また、産業別労働組合自体が、伝統的な工場労働などを前提としており、多様な働き方が普通になっていく今後の時代にマッチしているのかは微妙だ。

 いずれにせよ、「高プロ」は日本人の働き方を大きく変えていく第一歩になるのは間違いないだろう。そんな中で旧来型の労働組合も間違いなく変化を求められる。変化できなければ時代から取り残され、滅ぶことになるだろう。

株高でも進まない「貯蓄から投資へ」 安倍内閣の先行き不安で売る個人投資家

日経ビジネスオンラインに5月11日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/051000076/

 北朝鮮情勢や米国の対イラン政策の変更など国際政治の情勢は大きく変化しているが、株価は奇妙な安定を見せている。日経平均株価は3月26日の2万347円49銭を底に戻り歩調となり、2万2000円台に戻している。

 この株価の「転換」の背景には何があったのだろう。3月末といえば、森友学園問題を巡る財務省の公文書改ざんが明るみに出て、元理財局長の佐川宣寿氏が国会で証人喚問されていた時期。安倍晋三内閣の支持率も大きく低下し、政権の先行きに不安が広がっていたタイミングである。

 にもかかわらず株価が反転したのは、「海外投資家」が買いに転じたためだ。日本取引所グループが公表している投資主体別売買動向の週次データ(2市場1・2部合計)によると、年初から売り越しを続けてきた海外投資家が3月26日の週に買い越しに転じたのだ。

 株価水準を見れば、決して悪くない相場つきの中で、日本の個人投資家は逆に売り越しに転じている。年明けから買い越しが目立ち、いよいよ個人の株式購入が広がるかと思われた矢先だったが、政局の動揺をきっかけに個人が利益の出ている株式を「利食った」ということだろう。

 このデータを見ると、個人投資家の動きは株価に敏感だ。海外投資家が売って株価が下がると買いに出て、海外投資家が買い始めると今度は逆に売って利益を確定させる。長期に保有するというよりも、短期間で売買して利益を稼いでいる。バブル崩壊以降、長期にわたって株価が下落し、「塩漬け」してきた苦い経験を持つ投資家が少なくないためか。長期に安定して保有しようというムードになかなかならない。アベノミクスによる株価上昇が5年続いても、なお日本の株式に不信感があるということだろう。

 政府は長年、「貯蓄から投資へ」というキャッチフレーズを掲げ、個人投資家の資金を株式に誘導しようとしてきた。だが、なかなかその成果が現れない。

2017年末の個人金融資産は1880兆円
 日本銀行が公表する資金循環統計によると、2017年末の個人金融資産(家計部門の金融資産残高)は1880兆円と1年間で3.9%増え、またしても過去最高を更新した。背景には株価が上昇したことで、評価額が押し上げられたこともあるが、なお「現金・預金」も増え続けている。

 個人が持つ1880兆円のうち最大は「現金・預金」の961兆円で、全体の51.1%を占める。次いで多いのが「保険・年金・定期保証」の520兆円だが、多くの人たちはこれを「資産」とは思っていないだろう。

 焦点の株式は211兆円。全体の11.2%である。これに投資信託の109兆円(全体の5.8%)を加えても、全体の17%である。米国では株式・投資信託の割合は3割とされているから、長年言われてきた「米国の半分」という状況はほぼ変わっていない。ちなみに米国で「現金・預金」は15%程度だ。まだまだ日本は現金や預金といった「貯蓄」への信仰が強く、株式や投資信託といった「投資」には腰が引けている。

 それでも金融資産の中の株式は着実に増えてきた。統計では2016年の9月末から6四半期連続で増加している。投資信託も2016年12月末から5四半期増加が続いている。政府は「少額投資非課税制度(NISA)」の導入・普及に力を入れ、投資を後押ししているが、同時に「現金・預金」も増え続けており、預金から株式へのシフトは期待されるほどには増えていないのだ。

 株式や投資信託の割合が劇的に増えてこないのは、こうした金融資産に対する意識の問題がありそうだ。株式や投信を買うのは「資産を殖やすため」という声が多い。もちろん貯蓄にしても投資にしても「増える」ことを期待しているのは間違いないが、株式や投信はより「大きく殖やす」ための手段と思われている。

