資本市場では「嘘つきは泥棒」 最悪の犯罪だからこそ上場廃止は当然

「エルネオス」に連載の1月号だけ再掲が抜けてしまいました。ここでもオリンパス上場廃止問題について書いていますが、上場維持を決めた人たちからみれば「負け犬の遠吠え」ぐらいにしか感じないでしょう。もちろん東証は当局の捜査で新事実が出てくれば審査をやり直すという立場。経営幹部が逮捕され、もし、会社ぐるみの実態が次々と明らかになるようなことがあれば、判断は変わるのでしょうか。
硬派経済ジャーナリスト磯山友幸の≪生きてる経済解読≫連載──⑨
オリジナルページ→ http://www.elneos.co.jp/


最も悪質な上場廃止基準
 オリンパスによる巨額の損失隠し問題は、同社が設置した第三者委員会が十二月上旬に報告書を公表、一九九〇年代後半からの不正経理の構図が明らかになった。これを受けて、証券取引等監視委員会東京地検特捜部などの捜査が本格化、問題に関与した経営陣や、監視機能を果たせなかった監査役不正経理を指弾しなかった監査法人などの責任が問われることになる。
 そうした中で注目されているのが、オリンパス株が上場している東京証券取引所の対応だ。上場廃止になるかどうかをめぐって、市場ではオリンパスの株価が乱高下している。
 オリンパスの株価は九月末に二千四百円だったものが、社長だったウッドフォード氏が不正経理を追及したことをきっかけに突如解任されるに及んで一千四百円にまで急落。オリンパスが会見で不正を認め、東証上場廃止になる可能性があることを周知するために「監理ポスト」に割り当てると、十一月十一日には四百二十四円まで売り込まれた。この段階で市場はオリンパス株が上場廃止になることを織り込んだわけだ。
 ところが十二月中旬現在、一千四百円近くまで株価は戻っている。どうやら東証上場廃止にしないのではないかという見方が急速に広がっているためだ。
 どういう基準で上場廃止になるのだろうか。東証が定めた「上場廃止基準」では、大きく分けて四つの場合を想定している。一つは、株主数や市場に流通する株式数などが基準を下回った場合。投資家が自由に売買できないような株式は上場させないという、いわば外形基準だ。もう一つは、経営が大幅に悪化した場合。赤字が膨らんで、溜まった負債が自己資本を上回る「債務超過」の状態に陥り、それを一年以内に解消できない場合などだ。実際に経営破綻したり、事実上の倒産を意味する銀行取引が停止になった場合も上場廃止になる。要は「腐ったりんご」を売買させるわけにはいかないという趣旨だ。
 そして三番目が不正経理である。条文を抜き出せばこうだ。「有価証券報告書等に『虚偽記載』を行った場合で、その影響が重大であると当取引所が認めたとき」。有価証券報告書は企業がまとめる正式な報告書だから、そこに虚偽記載、つまり?があれば、市場で売買する投資家を欺くことになる。有価証券報告書は外部の専門家である監査法人がチェックしているが、問題がなければ「適正意見」を出す。その適正意見が得られなかった場合も、上場廃止になる。
 四番目は「その他」で、反社会的勢力とのつながりが判明した際などが含まれる。
 この四つを見てお分かりの通り、最も悪質なのが三番目である。何せ投資家を欺くわけだから、市場から退場処分を食らうのは当然といえる。だが、上場廃止にするかどうか、最も議論が分かれるのもこのケースだ。
 オリンパスのケースでも、虚偽記載をしていたことは会社側も第三者委員会も明確に認めている。そこは議論の余地がない。「影響が重大」かどうかについても、十年以上にわたる不正で、しかもピーク時には隠していた損失が一千億円を大きく超えていたとされ、重大でないとは断じていえない。にもかかわらず、証券取引等監視委員会金融庁などの監督当局や、政府、東証の周辺では「上場維持」論が台頭している。
 なぜか。一番多い理屈が、「経営者が不正をしていたのに、一般株主が損失を被る上場廃止はおかしい」というものだ。一見正しいように思うだろう。だが、これは資本市場のルールを基本的に理解していない解釈だ。
 株主には経営者が不正を働いていないか、チェックする義務がある。株主総会で選ばれる取締役は、法律で、相互に監視する義務や、善良な管理者としての注意義務(善管注意義務)を負う。株主が取締役や監査役を選んでいる以上、株主は経営者を監視しなければならない形になる。これがコーポレートガバナンス企業統治)の基本でもあるのだ。
 だからこそ、経営者の不正を見逃した責めは株主が負う。責めといっても法的な責任が追及されるという意味ではない。株価が大幅に下落することで経済的損失を被る。もちろん、株主は市場で株式を売却する自由を持つので、問題が深刻だと思えばさっさと株式を売り払うことも可能だ。要は会社を見捨てる自由があるのだ。

上場維持は市場の規律無視
 つまり、「一般株主を守れ」というのは正論に聞こえるが、実は守られるべき一般株主はさっさと会社を見捨てている可能性が大きい。今回のオリンパスでも、問題発覚後、市場では大商いが続いた。日によっては七千万〜八千万株という売買高を記録している。発行済み株式数は二億七千万株だから、計算上は株主がほぼ入れ替わっていてもおかしくない。
 こうした中で、売り逃げできない株主もいる。メーンバンクなどの取引金融機関や、株式を持ち合っている大株主だ。結局「一般株主を守れ」という声は、こうした大株主の周辺から出ていることが少なくない。だが、こうした投資家こそ、会社の経営に目を光らせる大きな責任があったといえる。
 もう一つ、上場廃止にすると、それをきっかけに会社が倒産したり、他の企業に食い物にされてしまうという理由で反対する向きもある。死刑判決は厳しすぎるというものだ。
 だが、資本市場を活用する上場企業が市場自体を欺き続ければ、万死に値するのは当然だろう。不正を働けば死に直結するという緊張感があればこそ市場の規律が働くのだ。厳罰で担保されているからこそ、一般の投資家は「東証一部上場企業」に信頼を置く。
 ホリエモンこと堀江貴文・元ライブドア社長は、「虚偽記載」などの罪を問われ収監中だ。オリンパス事件が行政処分だけで済まされるという観測記事に「ウソだろ?」とツイッター上で発信していた。当然の反応だろう。
 政府内には「オリンパスの医療用内視鏡技術は日本として守らなければいけない」という声が多い。だが、日本として必要な会社だから人を騙しても許されるが、新興企業の経営者は生意気だから牢獄にぶち込むとなれば、もはや公正な市場のルールとはいえなくなる。資本市場では「?つきは泥棒」、しかも追放処分当然の重罪なのである。