日本郵政「社長交代」の屁理屈

日本郵政政権交代のはざまに社長交代を発表したことに当初、安倍晋三首相の周辺は怒りをあらわにしていました。官邸の関係者によると坂社長には、「株主総会でひっくり返す前に自主的に辞めろ」と自主的な自任を求めているそうですが、時間がたつにつれトーンダウンしているように感じます。この人事、安倍政権と霞が関の距離感をはかるバロメーターのようにも感じます。FACTAに掲載された拙稿を以下に再掲します。オリジナルは→https://facta.co.jp/article/201302030.html

2013年2月号 連載 [監査役 最後の一線 第22回]
by 磯山友幸(経済ジャーナリスト)


「この会社は、株式会社でございまして、株式会社というのは、社長が後任についていろいろ考えた末に、取締役会で選任されるということがすべてでございまして……」

昨年12月19日、急遽開いた臨時の取締役会で社長交代を決めた日本郵政の齋藤次郎社長は、記者会見の席でこう語った。株式会社が取締役会で社長交代を決めて何が悪い、と開き直ったわけである。

だが、日本郵政は株式会社とは名ばかりで「国」がすべての株式を保有する国有企業。唯一の株主である「国」の意向を無視して社長人事を行うのは本来、無理がある。

12月16日投開票の総選挙で民主党が大敗、政権交代が固まった。選挙結果が確定した17日朝から50時間余りで、あたふたと社長交代の臨時取締役会を開いた時には、政府の郵政問題の責任者だった下地幹郎郵政民営化担当相も、所管する役所の長である樽床伸二総務相もともに落選していた。株主権を握る民主党政府も、株主権を行使する立場の大臣たちも、その正当性が問われているタイミングに、日本郵政はわざわざ社長交代を強行したのだ。

確かに、社長交代は新任取締役の選任とは違って、所管官庁の許認可事項ではないのかもしれない。だが、常識的に考えれば、そんな政権の“空白期”にわざわざ経営の重大事であるトップの交代などしないだろう。その段階で首相就任が確実になっていた安倍晋三自民党総裁からも事前に指示は仰がなかったと、齋藤社長は記者会見で語っている。

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日本郵政株式会社は、グループ・ガバナンス態勢を強化するため、会社形態を業務の執行と監督とを分離した委員会設置会社としています」

日本郵政のホームページの「会社情報」には、こんな説明が載っている。ご存じの通り、欧米の経営監視の仕組みを真似て導入されたのが、委員会設置会社制度だ。経営者の暴走を許さないための工夫として、社外取締役過半数を占める指名委員会などを設置している。社長の一存では会社が動かせない建前だ。当然、社外取締役を嫌う伝統的な日本企業の受けは悪く、導入している企業は野村ホールディングス日立製作所などごく少数に留まっている。上場を目指すことになっている日本郵政は、その統治(ガバナンス)の仕組みが先進的だと自ら胸を張っているわけだ。

ところが現実は、全くの看板倒れであることを証明した。実は今回で二度目である。

2009年10月。自民党から民主党への政権交代後のこと。郵政担当相に就いた亀井静香氏が、当時の西川善文社長を更迭、後任に齋藤氏を据えることを決めたのだ。本来、社長になる予定の新任取締役は「指名委員会」が候補者名簿をつくることになっている。当時の指名委員会には奥田碩・元トヨタ自動車会長らが社外取締役として名を連ねていた。だが、亀井氏はそんな指名プロセスを無視して、交代を強行したのである。

亀井氏の行動を、株主としての権限行使と見ることもできる。もちろん、株主である「国」の権限行使を大臣個人の一存でできるかどうかは議論のあるところだ。しかも亀井氏が代表だった国民新党の総選挙での得票率は比例代表でも1.7%。多数の国民の負託を受けていたとは到底言い難い。ここでも権利行使の正当性に疑問符が付いていたのだ。

そんな交代劇だったからだろうか。齋藤氏はまるで逃げるかのように社長の座を投げ出した。1993年に自民党が下野した際、小沢一郎氏に協力したということで、自民党復権後は徹底的に冷遇され続けた悪夢が頭をよぎったに違いない。社長の座に留まったままでは、政権に返り咲いた自民党に再び八つ裂きにされるとでも恐れたのだろう。

この“空白期”の社長交代に、自民党石破茂幹事長は、「政権移行時に重要人事を行うのは、断じて許されない」と激怒した。だが、霞が関の幹部官僚の解説によれば、齋藤氏の後任として12月20日に社長に就任した坂篤郎副社長が安倍氏に事前に了解を得ていたのは明らかだ、という。坂氏は第1次安倍内閣の時の官房副長官補。直談判するパイプは今でもあるというのだ。

安倍氏にとっても、民主党政権のうちの交代の方が得策という判断があったのかもしれない。首相就任後に財務省OBである坂氏の社長就任を認めれば、天下り容認だと世間の批判を浴びかねない。

そんな説を裏付けるかのように、政権交代後はこのドサクサ人事を黙認した。新しく所管の総務相に就任した新藤義孝氏は「どういう人事をするかは日本郵政に委ねられており、尊重するのが第一だ」と述べた。冒頭の齋藤氏の主張をそのまま受け入れたわけだ。

強く反発していた石破氏への配慮だろうか。新藤氏は「内閣や党の方針が出れば対応すべきは対応する」とも述べた。だが、安倍氏とは本質的に緊張関係にある石破氏は、現段階ではこの問題を深追いしないに違いない。

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みんなの党渡辺喜美代表は社長交代について「民主党政権下の天下り人事の集大成だ」と強く批判。安倍首相に人事の撤回を求めていくとしている。渡辺氏は第1次安倍内閣行政改革担当相を務め、天下りの規制など公務員制度改革を推し進めた。渡辺氏からすれば、安倍首相ならばこんな天下り人事は撤回するに違いない、と期待しているのだろう。

日本郵政が誇る「指名委員会」はどっちを向いて取締役候補を選ぶのだろうか。指名委員会の委員は現在、奥田氏のほか、元NTT東日本社長の井上秀一氏、日本商工会議所会頭の岡村正氏と、齋藤氏、坂氏の5人だ。国が株式の100%を持つというのは国民の財産という意味で、霞が関が自由にできるという意味ではないはずだ。

新社長になった坂氏は、交代会見でこんな発言をしている。

「実は私どもも民間企業なんですね。今はまだ、政府が株を100%持っているところが違うだけで、他の点は全く民間企業と一緒です」

坂氏は民間企業のガバナンスが分かっていないらしい。圧倒的な株式を握る大株主の意向を無視して社長交代を決める民間企業など存在しない。都合よく官と民を使い分け、本来あるべきガバナンスを働かせないヌエのような存在が日本郵政の実態ではないか。