「上場すべきでない会社」が上場したままでいいのか

プレジデントオンラインに2月16日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://president.jp/articles/-/21309

PRESIDENT (プレジデント) 2017年1/30号(人生が変わる時間術)

PRESIDENT (プレジデント) 2017年1/30号(人生が変わる時間術)

確信犯の「上場ゴール」暴利を貪る経営陣
「上場ゴール」という言葉をご存じだろうか。株式を取引所に上場(公開)するのは、そこで広く投資家から資金を集めて企業をさらに成長させるためだ。ところが、上場前から株式を保有する経営陣たちが、上場によって保有株の価値を大化けさせ、一攫千金を狙うことだけが最終目的となっているような株式上場を指す。投資家からすれば、高値で株をつかまされるので、まるで詐欺にでもあったような甚大な被害をもたらす。

そうした「上場ゴール」まがいの株式公開は、株式相場に人々の関心が向いている時に現れることが多い。2016年の日本の株式相場は、ドナルド・トランプ氏の米大統領選での勝利をきっかけに大きく買われ、12月には1万9000円台に乗せ、年初来高値を更新した。現在も株式相場への関心は高い。

上場時の売り出しや公募増資など、一般の投資家が上場直前に購入した価格を、上場初値が下回ったり、上場初値では上回っても、その後大きく値下がったりすれば、投資家は損失を被る。とくに、公開前に示していた業績見通しを上場後に下方修正するような例は、意図していたかどうかにかかわらず、投資家を欺く行為だ。実態以上に数字を良く見せるのは明らかな「粉飾」である。

9月2日に東京証券取引所マザーズに上場したベイカレント・コンサルティングは、12月9日になって17年2月期の業績予想を大幅に修正した。税引き前利益を従来予想の39億1500万円から20億8300万円に下方修正したのだ。前期実績は25億8200万円なので、51%増益から一転して19.4%減益へと方向性が大きく変わったわけだ。上場からわずか3カ月のことである。しかも、業績悪化の責任を取るとして、萩平和巳社長は辞任してしまった(※1)。上場時の情報開示に大きな問題があったのは明らかだが、責任のすべては前社長にあると言うのだろうか。ベイカレントの公開価格は2100円だったが、上場初日の1999円を高値に下げ続けた。下方修正後はストップ安が続き、12月22日には808円の上場来安値を付けている。

企業の株式公開には、当然専門家が関与する。業績見通しなどについてもこうしたプロたちのチェックを通って公開されている。ベイカレントの場合、主幹事証券は野村証券、担当の監査法人トーマツである。どちらも業界大手だ。証券会社も監査法人も、本来は資本市場と投資家を守るのが一義的な役割のはずだ。公開させる企業は手数料をくれる顧客には違いないが、公開企業は資本市場を使うことで資金調達という大きな利益を得る。証券会社も監査法人も投資家が信用する資本市場を維持してこそ商売が成り立つのだ。それが、どうも目先の利益、つまり手数料を払ってくれる企業を優先しているようにみえる。

「次から次へと問題が起こる。もう少し主幹事証券がしっかりしてくれないと困る」と東京証券取引所の幹部は言う。投資家が損をする公開が増えれば、投資家の文句は東証に殺到する。「このところ、かなり審査を厳しくしているが、なかなかダメとは言えない悩ましいケースが多い」という。

売り上げの多くが業務契約だけで、本当にそれが実現するのか不透明だったり、買収を繰り返して「営業権(のれん代)」が膨大に積み重なっていたりする会社の評価となると、監査法人でも頭を悩ますという。企業価値が本当にあるのか測りきれないというのだ。上場の審査を厳しくすれば、新規上場企業数は増えない。

誰も責任を取らない「東芝問題」の行方
実際、16年に東証名古屋証券取引所に新規公開した企業は87社前後と、15年の98社に比べて減少した。11年の37社から、12年48社、13年58社、14年80社と増え続けてきたものが一服する。東証関係者によると、上場審査を慎重にしたことが影響しているという。


