女性管理職が増えれば 仕事の仕方も変わる

安倍内閣は「女性力の活用」を掲げていますが、実はこれは日本だけの問題ではなく、世界的な潮流です。強い企業の条件はしばしば「多様性」だと言われますが、その一歩が女性が活躍できる会社組織になっているかどうかでしょう。ウェッジ2月号(1月20日発売)に掲載された記事を編集部のご厚意で以下に再掲します。ウェブ版のオリジナルページは→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2537


 経済再生を政権公約の冒頭に掲げた第二次安倍晋三政権が発足した。「大胆な金融緩和」が注目されているが、政権公約の細目である「自民党政策BANK」の中に、経済成長の具体策の1つとして「女性力の発揮」という項目があることはあまり気が付かれていない。そこにはこう書かれている。

 「社会のあらゆる分野で2020年までに指導的地位に女性が占める割合を30%以上とする目標(“20年30%”〈にぃまる・さんまる〉)を確実に達成し、女性力の発揮による社会経済の発展を加速させます」

 女性の活躍によって日本経済を活性化させよう、という発想である。もともとこの目標は10年の男女共同参画基本計画に盛り込まれていた数値で、自民党独自の政策ではない。問題意識は民主党政権時代から引き継がれていると言っていい。

 実は、女性力の発揮によって経済社会を変えようという動きは世界的な流れである。欧州連合(EU)の欧州委員会は昨年11月、EU域内の上場企業に対して、取締役の一定割合を女性にするよう義務付ける「EU指令案」を発表した。そこには20年までに社外取締役の40%を女性にするという具体的な数値が示されている。欧州は日本を上回る「にぃまる・よんまる」を目指そうというのだ。

 欧州委員会は指令案を公表するニュースリリースの冒頭で、「能力ある女性が欧州の大企業の経営トップに関与できない“ガラスの天井”をうち破るために行動を取った」とうたっている。女性が経済社会の中で指導的地位に上って行こうとすると、見えない天井が存在する、というわけだ。実際、EU域内の上場企業の常勤取締役の91%、社外取締役の85%が男性で占められているという。

 欧州では女性の社会進出への意欲が強いが、米国のように男女の機会均等が当然という風土ではない。まだまだ主婦が家を守る昔ながらの家庭像を良しとする社会的風潮がドイツなどでも残っている。ドイツ経済研究所(DIW)の主要200社を対象にした調査では、取締役に占める女性の比率は3.2%。ドイツの経済界は01年に、10年間での比率引き上げを公約していたが、成果は挙がらなかった。ドイツはこれまで数値強制に反対してきたが、アンゲラ・メルケル首相も、労働大臣も女性ということを考えれば、今後、強制化に動く可能性は十分にある。

 数値目標も課し、ともすれば企業への罰則までも導入することになりかねないEUに比べ、日本の「にぃまる・さんまる」は単なる目標で、実現可能性を疑問視する声が多い。管理職に占める女性の割合は米国で43%、独仏で38%に達するが、日本は11%に満たない。アジアでもシンガポールは31%に達し、日本を下回るのは10%弱に留まる韓国ぐらいだ。ましてや取締役となるとお寒い限り。日本経済新聞の調べでは、日本の主要企業500社の、取締役に占める女性の割合は、何と0・98%だという。

 ここへ来て、女性活用が俄然注目されるようになったのは、かつてのような、男女平等や人権問題といった視点からではない。停滞を続ける日本経済の閉塞を打破するには、女性の力が不可欠だという認識が強まっていることが背景にある。自民党政権公約でも「経済成長」のところに含まれているのはこのためだ。

 「製造業からサービス業へ」「供給重視から需要重視へ」といった社会構造の変化は止まらない。力仕事の多い製造業の現場は男中心の職場だったが、サービス業の現場は女性の細やかさが不可欠になった。供給サイドである企業の論理でモノが売れる時代は男中心で企画しても良かったが、需要サイドである顧客ニーズをつかむには女性の役割が俄然高まる。消費の過半を担うのは女性だし、家庭内でモノを買う決定権を握るのも女性だ。今、注目されているシニア消費にしても女性が主導権を握る。何より平均寿命が長いのは女性である。

 「企業が顧客として想定してきた“家族像”が大きく変わってきた」とライフネット生命保険出口治明社長は言う。夫婦に子ども2人という「標準家庭」は崩れ、単身かカップルという家族が多数になった。そうした家族像の変化に合わせた保険商品をネットで売るビジネスモデルが成功を収めている。当然、単身女性のニーズを汲み取るには女性が不可欠。生命保険業界で初の女性取締役はこの小さなベンチャー企業で生まれた。

 中小企業の現場では「女性が戦力」は当然の事になっている。健康食品通販の「やずや」(本社福岡市)は、社員の7割、管理職の半分が女性だ。「商品紹介や電話応対などの細やかさは女性が圧倒的」と矢頭徹社長は言う。せっかくの戦力である、経験を積んだ女性社員が出産を機に会社を辞めていくのは惜しいと、数年前に社内に託児所を設けた。育児と仕事を両立するための時間短縮勤務も認めている。ちなみに3人いる取締役は、創業者で母の矢頭美世子会長と女性常務。3分の2が女性ということになる。

300万×2が標準家庭の収入形態に
 所得構造の変化も女性の社会進出を待ったなしにしている。年収300万円以下の若者が増えているが、「夫婦それぞれが300万円、合わせて600万円を稼ぐのがこれからの標準になっていかざるを得ない」とローソンの新浪剛史社長は見る。そのために女性が働けるインフラ整備を急ぐ必要がある、と語る。

 幼稚園と保育園を統合する「幼保一体化」を民主党政権は掲げたが、文部科学省厚生労働省の縄張り争いや、それぞれの族議員の抵抗もあり、前へ進まなかった。今後、自民党がこうした政策をどこまで実現できるかが、「にぃまる・さんまる」の成否を握る。

 大企業の経営者の多くは、まだまだ女を“特別視”する旧来の風潮に縛られている。「役員にしたくても、適切な人材がいない」としばしば耳にする。だが、現実は「適切」かどうかの基準を「男の視点」で縛っている例が多い。

 女性の管理職が劇的に増えれば、会社の仕事の仕方も変わる。サービス残業や無駄な会議は減り、効率化が進むだろう。日本企業にとって最大の問題になっている収益率の低下にも歯止めがかかるかもしれない。「仕事への情熱」や「男のロマン」といった情緒的な志向が、日本企業の経営の非効率さを許してきたと見ることもできる。その点、女性経営者の方が、冷静で合理的なように思う。「女性力」を発揮できる体制の整備が、日本経済再生の大きなきっかけになることは十分にあり得るのだ。新政権が腰を据えて「女性力の発揮」に取り組むかどうか、注目したい。

◆WEDGE2013年2月号より