東京電力が売却を決めた日本の資本市場の"心臓部"アット東京の行方

いつの間にか東京電力が握っていた「データセンター」という日本の資本市場の生命線。福島第一原子力発電所の事故に伴う保有資産見直しの一環として売却される見通しだ。証券界では、その売却先がどこになるのか、関心が高まっています。

講談社「現代ビジネス」にアップされた記事を編集部のご厚意で再掲します。
オリジナルは→ http://gendai.ismedia.jp/articles/-/15314

 東京電力は、福島第一原子力発電所の事故に絡んで実施する保有資産売却の一環として、子会社で手掛ける「データセンター事業」を売却する方針を固めた。東京都内に五ヵ所のデータセンターを保有する「アット東京(@TOKYO)」が対象で、新聞報道によれば、売却額は1500億円を見込んでいるという。原発事故による被害者への損害賠償が今後大きく嵩むとみられる東電は、政府の監視の下で、徹底した資産の洗い直しが行われる予定で、東電が保有する不動産や株式などは、今後相次いで売却される見通しだ。そんな中で、アット東京の行方に、兜町の株式市場関係者が大きな関心を寄せている。

 実は、アット東京には東京証券取引所大阪証券取引所、ネット証券会社などが取引システムを担うコンピューターを置いているのだ。今や取引所の根幹はシステム。しかも、アルゴリズム取引と呼ばれるコンピューターによる自動売買が取引所の売買高の大きな割合を占めるようになっており、高精度のコンピューターを設置するデータセンターの重要性が増している。

 アルゴリズム取引は、コンピューター自身が、株価の動きや売買高などを瞬時に分析し、最適と判断した時期、株価、数量で自動的に売買注文を繰り返すもの。5年ほど前から日本でも広がり始めた。世界的な株価急落の場面などで、アルゴリズム取引が売り注文を繰り返し、相場の下落を加速させていると、しばしば指摘されている。だが、世界の株式市場の実態は、すでに人の判断による売買から、コンピューター同士が勝負する時代へと大きく変わっている。

 アルゴリズム取引を利用するのは大手の証券会社や機関投資家が中心だったが、最近では個人投資家アルゴリズム取引を行えるようなサービスを提供する証券会社も出てきている。

 こうした流れに対して東証が2010年1月に超高速売買システム「アローヘッド」の稼働を開始。大証も首都圏に「デリバティブ・メインセンター」と呼ぶデータセンターを設置、高速売買に対応できる仕組みを構築してきた。実は、この高速システムの要が、アット東京に置かれているのだ。

 アルゴリズム取引が主体になると、コンピューターシステムの売買判断能力にはほとんど差がないため、取引所のシステムとの間で売買指示をやり取りする通信時間の差が重要になる。このため、投資家の間で、取引所のシステムのすぐそばにコンピューターを置き、高速LAN回線で接続するニーズが生まれる。取引所自体が自身のシステムのすぐ隣の棚に証券会社など投資家のコンピューターを置く「コロケーション」と呼ばれるサービスも始めている。このため、アット東京のデーターセンターには、高速取引を行う証券会社などのシステムが集まってきている。まさに、日本の証券市場の心臓部になっているわけだ。

 アット東京は2000年6月に設立。東京電力の子会社で、株主には東電、東電の子会社のテプコシステムと並んでIT会社のインテックが名を連ねる。社長は東電の執行役員で情報通信事業部長を務めた清水俊彦氏が務める。

 証券市場の心臓部を、なぜ東京電力が握ることになったか経緯は不明だが、高速取引には安定的な電力供給が不可欠だということが一因のようだ。同社のホームページには「最高のセキュリティ・インテグレーション・サービスをお届けします」とあり、「あらゆる自然災害に対応できる堅牢な建物、安全確実でゆとりのある電源・空調設備、十分な拡張性を確保」とうたっている。

 一方で、市場関係者によると、アット東京で利用する電気代は非常に高額だという。東京電力にとっては期待の高収益事業であることが伺われる。

 そんな証券市場の心臓部をいったい誰が握ることになるのか---。

 今、世界の取引所業界では合従連衡の嵐が吹きまくっている。世界最大の証券取引所で米ニューヨーク証券取引所を持つNYSEユーロネクストとドイツ取引所が合併で合意、現在、統合作業が進んでいる。また、結局は破談になったが、シンガポール証券取引所がオーストラリア証券取引所を買収することで、いったんは合意していた。日本国内でも、東証大証が合併に向けた協議を進めている。

 そんな中で、欧米の取引所グループは日本の取引所を傘下に収めるチャンスを虎視眈々と狙っている、という見方もある。実際、NYSEユーロネクスト東証との関係が緊密なほか、米国の商品先物取引所であるCMEグループは最近、大証との間で提携関係を深め、相互に金融商品を上場することで合意している。

 「取引所を買収するよりも、アット東京を握る方が手っ取り早いのではないか」と外資系証券会社の幹部は言う。外国の取引所や機関投資家が買収に動く可能性がある、というのだ。また、証券市場への参入を狙う通信事業者やシステムベンダーなどが買うのも合理性がある。アット東京を利用している国内取引所が買収に乗り出す可能性もなくはない。

 問題は1500億円という金額だ。データセンターの場所は公表されていないが、東京の湾岸地区などにあり、「不動産価値以上にプレミアムが乗った値段」(大手システム会社幹部)という見方もある。東証大証は統合に合意すれば多額の資金が必要になる見通しで、1500億円を他に投じる余裕はない。

 NTTデータなど比較的中立な企業が買収すればいいが、証券市場に関係する企業や、外国企業が買収した場合には、アット東京を利用する取引所や証券会社がシステム戦略の大幅な見直しを迫られることになりかねない。東電や政府も、アット東京の重要性は認識しているというが、果たしてどこに落ち着くのか。原発事故の思わぬ余波に市場関係者は気をもんでいる。