「社外取締役」を嫌がる経営者の和

オリンパスのような企業の不祥事をどうやったら防げるか。民主党自民党ともに議員がチームを作って会社法のあり方などについて議論を進めている。焦点は、経団連など経済界の嫌がる「社外取締役の義務付け」に国会がGOサインを出すか。法務省の試案では「1人義務付け」案が出ており、これには自民も民主も当初は「甘い」という声が多かった。ところが、民主党のワーキングチームのメンバーにも、今朝開いた自民党のプロジェクトチームにも、「法律で義務付けなくても、東証のルールでいいのではないか」といった声が上がっているようだ。経済界の根回し?が早くも浸透してきているのだろうか。社外取締役については2人以上義務付けよ、という声もあるがどうなることか。
FACTA2月号に書いた記事を編集部の御厚意で以下に再掲します。
FACTAホームページ→ http://facta.co.jp


オリンパス大王製紙など企業経営者による不正事件が相次いで明らかになるなかで、上場企業などに社外取締役の導入を義務付けることを柱とする「会社法改正」が佳境を迎えている。法務大臣の諮問機関である法制審議会が昨年12月7日に「中間試案」を公表、1月31日まで一般から意見を募集している。

この時期に会社法改正がヤマ場を迎えたのは偶然でしかない。相次いだ不祥事の再発防止を狙って始まった議論ではないのだ。オリンパス問題が起きなければ、それほど世間の関心を呼ぶこともなく、小ぢんまりした改正でお茶を濁して終わっていただろう。国会で法案を審議する国会議員の多くも興味を抱かなかったはずだ。

ところが、オリンパスの巨額損失隠しが国際的にも話題になるに及んで、俄然、政治家も“やる気”を見せている。

民主党は昨年11月に、党内に「資本市場・企業統治改革ワーキングチーム」を設置。モルガン・スタンレー証券などに勤務した経験を持つ大久保勉・参議院議員を座長に据えた。大久保氏は狙いを「オリンパス大王製紙の経営陣による不祥事を分析し、企業統治を向上させることにより同種の不祥事を未然に防ぎ、また日本の資本市場の信頼性を高めることが目標」だとしている。

自民党も、法務部会、財務金融部会、経済産業部会の3部会が合同で設置した「企業・資本市場法制プロジェクトチーム(PT)」(座長・塩崎恭久官房長官)が中心となって議論を開始。自民党民主党ともに、オリンパスの社長を解任されたマイケル・ウッドフォード氏を招いて話を聞くなど活発に動き始めた。

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法制審の中間試案の柱の一つは社外取締役の義務化だ。現在の会社法では、欧米型の社外取締役を活用する「委員会設置会社」と旧来の日本制度である「監査役設置会社」の選択性になっている。2003年に導入した制度で、初年度の導入企業は東証1部で24社だったが、11年6月末の段階でも野村ホールディングス日立製作所など44社にすぎない。まったく拡がっていないのだ。

今回の改正では、社外取締役1人以上の選任を、①監査役設置会社のうち大会社に義務付ける、②上場企業すべて(有価証券報告書提出会社)に義務付ける、③現行法のまま見直さない――の3案が提示されている。社外取締役を1人義務付けたところで、なかなか機能しないであろうことは、オリンパス事件でも証明済みだ。同社には社外取締役がいたが、むしろ不正経理などに関与していたと見られている。

一般の感覚からすれば1人ぐらいの導入なら企業も受け入れやすいだろうと考えるが、当の経済界は大反対だ。日本経団連米倉弘昌会長は「オリンパスには社外取締役が3人いた。義務付けても改善にはつながらない」と発言。どうせ機能しないのだから導入すべきでない、という摩訶不思議な理屈で反対している。当初は3番目の「現行法のまま見直さない」という選択肢はなかったが、経済界が猛烈な圧力を法務省にかけた結果、付け加えられたという。

全国銀行協会社外取締役の義務付けに反対する意見書を法務省に提出している。経営をチェックする仕組みを強化するには、企業に様々な選択肢を与えて、その会社に合った仕組みを作らせるのが正しいやり方だ、という理屈だ。

なぜ、経営者はそこまで社外取締役に反対するのだろうか。取締役会に外部の目が入ることを忌避する理由は何なのか。

まったく日本では不人気の「委員会設置会社」の仕組みを知れば理由が見えてくる。委員会設置会社では、取締役会に「指名委員会」「監査委員会」「報酬委員会」の最低三つを設置しなければならない。しかも、いずれの委員会も過半数社外取締役にしなければならないのだ。指名委は、株主総会に提出する取締役の選任議案の内容を決定する権限を持つ。つまり、社長選びの過程で社外取締役に口を出されることになるわけだ。

「会社のことでよそ者に口を出されたくない。しかも自らの進退を左右されることなどまっぴらご免」というのが日本の経営者の偽らざる感覚だろう。自分は現場から叩き上げたから、会社の隅々まで知っている、という自負がある。

社長を突然解任されたウッドフォード氏が、自民党のPTでこんな逸話を披露した。

FACTAの記事で不正を知ったウッドフォード氏が、菊川剛会長(当時)に詰め寄った時のことだという。まともに取り合おうとしない菊川氏から「あなたは日本人の心を知らない」と言われたというのだ。これを聞いた塩崎議員は「同じ仲間の罪を暴いて晒すのは、日本人の美徳に反すると言っているに等しい」と感じたという。

これが多くの日本企業の経営陣の実情なのだろう。つまり仲間の和を乱す可能性のある存在は不要だ、というわけだ。それが、たった1人の社外取締役ですら義務付けられるのは嫌だという理屈につながっている。ウッドフォード氏を社長から解任した取締役会のムードはまさに、異物排除の論理だったのだろう。

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民主党自民党も、今のところ「社外取締役1人の義務付けだけでは甘過ぎる。会社法改正案を根本から見直すべきだ」というムードだ。だが、経済界などの説得工作が始まれば、議員の足もとがぐらつく可能性は十分にある。大事件が起きて、さすがに現行法どおりで済ますことはできないだろうが、どれだけ企業経営者の暴走に歯止めをかけられる厳しい仕組みができるかは疑問だ。

企業に対するチェック機能を高める制度改正に反対するもう一つの論理が、「オリンパス大王製紙は特異な例だ」というものだ。企業倫理を逸脱した稀なケースを捉えて、制度自体を見直すのはやり過ぎだというのである。だが、本当にオリンパスは特殊な事例だったのだろうか。

早稲田大学上村達男教授は「株主代表訴訟を起こしやすくした1993年以来19年間、規律を厳格化する改正は行われてこなかった。一方で経営者が望む自由化ばかりが進んだ。オリンパス大王製紙が特殊な事例だなどということはあり得ない」と指摘する。オリンパスに次ぐ不祥事が出てこないと、抜本的な制度改革を実行できないとすれば、あまりにも寂しい。