企業経営を一変させた、株価の「アベノミクス指数」「ROE重視」に火をつけた"政治主導"

最近、霞が関を歩いていると、ROEという言葉をしばしば聞くようになりました。日本企業の利益率を上げることが日本再生の手立てだ、ということに政治家も官僚もようやく気が付いたようです。日経ビジネスオンラインに原稿を書きました。→http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20130321/245368/


昨年6月の成長戦略に盛り込まれ、今年1月から日本取引所グループ(JPX)などが算出を始めた株価指数JPX日経インデックス400(以下JPX400)」が日本企業の経営スタイルを一変させつつある。

 JPX400は株主資本利益率ROE)や3年間の累積営業利益などでランキングし、その合計点が高い企業から順に400社を選んだ。これまで日本を代表する指数だった「日経平均株価(日経225)」は、時価総額など規模が大きい企業がほぼ自動的に選ばれる仕組みだったが、JPX400はいかに資本を効率的に使って儲けているかが選択基準となった。そんな新指数を気にする経営者が増え、このインデックスに選ばれるためにROEを重視する経営スタイルに切り替える動きが広がっているのだ。

 もちろん背景には、JPX400の狙いである「グローバルな投資基準に求められる要件を満たした投資者にとって投資魅力の高い会社」に選ばれたいという経営者の思いもある。だが、それ以上に新指数に採用されているかどうかで、自社の株価に大きな影響が出るようになってきたことが大きい。

 6月2日付けの日本経済新聞は1面で「JPX日経400連動投信、資産額1000億円超に 資本効率に関心高く」という記事を掲載した。JPX400と同じ値動きを目指す投資信託が人気を集め、これに集まる資産が増えているというのだ。記事では投信評価会社イボットソン・アソシエイツ・ジャパンの統計として、5月末時点で22本の投信があり、その運用資産が1010億円に達したことを報じていた。

 JPX400連動投信に投資家の資金が集まれば、その資金は当然のことながら構成銘柄へと向かう。つまり400社の株価にはプラスになるわけだ。

「うちはJPX400に入るのだろうな?」

 この指数のユニークなところは、毎年6月の最終営業日を基準に、採用企業が見直され、8月最終営業日段階で構成銘柄が入れ替えられることだ。日経平均株価では構成銘柄の見直しはあまり頻繁には行われないため、一度採用されると陥落することは稀なのだが、JPX400では毎年入れ替え戦が行われる。しかも基準は毎年大きく振れるROEだから、400社の顔ぶれもそこそこ変わる可能性があるのだ。その初めての入れ替え戦がこの6月末に迫っている。

 「うちはJPX400に入るのだろうな」

 1月のスタート時点で400社に入らなかったある大手メーカーのトップは、財務担当の役員にこう問いただしたという。経営者どうしが顔を合わせると、JPX400に採用されるかどうかがグローバルに通用する優良企業かどうかの分岐点であるかのような会話になるのだという。企業トップからすれば、何としてもJPX400に選ばれたいという思いなのだ。

 では、新指数に選ばれるために企業はどうするか。ROEを高めるには単純に言って方法が2つある。ひとつは利益を増やすこと。まさしく儲かる経営を行うことだ。高収益事業に特化し、不採算事業から撤退するなど、事業再編によっても利益は上がる。ROEは利益を株主資本(自己資本)で割ったものだから、分子の利益を増やせば、当然ROEは上昇する。

 もう1つが分母の株主資本を減らす方法だ。日本企業は膨大な余剰資金を手元に持ち、事業投資などに有効に使っていない、と批判されている。手元にある余剰資金を減らしROEを高める手っ取り早い方法は、「自社株消却」である。企業自身が株式市場から自社株を買い、それを「消却」してしまうのである。株数や資本が減るから、ROEは高まり、株価は上昇する。実は米国や欧州では自社株消却は企業の重要な資本政策として定着している。米国の株高の背景にもそうした自社株消却がある。

IFRS採用会社はまだまだ少数

 さらにJPX400には別の選定基準もある。定性的な要素で加点される項目があるのだ。1つは独立した社外取締役を2人以上選任していること。もう1つは国際的に通用する会計基準であるIFRSを採用するか採用を決定していること。さらに決算情報の英文資料を開示しているかどうか、である。

