内閣改造が示すアベノミクスの行方 経済で「やりたいこと」はなくなった?

日経ビジネスオンラインに10月5日にアップされた原稿です。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/100400086/

12人初入閣も「閉店セール内閣」との批判
 自民党総裁として3期目を迎えた安倍晋三首相は「経済」が最重点項目だと言いながら、もはや経済では「やりたいこと」がなくなったのではないか。そう思わせるような人事配置になった。

 安倍首相は10月2日に自民党役員人事を行うとともに内閣を改造、12人を初入閣させた。当初の「改造は小規模」という予想を大きく裏切ったものの、話題性の高い人物の入閣はほとんどなく、地味な結果になった。

 野党からは「見飽きた顔と見慣れない顔を集めたインパクトのない布陣。閉店セール内閣で終わりの始まり」(共産党小池晃書記局長)といった声や、「全然わくわくし内閣」で「古い自民党に戻り、国民の感覚からかけ離れている」(立憲民主党福山哲郎幹事長)といった厳しい批判が巻き起こった。政権に近い日本維新の会片山虎之助共同代表ですら、「総裁選の論功行賞や滞貨一掃という感じが拭えない」と論評していた。

 実際、12人の新入閣議員のうち片山さつき参議院議員山下貴司衆議院議員を除く10人は、当選回数で「入閣待機組」と報じられていた議員。片山議員も女性閣僚候補が少ない中で有力視されていた。予想外の「抜擢」は当選3回ながら法務大臣になった山下貴司衆議院議員くらいだった。

 山下氏は直前の総裁選挙で石破茂氏に投票していた。党内融和を象徴する人事にするため、安倍首相は、大臣枠1つを石破派に与える方針を決めたが、石破派の「待機組」である当選7回の後藤田正純氏や6回の古川禎久氏を外し、最若年の山下氏を入閣させた。

 派閥の領袖として石破氏が力を持つことをけん制する狙いがあったのではないかとみられている。石破氏は、安倍首相が「全員野球内閣」と名付けたことについて、「ものすごく厳しい試合だと思う」と辛口のコメントをし、安倍氏に不満の色をみせた。

国家的な課題よりも仲間の人事を優先?
 確かに、入閣待機組を大量に入閣させたが、野党が言うような「在庫一掃」だけが理由だと切り捨てるのはやや酷だ。総務大臣になった石田真敏氏は和歌山県海南市長を2期務めた経験を持つほか、財務副大臣や党税制調査会地方税担当のインナー(幹部会メンバー)なども務めた。

 防衛大臣になった岩屋毅氏も防衛庁長官政務官や外務副大臣を経験、安全保障問題には詳しい。情報通信技術(IT)政策担当大臣になった平井卓也氏は、まさに党内きってのIT通だ。

 問題は、ここが正念場というところで交代させた大臣が目立ったこと。来年の参議院議員選挙に向けて「地方」が大きなテーマになるが、ふるさと納税制度の見直しなどを表明した野田聖子氏を交代させたうえ、地方創生・規制改革の内閣府特命担当大臣だった梶山弘志氏も交代、片山さつき氏にバトンタッチさせた。

 野田氏は金融庁がらみの不祥事もあり、交代は致し方ないが、地方創生の政策に力強さが見えていないだけに、新大臣の力量が問われる。

 自民党総裁選で地方党員票が予想以上に石破氏に流れ、党員票の45%を石破氏が得たのも、地方経済や地域活性化に対する不満が、地域には根強くあるためとみられる。この分野で安倍内閣が目に見える成果を上げられるかどうかは、来年の参議院議員選挙に大きく影響しそうだ。

 厚生労働大臣だった加藤勝信氏を1年で交代させたのも、内閣の「本気度」を疑わせる人事だった。内閣府特命担当大臣として「働き方改革」に取り組んだ期間を合わせれば3年になるとはいえ、抜本的な社会保障改革は待ったなし。増え続ける医療費への対策は進んでいない。安倍氏も総裁選の重点項目として5つ挙げた中で、経済に次いで2番目に掲げたテーマだった。もちろん国民の関心も高い。

