「構造改革」 か、それとも 「バラマキ」か?選挙をひかえて路線対立で揺れる安倍総裁が求められる「首相時代の総括」

野田佳彦第3次改造内閣自民党安倍晋三総裁体制のスタートに合せた報道各社の10月の世論調査の結果、自民党の支持率が急回復しているようです。NHKの調査では自民党の支持率が9月の20.1%から26.2%に上昇、一方の民主党は16.7%から13.8%に低下したこともあり、ダブルスコア近い支持率の差になっています。総裁に返り咲いた安倍氏の印象は、お腹の病気で首相を投げ出したことでしょうが、小泉改革の後を継いだ「構造改革路線」を標榜した内閣だということも多くの国民の印象に残っているのではないでしょうか。「もう1度抜本的な改革を」というのが安倍氏への期待ではないかと思います。しかし、郵政選挙の勢いに乗った当時と違い、自民党の中には、古い自民党への郷愁のようなものを持つ議員が少なからずいます。安倍氏は「古い自民党には戻らないという姿勢を示すことが大事」と強調していますが、果たしてどうなるか。その試金石ともいえるのが今後安倍総裁が打ち出す「経済政策」です。現代ビジネスに書いた記事を編集部のご厚意で以下に再掲します。オリジナルページには元資料へのリンクなどがあります。オリジナルページ→ http://gendai.ismedia.jp/articles/-/33747


 自民党は10月9日に開いた総務会で、安倍晋三総裁を本部長とする「日本経済再生本部」を設置することを了承した。同本部は安倍氏が総裁選の公約として掲げていたもので、政権奪還をにらんで、デフレ脱却や強力な成長戦略を推進するための方策を議論する。総選挙を闘う経済分野のマニフェスト(政権公約)の柱を決めていくことになるが、すんなり決まるか微妙な情勢になっている。

 というのも、自民党内には経済政策を巡って深刻な路線対立が燻っているからだ。

 2006年〜2007年の安倍内閣当時は小泉純一郎首相の路線を引き継ぎ、「構造改革」「小さな政府」を標榜した。安倍総裁の誕生を受けて、当時内閣官房長官だった塩崎恭久議員らは、安倍政権当時の経済政策に回帰する姿勢を示している。

経済政策を冒頭にもってくるよう主張した塩崎元官房長官

 確かに、総裁選での安倍氏の公約を記したパンフレットには「一日も早いデフレ脱却と成長力の底上げで、所得向上、雇用の創出に全力」と一番最初に書かれ、最重要公約が「経済再起」であることを掲げている。

 しかし、取材してみると、当初はこの順番ではなかったようなのだ。「日本の誇り 憲法改正教育再生に全力」「自主の志・強固な国づくりに全力」という安倍氏が好む保守的な項目が最初は冒頭に並んでいたらしい。

 総裁選に向けて安倍陣営がいわゆる「右バネ」を使おうとしたことの表れだったが、塩崎氏らの反対を安倍氏が容れて経済を冒頭にもってきたのだという。

 だが、旧安倍内閣の経済政策への回帰には自民党内に抵抗が多いのも事実だ。谷垣禎一総裁の時に自民党執行部が作った経済政策は「古い自民党」への回帰を多分に連想させるものだった。

 その典型が「国土強靭化」というキャッチフレーズで、自民党関係者の間からも公共事業によるバラマキ政治に回帰するつもりなのか、という疑問の声が上がっていた。かつての安倍政権の「小さな政府」路線とは180度違う経済政策と言っていい。

構造改革路線を支持する議員は少数派

 いまや自民党内で「小泉改革」という言葉はタブーだ。「構造改革路線」という言葉も「小泉改革」と同義語として捉えられており、自民党議員でこの言葉を使う人は少数派だ。「改革なくして成長なし」という人口に膾炙したキャッチフレーズも今はほぼ死後になった。郵政選挙後の自民党内のムードと今のムードはまったく違うのだ。

 それはもちろん民主党小泉改革を意図的に否定し、格差拡大の元凶というレッテルを貼って政権交代を果たしたことが大きい。選挙で負けたキャッチフレーズなどおぞましいということだろう。