 投信の109兆円というのは過去最大の残高だが、人気が高いのは海外の不動産投資信託REIT)や、高利回りの債券で運用する投信など。圧倒的にリターンの大きいものへの投資が多い。もちろん背景には低金利によって貯蓄が金利を生まない分、投信で儲けようということがあるのだが、ともすると株式や投信への投資は「博打」気分が抜けないのだ。

 本来、株式や投信は長期にわたって資産を増やすための投資手段である。経済成長と同等かそれ以上のリターンを長期的に見込めるのが株式であるというのが世界の投資家の常識と言える。

 日本株を買っている海外投資家も、中にはヘッジファンドのような短期の利益を狙う投資家もいるが、多くは年金基金など長期の投資を行っている投資家だ。安倍内閣の発足で2013年には15兆円の日本株が海外投資家によって買い越されたが、その多くは保有され続けている。

 海外投資家が、日本のコーポレートガバナンス改革に大きな関心を寄せるのも、企業価値を高めて長期的に株価水準を上げていくことに期待しているからだ。短期の売買で値ざやを稼ぐことよりも、長期に保有し続ける方がプラスが大きい市場に、日本の株式市場つまり日本企業が変わっていくことを求めているのだ。

配当で満足する個人投資家は少数
 ここ10年来、日本企業も配当を大きく積み増し、配当利回りは平均でも2%弱になっている。企業によっては4%程度の配当利回りを維持しているところもある。利益の一定割合を配当に回すことを明示する企業も出てきた。

 銀行預金金利が0.1%未満とほぼ「ゼロ」になる中で、企業の配当を期待して株式投資をする投資家は着実に増えている。しかしながら、配当で満足する長期視点の個人投資家はまだまだ少ない。

 長期に株式を持つメリットは、企業が成長することによって株価が安定的に上昇していく、という点であることは間違いない。長期視点で企業の成長を「買う」投資家が増えてくれば、個人金融資産に占める株式の割合はもっと増えていくことだろう。

 アベノミクスが始まって以降、政府は取引所と一体になってコーポレートガバナンスの強化を進めているが、その背景には日本企業に「稼ぐ力」を取り戻させる、という狙いがある。高度経済成長が終わるとともに、日本企業の収益力は大きく低下してきた。これを立て直すために株主の力を使おうとしているのだ。

 企業の成長を求める投資家と経営者の「対話」を促進して、企業に成長を求めるプレッシャーをかけようとしているのである。世界的に見て低い日本企業の収益力が回復すれば、当然、株価は上昇していく。

 企業が収益力を高め利益が増えれば、当然、配当も増えるし、株価も上がる。投資家にメリットが大きいのは言うまでもない。一方で、税収も大きく増えることになるので、国にとっても大きなメリットだ。もちろん、収益力が高まれば働く従業員にボーナスや賃上げの形で恩恵が及ぶ。新しい雇用も生まれる。さらには下請けや取引先も潤うことになる。

 安倍首相は「経済の好循環」を繰り返し強調している。企業収益が増えた分、賃上げを経済界に求めるという点に焦点が当たるが、実際には企業経営が変わることで、従業員も取引先も、投資家も国も、すべてのステークホルダーが豊かになるというシナリオを描いている。

 株価の安定的な上昇は、個人の将来設計にも大きな影響を与える。年金財政に影響を与えるという話だけではない。今後、働き方が変わる中で、個人は自分の責任で老後の生活設計などを考える必要が出てくる。年金も公的年金だけでなく、個人年金をかけたり、資産形成のために株式を長期保有することが不可欠になる。長年言われ続けてきた「貯蓄から投資」が安定的な人生設計に不可欠だという認識が広がれば、さらに株式投資に資金が流れ込み、株価を押し上げ、個人の金融資産が増えていくという「資産の好循環」が生まれていくことになる。