 社外取締役の導入はこの6月の株主総会で急速に広がったため、企業間の差はなくなりつつある。英文資料の開示も外国人株主が多い大企業では当たり前になりつつある。だがIFRS採用はまだまだ少数だ。

 大和証券グループは2016年3月期からIFRSを使った決算書を公表する方針だ。大和証券日経平均株価には採用されているものの、JPX400からは漏れていた。「400社のボーダー線上にある会社ぐらいしか、この加点項目は影響しない」(JPX幹部)とはいうものの、プラスに働くものは対応しておこうというのが企業の発想だ。今後もIFRS採用企業が増えるきっかけになるだろう。

 もともとこの指数ができたのは、前述の通り、安倍晋三内閣が昨年6月にまとめた「成長戦略」に盛り込まれたことがきっかけだった。

 「国内の証券取引所に対し、上場基準における社外取締役の位置付けや、収益性や経営面での評価が高い銘柄のインデックスの設定など、コーポレートガバナンスの強化につながる取組を働きかける」

 そう成長戦略に書き込まれたが、ベースになる提言があった。成長戦略に向けて自民党の日本経済再生本部(本部長・高市早苗政調会長)がまとめた「中間提言」だ。

 そこには「東証『グローバル 300 社』インデックスの創設」と題して、こう書かれていた。「 ROE、海外売上比率、海外投資家比率、独立社外取締役の投入、IFRS国際会計基準)の導入など、経営の革新性などの面で評価が高い『グローバル 300 社』のインデックスを創設する」

 明確にROEを基準とした指数を作ることを提言している。指数策定の段階で対象企業が300から400に増えたものの、事実上、この中間提言が実現したのである。

 自民党でこの中間提言のとりまとめを実質的に担った塩崎恭久・党政調会長代理(党日本経済再生本部本部長代行)はこう振り返る。

 「日本経済の再生には、日本企業の収益性を大きく改善することが極めて重要。経営のグローバル化に取り組む企業にインセンティブを与えるような方法はないかと考えて、たどり着いたのがインデックスだった」

 「政治主導」で企業に利益率改善を迫るのはなかなか難しい。グローバルに通用する優良企業という"勲章"を与えることで、経営者の意識を変えようと考えたわけだ。

 中間提言には年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の改革も盛り込まれていたが、自民党内の議論では、これも新指数導入と連動していた。日本最大の機関投資家が、ROE重視の投資スタンスを取れば、否応なしに企業はROE重視の経営に変わっていくと考えたのだ。

 GPIFは今年4月、国内株式で運用する際の運用指標(ベンチマーク)としてJPX400などを新たに採用した。GPIFの運用改革の中で安倍首相官邸自民党サイドからJPX400の採用を求めていたのを、GPIF側が受け入れた結果だった。当初はベンチマークとしての採用にGPIF側は強く反対していたといわれるが、最終的には「政治圧力」がきいた格好になった。機関投資家がJPX400を本格的に重視するようになれば、日本企業のROE重視の経営は一気に加速する。

6月末の「入れ替え戦」に注目

 自民党の日本経済再生本部は5月末に、昨年の中間提言を見直した「日本再生ビジョン」を公表した。その中でもJPX400について改めて触れられている。採用銘柄に選ばれた企業が、社外取締役の導入やIFRSの採用などを進めているのかについてJPXが検証したうえで、不十分な場合には企業に採用を働きかけることを求めている。さらにそれでも効果が出ない場合には、加点項目の加点割合を高めるようJPXに求めているのだ。

 コーポレート・ガバナンスを強化することで、日本企業の経営者にプレッシャーを与え、ROE重視でグローバルに通用する企業に変えていく。アベノミクスの3本目の矢のひとつの柱が、ようやく成果を挙げつつあるようにみえる。6月末の「入れ替え戦」で新規に採用された企業や、逆に陥落した企業は経済雑誌などで大いに話題になるだろう。グローバル企業を標榜する経営者にとっても大きなプレッシャーになる。JPX400は安倍自民党主導で導入された、いわば「アベノミクス指数」だが、予想以上に効果を挙げつつあると言っていいだろう。