 加藤氏は党の総務会長に抜擢されたが、国家の重要課題よりも、安倍首相を支える仲間の「人事」を優先したかのように映っている。

 肝心の「アベノミクス」を巡る人事は留任が目立った。

 財務省の公文書改ざん問題にほおかむりしたまま、麻生太郎副総理が財務相を続投となった。国民民主党玉木雄一郎代表は、「政治がまったく責任を取らないという1つの宣言だ」と厳しく批判したが、麻生氏はどこ吹く風。批判を受けてもやり過ごしていれば、国民は早晩忘れると考えているのだろうか。来年10月の消費税増税に向けて、消費の落ち込みを防ぐ対策などが求められるが、麻生氏で乗り切ることができるのか。

次の焦点は臨時国会での補正予算編成
 経済再生担当も茂木敏充氏、経済産業相世耕弘成氏が留任。重要だから変えないというスタンスは理解できるが、「アベノミクス第3ステージ」を打ち出して市場にインパクトを与えるには新鮮味に乏しい。むしろ、アベノミクスを引っ張る経済分野にインパクトの強い人材の投入が必要だったのではないか。

 これまで安倍首相は内閣を改造しても大幅な入れ替えは行わずに来た。政策の継続性を重視することを党内人事よりも優先したからだ。党内には入閣待機組が60人以上にまで増え、不満が渦巻いたが、短期間で交代させることは極力避けた。外務大臣など外交や通商交渉にかかわる大臣を安定的に長期間留任させたことは、非常に大きな意味があった。

 今回の内閣改造をみると、経済や社会保障などへの安倍首相のこだわりが薄れているように感じる。アベノミクスについてはこれまでの政策を続けていれば問題ないと思っているのだろう。一方で、問題山積の社会保障問題に根本匠・新厚労相がどれだけ切り込めるか。

 不祥事が相次いでいる文部科学省を束ねるのは柴山昌彦大臣。文教族ではなく文科大臣としての力量は未知数だが、安倍首相の信頼は厚く、安倍首相の「教育観」などが強く反映されることになるかもしれない。

 左派系野党からは、今回の改造は、安倍首相による「改憲シフト」だとする見方も強くある。もはや安倍首相が「やりたい事」は憲法改正だけに絞られたというのがこうした意見の背景にある分析だ。

 党内でも意見の分かれる憲法改正案を早い段階で国会に出し、両院で発議をして国民投票にもっていくには、まずは、党内を強力に束ねる必要がある。つまり、他の政策を実現させるための強力な布陣というよりも、党内に不満が残らないで安倍首相に従う勢力を保つための論功行賞人事に終始した、というわけである。

 だが、足元の経済は不安定だ。安倍首相がアベノミクスによる経済対策はこれまでのもので十分だと考えた場合、目先、景気が失速する可能性がある。臨時国会では補正予算が編成されるが、これが効果のあるものになるかどうか。また、株式市場や為替市場にプラスの衝撃を与える政策を追加で出すことができるかどうか。

 夏前から続く災害によって、それでなくても弱い消費が大きく落ち込んでいる。日本百貨店協会がまとめている全国百貨店売上高は、7月に続いて8月も前年同月比マイナスになった。北海道胆振東部地震や相次ぐ台風が襲った9月も減収になった可能性が大きい。補正予算が組まれ、災害復旧への投資が進めば、中期的には景気にプラスになってくる可能性もあるが、時間がかかる。

 安倍首相がアベノミクスの強化に関心を失っているとすれば、それが景気失速につながることになりかねない。景気が失速して、来年春の統一地方選挙参議院議員選挙を前に、有権者の景況感が大きく悪化するようなことになれば、選挙結果は安倍首相にとって厳しいものになりかねない。

 内閣改造から感じられる経済への「消極姿勢」が、安倍首相の本心ではないことを祈りたい。