前刀禎明アップル日本法人前代表に聞いた「アップルが復活し、シャープ、ソニーの凋落が止まらないのはなぜか」

ほんの数年前まで「世界の亀山モデル」の液晶テレビは他の追随を許さないと言っていたシャープが大幅な赤字に苦しんでいます。多くの人が日本のモノ作りが本当にヤバイのではないか、と感じているのではないでしょうか。なぜ、日本のモノづくりがここまで危機に瀕しているのか。日本の経営に問題があるのか、技術開発に問題があるのか、経済産業省の産業政策が間違っていたのか。様々な論点があると思います。シャープの赤字をきちんと検証することが、日本のモノづくり復活に不可欠だと思います。以下、現代ビジネスで掲載した記事を、編集部のご好意で再掲します。
オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/33441


日本の家電メーカーの凋落が著しい。パナソニックソニーに続き、シャープまでが巨額の赤字を計上した。ともすると猛烈な円高だけに要因があると語られがちだが、実は、日本の「モノ作り」企業に潜む大きな問題が背後にある。スティーブ・ジョブズから低迷していたアップル日本のテコ入れを託され、見事にアップルブームを作り上げた立役者、前刀禎明・前アップル日本法人代表は、「良いモノ」を突き詰めることができなくなったことに失敗の本質があると語る。(聞き手は経済ジャーナリスト 磯山友幸

ファッション性を備えたスタイル

磯山 前刀さんはあのスティーブ・ジョブズからアップルコンピュータの日本事業のテコ入れを託されたことで有名です。アップルの日本法人代表に就かれたのはいつですか。

前刀 2004年4月に、まずアップル本社の日本市場に責任を持つマーケティング担当ヴァイス・プレジデント(副社長)に就任し、同じ年に日本法人代表も兼務しました。

磯山 なぜアップルに?

前刀 アップルから声がかかった時、もともとアップルの大ファンだったこともあって興味をひかれました。初めてパソコンを買ったのは1988年でしたが、これがマッキントッシュSEだったんです。当時60万円以上しました。日本におけるアップル・ブランドを復活させたいと思ったんです。あの憧れのスティーブが最終面接をするというのには、驚きましたね。

磯山  アップルが変わり始めた頃ですね 。

前刀 米国ではiPodのヒットで息を吹き返していましたが、日本市場は危機的な状態でした。日本市場を立て直す人材を探していたわけです。

磯山 ジョブズの印象は?
前刀 「良いモノ」を突き詰めていく妥協しないモノづくりの姿勢は凄いと思いました。こだわりがハンパではないんです。他の会社と違うモノをつくろうなどと、あえて「差別化」を目的にしたりしません。ユーザーにとって本当に「良いモノ」は何かを考え、それを突き詰めるのです。

磯山 前刀さんが手がけた日本のテコ入れ策とは。

前刀 面談でスティーブに、「君はどうしたらいいと思う?」と聞かれ、米国以外での発売が延期されたiPod miniを使って、「Apple」のブランドを復活させることを提案しました。本質的な価値のあるものを前面に打ち出してモメンタムをつくらなければいけない。いわばiPod miniモメンタムです。その勢いをMacなど他の製品に波及させる、これが大事だと考えました。。

磯山 それまで日本でiPodがヒットしなかった理由は何だったのでしょうか。

前刀 原因は明らかにポジショニングの問題でした。当時主流だったMDプレーヤーに対し、パソコンにつないで使うiPodはオタクのデバイスだったんです。これをバーニーズ・ニューヨークとコラボレーションしたりしながら、ファッション・アイテムに変えることに取り組みました。iPod miniは5色ありますが、手に持って人に見せながら聴く、これまでにないスタイルです。持つことの喜び、ファッション性など感性訴求をしたわけです。

磯山 機能性ではないと?

