円高を利用した新しいモノづくり 世界のクリエイターを日本に呼べ

WEDGEの連載は予想以上に反響があります。つい先日も某大臣にインタビューした際、「WEDGEのコラム読んでますよ」と言われました。丸丸一カ月の間、新幹線のグリーン車に無料で置かれ、車内販売されるわけですから、単純な発行部数では測れない影響力があるようです。
ウェブに10月号の連載記事がアップされましたので、転載します。

オリジナルページ→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1531?page=1

WEDGE10月号 連載 復活のキーワード KEYWORD:新しいモノづくり


 ひと昔前、英国料理と言えばマズイものの代名詞で、ロンドンの外食事情は欧州諸国の中でも最低レベルに近かった。今でもそんなイメージを引きずる日本人が少なくない。だが最近のロンドンのレストランは、世界の一線級が揃い、パリやローマなど他の大都市と比べても引けを取らない。

 そんな食のレベルの劇的な改善が、国の政策の結果だと言ったら驚かれるだろう。前回はこのコラムで「国家のビジョン」をキーワードに取り上げた。実は、1990年代から英国が掲げたビジョンの一つが「クリエイティブ産業の育成」だった。その副次的効果が、誰もが分かる“味の変化”として現れたのだから面白い。

 英国が定義するクリエイティブ産業は、工業製品や家具などのデザイン、ファッション、建築、映画、音楽、舞台芸術、広告など。創造性を必要とする産業を広く網羅する。統計などには含まないようだが、料理も当然、創造性の必要な産業だと捉えられている。クリエイティブ産業の育成という政府の方針の波及効果は、レストランや外食産業にも及んだわけだ。

 クリエイティブ産業の育成策として、英国政府は、デザイナーなどクリエイティブ産業を担う人材が集まる「場」をロンドンに作ることを奨励した。ロンドンの古いレンガ造りの倉庫を改造してデザイン会社などを積極的に誘致したのだ。こうした取り組みが、欧州全域から創造性に富んだクリエイターたちを集めることにつながった。

 クリエイターたちは当然ながら味にもうるさい。多様な人びとが集まってくることで、食の世界にも新たな多様性をもたらすことになり、料理の味が劇的に改善したわけだ。

英国政府が打ち出した打開策
 産業革命発祥の地である英国は、世界のモノづくり大国として発展してきた。ところが、第二次世界大戦後はドイツや日本などの新興工業国の台頭に押され、製造業は苦境に立たされた。90年以降になると、EU欧州連合)の統合・拡大や、英国の通貨であるポンド高がそれに追い討ちをかけ、英国の工場がポーランドなど東欧諸国に流出する例が相次いだ。

 そんな中、ジョン・メージャー首相の時代に英国政府が打ち出したのが「クリエイティブ産業の育成」方針だった。旧来型のモノづくりでは労働力の安い東欧や中国などにかなわない。より大きな付加価値を生み出す新しいモノづくりが必要だと考えたのだ。

 毎年9月になると、ロンドンの街中はカラフルなデザインに彩られる。「ロンドン・デザイン・フェスティバル」。美術展や200を超す様々なイベントが市内各所で催される。2003年に始まったこのイベントは、今ではロンドンが欧州のクリエイティブ産業の中心地であることを強くアピールする主要行事になっている。

 クリエイティブ産業は、人と人のネットワークが命でもある。多様な人たちが欧州全域から集まることで、さらに多くのクリエイターたちを引き付けた。自動車メーカーがデザインセンターを置いたり、ミラノのファッション・メーカーがスタジオを開くなど、相乗効果が実を結んでいった。

 08年の英国政府の広報誌によれば、英国のクリエイティブ産業全体が生み出した国内総生産GDP)は、英国全体のGDPの8%まで拡大した。さらに、産業の中で最も成長率の高い分野になったという。英国と言えば、ロンドンのシティに代表される金融業を連想するが、リーマンショック前の段階で英国金融業のGDPは全体の17%程度だったとされる。つまり、金融がピークの時ですら、その半分近くに相当する額を“新しいモノづくり”が生み出すところまで育ったわけだ。

 国家としての明確なビジョンがあったから、クリエイティブ産業が英国の主要産業の一つにまで成長したのだ。

50年を越す歴史を持つGマーク

 今、日本では猛烈に円高が進んでいる。政府の為替介入にもかかわらず、1ドル=80円の壁を突破、75円台を付けた後も円高が収束する気配は乏しい。かつての1ドル=360円の固定相場制時代と比べれば、円は5倍の強さになったわけで、輸出産業から悲鳴にも似た声が上がるのも無理はない。

 だが一方で、40年にわたって続いてきた円高を、日本の輸出企業が技術革新やコスト圧縮で乗り越え続けて来たのも、また事実である。繊維製品や日用雑貨のような価格競争が避けられない製品は海外工場にシフトし、日本国内には、より高付加価値の先端技術製品を残すというように、構造転換を繰り返してきたのだ。今回の円高も最終的には同じような企業努力で克服していくほかないというのが現実だろう。

 世界的なヒット商品も生み出す力があれば、円高の中でも企業は収益性を維持することができる。技術革新で絶対的な競争力を持つ新製品があれば、価格競争に巻き込まれないからだ。最近ではアップルなど米国企業にすっかりお株を奪われている。iPadなどアップル製品は日本での価格競争とは無縁で、ドル安だからといっても安易な価格引き下げはしない。つまり、その分、儲けが増えているのだ。

 ではどうするか。付加価値の高い製品や産業へとシフトしていくほかない。まさに90年代の英国の製造業と同じ状況に直面しているのだ。実は、日本独自の文化や風土に根ざしたデザインや材質などが、「クール・ジャパン」として世界に認められている。また、漫画やアニメも世界を席巻している。こうした世界が「クール」と受け止める新しい日本製品を創り出す拠点を整備し、産業として育てれば、まだまだ日本は捨てたものではない。

 8月末の3日間、東京で恒例の「グッドデザイン・エキスポ」が開かれた。グッドデザイン(Gマーク)への応募・受賞商品など2000点あまりが一堂に並んだ。1957年に創設されたこの賞は、日本のモノづくりを後押しするために経済産業省が長年運営してきた。今では世界でも最も古いデザイン賞の一つだという。

 そのグッドデザイン賞が今、模索を始めている。従来の「モノ」のデザインだけでなく、コンピューターのソフトウエアやビジネスモデルなども「デザイン」として対象に組み込み始めた。昨年は人気アイドルグループAKB48が「エンターテインメント・プロジェクト・デザイン」として大賞に次ぐ金賞に選ばれ、大きな話題になった。

 日本のモノづくりの“お墨付き”であるGマークの変質は、日本の産業構造の変化を示しているとも言える。

 円高で来日したがる外国人アーチストが増えているという。円建てで支払われるギャラが、外貨に直せば“急騰”している効果らしい。強い円で外国から「才能」を集めるチャンスなのだ。それを新しい形の日本のモノづくりに生かせば、日本復活は容易い。
                              ◆WEDGE2011年10月号より