オリンパス新取締役11人の「原罪」

FACTA6月号の連載コラムを編集部のご好意で以下に再掲致します。
オリジナルページ→http://facta.co.jp/article/201206034.html

長年にわたって巨額の損失を隠し続ける粉飾決算事件を起こしたオリンパスが、新経営陣を選ぶ臨時株主総会を4月20日、都内のホテルで開いた。1千人ほどの株主が出席した総会は開催時間が2時間を超えたが、疑惑を追及して解任されたマイケル・ウッドフォード元社長が委任状争奪戦から早々に撤退していたこともあり、会社のシナリオ通り平穏に幕を閉じた。これによってオリンパスは過去と完全に決別し、経営に規律が働く体制になった……そう信じてよいのだろうか。

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「残念ながら、これではオリンパスの悪しきカルチャーは生き続けるだろう」

総会の後に筆者に会ったウッドフォード氏はそう語った。

過去との決別には事件を徹底的に解明し、問題点を把握することが不可欠だ。そのためには、会長だった菊川剛被告(有価証券報告書虚偽記載などで逮捕・起訴)ら旧経営陣から完全に「断絶」した経営者選びが重要だったはずだ。

欧米では、不祥事を起こした企業の役員が総退陣し、社外から新しい経営者を迎え入れるのは当たり前のことだ。「断絶」こそがキーワードだからだ。ウッドフォード氏は当然、オリンパスでも同じことが起きると信じていた。

事件発覚後に菊川被告が事実上任命した高山修一社長や、それ以前からの取締役の11人全員が臨時株主総会をもって退任したのは世の中から見れば当然のことだった。ところが、ウッドフォード氏は、そこにもゴマカシが潜んでいると、総会の場で質問に立って指摘した。

退任したはずの取締役のうち渡邉和弘氏と西垣晋一氏が執行役員に就任したからである。ウッドフォード氏の追及を受けて高山社長は総会の場でこう答えた。「取締役責任調査委員会が損失隠しへの責任がないと判断した。代え難い重要な人物だ」

有価証券報告書によれば、渡邉氏は2001年6月に経理部長に就任した人物だ。第三者委員会の報告書によればこの時期は、すでに海外に損失が飛ばされ、ITX株を使ってその損失処理を進めようと試みられていた。しかも01年6月に菊川被告は社長になっている。渡邉氏はそれまで取締役として経理担当を務め、損失隠しを主導していた菊川被告が、経理部長に「選んだ」人物だったのだ。

よしんば損失の飛ばしは知らなかったとしよう。だが、損失の穴埋めをしようとすれば、資金が移動し、決算上、利益や損失が生じる。その“異常な”数字に気が付かなかったとすれば、経理部長としては無能だ。

しかも渡邉氏は臨時株主総会時点で59歳。笹宏行新社長の56歳よりも上で定年間際である。そんな渡邉氏は、新生オリンパスにとって何に「代え難い」、「重要な人物」なのだろうか。

もう一つ、ウッドフォード氏が疑念を抱いているのが、メーンバンクの役割だ。

新生オリンパスの経営トップには三井住友銀行の専務だった木本泰行氏が就いたが、これで巨額損失隠しに銀行がどう関与していたのか、していなかったのか、明らかになる可能性は消えた、と見ていいだろう。損失処理のための大型M&A(合併・買収)に資金を融資したのはどの銀行か。その際の審査はきちんと行われたのか。会社と銀行の間でどんなやり取りがなされたのか。その詳細は明らかにされていない。

真面目そのもののウッドフォード氏が仮に社長に復帰していれば、調査の矛先はメーンバンクなど銀行にも向いたことは明らかだ。同氏が社長復帰に向けて株主の協力を呼びかけていた時、三井住友銀行は頭取との面会すら拒絶している。株主として当然協力してくれると思っていた銀行に門前払いされたことが、ウッドフォード氏に委任状争奪戦を断念させる大きな引き金になった。

臨時株主総会では三井住友のOBである木本氏の取締役選任案に対し、72万7千単位(個)もの反対票が投じられた。賛成票139万3千単位の半分を超したわけだ。日本の上場企業の株主総会で、取締役候補者に34%もの反対票(賛成票は64.6%)が入るのは極めて異例だ。海外の機関投資家を中心に反対票があった模様だ。

また、同じ主要取引銀行である三菱東京UFJ銀行出身の藤塚英明氏の取締役選任案への賛成も68.4%に留まった。執行役員から社長に内部昇格した笹氏ですら70.7%の賛成票を得ており、社外取締役のほとんどには8〜9割の賛成票が投じられた。いかに多くの株主がメーンバンクに疑念の目を向けているか分かる。

今回の臨時株主総会で選ばれた取締役11人のうち、6人が「社外取締役」という位置付けだ。花王の社長・会長を務めた後藤卓也氏、旭化成社長だった蛭田史郎氏、伊藤忠商事副会長だった藤田純孝氏、新日鉄常務を務めた西川元啓氏と錚々たる経営者が名を連ねた。だが社外取締役の一人は「社外ということでお客様扱いされている」という。

実際に日々の経営を担うことになるのは5人の常勤取締役だ。社長と専務、常務についた内部昇格者と、会長、専務に就いた銀行出身者である。一見、6人の社外取締役が異を唱えればブレーキがかかる仕組みに思えるが、ここにもゴマカシがある。旭化成のメーンバンクは三井住友だし、花王伊藤忠新日鉄も三井住友が主要取引銀行の一角を占めている。つまり、銀行の意にそぐわない事は決まらない仕組みが出来上がっていると考えていい。

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新生オリンパスについて大手新聞は、「社外取締役が過半を占める欧米型」と評した。だが、残念ながら欧米の株主や投資家が新しい布陣を高く評価したわけではないことは、臨時株主総会の得票率を見れば一目瞭然である。

ウッドフォード氏の著書『解任』の最後に、こんなくだりが出てくる。委任状争奪戦からの撤退を決めた後に、米国人投資家にこう言われたのだという。「しかたない。それが日本だよ」。日本企業のコーポレート・ガバナンス(企業統治)を立て直す大きな転換点になり得たはずのオリンパス問題は、これで幕を閉じるのか。

別れ際にウッドフォード氏は言った。「まだ終わっていない。英国のSFO(重大不正捜査局)の捜査はこれからだよ」