日本の資本市場全体の信頼性をも左右する 東芝不正会計問題への対応策

会食した日本語の堪能な外国人エコノミストが、これじゃ「ノートーシバ」だよ、と冗談を飛ばしていました。「東芝」と「投資場」をかけて、巨額の不正決算がまかり通る日本市場で株は買えないと言っているのです。まだ、当局の処分や事件化はこれからですが、日本流の緩い処分で済まして東芝を守れば、日本の市場の信頼が失われることになるかもしれません。少し古くなりましたが、「エルネオス」8月号(8月1日発売)に掲載された連載「硬派ジャーナリスト 磯山友幸の《生きてる経済解読》」の原稿です。

 東芝が不正会計問題で揺れている。利益をかさ上げするために経費を過少に見積もるなど、不正な会計処理を長年にわたって繰り返していたことが明らかになった。利益のかさ上げ額は一千五百億円で、歴代社長がそれを指示していたことも明らかになった。社長が自らの評価を良くするために利益を動かすという典型的な粉飾決算だと言っていいだろう。
 経営幹部が追い込まれると、ついつい手を出したくなるのが粉飾決算だと言われる。最初は小さなごまかしからスタートすることが少なくないが、だんだん辻褄が合わなくなり、それを覆い隠すためにさらに粉飾を繰り返す。どんどん深みにはまっていく。出来心から生じる軽犯罪のように思われがちだが、実は大罪である。

粉飾決算への重い刑罰

 その理由は、資本市場の原理原則を揺るがすからだ。上場企業は資本市場を通じて、見も知らぬ不特定多数の投資家から資金を集め、それを原資に事業拡大を図る。この原理が成り立つためには経営者と投資家の間に信頼関係が不可欠だ。その信頼を保つために、企業情報の開示制度(ディスクロージャー制度)が存在する。企業の実態を株主や投資家に正確に知らせるよう会社法金融商品取引法で定められているわけだ。投資家を騙す粉飾決算はそうした原則を踏みにじる行為で、上場企業の経営者としては絶対にやってはいけない犯罪行為なのである。
 粉飾を行うとさまざまな法律で刑事罰が科されることになっている。会社法で規定されている「計算書類等虚偽記載罪」(976条)は百万円以下の過料だが、株式を公開している会社を規定する金融商品取引法の「有価証券報告書虚偽記載罪」(197条)は、十年以下の懲役または一千万円以下の罰金(または併科)が定められている。会社法が定める罰則よりも金商法の罰則が厳しいのは、前述の通り、不特定多数の投資家から資金を集めているからだ。
 会社法でも、本来は配当する原資がないにもかかわらず、粉飾決算でそれをごまかし、無理に配当した場合などは「違法配当罪」(963条)に問われる。これになると五年以下の懲役または五百万円以下の罰金(または併科)と格段に厳しくなる。
 さらに「特別背任罪」(会社法960条)となるとさらに厳しい。十年以下の懲役または一千万円以下の罰金(または併科)となる。特別背任とは社長や取締役などが、自分自身や第三者の利益を図って会社に損害を与える目的で、任務に背く行為をした場合に成り立つ罪だ。見てお分かりの通り、金商法の虚偽記載と同じ刑罰だ。つまり、公開会社の虚偽記載は特別背任と同列の犯罪であることを示している。
 金商法では行政罰として会社に「課徴金」などを課すこともできる。最近の虚偽記載では会社がこうした課徴金を取られるケースも増えている。さらには、民事訴訟で、粉飾決算が明らかになったことで株価が下落した場合など、株主が会社や経営者に損害賠償を求める訴訟を起こすケースも少なくない。米国などでは集団訴訟(クラスアクション)に発展し、粉飾決算を犯した経営者や会社に大打撃を与えることがままある。

あいまいな「上場廃止基準」

 そうした重い刑罰に加えて、粉飾決算が行われた際に話題にのぼるのが「上場廃止」問題だ。株式を上場している東京証券取引所などが定める「上場廃止基準」の中に盛り込まれている。粉飾決算上場廃止となれば、株主は保有株を売却する場を失ってしまうことになるため、上場廃止前に株が売られ、株価は急落することになる。上場廃止になったからといって会社がすぐに破綻するわけではないが、廃止をきっかけに信用不安となり資金繰りが詰まれば破綻はあり得る。それだけに株主や投資家は粉飾決算した会社が上場廃止になるのかどうかに神経を尖らせるわけだ。
 市場が上場企業に下せる最大の懲罰は上場廃止。いわば市場からの追放である。マーケットで、腐ったりんごを顧客を騙して売った業者を追放するのは、マーケットの信頼を保つためにも不可欠だ。あそこの市場は偽物ばかりだということになれば、お客が集まらなくなってしまう。つまり、資本市場の信頼に直結しているのである。
 もちろん、粉飾決算の被害者は株主なのに、上場廃止でさらに株主が損害を被るのはおかしいという意見も根強くある。東証は過去にもカネボウライブドアエフオーアイといった粉飾が明らかになった会社を上場廃止にしてきた。だが、最近はどうも腰が引けている。上場している企業も東証に代金を支払っており、民間上場企業の東証からすれば、粉飾決算会社といえどもお客さんということだろうか。
 東証上場廃止基準にはこう書かれている。
「価証券報告書等に虚偽記載を行った場合であって、直ちに上場を廃止しなければ市場の秩序を維持することが困難であることが明らかであると当取引所が認めるとき」
 実は二〇一二年に長年にわたる巨額の粉飾決算を行っていたオリンパス東証上場廃止にしないことを決めた後、東証はルールを変えている。それまでは、「価証券報告書等に虚偽記載を行った場合で、その影響が重大であると当取引所が認めたとき」となっていた。「影響が重大」を「秩序維持が困難」と、一気にハードルを引き上げたのである。
 どうみても影響が小さいとは言えなかったオリンパスを上場維持して批判を浴びた東証がとった苦肉の策だったわけだが、それにしても何をもって「秩序維持が困難」というのか不明確である。東芝のような日本を代表する上場企業が行っていた粉飾決算をもってしてもこれに該当しないということになれば、事実上、この規定は空文に等しいということになるだろう。
 オリンパス事件では世界の市場関係者が日本の上場企業の規律に疑問の目を向けた。その後、日本が社外取締役の拡充などコーポレートガバナンスの強化に動かざるをえなくなった遠因だったとも言える。東芝は比較にならないほどの日本を代表する企業だけに、国際的に納得の得られる対応を取らなければ、日本の資本市場や株式会社全体の信頼を揺るがすことになりかねない。