「発送電分離」方針が開けたパンドラの箱 賠償、技術、事業リスク、安全保障…原発問題が抱える火種

アベノミクスが日本経済を再成長路線に乗せることができるか、その大きなネックになるのが今後の電力料金の上昇です。原発が止まり、原油やLNGの円建て価格が上昇する中で、電力コストをどう抑えていくか。その1つの方法が独占で競争のなかった電力事業に競争を持ち込むことです。NTTが独占だった次代、東京から九州に電話すると3分500円もの料金がかかっていました。その後、料金競争を経て、様々な新機能が生まれたのは多くの国民が体験として知っています。「発送電分離をしたからといって電力料金が下がるとは限らない」と、やらない理由を並べるより、「ともかくやってみる」ことが大事だろうと思います。日経ビジネスオンラインに本日アップされた原稿を再掲します。オリジナルページはこちら→http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20130403/246107/?P=1


 安倍晋三内閣は4月2日、「電力システムに関する改革方針」を閣議決定した。地域ごとに独占を認めている現在の電力供給の仕組みを見直し、家庭ごとに電力会社を選択できるようにするなど、3段階にわけで改革を進める方針を明確にした。

 まず2015年をメドに「広域系統運用機関」を新設。地域を越えて足りない電力を融通しやすくする。2016年をメドに新しい発電会社が家庭向けに電力を販売することを認め、企業向けから家庭向けまですべての電力販売を自由化する。さらに“懸案”である既存の電力会社から送配電部門を切り離す「発送電分離」も盛り込み、2018年〜2020年をメドに実現を目指す。

独占体制を守るための「発送電分離」阻止

 もともと発送電分離には電力業界だけでなく所管官庁である経済産業省内にも根強い反対論があった。全国10の電力会社(沖縄を除くと9つ)がそれぞれの地域の独占権を握る「10電力体制(9電力体制)」は、電力の安定供給の要だと信じられてきた。独占を認めることで「総括原価主義」と呼ばれる電力料金の決定方法がとられ、コストに適正利潤を上乗せして消費者から料金を得られるようにした。この結果、電力会社は競争から解き放たれ、停電や事故を起こさず、高品位の電気を安定的に提供することだけに突き進んだ。その独占体制を守る最大の砦(とりで)が「発送電」の一体化維持、つまり「発送電分離」阻止だったのである。

 実は日本でも「発送電分離」の議論があと一歩のところまで行ったことがある。バブル崩壊後の1990年代後半、産業界から「日本の電気料金は高すぎる」といった批判が巻き起こったのだ。加盟国拡大などもあり、EU欧州連合)が電力市場の自由化に大きく動いていたことも追い風だった。

 ところが2000年の夏から翌年にかけて、米カリフォルニア州で大規模な停電が発生。これを理由に電力業界などからの反対論が優勢となった。2003年にもイタリアで大停電が起きるなど、電力自由化のリスクは大きいというムードが広がっていた。日本では大口発電事業への参入など一部が自由化されてきたが、実際は10電力の独占体制が維持されてきた。

 それが一変したのは2011年の東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所事故だ。安全だと言い続けてきた原子力発電のリスクが国民の目に見える形で顕在化したからだ。民主党政権は最終的に「2030年代に原発ゼロを可能とする」エネルギー供給体制を整備するとして、太陽光や風力などの新エネルギーの拡大を打ち出す一方で、発送電分離などの電力システム改革にも取り組む姿勢を見せたのだ。結局は政権交代後に安倍内閣閣議決定することになった「発送電分離」だが、もともと民主党政権時代に路線が敷かれたものだったのだ。

 原発事故に直面した経済産業省も若手の課長級を中心に、「脱原発依存」はもはや不可避で、「発送電分離」など自由化を大きく進めなければ電力コストの上昇で早晩やっていけなくなる、という見方が多くなっていた。