持ち合い株の「縮減」明確化は株価に追い風 ガバナンス・コード改訂で資本効率は高まるか

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2015年の施行から3年を経て初めての改訂
 上場企業のあるべき姿を示す「コーポレートガバナンス・コード」の改訂案がまとまり、4月29日までを期限に「パブリック・コメント」の募集が行われている。意見を受けて改訂版が確定され、今年6月から施行される予定だ。最高経営責任者(CEO)の選解任プロセスの透明化や持ち合い株式の削減方針の明確化などを従来以上に強く求める内容で、日本企業のガバナンス体制の強化が進む見通しだ。国際的に見て生産性が低く、資本効率が悪い日本企業の経営改革が進むきっかけになるとして、海外の機関投資家なども注目している。

 ガバナンス・コードは2015年6月に施行されており、丸3年を経て初めての改訂となる。昨年来、金融庁に設置された「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」で議論されてきた。

 改訂のポイントはいくつかあるが、企業経営者と機関投資家の「対話」の促進に重点が置かれているのが一つの特徴だ。長期にわたる企業の成長を求める機関投資家の声を経営者が聞くことを求めている。今回、コードの改訂にあわせて、「投資家と企業の対話ガイドライン」も公表された。

 改訂で拡充したのは、CEOの選解任について。「原則」自体はこれまでと変えていないものの、「補充原則」を大幅に強化している。「取締役会の役割・責務」の項目に以下の2つの補充原則が付け加えられた。

 「取締役会は、CEOの選解任は、会社における最も重要な戦略的意思決定であることを踏まえ、客観性・適時性・透明性ある手続に従い、十分な時間と資源をかけて、資質を備えたCEOを選任すべきである」

 「取締役会は、会社の業績等の適切な評価を踏まえ、CEOがその機能を十分発揮していないと認められる場合に、CEOを解任するための客観性・適時性・透明性ある手続を確立すべきである」

 これまで多くの日本企業では、現職の社長や会長が後継社長(CEO)の選任権を実質的に握ってきた。次の社長や取締役の人事権を握ることで全社を統括できると考えている経営者は今も少なくない。一方で、こうした慣行が「社長絶対」の風土を生み、時としてトップの暴走を許してきた。また、取締役同士の建設的な経営論議を封じてきたとされている。

「株式持ち合い」を巡る原則を見直す
 改訂案では、「CEOの選解任の基準は未だ整備が進んでおらず、後継者計画についても、取締役会による十分な監督が行われている企業は少数にとどまっている状況にある」と指摘している。次のCEOを選ぶためのルールを確立していく必要性を訴えている。

 最近では次のCEOを選ぶために「指名委員会」を設置する例が増えているが、現CEOや取締役会に答申する「任意」の組織が多く、独立社外取締役が過半を占める委員会の設置を求める会社法に則った正式な「指名委員会等設置会社」は圧倒的に少ない。改訂案では任意の指名委員会を否定はしていないものの、「選解任プロセスの独立性・客観性を強化する」ことが必要だとしている。

 付随して、経営者の報酬に関する「補充原則」もより突っ込んだ表現に変えられた。「取締役会は、経営陣の報酬が持続的な成長に向けた健全なインセンティブとして機能するよう、客観性・透明性ある手続に従い、報酬制度を設計し、具体的な報酬額を決定すべきである」という一文が加えられている。

 日本企業の経営者報酬は近年、大幅に上昇しており、年間1億円以上の報酬を得ているケースも増えている。一方で、報酬の決定方式の透明性が乏しい例も少なくない。欧米では高額報酬への批判が高まっていることもあり、経営陣の報酬について株主総会で拘束力のない賛否投票を行うなど新しい取り組みが進んでいる。また、在任中の不祥事が退任後に発覚した場合など、過去に遡って報酬の返還を求める規定なども導入されつつある。

 日本ではこうした議論がほとんど行われておらず、今回のコード改訂でも突っ込んだ原則での記載は見送られている。

 今回、コードの「原則」が大きく見直されたのは「政策保有株」に関する原則。企業同士や企業と金融機関の間で相互に株式を保有し合う「株式持ち合い」を巡る原則だ。

 株式持ち合いは親密な会社が「安定株主」となることで、実質的に経営陣に「白紙委任」を与えることになり、外部の株主による経営チェックを弱めていると長年批判されてきた。一方で経済界からは、日本企業が長期志向で安定的な経営を遂行するための重要な慣行だとして規制の強化には強く反発してきた経緯がある。ちなみに米国では銀行が企業の株式を政策目的として保有することは原則として禁じられている。

