「監査」と似て非なるグレーゾーン

月刊ファクタの2月号(1月20日発売)に掲載された原稿です。編集部のご厚意で以下に再掲します。
オリジナル→http://facta.co.jp/article/201502016.html


安倍晋三内閣は昨年来掲げている農協改革の具体策として、今通常国会に農協法改正案を提出する構えだ。焦点は全国農業協同組合中央会JA全中)の扱い。現在、農協法で定めている地域の農協に対する全中の指導・監査権を廃止し、全中の組織自体も一般社団法人や任意団体などにする方針だ。実質的な「解体」方針に、全中関係者は強く抵抗しているが、アベノミクスの改革姿勢を示す象徴的な存在になっているだけに、安倍官邸は一歩も引かない姿勢を見せている。

全中が必死に存続を求めているのは農協法に裏付けられた「監査権」だ。「監査」を通じて地域の農協の経営内容などをすべて把握できる仕組みになっており、それをベースに経営指導を行う権限を持っているため、地域の農協が全中の下部組織のような位置づけになっている元凶だという批判が根強い。地域の農協から自立心を奪っているというわけだ。

しかもこの監査、実は一般に企業などで行われている監査とはまったくの別物なのだ。企業では難関試験に合格して監査法人などで経験を積んだ公認会計士しか監査を行うことができないが、農協は農林水産省の所管する「農協監査士」という別の資格試験合格者が監査する。全中関係者からは「農協は一般の会計士が監査するのは無理」「全中監査は民間より専門的でしかも割安」といった声もあり、全中による監査の存続を求めている。法案提出のギリギリまで、自民党の農林族に存続を働きかけていく方針だという。

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農協監査はかねて、会計士業界などで問題視されてきた。「監査のようで監査でない問題な制度」だと日本公認会計士協会の役員を務めた大物会計士も言う。本来なら独立性の高い会計士が行うべき監査を、農協の身内で固めているというわけだ。

全中関係者は、農協監査は公認会計士監査よりも「専門的」だというが、試験の実態を見れば、一目瞭然だ。

農協監査士の試験は5科目。監査、会計学、簿記、農協制度、関係法(法人税法民法)からなる。一方の公認会計士試験は、監査論、財務会計論、管理会計論、企業法、租税法の必須5科目に、選択科目一つが加わる。経営学、経済学、民法統計学の四つから選ぶ仕組みだ。

試験科目は農協制度についての知識を問う点が違うものの、他は大きく違わない。だが、試験の難易度は相当違う。

例えば2​0​1​4年度の農協監査士の試験には5​2​2人が受験して1​0​1人が合格した。合格率は19​.​3%である。前年の合格率は25​.​5%だった。一方、超難関で知られる公認会計士試験には14年度に1万8​7​0人が受験、1​1​0​2人が合格している。合格率は10​.​1%に過ぎない。つまり、公認会計士よりも易しい試験の合格者が「監査」を担っているのである。

「組合員のための組織だから組合員が相互チェックすればいいんですよ」と監査論の学者の中にも、農協独自の監査制度を擁護する声もある。だが、組織内部のチェックには別途、農協職員が取得できる「農業協同組合内部監査士」という資格も存在する。農協監査士の合格者も圧倒的に農協関係者が占めているとはいえ、形のうえでは企業の監査同様、外部監査なのである。しかも、農協の業務は農産物の集荷だけでなく、物品販売などの商社機能や金融業務も営むようになっている。組合員も専業農家ばかりではなくなっており、一般の民間企業と変わらない社会的な存在になっている。きちんとした外部監査を受けるのは当然の組織になっているのだ。

ところが、農協監査を一番目の敵にしそうな現職の会計士協会の幹部の歯切れは悪い。実は農協監査の総元締である全中の理事・監査委員長というポストにあずさ監査法人の理事長を務めた公認会計士の佐藤正典氏が就いているのだ。現在の森公高・会計士協会会長もあずさ出身で、佐藤氏の後輩に当たる。佐藤氏の前任の監査委員長もあずさの理事長経験者が務めており、大物会計士の指定席になっているのだ。全中からすれば会計士業界の幹部を制度の枠組みに抱き込むことで、批判をかわしているようにも見える。

農協監査に関係する大物会計士のひとりは、「地方の農協に財務が分かる人材はいない。全中が監査権を持って指導しなければ、日本の農協制度自体がもたない」と語る。すっかり全中の代弁者になっているのである。

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実は、農協監査以外にも、日本には「監査」という名前が付いているものの、実際には「監査」からは程遠い制度が存在する。そのひとつが「政治資金監査」だ。政治家などが提出する政治資金収支報告書を専門家が「監査」することになっている。

昨年、経済産業大臣を辞任に追い込まれた小渕優子衆議院議員の関連政治団体小渕優子後援会」の政治資金収支報告書にも「政治資金監査報告書」が添付され、「登録政治資金監査人」の署名捺印が付されている。観劇会の会費収入と劇場に支払った支出に巨額の差異がある経理など一般企業の監査では考えられないが、堂々と監査人のチェックをパスしていた。

登録政治資金監査人もやはり、公認会計士である必要はなく、税理士や弁護士も登録することができる。小渕優子後援会は税理士が署名捺印していたが、この税理士は、税理士で作る小渕優子氏の後援会の幹事長も務めていた。監査は独立した第三者が行うのが当然だが、それすらまともにできていなかったのだ。

政治団体だけでなく、地方公共団体の「外部監査」も実は、監査のようで監査でない。ここでも会計士のほかに、税理士や弁護士、「公務精通者」が外部監査人になれるのだ。公務精通者とは、要するに役人OBである。

透明性や法令順守が当然のごとく求められる時代となって、会計士監査へのニーズは高まっている。本来ならば、会計士業界はまっ先に新しい監査領域に進出していくべきなのだが、なぜか腰が重い。「監査のようで監査でない」中途半端な領域を作って、その他の専門家とは争わず、仲良く仕事を分け合っているのである。

自民党の農林族の中には、安倍官邸の改革方針との妥協案として、地域の農協が、農協監査士による監査か、民間の監査法人などによる会計士監査かを選べるようにしてはどうか、という意見が出ている。それが実現すれば、またしても領域を曖昧にして、監査のようで監査でない制度が温存されることになるだろう。