女性政策にいよいよ「本気」になった日本政府? もはや不可欠、やり方次第ではEUにも勝てる

日経新聞に勤務した24年のうち6年を日経ビジネスで過ごしました。入社8年目に記者として、退社前の3年間は副編集長や編集委員として働きました。会社に行くのが好きでない性質なのですが、日経ビジネスは大好きな職場でした。その古巣の日経ビジネスが運営している日経ビジネスオンラインhttp://business.nikkeibp.co.jp/には月に2回、磯山友幸の「政策ウラ読み」という原稿を書かせていただいています。担当は朝日新聞の記者だった優秀な女性です。先週アップした記事は安倍内閣の女性活用策について。私の原稿を読んで彼女は「自民党が本気で女性問題に取り組むのか、まだ信じられません」と言っています。安倍首相は自民党のカラーを大きく変えることができるのでしょうか。ご一読ください。
オリジナル→ http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20130418/246868/?P=1


 民主党政権時代、最も「軽い」大臣ポストの1つが男女共同参画担当大臣だった。3年3カ月の間にこのポストに就いたのは官房長官の事務代行を除いても8人。少子化対策担当大臣の9人に次いで頻繁に交代したポストだった。

 男女共同参画担当という大臣が初めて置かれたのは森喜朗内閣時代の2001年。主として官房長官の兼務ポストだったが、第1次安倍晋三内閣で内閣府特命大臣として上川陽子氏が任命された。以後、中山恭子氏、小渕優子氏と引き継がれた。自民党時代はほぼ1内閣1人だった。民主党も最初は女性議員の福島瑞穂氏を据えたが、その後は他の大臣の兼務ポストとなり「たらい回し」の状況になった。民主党はイメージとは違って「男女共同参画」や「少子化対策」を政策としてはあまり重視していなかったということなのだろう。

 安倍内閣になって、がぜんこのポストの重みが増している。第1次安倍内閣同様、女性議員を大臣に据え、少子化対策と消費者及び食品安全担当を兼務させた。任命されたのは森まさこ参議院議員である。

 実は「男女共同参画」や「少子化対策」は、経済の再生を目指すアベノミクスと密接に関係している。関係しているというよりもアベノミクスの主要政策の1つと言ってもいいものなのだ。

 昨年末、安倍自民党が総選挙を戦った際、政権公約の細目である「自民党政策BANK」を公表した。その中に、「女性力の発揮」という項目があるのだ。それも「経済成長」の具体策の1つとして盛り込まれている。そこにはこう書かれている。

「にぃまる・さんまる」に込められた目的

 「社会のあらゆる分野で2020年までに指導的地位に女性が占める割合を30%以上とする目標(“20年30%”〈にぃまる・さんまる〉)を確実に達成し、女性力の発揮による社会経済の発展を加速させます」

 この「にいまる・さんまる」という数字自体は、民主党政権時代の2010年に作られた男女共同参画基本計画に盛り込まれていたもので、安倍自民党のオリジナルというわけではない。だが、安倍首相は自らの強いリーダーシップで実現に向けて具体策を打っていこうとしている。その背景には、アベノミクスの目的がある。強い日本経済の再生には女性力の活用が不可欠だという認識がある。

 安倍氏の「本気度」は政権発足直後の人事にも表れた。前述の通り、男女共同参画担当相に森氏を起用したほか、規制改革担当相に稲田朋美氏を当てた。首相を含む19人の閣僚のうち女性が2人というのは、民主党政権時代を通じて「標準的」な水準だが、党人事ではサプライズを演出した。自民党の3役人事で、政調会長高市早苗氏、総務会長に野田聖子氏を抜擢したのだ。

 自民党3役に女性を当てたのは野党時代の小池百合子政調会長の例があるが、与党としては初の起用。しかも3役のうち2人、つまり「過半数」が女性というのは自民党の歴史始まって以来の初めての事である。当選回数でみれば適齢期とも言えるが、2人とも無派閥。総裁の決断がなければ実現できない人事だった。記者会見で安倍氏は「女性の力を生かしていく。自民党が変わったことを理解していただけるのではないか」と述べた。

 「女性力の活用」を具体化する政策づくりも始まった。政権交代直後に打ち出したのが、女性の雇用や幹部への登用に積極的な企業から優先的に国が備品や資材などを購入するという特例法案だった。

 さらに政策会議として「若者・女性活躍推進フォーラム」を設置。2月13日には首相官邸で初会合を開き、首相自ら出席。こう挨拶した。

 「この会議は、産業競争力会議、日本経済再生という文脈の中でお集まりいただいた。経済を成長させていく上で、若者と女性が主役であり、かつ、その成長の果実をしっかりと享受できるようにしていかなければいけない。ご議論いただいたことを産業競争力会議に報告をしながら、皆様の案を具体的な成果としていくよう、力を尽くしていきたい」

 つまり、安倍内閣の目玉として設置した日本経済再生本部の下で「成長戦略」を検討している「産業競争力会議」の一部という位置付けなのだ。

長年の障害「幼保一元化」

 実際、5月にもまとまる産業競争力会議の「成長戦略」では、特区などの形で一気に改革を進める方向性が打ち出される見通しだが、その中にも「女性力活用」の長年の障害に対する打開策が盛り込まれる方向だ。長年の障害というのは、「幼保一元化」問題である。

 女性が仕事をしながら子どもを生み育てようとすると、最大のネックになるのが仕事中の育児問題だ。長時間子どもを預かる保育園へのニーズは高いが、定員に空きがなく入れない子どもも多い。いわゆる「待機児童」である。これを打開する方法として少子化で定員に余裕のある幼稚園を活用しようというのが幼稚園と保育園の一元化、いわゆる幼保一元化問題だ。