前刀 もともと日本人は技術が好きな国民です。しかし、技術訴求、機能訴求した製品ばかりが次々に出てきて、もはや辟易としていた。新しい機能が付いているとか、さらに薄くなったとか、そういう事だけでは価値を感じなくなったのです。

 最近では当たり前になってきましたが、製品発表会の時にはモデルを使いました。社長または部門長が出てきて、台本通りに製品の機能説明をするのが普通だった当時としては画期的だったと思います。このiPod miniでアップル復活のきっかけをつくるという戦略は、思いのほかうまく行きました。


日本の経営者は本当に「良いもの」に絞り込むことができなかった

磯山 アップルでの経験から、昨今の日本のエレクトロニクス企業の凋落をどうご覧になりますか。

前刀 「良いモノ」を追求していないと思いますね。ライバルメーカーとの横比較で、機能を追加したりしている。日本は現場の技術者が強いと言われますが、技術者がつくりたいものが、つくれていないのではないでしょうか。技術者自身も競合相手との横比較でモノを開発しているのではないか。スティーブのように「これがお前たちの欲しいモノだろう」と言って消費者に示せるような製品が、まったくつくれていないと思います

 地上デジタル放送への移行、いわゆる地デジ化はテレビ産業などにとって、ビッグチャンスだったはずです。ところがこれを生かせなかった。価格訴求をしてしまったのです。値引き合戦ですね。そして設備投資の回収すらできなくなった。ここまで安くしなくても地デジ対応テレビへの買い替えは進んだのに。

磯山 確かにiPadなどは頑なに値引きをしませんね。日本の家電製品は新発売から半年もすると、値段が大幅に下がります。

前刀 携帯電話を見ても、1つのメーカーが1シーズンに20も30もの機種を発売します。これに色違いやキャリアの違いなどを加えたら数百というモデル数になる。これを毎年やっていたら儲かるはずがありません。iPhoneのように、これが最高に「良いモノ」だという製品をつくって数を売れば、当然原価率も下がって儲かります。原価を下回って売るようなことをやっていて儲かるはずがないのに、その負の連鎖を経営者が断ち切ることができないのです。

磯山 バブル崩壊後、選択と集中という言葉がはやりました。

前刀 あれだけ言葉は浸透したのに、日本の経営者はまったく選択も集中もできませんでした。3種とか5種とか、本当に「良いモノ」に絞り込むことができなかったのです。日本の会社では、人の数だけ仕事が生まれます。高度経済成長期は、どこよりも早く大量につくることさえできれば、モノは自ずから売れ、勝てたのです。

磯山 そんな時代はとっくに終わったのに、経営のスタイルが変わらない。

前刀 日本の大手家電メーカーの経営者は、これからテレビ事業をどうしていくのか、明確なアイデアがないように見受けられます。コストを下げて安く売ればいい、新技術を搭載すればいいという時代ではありません。新しい価値をどこに見出すか。面白いのはIKEAがテレビを作り始めたことです。家具やインテリアにテレビを取り込んでいく。価値の再定義ですね。

磯山 ソニーもかつてのようなヒット商品を生めなくなりました。

前刀 昔は持つことに喜びを感じるソニー製品がありました。他社の追随を許さないという強烈な意志で、妥協のないモノづくりをしていました。世の中の流れが多品種小量生産などと言うようになって日本のメーカーはダメになった。数打てばどれか当たるだろうと、どこか気を抜いているわけです。多様なニーズに応えると言いながら、どれひとつ決定的な製品がありません。トコトン考え、こだわり抜き、ユーザーの期待を超える商品をつくらないと、企業は本質的な価値を提供できません。

磯山 前刀さんは『僕は、だれの真似もしない』(アスコム刊)という本を書かれました。なぜ今、この本を出されようと思ったのですか。

前刀 今の日本の思考停止状態、閉塞感溢れる状態を打ち破るには、1人ひとりが自分の足で立っていくことが大事だと思ったのです。私の経験を語ることで、それを世の中の人たちに訴えたい、気付いてもらいたいと考えました。「終わりに」にも書きましたが、「明日の自分には無限の可能性がある」のです。そのためのモノの考え方、セルフ・イノベーションの方法を書きました。

磯山 本の装丁などにも拘ったそうですね。

前刀 トコトン「良いモノ」をつくるべきと言っている本人の本が、妥協したつくりでは恥ずかしいでしょう。紙の質や帯の色合い、見出しの文字の大きさなど、質感にトコトン拘りました。タイトル1行目の「僕は、」と2行目の「だれの真似も」の行間が広めに空いているのも意図したうえでの事です。僕の拘りに最後まで付き合ってくれた編集者に感謝しています」

僕は、だれの真似もしない

僕は、だれの真似もしない