IFRSの行方。酒場論議の結論は一刻も早く酒場論議を。

 昨日7月20日、青山学院大学で「会計サミット」が開かれた。第一部はコマツの坂根会長による講演。日本のモノづくり企業の経営をきちんと考え抜いた論理的な内容。「ダントツ経営」は本にもなっているのでご一読をお勧めします。坂根さんの講演内容もブログで紹介したいのだが、ツイッターでリクエストもあったので、サミット終了後の懇親会、2次会、3次会で繰り広げられた国際会計基準IFRSがらみの議論をご紹介しよう。

 青山学院で行う会計系のシンポジウムはたいがい懇親会が青学会館であるのだが、面白いのはそこから先。安い中華屋を借り切って2次会が行われるが、IFRS議論にはかかせないオールキャストが顔をそろえるのが定番になっている。もちろん会費制だ。

 昨晩も、島崎憲明・IFRS財団評議員、増田宏一・元会計士協会会長、小宮山賢・企業会計審議会委員、平塚敦之・経済産業省企業会計室長、平松一夫・関西学院大学前学長ら錚々たるメンバーが、丸椅子に座って口角泡を飛ばす。ホストの八田進二・青学教授の人脈形成能力とでも言おうか、毎回、人数が増え、昨晩は30人以上だったのではないか。

 前回までは金融庁の担当課長や課長補佐も参加していたが、今回はぴたりと誰ひとり顔を見せなかった。どちらかというとIFRS推進派が集まっている場に、顔を出していることが大臣にでもバレたら大変なことになる、という役人特有のリスクマネジメントの結果だろう。

 IFRSについては2009年の企業会計審議会で、2012年までに全上場企業に使用を義務付けるかどうかの結論を出し、義務付ける場合には2015年もしくは16年から適用する、と決まったいた。これを自見庄三郎・金融担当大臣が突然、準備期間を5〜7年に延ばすと発表。6月末に開かれた企業会計審議会ではIFRS反対派10人を臨時委員に任命するといった“暴挙”に及んだ。

 その背後でシナリオを描いた人物のひとりが昨晩出席した経産省の平塚室長。当然のことながら議論の中心人物だった。酔っぱらった増田前会長が平塚氏を指さして「この男が6月の騒動のシナリオを描いているんだ。けしからん」と面罵する場面などもあったが、それで座が凍りつかないところが、この会のざっくばらんで面白いところである。これに対して平塚氏は「ずっと東電処理スキームづくりをやっていて、6月の騒動には絡んでいません」などと最初は逃げていたが、お酒が回ると、シナリオづくりの一端を担っていたことや、反IFRS派の頭目とみられている三菱電機の佐藤顧問と緊密に連絡を取り合っていることを認めていた。

 一方で、東京財団の佐藤孝弘が岩井克人・元東大教授と書いた反IFRS本「IFRS異議あり」については、平塚氏は「実は私は読んでいないんです」と真偽不明の言い訳をしていた。IFRS推進派とされる公認会計士や学者の間では「IFRS異議あり」について理論的に劣悪という評価が定着しており、論理派の集まる場で基準の内容についての議論は回避したかった、ということだろうか。

 平塚氏によれば、反IFRS派は「自分たちの意見を聞いてもらえる場が無かった」という手続論を問題にしている、という。「もっと議論をすべきだ」という点についてはIFRS推進派の島崎氏も「その通りだ」と言って同意していた。もっとも、結論を引き延ばすために議論をするのは本末転倒だ。また、グローバルな競争が激しさを増す中で、やたらと時間だけを浪費し、国際化に背を向け続けていいのか、という問題もある。

 誤解に基づいた反対論や感情的な鎖国主義を持ち出しては、議論は進まない。とりあえず、反IFRS派は、国際的な会計ルールづくりの場で日本の発言力を維持し、国益を守るための対論をきちんとまとめるべきだ。「日本がIFRSを受け入れなくても日本の意見は通るはずだ」という
主張には根拠がない。日本の主張を通すべく前線で戦っている人たちに敬意を払い、彼らの声を聞くべきだろう。そして、会計基準の重要性や国際的な駆け引きの歴史をまったく理解できない政治家を扇動することで反IFRSの流れを作ろうという手法は取るべきではない。反IFRS派が言う国益とは何なのか、それはどうすれば守られるのか、きちんと説明する義務があるだろう。

 また、政治的な圧力で金融庁の現場を身動き取れなくするようなバカな手法は取るべきではない。ようやく金融庁の古澤課長らが現場が米国に視察に行ったようだが、現場の官僚には国際的なネットワークをフルに生かして情報収集させ、冷静な分析の下に日本の国益を守ることを第一に考えて選択肢を提示させるべきだ。政治家や金融庁の幹部が「聞きたい情報」だけに耳を傾けるようなことになれば、太平洋戦争で国を過ったことと同じことが起きる。

 一方で、IFRS推進派は、なぜ会計基準の国際的な統一が必要なのか、あるいはIFRSを導入しないとどんな不利益が生じるのかを、もう少しきちんと説明すべきだろう。IFRSは時代の流れだとばかり、そうした説明を怠ってきたきらいがある。

 このままではIFRS論議は時間の空費を続け、国益を失っていくだけだ。6月の暴挙のシナリオの一端を担いだ責任上、平塚氏が反IFRS派とIFRS推進派の建設的な議論の場を作っていくべきだろう。安酒場で、自腹で、本音で語り合うのが手っ取り早い。