民主党政権とは何だったのか、次の総選挙の後には様々な本が出版されるに違いありません。そんな中で、私が疑問に思い続けているのは、なぜ、民主党が政権交代以来、「金融担当大臣」を国民新党に委ね続けているのか、です。得票率数%の国民の支持を得たわけではない政党の金融行政が、次々に実現しました。この民主党による「金融行政の丸投げ」はなぜ起きたのか、いずれ解き明かすことができる日が来るでしょう。「政治主導」の名の下に“辣腕”を振るった自見庄三郎氏に代わり松下忠洋氏が大臣になりましたが、この3年間で金融庁の現場は変に萎縮してしまったように感じます。
さて、少し古いですが、FACTA8月号の連載記事を編集部のご厚意で再掲致します。
FACTAのページ→ http://facta.co.jp/
「役所がまさか、そんなことを言ってくるとは思いませんでした」
日本公認会計士協会の幹部は驚きを隠さない。
海外在住のある学者が日本の公的機関に出入りする際、「公認会計士(日本)」という肩書きを勝手に使っていたという。これに対し協会が「会計士登録をしないで公認会計士を名乗るのは法律違反なのでやめるように」と通知したのだそうだ。
すると、しばらくして協会を監督する立場にある金融庁の責任者(課長級)から「会計士試験には受かっているのだから、よいではないか」という“指導”がきたというのだ。
確かに問題の学者は日本の会計士試験には合格しているが、現在、会計士登録はしておらず、法律で義務付けられている再教育プログラムの単位も取得していない。「会計士や弁護士などの専門家は資格が命。法律で厳しく管理されており、役所の胸先三寸で名乗っていいかどうかが決まる話ではない」と冒頭の幹部は憤る。金融庁自身がいわば脱法行為の容認を“指導”するとはいったいどういうことか。
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学者の名はトモ・スズキ氏。金融庁から調査研究を受託しており、金融庁が公表した研究ファイルの表紙には「オックスフォード大学教授」と肩書きが書かれている。金融庁が自らの御用学者の“資格詐称”を大目に見ろと“指導”したのかと思いきや、話はもっと複雑だという。
金融庁の現場によれば、スズキ氏に調査を委託したのは「上の指示」。課長や局長よりも上という。どうやら当時の自見庄三郎金融担当相の意向らしい。スズキ氏のレポートは、現在日本が企業への導入義務付けを検討している国際会計基準(IFRS)に関するもので、反IFRSの内容だ。自見氏は就任以降、突然IFRS導入の先送りなどを表明している。金融や会計には素人だった自見氏が、なぜスズキ氏を重用するのか。
金融庁の幹部が小声で明かしたところによれば、大臣を動かしてスズキ氏に調査研究を委託させ、スズキ氏の脱法を見逃すよう求めたのは、昨年8月末に金融庁参与に収まった佐藤行弘氏(三菱電機常任顧問)だという。大臣の意向をカサに着た佐藤参与の無理難題に、金融庁の現場はホトホト困惑しているらしい。
スズキ氏の反IFRSの委託研究を金融庁が公表すると、当然のことながら大騒ぎになった。国際会議の場などで「(反IFRSは)金融庁の方針なのか」という質問が相次いだという。会議に出席していた金融庁の幹部は「金融庁の公式見解ではない」と苦しい答弁に終始したという。
IFRSを作成する国際組織である国際会計基準審議会(IASB)もスズキ氏に面会を求めたという。ところが、家族の病気を理由にこの先1年は会えない旨の回答がきたという。
IASB関係者は、金融庁が公表した「オックスフォード大学教授」というスズキ氏の肩書きにも首を傾げる。同大のホームページによればスズキ氏は、同大が1996年に設立したサイード・ビジネススクールの教授(日本語の履歴では「常任・終身教授」と書かれている)。ただ、オックスフォード大の教授といえば、ふつうそのカレッジの教授だが、スズキ氏は所属するハートフォード・カレッジでは「オフィシャル・フェロー」という肩書きに過ぎない。
スズキ氏は会計学者としてはほぼ無名。「権威付けのために肩書きを大きく見せているのではないか」という。金融庁に提出された報告書にも「オックスフォード・レポート」と冠してあり、あたかも同大学が公式に調査した結果という体裁を取っている。
佐藤参与の無理難題はこれに留まらないようだ。IFRSへの対応を議論する企業会計審議会のメンバーの入れ替えを強要したというのだ。同審議会には19人の正規委員がおり、IFRS推進派の八田進二教授(青山学院大学)も含まれる。金融庁のホームページには昨年6月末現在の名簿が掲示されており、八田氏も含まれている。金融庁に7月6日に問い合わせたところ、「その名簿が最新で、その後変更はない」と答えた。
ところが裏では、八田氏は2月に解任されたことになっており、後任に佐藤参与がごり押ししてIFRS反対派の辻山栄子教授(早稲田大学)が就任したという話なのだ。金融庁の担当部局には箝口令が敷かれ、3月以降の審議会の場でも一切名簿は配られていない。
八田氏に伝えられた解任の名目上の理由は「内規にある委員の委嘱年限を過ぎていた」ということらしい。顔に泥を塗られた格好の八田教授は黙して語らないが、周囲には「IFRS賛成派を放逐して自分たちの思う通に進めようという民主主義国家とは思えないやり方だ」と怒っているという。
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自見前金融相は昨年6月、突如として「反IFRS」を掲げる人物を一気に10人も審議会部会の「臨時委員」に加えた。佐藤参与はその際に加わったひとりだが、すぐに参与に抜擢された。さらに昨年の金融庁人事ではIFRS推進派と見られていた担当課長が異動した。自見前金融相とその背後にいる佐藤氏への「恐怖心」が庁内に広がった。
人事を握られた官僚ほど弱いものはない。以来、佐藤参与の意向は現場に対して絶対的な影響力を持っているという。脱法行為を見逃すよう指導するなど、国家公務員法に抵触しかねないことまで現場の官僚が行わざるを得なかった背景にはそんな「恐怖心」があるというのだ。
野田内閣の改造では、金融担当相の予期せざる交代があった。自見氏の代わりに松下忠洋氏が就任した。松下氏は政権交代以降長く経済産業副大臣を務め、霞が関の信頼も厚い。建設省で砂防部長まで務めた元官僚だ。実直な人柄で、法令を無視したごり押しを最も嫌うタイプだ。
まずは、自見氏が押し込んだ臨時委員や参与を見直すことだろう。臨時委員の中には週刊誌に脱税疑惑や愛人問題などを報じられた大武健一郎氏(元国税庁長官)もいる。税理士集団のTKC全国会の会長職は辞任したが、審議会委員は本稿執筆時点で辞めていない。