 ガバナンス・コードではこれまで、「政策保有に関する方針を開示すべき」としてきたが、今回の改定ではこれを「政策保有株式の縮減に関する方針・考え方など、政策保有に関する方針を開示すべき」と変えている。株式持ち合いの「縮減」を目指すべきだと明示しているわけだ。

 さらに、「そのリターンとリスクなどを踏まえた中長期的な経済合理性や将来の見通しを検証し、これを反映した保有のねらい・合理性について具体的な説明を行うべきである」としていたものを大きく変更。「保有目的が適切か、保有に伴う便益やリスクが資本コストに見合っているか等を具体的に精査し、保有の適否を検証するとともに、そうした検証の内容について開示すべきである」と踏み込んだ。

 持ち合い株が資本コストに見合っているか、と問われると、なかなかそれを立証するのが難しくなる。企業経営者からすれば、そこまで理屈立てて説明しなければ許されないのなら、株式持ち合いは止めようという判断になるだろう。

「株式持ち合い」を巡る原則を見直す
 改訂案では、「CEOの選解任の基準は未だ整備が進んでおらず、後継者計画についても、取締役会による十分な監督が行われている企業は少数にとどまっている状況にある」と指摘している。次のCEOを選ぶためのルールを確立していく必要性を訴えている。

 最近では次のCEOを選ぶために「指名委員会」を設置する例が増えているが、現CEOや取締役会に答申する「任意」の組織が多く、独立社外取締役が過半を占める委員会の設置を求める会社法に則った正式な「指名委員会等設置会社」は圧倒的に少ない。改訂案では任意の指名委員会を否定はしていないものの、「選解任プロセスの独立性・客観性を強化する」ことが必要だとしている。

 付随して、経営者の報酬に関する「補充原則」もより突っ込んだ表現に変えられた。「取締役会は、経営陣の報酬が持続的な成長に向けた健全なインセンティブとして機能するよう、客観性・透明性ある手続に従い、報酬制度を設計し、具体的な報酬額を決定すべきである」という一文が加えられている。

 日本企業の経営者報酬は近年、大幅に上昇しており、年間1億円以上の報酬を得ているケースも増えている。一方で、報酬の決定方式の透明性が乏しい例も少なくない。欧米では高額報酬への批判が高まっていることもあり、経営陣の報酬について株主総会で拘束力のない賛否投票を行うなど新しい取り組みが進んでいる。また、在任中の不祥事が退任後に発覚した場合など、過去に遡って報酬の返還を求める規定なども導入されつつある。

 日本ではこうした議論がほとんど行われておらず、今回のコード改訂でも突っ込んだ原則での記載は見送られている。

 今回、コードの「原則」が大きく見直されたのは「政策保有株」に関する原則。企業同士や企業と金融機関の間で相互に株式を保有し合う「株式持ち合い」を巡る原則だ。

 株式持ち合いは親密な会社が「安定株主」となることで、実質的に経営陣に「白紙委任」を与えることになり、外部の株主による経営チェックを弱めていると長年批判されてきた。一方で経済界からは、日本企業が長期志向で安定的な経営を遂行するための重要な慣行だとして規制の強化には強く反発してきた経緯がある。ちなみに米国では銀行が企業の株式を政策目的として保有することは原則として禁じられている。

 ガバナンス・コードではこれまで、「政策保有に関する方針を開示すべき」としてきたが、今回の改定ではこれを「政策保有株式の縮減に関する方針・考え方など、政策保有に関する方針を開示すべき」と変えている。株式持ち合いの「縮減」を目指すべきだと明示しているわけだ。

