「鬼平」退任で、東芝不正会計問題はどうなる? 東芝を上場廃止にできない東証、誰が市場の規律を守るのか

日経ビジネスオンラインに12月16日にアップされた原稿です→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/121500037/?P=1

証券界の鬼平佐渡賢一氏の退任

 3期9年にわたって証券取引等監視委員会委員長を務めた佐渡賢一氏が12月12日に退任した。「証券界の鬼平」とも評され、公募増資インサイダー問題や、AIJ投資顧問の年金詐欺事件、オリンパスの巨額損失隠し事件などを指揮した。

 そんな佐渡委員長の退任で「幕引き」となるのが東芝の不正会計問題での歴代社長の責任問題。証券監視委は、東芝による巨額の利益かさ上げについて、西田厚聡・元会長や佐々木則夫・元副会長、田中久雄・元社長らの責任は明らかだとして、東京地検特捜部に刑事告発するよう求めていたが、検察側は立件は難しいという姿勢を崩さなかった。

 検察に対して佐渡氏は繰り返し再考を求めていたとされるが、退任によって刑事告発は見送られる可能性が高まった。退任会見で佐渡氏は「調査は進捗していると思っている」と述べたが、一方で、「検察との関係などいろいろと検討すべき事案であり、新しい委員会で新しい視点で判断していただきたい」として、後任の長谷川充弘・元広島高検検事長に期待をつないだ。もっとも、9年前に検察庁を退任した佐渡氏に比べれば長谷川新委員長はより検察の立場に近いと見られ、検察の判断を優先することになると見られている。

東芝の歴代社長は「粉飾の指示はしていない」

 なぜ、検察は歴代社長の刑事告発に消極的なのだろうか。

 ひとつは、歴代社長が、利益をかさ上げする粉飾の指示はしていないと、頑なに関与を否定していることだとされる。利益目標を達成するための「チャレンジ」を強く求め、現場にハッパをかけたものの、不正に数字をかさ上げすることまでは指示していないと強弁しているようだ。オリンパスの巨額損失隠し事件では、元社長らが隠蔽を指示していたことを認めたため、個人としても刑事訴追された。東芝の元経営者たちは「個人の犯罪」であることを認めていないのだ。

 もうひとつ、検察が刑事告発には当たらないとしているのは、利益のかさ上げによって投資家が投資判断を誤ったとは言い切れないからだという。証券監視委の調査畑に在籍した経験を持つ官僚は「売上高が6兆円を超える東芝で1期あたり最大数百億円の利益をかさ上げしたからと言って、投資判断を歪めたと認定するのは難しい」というのだ。

検察の発想では、「罪に問うまでもない」

 2008年度から2013年度までの6年間に税引き前利益を2781億円もかさ上げしていた粉飾の影響が「軽微」だったというのは、資本市場の番人である証券監視委からすれば、口が裂けても言えない事だと思うが、どうやら検察の発想では、罪に問うまでもない、ということになるらしい。

 東芝の不正会計問題は、会社ぐるみの利益操作、つまり粉飾としては歴史に残る事例だろう。東芝監査法人が課徴金を受けているとはいえ、これで幕引きとなって禍根は残らないのだろうか。

エンロン事件では、経営幹部は刑務所へ

 「(米国で起きた不正会計の)エンロン事件では当時の経営幹部が刑務所にぶち込まれている。なぜ東芝では誰も刑務所に入らないのか。信じられない」と米国のヘッジファンドの幹部は語る。投資家を欺く不正に対して徹底的に厳しい姿勢を取る米国の市場関係者からすれば、東芝を「大目に見る」日本の市場は「異質だ」ということになる。

 経営者の刑事責任が問えず、「個人の犯罪」であるとすると、「会社ぐるみの犯罪」だということになる。東芝は、東京証券取引所から「特設注意市場銘柄」に指定されている。特設注意市場銘柄とは、内部管理体制に問題がある企業などが指定され、1年たってそれが改善されたと認められれば、指定解除されるというものだ。投資家に注意喚起しているわけである。