 ところが、幼稚園は文部科学省、保育園は厚生労働省男女共同参画少子化対策内閣府と担当官庁がバラバラ。役所の縦割りに厚生族、文教族といった族議員の抵抗も加わり、話が前に進まないのである。

 産業競争力会議では「霞が関特区」というアイデアが浮上している。幼保一元化問題に対して時限的に3省庁の権限を1つに集約、一気呵成に改革を実現してしまおうというものだ。

 ではなぜ、産業競争力会議が女性力活用を大きなテーマだと捉えているのだろうか。

 1つは労働力不足である。

 このほど総務省がまとめた2012年10月末現在の推計人口を発表したが、定住外国人を含んだ総人口は1億2751万5000人と、前年に比べて28万4000人減少した。減少幅は過去最大となった。また、65歳以上の人口が初めて3000万人を超えた。少子高齢化が進み、労働力人口の減少がはっきりしてきたのである。経済成長には労働力人口の増加(もしくは生産性の向上)が必要だが、外国人移民の受け入れ議論が進まない日本では、女性と高齢者をどうやって労働市場に取り込むかが、待ったなしの課題になっているのだ。

 すでに女性の就業率(労働力率)は上昇しており、25歳〜30歳では70%を超えている。今後、女性の労働力を引き出していくには、出産・育児のために離職する人が多い30歳〜45歳をどう職場に引きとどめるかがカギを握る。つまり、子どもを生んでも働ける環境をどう作るかだ。内閣府の推計では、出産・育児での離職がなくなれば女性の労働力は2770万人から2901万人に増えるとしている。

 それでも今後予想される全体の労働力人口の減少を埋めるのは簡単ではない。女性の企業内での役割を大きく変え、女性労働を生産性の向上に結びつける必要性が出てくる。つまり女性力を生かさなければ、日本経済の再生はあり得ないのだ。

 安倍内閣が「女性力活用」を掲げるもう1つの理由は、国際的な流れだ。女性力の発揮によって経済社会を変えていこうという取り組みは世界的な流れでもある。

 欧州連合EU)の欧州委員会は昨年11月、EU域内の上場企業に対して、取締役の一定割合を女性にするよう義務付ける「EU指令案」を発表した。そこには2020年までに社外取締役の40%を女性にするという具体的な数値目標が示されている。日本の「にぃまる・さんまる」を上回る「にぃまる・よんまる」を欧州は目指そうとしているのだ。

 「能力ある女性が欧州の大企業の経営トップに関与できない“ガラスの天井”をうち破るために行動を取った」

 EUは数値発表の際にこんなコメントを出した。女性が企業の中で昇進していくと、目には見えない天井が存在するというのだ。実際、EU域内の上場企業の常勤取締役の91%、社外取締役の85%が男性で占められているという。欧州の主要国で最も女性登用が遅れているとされるドイツは、このEU指令によって最も改革を迫られることになる。

 ドイツでは、この数値を義務付けるか、企業の自主目標とするかで議論が割れている。義務化するということになると、守らない企業に対して罰則が導入されることもあり得る。そんな厳しいEUに比べ、日本の「にぃまる・さんまる」はこれまで、単なる目標で、実現可能性を疑問視する声も多かった。管理職に占める女性の割合は米国で43%、独仏で38%に達するが、日本は11%に満たない。アジアでもシンガポールは31%に達している。

 経団連企業など日本の大企業の意識はまだまだ“保守的”だ。女性の活用を会社の方針にしていても、「やはり男でないと」と平気で口にする経営者は少なくない。女性の登用に積極的な企業ほど業績が良い傾向にあるとされるが、それにも“抵抗感”を感じる経営陣は多いようだ。そんな“意識”を代弁している調査結果がある。少し古くなるが2003年に経済産業省男女共同参画研究会がまとめた「女性の活躍と企業業績」という報告である。

 そこにはこう書かれている。

「女性比率の高い企業の高業績は風土が理由」

 「女性比率が高い企業は見かけ上パフォーマンスが良いが、本当の理由は女性比率ではなく、企業固有の風土である」

  企業間で比較すると、「女性比率の高い企業は利益率が高い(あるいは利益率の高い企業ほど女性比率が高い)ことがわかった」としているものの、「女性比率の変動と利益率の変動の関係を分析した結果からは、女性比率を高めても利益率が上がるとは言えなかった」と結論づけているのだ。前段で十分ともいえる結果があるのに、わざわざ後段でそれを否定しているのは、企業に女性比率を高めさせる政策を実施することに抵抗感を持っている人が多かったということだろう。

 実はすでに日本経済の構造変化によって、「女性力」は不可欠になっている。同じ製造物を画一的により短時間で作る製造業から、顧客のニーズを汲み取り、きめ細かいサービスをするサービス産業へと、産業の主軸が移っているのだ。後者で女性ならではのセンスが求められるのは言うまでもない。サービス産業を中心に多くの企業が「ダイバーシティ(多様化)」を掲げて、女性力を活用しようとしているのはこのためだ。

 産業競争力会議は今、さながら既得権を持つ古い経営人たちと、それをぶち壊さなければ成長はないと考える新しい経営人たちとの闘争の場になっている観がある。女性力の活用もそんな議論の中で意見が分かれることだろう。コーポレート・ガバナンスの強化もこの会議の大きなテーマの1つで、独立取締役(社外取締役)の義務付けなどが再び検討課題に挙がっている。独立取締役の発想は経営に「異質」な視点を取り込むこと。これによって企業の成長を加速させようという狙いがある。

 どうせなら、独立取締役を2人以上義務付け、1人以上を女性にするというルールを義務付けてみてはどうか。女性活用最後進国から、一気にEUの前に出ることができる。