 さらに、「そのリターンとリスクなどを踏まえた中長期的な経済合理性や将来の見通しを検証し、これを反映した保有のねらい・合理性について具体的な説明を行うべきである」としていたものを大きく変更。「保有目的が適切か、保有に伴う便益やリスクが資本コストに見合っているか等を具体的に精査し、保有の適否を検証するとともに、そうした検証の内容について開示すべきである」と踏み込んだ。

 持ち合い株が資本コストに見合っているか、と問われると、なかなかそれを立証するのが難しくなる。企業経営者からすれば、そこまで理屈立てて説明しなければ許されないのなら、株式持ち合いは止めようという判断になるだろう。

地方の人手不足で「外国人頼み」が強まる 早急な「移民政策」立案が不可欠に

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在留外国人は1年間で約18万人増加
 日本国内に住む外国人の数が急増している。法務省が3月27日に発表した2017年末の在留外国人数(確定値)によると、256万1848人と、1年前に比べ7.5%増え過去最高になった。増加は5年連続で、2014年2.7%増→15年5.2%増→16年6.7%増→17年7.5%増と、年々増加率が高まっており、17年は1年間で約18万人増えた。

 特徴は地方での増加が目立ってきたこと。東京都は7.3%の増加だったが、伸びの大きかった都道府県順に見ると、熊本(16.5%増)、鹿児島(14.4%増)、宮崎(13.4%増)、島根(12.9%増)、富山(12.6%増)、北海道(12.3%増)、青森(12.1%増)などとなった。減少したのは長崎県だけで、他はいずれも大きく増えた。

 背景には地方で顕在化し始めた人口減少によって、圧倒的な人手不足に陥っていることがあるとみられる。つまり、労働力として外国人が求められているのだ。3月31日に厚生労働省が発表した2月の「有効求人倍率(季節調整値)」によると、全国合計は1.58倍だったが、都道府県別にみると、最も高かったのが富山の2.17倍で、島根(1.79倍)、熊本(1.74倍)、宮崎(1.65倍)など、人手不足の深刻な県で、在留外国人が大きく増えたことが分かる。

 厚生労働省の別の統計では、在留外国人のうち127万人が日本国内で働いているが、これは事業所が届け出た「正規」の労働者だけ。実際にはもっと多くの外国人が働いているとみられる。

 法務省の統計で在留資格別の外国人の増加を見ると、もっとも伸びが高いのが「特定活動」という残留資格で、37.7%も増えた。外国人が多い主要10都府県以外の「その他」の道府県の伸びが43.3%と高くなっているのも特徴。「特定活動」とはもともとは外交官や弁護士などの専門家を受け入れる資格だったが、現在では対象が大きく拡大され、ワーキングホリデーやインターンシップ、高度人材の配偶者など様々だ。

 「技能実習」の資格で在留している外国人も1年前に比べて20.0%増えた。製造業や農業の現場などでは、もはや外国人技能実習生なしに事業が回らなくなっているところも多い。「技能実習」は日本国内で技能を学び、自国に帰ってそれを役立てるという国際貢献の仕組みだが、それは「建前」で、実際には不足する労働力を補うために使われている。

「定住してくれるなら、外国人でも構わない」
 「技能・人文知識・国際業務」はいわゆる高度人材の外国人で、全国では17.5%増えた。「その他」道府県の伸びが24.1%と上回っているのも目を引く。地方のホテルや旅館、飲食店など人手不足が深刻なサービス業で外国人を雇うのは簡単ではない。いわゆる「単純労働」だという長年の見方によって、外国人が排除されてきた。「技能実習」の対象にならない職種も多い。

 単純労働に外国人を受け入れると日本人の職が奪われる、というのが理由だが、実際にはそうした仕事をやる日本人自体が減っている。旅館の客室係やホテルのメイドなどに外国人を雇えないわけだ。そこで、外国人客の通訳やフロントでの業務ということで、「技能・人文知識・国際業務」の枠組みに入れ、外国人を雇用しているケースが少なくない。

 最近は「留学」の在留資格でやってきてアルバイトで働くケースが急増してきた。留学生は週に28時間までなら働くことが認められている。また、夏休みなど休暇中は週40時間働くことが可能だ。こうした制度を使って、実は出稼ぎが本当の目的なのに留学生資格でやってくる外国人が多い。もっとも、こうした留学生は日本語学校などが多い大都市部に集中しているため、地方での伸びは全国平均よりも低い。

