押し戻された金商法「筋悪」改正

今年2月上旬にアベノミクスについて講演した際、安倍内閣の「改革度」を占う3つのポイントとして「日本郵政人事」「TPP交渉参加」「金融モラトリアム法案」を挙げました。TPPの交渉参加はご承知の通り。先日、日本郵政も、政権交代のどさくさに社長に就任した財務省OB坂篤郎氏がわずか半年で退任させる人事を発表しました。3つ目は民主党政権時代に亀井静香金融相が強引に導入した「金融モラトリアム法案」が3月末に廃止された後、金融庁が検討していた“筋悪”の法改正でした。対応次第あでは、いわゆるゾンビ企業を温存させることになりかねないものでしたが、これも自民党との折衝で大幅に押し戻されました。つまり結果は3勝0敗。案外、安倍内閣は着々と改革に向けた手を打っているとみていいかもしれません。その3つめのゾンビ企業対策にFACTA5月号のコラムで書きました。ご一読ください。オリジナルページ→http://facta.co.jp/article/201305022.html


資本市場の原則を捻じ曲げることになりかねない「筋の悪い」法律が今国会で成立する。「金融商品取引法等の一部を改正する法律」。金融庁が所管で、4月中旬までに自民党・財務金融部会の議論を経て総務会の承認を得て、国会に提出される。

実はこの改正案、金商法だけでなく、いくつもの法律をパッケージにして一気に変えてしまおうというもの。狙いはインサイダー取引の強化や資産運用の不正に対する罰則強化、金融機関を処理する際の枠組み整備など内容は多岐にわたる。金融に関心を持つ人でも詳細を把握するのは難しい。ましてや、忙しい国会議員が問題点を見つけるのは至難だ。そこに役所の狙いがあると言っても過言ではない。

そんなドサクサに紛れ込ませるかのように「筋の悪い」見直しが組み込まれている。銀行の株式保有規制の緩和。金融機関は現在、企業の株式を原則5%までしか保有できないが、それを緩和しようというのだ。

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昨年12月号のこのコラムでも取り上げたが、当初、金融庁保有制限の「5%」を「10〜15%」まで“緩和”することを打ち出した。新聞にリークして記事を書かせて反応を見る官僚お得意の手が使われた。

銀行の株式保有制限は、資本市場の歴史の教訓とも言えるルールだ。銀行が貸し出し先の企業の経営をコントロールする権限を持てば、利益相反が起こる。米国は1929年の大恐慌の反省から、銀行の企業株保有を禁じている。長い間、株式持ち合いが続いてきた日本でも5%ルールは堅持されてきた。それを規制緩和の名の下になし崩しにしようというのだから、批判が出ないはずはない。

足下の審議会からも反発が出ると、金融庁はあっさり「5%」の本則を変えることは引っ込めた。そこで出てきたのが「企業再生や地域経済の再活性化に資する効果が見込める場合」に、融資を株式に転換(デット・エクイティ・スワップ=DES)した株式を「例外」として保有させるという案だった。おそらく、金融庁がやりたかったのは、最初からこの「再生企業のDES」だったのだろう。

民主党政権下で続けられてきた「中小企業金融円滑化法」、いわゆる「金融モラトリアム法」が3月末で切れた。この間、銀行は中小企業に対する貸し出しの「条件見直し」を、金融庁から強硬に指導されてきた。つまり、本来なら破綻しているような中小企業を生きながらえさせてきたのだ。その数、正確なところは分からないが、5〜6万社にのぼると金融庁自身が試算している。ゾンビ企業だ。

モラトリアム法がなくなれば、融資条件の再見直しは行われず、こうした企業は倒産へ向かう。それを“軟着陸”させようというのが金融庁の本当の狙いだった。中小企業の融資を株式に変えることで、事実上、資金を貸し続けさせようと考えたわけだ。自民党の部会にかけた金融庁案は、DESで得た株式の100%を10年間にわたって銀行が持てるようにするという案だった。加えて、中堅・中小の地域経済の「面的再生」に関係する事業会社についても、15%未満を10年間保有できるとした。

「面的再生」は金融庁が生み出した概念で、個別の再生対象企業ではなく、温泉地や観光地といった地域の「面」を再生させるためなら、そこにある企業は対象になるという論理だった。

霞が関の常とは言え、そこにも役所ならではの仕掛けがある。本来、この3月末で新しい案件への着手ができなくなり、2016年3月末で役割を終えることになっていた企業再生支援機構を、地域経済活性化支援機構に看板を掛け替えたのだが、DESや面的再生を受ける条件に、同機構による関与などを義務付けようとしたのだ。

予算をたっぷり抱え込んだ傘下の機構の仕事を作るために、銀行の不良案件を使おうとしたわけだ。自らの権限拡大のためには、歴史の教訓も平気で踏みにじるという資本市場の番人とは思えない遺伝子が、金融庁には息づいているのだろうか。

当初、金融庁自民党の部会審議を1日で突破する心積もりだったようだ。議論が長引けば勘のいい議員が“仕掛け”に気付くことになりかねないからだろう。

そんな強引なやり方が裏目に出た。自民党の金融調査会会長を務める塩崎恭久政調会長代理の目にとまったのだ。おかしいと思ったらテコでも動かない政策通で、霞が関が最も苦手なタイプである。野党時代も民主党政府が環境省の外局で納得していた原子力規制委員会を、独立性の高い三条委員会に変えさせるなど“戦果”を挙げている。しかも今や与党幹部で、安倍晋三首相にも近い。

結局、党が承認した案は、DESで銀行が保有できる上限は100%としたものの、保有期限を原則3年とし、中小企業に限っては5年までと大幅に短縮。しかもDESの条件を会社更生法民事再生法適用など裁判所が関与する案件に限定した。「面的再生」案件は対象から除外され、本体では保有できなくなった。金融庁の原案は大幅に後退することになったのだ。

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最後の段階で金融庁が総崩れ状態になったのには訳がある。実はこの5%ルール見直しの筋の悪さに気付いていた役人は、金融庁内にも少なからずいたのだ。この法案づくりが始まったのは民主党政権時代。金融モラトリアム法の“軟着陸”を最大の課題として取り組んできた。その方向性を転換するには「政治の指示」が必要だった。それを待っていた良識派の官僚がいたということだろう。

もっとも、これで、この法律の「筋悪度」がゼロになったわけではない。銀行が投資専門子会社を通じて事業再生会社や面的再生企業の株式を持つ道が開かれているからだ。事業再生の場合100%を10年、面的再生の場合40%未満を10年間持てることになる。連結決算でみれば、銀行が企業経営に今まで以上に深く関与することには変わりない。そんなリスク管理が今の地方銀行にできるのか。金融庁が金融検査マニュアルを通じた「行政指導」で、問題企業への事実上の融資継続を働きかけるのではないか、という懸念も残る。

アベノミクスでは、産業や企業の新陳代謝をどう促すかが一つの議論になっている。つまり、ヒト・モノ・カネを固定化してしまうゾンビ企業をどう退場させるかが、経済を再活性化させるための大きなカギになるという認識だ。アベノミクスは、資本市場を巡る政策にも大きな方向転換を迫っている。