 それを典型的に示したのが、郵政改革に対する自民党の態度の変化だ。今年3月末に自民党は、国民新党民主党が進めた「郵政民営化を見直す改正法案」を総務会で"全会一致"で了承した。郵政選挙自民党を圧勝に導いた「郵政民営化」を自己否定してみせたわけだ。

 それに異を唱えたのは、小泉首相の政策を政務調査会長などとして支えた中川秀直・元幹事長らごく一部の議員だけだった(本欄関連記事参照)。つまり、現在の自民党内で、かつての安倍内閣構造改革路線を支持する議員はおそらく、かなりの少数派と思われるのだ。

 安倍氏を支える"同志"が一枚岩かというとそうではない。総裁選で勝利に導いた周辺議員の中にも、かつての安倍内閣時の政策を批判する人がいる。「前回は塩崎や世耕(弘成参議院議員)を使ったから短命に終わったんだ」と公言する安倍支持議員もいる。いわゆる「お友だち」批判である。

 そもそも「お友だち内閣」と対になる言葉は「派閥均衡内閣」だろうから、批判自体が人事に不満を抱く守旧派によるものだったと見ることもできる。だが、今回の総裁選後の人事でも、メディアなどによって、再び「お友だち」の行方が注目された。

「お友だち」の代表格が塩崎議員で、甘利明・元経済産業相菅義偉・元総務相なども同じレッテルを貼られる。安倍総裁が行なった党役員人事では、甘利氏を政調会長に就けたものの、選挙に向けてカネと大きな権限を握ることになる幹事長には石破茂氏を、総務会長には細田博之・元官房長官を配置、批判に配慮した。象徴である塩崎氏を要職に就けることは避けている。

 間近に迫った総選挙を意識して「構造改革路線」を忌避する声も少なくない。安倍内閣が進めた社会保障費の抑制など「小さな政府」路線では選挙に勝てない、という主張だ。とくに前回、民主党が地方で勝利した背景には「農業戸別所得補償」など、小沢一郎元代表が主導した「バラマキ」の効果が大きかったと感じている議員の間にこの主張が多い。

 公共事業による利益誘導が中心だった古い自民党型の政治は好ましくはないと思いながらも、「綺麗事では票は取れない」という地方の選挙区の議員は少なくない。

 かといって古い自民党への回帰というイメージが前面に出れば、浮動票の多い都市部で勝つことは難しい。まして、日本維新の会の候補者が構造改革を掲げて選挙に臨めば、浮動票がそちらへ一気に流れる可能性もある。選挙に勝てる経済政策は何なのか、自民党内ではいまだに決着が付いていないのだ。

「経済政策で闘わないほう」がいいという声さえ

 政策通で通る石破氏はもともと前執行部が掲げた国土強靭化には懐疑的だった。だが、総裁選で安倍氏の2倍の地方票を集めたことに表れるように、幹事長として選挙を取り仕切る石破氏は、地方組織の声を無視できない。

 もちろん「バラマキ」で勝てると思っている地方組織ばかりではないが、「構造改革で勝てるのか」となると決断は難しいだろう。

「経済政策で選挙を闘うのは止めたらどうだ」という声も安倍氏に近い議員の中にはある。領土問題などを巡って強硬な姿勢を示すなど、総選挙も「右バネ」だけで闘うべきだ、というのだ。だが、保守的な主張だけでは自民党が多くの浮動票を取り込むことは難しいだろう。

 最後は首相の座を再度狙うことになる安倍氏の腹のくくり方次第だ。安倍内閣の1年間の経済政策をどう評価するのか、その後の自民党が大敗北を喫し、政権交代を許したのはなぜだったのか。きちんと総括することが求められている。

 自民党に誕生した「日本経済再生本部」は、単に選挙向けの国民の耳に心地よいメッセージを作るための場ではないだろう。本部長として安倍氏が、過去の総括を行わなければ、首相に「再チャレンジ」することは難しいだろう。