 大都市部のコンビニや外食チェーンなどではこうした「留学生」がいなければ営業ができない状況に追い込まれている。

 地方で人手不足が深刻なのは農業の現場である。地方の自治体などから、外国人労働者をもっと自由に受け入れられるようにしてほしいという要望の声が年々強まっている。かつては地方ほど外国人アレルギーが強いと言われていたが、人口減少が鮮明になるにつれ、「定住してくれるなら、外国人でも構わない」という声が聞かれるようになった。外国人観光客などが増え、外国人を身近に感じるようになったということもあるのだろう。

 安倍晋三首相はこれまで、「いわゆる移民政策は取らない」という方針を掲げてきた。「技能実習生」などの“便法”を使い続けてきたのも、外国人を短期の労働力としてだけ受け入れ、数年で帰ってもらうことが前提になっていた。

 だが、こうした「労働力として」だけの外国人の受け入れは、将来に大きな禍根を残すことになりかねない。いずれ帰国しなければならないと分かっている外国人は日本語も真剣に学ばないし、日本社会に溶け込む努力もしない。また、決められた期限でできるだけお金を稼ごうとするから、犯罪まがいの仕事にも手を染めることになりかねない。

 移民政策は取らないと言いながら、在留外国人は4年で50万人も増えている。なし崩し的に外国人を受け入れているわけだ。不法在留者は4年連続で増え6万6498人に達している。日本が明確な「移民政策」を持たないことが、なし崩し的な外国人流入につながっている。

「出稼ぎ」だけでは人口減を補えない
 そんな中で、ようやく、日本も「移民政策」を真剣に考えるべきだ、という声が政界の中でも出始めている。

 農業協同組合新聞電子版が3月29日に竹下亘自民党総務会長のインタビューを掲載している。その中で竹下氏は農業の現場について、こんな発言をしている。

 「労働力問題が大きなネックになっています。東北などでは外国人労働者が多く入っています。農業の将来を考えると、移民政策も含めて国会でも議論し、国民のコンセンサスを確立する必要があります。今は実習生として受け入れていますが、このままでいいのか。放置しておくと不法就労が増えます。外国人ゼロではもう農業はやっていけません」

 自民党の幹部から、「移民政策も含めて」議論すべきだという声があがった意味は大きい。すでに安倍首相は2月の経済財政諮問会議外国人労働者の受け入れ拡大に向けて検討するよう関係閣僚に指示している。「専門的・技術的分野」の在留資格を拡大して外国人を受けいれる方向だ。現状では、「教授」や「技能」など18の業種に限られているものを、農業や建設なども加えていくとみられる。

 ただ一方で、「移民」につながらないよう、在留期間を制限して家族の帯同も基本的に認めない、という報道もなされている。だが、それでは、結局のところ「出稼ぎ」を増やすだけで、長期にわたる日本の人口減少を補う政策には程遠い。

 現在、菅義偉官房長官上川陽子法務相を中心に関係省庁が加わった検討チームで議論している。6月に閣議決定される経済財政運営の「骨太の方針」に何らかの対応策が盛り込まれることになる。

 閣議決定に向けて、党内論議がどれだけ盛り上がるかが、焦点になる。これまでの「移民政策は取らない」という方針を堅持し、付け焼き刃の対策をとるのか、それとも、外国人の受け入れ策について抜本的に見直し、日本型の移民政策を打ち出していくのか。

 外国人技能実習生などを雇用している経営者や農業関係者の多くが口をそろえて言うのは、せっかく技能を身につけさせても3年で帰ってしまうのでは、何のために教えているか分からない、というものだ。つまり、日本人の仕事の補助的な役割ではなく、一人前の技術者、農業者として頼りにする存在に外国人がなっているということだ。そうした現実を踏まえて、できるだけ長期に日本に定住してもらい、日本社会に溶け込んでもらう、それを支える仕組み、政策づくりが不可欠だろう。

