東北発の景気回復が始まっている── 住宅建設が全国に波及すれば「デフレ脱却」へ

今月のエルネオスに掲載した記事を編集部のご厚意で再掲させていただきます。
エルネオス→http://www.elneos.co.jp/
月刊エルネオス 連載
硬派経済ジャーナリスト磯山友幸の≪生きてる経済解読≫──(17)


建設系職人の日当はうなぎ上り
「景気が良くなる」と言っても、ほとんどの人は疑心暗鬼だろう。何せ日本経済は二十年にわたってデフレが続き、「景気が悪い」のが常態化してきたのだから。若い世代は何をもって景気が良いというのか、皮膚感覚として持ち合わせていないというのが本当のところだろう。新入社員としてバブルを経験した世代もすでに五十歳近くになっている。だが、そんな長期にわたるデフレからも、いよいよ脱却する時が来たといえるかもしれない。
「ついに日当が三万円を超えましたが、それでも職人が次から次へと、よそへ移っていく。もっと高い日当を出すところがあるんです」
 東京都内の小規模な土木会社に勤めるベテランとび職は語る。東日本大震災からの復興関連工事の増加で、東北地方では建設熟練工の不足が続いているが、その余波が首都圏にも及んでいるというのだ。
 震災前は公共事業の削減のあおりで仕事が激減。日当が一万円を切るケースも出ていたというから、震災を境にした状況の変化はすさまじい。震災後の日当の上昇は、まさに「うなぎ上り」なのだ。大工やとび職、鉄筋工といった職人の数が絶対的に不足しており、職人の賃金上昇は全国的な傾向になりつつあるという。
 給料が上がる──この経済的なインパクトは大きい。企業収益の悪化や公共事業の削減などで、給料が年々下がる状況が二十年近くにわたって続いてきた。物価の下落→企業業績の悪化→給与の減少→消費の減退→物価の下落という悪循環が続いてきたのだ。いわゆるデフレ・スパイラルである。
 職人の日当上昇が全国的に波及してくれば、そのデフレのスパイラルを断ち切ることができる可能性が出てくる。給与の増加→消費の増加→企業業績の伸び→給与の増加という循環に変わるかもしれないのだ。

復興予算で土木工事が急増
 東北地方で深刻な職人不足を招き日当の上昇をもたらしているのは、いうまでもなく復興関連工事の急増だ。政府が支出を決めた復興予算の総額は十八兆円にのぼる。一九九〇年代半ばから十兆円規模の景気対策が何度も打ち出されたが、過去の景気対策では融資制度の拡充のための予算など、対策規模を大きく見せるための数字が含まれているケースが多かった。だが、今回の復興予算は異なる。ほとんどが、いわゆる「真水」なのである。
 十八兆円という巨額の資金が、東北地方の被災地という限られた地域に集中投下されているのだから、景気に火が付かないほうが不思議だ。
 東北地方での土木工事の急増ぶりは、セメントの消費を見れば一目瞭然である。社団法人セメント協会が発表した六月の地域別セメント販売量は、東北地方が三十二万九千㌧余りと、前年同月に比べて四六・六%も増加した。特に宮城県での需要増が著しく、前年同月の二・一倍に急増している。生コンクリートの需要が急増しているのだ。
 これだけセメントの販売量が増えていても、それでも生コンの供給不足が続いているという。被災地での工事が、瓦礫処理などの段階から、道路や堤防、建物の基礎といった生コンを大量に必要とする土木工事に比重が移っていることを示している。
 内閣府が八月十三日に発表した四〜六月期の国内総生産(GDP、季節調整値)速報値は、物価変動の影響を除いた実質ベースで前期(一〜三月期)比〇・三%増となった。年率に換算すると一・四%増である。
 一〜三月期の一・三%増(年率五・五%増)からの鈍化を問題視する論調もあるが、むしろ昨年十〜十二月期から三・四半期連続でGDPのプラスが続いていることに注目すべきだろう。一〜三月期からの減速は輸出の鈍化が主因で、今回の景気回復の牽引役になっている「内需」には陰りがない。震災復興に伴う工事の増加で公共投資が一・七%増えたほか、個人消費も〇・一%の増加が続いた。GDPの伸び率に対する寄与度は、個人消費などの内需がプラス〇・四%、輸出から輸入を差し引いた外需がマイナス〇・一%だった。

景気回復の原動力は住宅建
 この統計結果を受けて政府は、「景気は内需に牽引される形で上向きの動きが続いている」(古川元久・国家戦略・経財担当相)とした。だが、復興関連工事の余波が数字に本格的に現れてくるのはこれからだろう。
 問題は、この景気回復の流れが息切れしないで持続するかどうかである。東北地方の復興に向けた公共工事はまだまだ続く。懸念されるのは予算の息切れだが、政府・与党も、自民党などの野党も、復興予算の継続については異論はない様子だ。足らないとなれば今年度でも補正予算で増額されることになるだろう。東北地方へのカネの集中投下はしばらく続くことになる。
 最大の焦点は、東北発の景気回復が全国へと波及するかどうかだ。そのためには公共工事からその他産業への広がりが重要になる。その大きな原動力は「住宅建設」だ。
 被災地の多くではまだ、本格的な住宅再建が始まっていない。堤防再建や地盤改良、高台移転などの街づくり計画が終わらなければ、住宅の新築は始まらない。大震災から一年半たっても仮設住宅の閉鎖がほとんど議論にならないのを見ても、阪神・淡路大震災の時とは比べものにならないほど生活再建に時間がかかっていることを示している。
 東北地方の新築住宅着工戸数は春頃から増え始めているものの、被害の大きさから見ればまだまだ低水準だ。住宅の新築が増加すれば、その波及効果は大きい。住宅資材メーカーに恩恵が及ぶだけでなく、家具や調度品などの消費が大幅に増えるのは間違いない。
 住宅建設でも、大工や左官といった専門技能の必要な職人の不足が深刻だという。それも日当の上昇要因になる。また、建設需要が増加すれば、住宅資材などの価格も本格的な上昇を始めるだろう。いよいよ日本経済もデフレと決別することになる。

磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
熊本学園大学招聘教授。1962年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、日本経済新聞入社。証券部記者、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、日経ビジネス副編集長・編集委員などを務めて、2011年3月末で退社、硬派経済ジャーナリストとして独立した。