 東芝は、指定から1年が過ぎた9月15日、「解除」を申請する書類を東証に提出した。これを受けて東証が審査に入ったが、その結論がなかなか出ないのだ。

会社ぐるみでなかったオリンパスは、上場廃止を免れたが…

 オリンパスの場合、元経営者が「個人の犯罪」であることを受け入れたため、オリンパスという会社自体は上場廃止を免れた。会社ぐるみではなかった、ということで、罪一等を減じたのである。

 当時の東証のルールでは、重大な粉飾決算をした場合には、上場廃止にする規定があったが、この事件をきっかけに「特設注意市場銘柄」という仕組みを作った。粉飾即上場廃止では、経営者ではなく株主が損失を被ることになってしまう、という批判が強かったためだが、東証自身が上場廃止という“死刑判決”を下したくないという思いが背後にあるのは間違いなかった。

 特設注意市場銘柄も、指定から1年半たって内部管理体制が改善したと認められない場合は上場廃止になることになっている。東証自主規制法人が1月にも結論を出す見通しだが、最終判断をする理事から、すんなり解除することへの抵抗感が示されているという。東芝コーポレートガバナンスを改善するなど、2度と粉飾は起きない体制が出来上がったとして「内部管理体制確認書」を提出しているが、それを額面通りに受け取っていいのか、というわけだ。

東証は組織ぐるみに対しどのような判断を下すのか

 自主規制法人は元金融庁長官の佐藤隆文氏が理事長で、東証幹部の2人の常務理事に加えて、弁護士の久保利英明氏、元日本公認会計士協会会長の増田宏一氏、ニッセイ基礎研究所から京都大学大学院教授になった川北英隆氏の3人が外部理事を務める。いずれも「正論」を重んじる人たちで、ナアナアで済ます事を嫌う。

 11月になって発覚した問題も、彼らの態度を硬化させている。11月11日の中間決算で、福岡市にある子会社で営業担当者が10年以上にわたって架空売り上げを計上していたことを、東芝が明らかにしたのだ。

 水増しの累計額は5億2000万円と、問題になった東芝本体の不正会計に比べればごく少額だが、内部管理体制の改善が課題になっているタイミングだけに、東芝は苦しい立場に追い込まれている。

 東芝の場合、「個人の犯罪」として元経営者が裁かれる可能性がほぼ無くなっただけに、組織としての犯罪に対して東証がどういう判断を下すのかが焦点になってきたわけだ。

証券監視委と検察の認識に、大きなギャップ

 証券監視委の委員長だった佐渡氏は退任会見で、東芝問題について「個別の事案を越えて監視の在り方を検討すべき問題だと思う」と指摘していた。証券監視委からすれば絶対に見過ごすことができない粉飾と、検察の立場から刑事事件化するに足るかどうかという事件との間に、大きな認識ギャップがあることが、今回の東芝事件では明らかになった。

 検察はあくまでも社会正義の観点から裁くべき犯罪かどうかを見ているのに対し、証券監視委の場合、資本市場の規律を保つために厳罰が必要かどうかという視点が重要になってくる。

 最近、証券市場に上場する企業の間で、「上場詐欺」まがいの事例が目立つようになった。証券市場を使えば、簡単に投資家をだまし多額の現金を手にすることができる。こうした市場を食い物にする輩を放置すれば、証券市場に対する投資家の信頼自体が大きく揺らぐことになる。

「粉飾をやれば刑務所行き」という危機感が必要だ

 これは何も新規に公開する企業だけの話ではない。日本を代表するような伝統的な企業は、長年、資本市場を利用し、投資家に支えられて成長することができてきた。「軽度の粉飾決算ならば、許される」というムードが広がれば、世界の中で日本の市場は信じられない不公正な鉄火場だという認識が広がってしまう。

 「検察がきちんと事件化して、粉飾をやれば刑務所行きだという危機感を経営者に持たせるべきだ」と東証関係者のひとりは言う。だが、外部理事がどんなに怒っていても、それで東芝上場廃止にするのは難しい情勢だという。

 東証は自らの市場の信頼性を守るために、どうやったら粉飾を根絶できるか、上場廃止制度の再整備を含めて、もう一度真剣に考えるべきだろう。