公務員の「劣化」が蝕む民主主義の根幹 再発防止に向け「公務員制度改革」が急務だ

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森友学園問題は「組織ぐるみの不正」
 森友学園への国有地売却問題は、財務省の指示による決裁文書の書き換えが明らかになるという驚愕の展開となった。多くの現役官僚や官僚OBは公文書改ざんについて、異口同音に「考えられない」「あり得ない話」と語る。まさに「一線を越えた不正」である。

 財務省は佐川宣寿理財局長(当時)個人の不正に矮小化しようとしているように見える。だが、改ざん実行までには複数の幹部が関与しているのは明らかで、局長の指示を受けたからといって疑問を挟まずに不正の実行を部下に命令するのは明らかに「組織ぐるみの不正」だ。歴史的に大きな権力を持ち続けてきた財務省、そして財務官僚の目を覆わんばかりの「劣化」である。

 もちろん、背景に政治家の指示があったとか、政治家への「忖度」があったという「理由」があるのかもしれない。だが、それとこれとは別問題。政治家に言われれば、官僚はどんな不正でも行うのか。そんなことはあり得ない。

 組織的な公文書の改ざんは、民主主義の根幹を揺るがす。都合が悪くなったら過去の文書を書き換え、国会で嘘の答弁をする。そんなことを許すわけにはいかない。では、どうやって再発を防ぐか。

 不正を働けば官僚個人も官僚機構も大きな損害を被るのだ、という事を全霞が関に理解させる必要がある。徹底的に問題を追及し、関与した幹部官僚は免職、天下りも許さない。財務省には解体的な出直しを求める。そして何より必要なのが「公務員制度改革」に再び本腰を入れて取り組むことだろう。

 「安倍内閣は役人に優しい内閣ですから」。この問題が発覚する直前、民主党政権で大臣を務めた野党の幹部がこう笑っていた。

 民主党は「脱官僚依存」を公約の1つに掲げ、官僚主導から政治主導へと大きく舵を切ろうとした。ところがやり方が稚拙で、政務三役(大臣、副大臣大臣政務官)の会議から官僚を「排除」するなど、「脱依存」の意味を履き違えた。結果、霞が関も猛烈に反発、官僚機構が「非協力」を決め込んだ。民主党政権の瓦解は、霞が関の消極的反乱が一因だったと見ることもできる。

天下りに「理解」を示した第2次安倍内閣
 2012年末に政権を奪還した第2次安倍内閣は、一転して「公務員に優しい」姿勢を取った。第1次安倍内閣は「公務員制度改革」に本腰を入れ、霞が関の反対を押し切って、2007年に国家公務員法改正案を国会で可決させた。各省庁による天下りの斡旋禁止と、年功序列の打破が柱だった。当時の安倍内閣の閣僚たちはこの改革で霞が関を敵に回したことが、わずか1年で内閣が崩壊することにつながったと考えた。第2次安倍内閣が官僚を味方に付ける政策を取ったのは、民主党の失敗だけではなく、第1次安倍内閣の失敗の反省でもあった。

 政府系金融機関の民営化はストップ、幹部への天下りにも安倍内閣は「理解」を示した。民主党政権で大幅にカットした公務員給与も元に戻し、それ以降も賃上げを容認している。公務員制度改革の司令塔だった「国家公務員制度改革推進本部」は2013年7月に「設置期限を迎えた」という理由で廃止された。

 公務員制度改革を担うはずの担当大臣も目立たなくなった。第1次安倍内閣の時は担当大臣の名称は、「公務員制度改革担当」だったが、今は「国家公務員制度担当」と「改革」の文字が抜け落ちている。まさに「名は体を表す」だ。

 そんな中で、唯一改革が進んだと見られたのが「内閣人事局」である。霞が関の幹部官僚600人の人事を一元的に行う組織で、2014年5月に生まれた。それまでの幹部人事は各省庁がバラバラに行っていた。もちろん、内閣官房長官や所管の大臣も決裁するのだが、圧倒的に各省庁の事務次官が人事権を握っていた。