新規上場数が増えれば、主幹事証券も監査法人も、上場する東証自身も儲かることになる。逆に、数を絞れば、そうした企業の収益増にブレーキがかかる。ついつい新規上場ありき、になってしまう傾向があるわけだ。そこを「上場ゴール」の経営者たちに見透かされるのである。

しかし、投資家に損をさせるような問題企業ばかりが上場してくることになれば、株式市場全体の信用がぐらついてくる。あそこのマーケットは腐ったリンゴばかり置いているとなれば、誰もマーケットにはやってこなくなる。つまり、信用を守ることが取引所にとっては生命線になるのだ。

では、どうやって取引所はその信用を守るべきか。もちろん、事前の審査を厳しくして、「腐ったリンゴ」が市場に紛れ込むことを防ぐ必要がある。だが、それだけでは難しい。「腐ったリンゴ」を市場から排除し、それを持ち込んだ業者を厳しく罰することも不可欠だ。「これは美味しいリンゴです」と投資家を偽って腐ったリンゴを買わせた経営者はさらに厳罰に処さなければ、市場の信用は守れない。「腐ったリンゴ」を排除するのは、上場廃止であり、業者の処分は課徴金や上場賦課金であり、経営者の処分は刑事告発だ。

その機能が問われているのが東芝の不正会計問題である。

東芝を監査していた新日本監査法人は15年末に課徴金を課されるなど処分を受けた。ところが、驚いたことに経営者は罪に問われなさそうな気配だ。

東芝の不正会計問題について、証券取引等監視委員会(SESC)は「粉飾」だと認定、西田厚聰・元会長や佐々木則夫・元副会長、田中久雄・元社長らの責任は明らかだとして、東京地検特捜部に刑事告発するよう求めた。ところが、東京地検は立件は難しいという姿勢を崩していないのだ。3期9年にわたってSESCの委員長を務めた佐渡賢一氏は告発に執念を燃やしていたが、12月12日に退任し、「幕引き」になるとみられている。つまり、2000億円を超える巨額の利益かさ上げが行われたにもかかわらず、経営者の責任が不問に付されそうなのだ。

経営者個人の問題ではないとするならば、巨額の利益かさ上げは「組織ぐるみ」ということになる。企業風土が変わらないならば「腐ったリンゴ」を市場から排除しなければならない。つまり上場廃止である。

東証は15年9月、東芝を「特設注意市場銘柄」に指定した。1年たって内部管理体制が改善したと認められれば、解除されるはずだったが、東証自主規制法人は、指定延長を決め、17年3月までに改善されるかどうかを判断することにした。最終結論は7月までに出る見通しだ(※2)。

東芝は二度と粉飾の起きない体制ができあがったとして「内部管理体制確認書」を提出したが、自主規制法人の理事たちの理解を得ることはできなかった。

関係者のひとりは、「どうせ日本を代表する企業であるわれわれを上場廃止になんぞできないだろう、という不遜な態度を痛感する」と語る。

実際、東証東芝上場廃止にするのは至難の業だ。上場廃止になればまっ先に損失を被るのは株主だからだ。経営者の問題をなぜ株主が負うのか、というわけだ。だが、1年半たっても社風が変わらないとすれば、株主が経営者にかけるプレッシャーが弱いためだと考えることもできる。

果たして東証がどんな判断をするのか。老舗企業を守るために、株式市場の信用を擲つのか。東芝への対応はまさに試金石である。


注1:辞任した萩平和巳前社長は、日刊工業新聞の記事(16年10月19日付)で、将来目標について「2020年には、総合コンサルティングファームとして国内トップになりたい」と答えていた。
注2:東京証券取引所「特設注意市場銘柄の指定継続:(株)東芝」(2016年12月19日)
http://www.jpx.co.jp/news/1021/20161219-14.html