 自民党原発を再稼働させるとしているが、安全性のチェックは独立性がはるかに高まった原子力規制委員会が行うことになった。原子力発電所の原子炉も設備も時代と共に「進化」しているのは当然だ。建設から時間がたっていないものの方が新鋭設備が多いのは言うまでもない。すでに30年を超えた原発は稼働可能なものに限っても17基もある。敦賀原発1号機と美浜原発1号機はともに1970年の稼働開始だ。逆に20年未満のものは16基、10年未満のものに至っては4基しかない。

 民主党政権時代から稼働開始から40年を過ぎた原子炉の稼働を認めるかどうかは大きな議論になっていた。原子力規制委員会は稼働を認めるとしてもレベルの高い安全検査を義務付ける方向だと言われる。そうなると、電力会社にとっては大きなコストになるのは明らかだ。

予想以上に異論が少なかった発送電分離

 「原発に対する国民世論が厳しいことを考えれば、原発への依存度はせいぜい10%ぐらいだろう」と経産省の中堅幹部は見る。他を自然エネルギーだけで賄うのは無理で、石炭やLNG液化天然ガス)、原油への依存が高まるのは明らかだ。

 問題は、現在の総括原価主義を維持していれば、家庭の電力料金の大幅な上昇は避けられない。仮に料金上昇が避けられないとした場合、消費者に業者の選択肢があれば、不満は軽減できる可能性が出て来る。つまり料金上昇を巡る不満を噴出させないためにも「発送電分離」は避けられないという見方なのだ。

 もちろん、既存の電力業界は今でも反対だ。自民党には電力会社に近い議員も多いことから、党内議論では発送電分離への反対の声が上がると予想された。

 案の定、自民党政務調査会の部会では異論が出たが、予想以上に声は大きくならなかった。1つは安倍首相の強いリーダーシップがあったという。発送電分離は何としてもやり抜くという姿勢を首相が示していたというのだ。支持率の高い「強い首相」「強い党首」に反旗を翻せる議員はいない。安倍氏は電力改革を進めることが、自らの改革姿勢を強くアピールすることにもつながると考えたのだろう。当初大反対が予想されたTPP(環太平洋経済連携協定)への交渉参加を表明した時とそっくりの構図になったわけだ。

 安倍首相が党内の批判を押し切る形で閣議決定したにもかかわらず、いくつかの新聞が「骨抜きの懸念も」と書いた。自民党の反対に配慮して発送電分離の法案の提出時期を「2015年を目指す」という表現にしたためだ。反対派が巻き返す余地ができた、という見立てだ。

 だが、安倍首相は、全閣僚で構成する日本経済再生本部の会合で「エネルギー分野では改革方針にそって具体化することがかぎだ」と述べ、早期に電力システム改革関連法案を作成するよう指示したのだ。日本経済を再生させ、成長軌道に乗せるには「発送電分離」を最終的なゴールとする電力システム改革、つまり電力の大胆な自由化が不可欠だと考えているわけだ。

原子力事故の賠償と東電の組織形態をどうするか

 発送電分離の議論は、もう1つの大きな問題に再度火を点けることになるとみられる。原子力事故の賠償と東京電力の組織形態をどうするか、という問題だ。民主党政権東京電力を法的破綻させなかった一方で、一義的な賠償義務を東電に課し、料金や国民の税金の穴埋めしていくという形になった。東電に対する国民感情から致し方ない部分があるとしても、東電の社員の士気は上がらない。すべての仕事が「償い」のためとなれば、将来に夢が描けない。東電に優秀な技術者が集まらなくなっているという指摘もある。

 発送電分離を進める過程で東電を解体した場合、では誰がその賠償義務を引き継いでいくのか。大きな議論になることは間違いないだろう。

 また、リスクが大きい原子力発電を民間の事業者が自らのリスクとして背負っていくべきなのかどうか。技術を温存するために政府として原発を推進する政策を打ち出すのか、それとも原発は放棄していくのか。安全保障の観点から原子力政策をどう考えるのか。国論を二分しかねないだけに、政権基盤の弱い政権が手を付ければ、いずれも火だるまになりかねない問題だ。安倍首相の決断は、そんな国民的大議論というパンドラの箱を開けたことになるのかもしれない。