 「省益あって国益なし」。日本の官僚制度の弊害はしばしばこう言われてきた。内閣官房で幹部人事を一元的に行えば、内閣の方針に従って官僚機構が動くようになる。まさに「国益第一」の組織になるというのが狙いだった。当然、首相をトップとする「官邸主導」の体制を強化することになる。

 この内閣人事局安倍内閣以前の公務員制度改革の中で設置が決まっていたものだが、「改革派」だった安倍氏が設置のタイミングで再び首相になっていたのは因縁である。

 焦点は「局長人事」だった。内閣人事局長は官房副長官が兼ねることになっている。官房副長官は3人。衆議院議員から1人、参議院議員から1人、そして事務方のトップから1人である。内閣人事局の創設当時、霞が関の多くの官僚は当然、事務方の副長官が「局長」に就任すると思っていた。それが土壇場で政治家に差し代わる。安倍首相らの強い意向があったとされる。

 初代内閣人事局長は加藤勝信副長官(現・厚生労働大臣)、2代目は萩生田光一副長官(現・自民党幹事長代行)が就いた。改革姿勢を示すことにつながったのは事実だ。

 財務省の決裁文書改ざん問題で、この「内閣人事局」を批判する声が霞が関の官僚から上がっている。政治家が人事権を握ったから、政治家への「忖度」が働くようになった、というのだ。確かに、幹部官僚が官邸の意向を気にするようになったのは事実だ。自省の事務次官よりも官邸の意向を重視する例も頻発している。だが、それは政治家への忖度というよりも、官邸に詰める幹部官僚の指示という色彩が強い。一部の重要な問題を除いて首相や官房長官が直接指示を発しているケースは多くない。

内閣人事局で起きた「大政奉還
 それでも霞が関が「内閣人事局」のせいで政治家への忖度が働いていると言いたいのは、旧来の官僚主導に戻したいという思いなのだろう。

 では、安倍内閣内閣人事局を使って、人事権をフルに行使しているのかと言うとそうでもない。一部の人事に政治の意向が反映されているのは間違いないが、それは事務次官が人事を握っていた当時とあまり変わりはない。

 初代の内閣人事局長だった加藤氏は財務官僚出身で、官僚の話をよく聞いてくれる霞が関でも評判が良い政治家だ。

 だが、その内閣人事局長人事でも、安倍内閣は後退している。3代目に就いたのは杉田和博副長官。警察庁出身の官僚トップの副長官である。いわば政治家から官僚へ「大政奉還」が済んでいるのだ。2017年8月のことだ。

 今やるべきことは、むしろ政治家が官僚機構の人事権を握るための改革を進めることだ。国益第一で政策を遂行するために、幹部官僚600人の適材適所を行う。今は難しい降格などの異動も可能にすべきだ。降格ができない現状では、ポストがあかないため、なかなか抜擢人事や民間からの登用ができない。

 天下りも厳しく規制すべきだ。日本取引所グループには金融庁長官や財務省幹部が天下っているが、東芝上場廃止を巡って自主規制法人が「甘い」決定を下した背景には天下り官僚による「主導」があった。官邸や経済産業省など霞が関の意向が反映されたと疑われている。

 東芝粉飾決算については証券取引等監視委員会が、東京地検に刑事事件として立件するよう求めたが、一向に実現しなかった。これも委員会が独立性の低い組織で、自ら告発できないためだ。米国の証券監視委員会のような強力な捜査権限、告発権限を持った独立性の高い組織にする必要がある。公正取引委員会と同じ、いわゆる「3条委員会」である。だが、そうした制度改革に徹底して抵抗するのは金融庁財務省。自分たちの権限やポストが減ることに抵抗しているのである。

 不正は徹底的に追及され、処罰されるべきだ。官僚組織による「忖度」を行わせないためには、政治や社会によるチェック体制を整える必要がある。不正を働いても絶対に得をしない体制を作るべきだ。

 今回の決裁文書改ざんを許してはならない。財務省解体にまで踏み込むべきだ。その上で、政治家への「忖度」が働いたことに対する政治責任を取るべきだ。財務大臣が責任を取るのは当然である。