選挙後の踏み絵「株式持ち合い禁止」

株式持ち合いの解消は繰り返し議論されてきた問題ですが、なかなか前へ進みません。アベノミクスが取り組む構造改革でも課題になっていますが、経済界などの根強い反対の中で、どこまで踏み込めるかどうか。注目したいと思います。7月20日発売のFACTAに書いた連載記事を編集部のご厚意で再掲します。オリジナルはFACTAオンライン→http://facta.co.jp/article/201308022.html


参議院議員選挙が終わって安倍晋三首相がどこに「やる気」を見せるのか。引き続き「経済」に軸足を置くとの見方が強まっている。安倍氏は元から経済に関心があったわけではない。だが、選挙戦でも示された通り、経済再生に対する国民の期待は強く、経済を政策の軸に据えれば高い支持率が得られる。狙いは長期安定政権。祖父の岸信介首相の在任3年半を抜くには、高い支持率が不可欠だ。

そんな安倍首相は9月にも召集される秋の臨時国会を「成長戦略実行国会」と名付けた。6月14日に閣議決定した「成長戦略」がマーケットの失望を買ったため、急遽、成長戦略を策定した「産業競争力会議」の存続を決定。秋までに成長戦略の追加策を打ち出すことにしたのだ。

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では、秋に向けて安倍首相は何を打ち出すのか。さらなる失望を生まないためのキーワードは「地方」と「外国人」だ。アベノミクスによる円安株高の恩恵は、大企業や大都市に真っ先に表れる。だが、地方経済はそう簡単には暖まらない。また、日本が本当に変わるのか、外国人投資家の懐疑心は消えていない。地方の低迷と外国人の懐疑心。この二つは実は同じ問題に根差している。

地方経済はとことん「お上頼み」だ。かつての自民党が作り上げた公共事業依存型を表面上否定した民主党は、農家戸別所得補償などの別の形の補助金を作った。また公的な低利融資を拡大し、さらには民間の金融機関に貸し出しを“強要”する「金融モラトリアム法」(中小企業金融円滑化法)まで生んだ。結果、国にどっぷりと依存し、民間自身がリスクを取らない、規律の働かない経済になってしまったのだ。社会主義末期の沈滞した経済のようだ。

安倍首相は成長戦略を語る際、繰り返し「主役は民間」と強調している。「実際に物事を動かすのは民間であり、企業経営者には、決断し、行動し、世界と戦う覚悟を持ってもらわなければならない」というわけだ。地方の民間はその「覚悟」が乏しい。

「リスクをとらずに補助金にすがっている方が楽だ」という発想を「それでは未来がないからリスクを取って世界と戦える事業に育てよう」という姿勢に転換できるかどうか。これが外国人投資家が日本を見る時の懐疑心でもあった。

そんなもたれ合いを許している日本型の仕組みの一つが「株式持ち合い」だ。日本では都市銀行地方銀行が企業の株式を保有することが許されている。米国では1929年の大恐慌の反省から、銀行による企業の株式保有を禁止した。戦後はドイツや日本などの資本不足の国で、銀行による株式保有が広がった。だが、ドイツはここ20年の間に銀行による上場企業の株式保有を大幅に減らした。

企業経営者からみれば株式持ち合いで「安定株主」ができれば、その他の株主からの要求を聞く必要がなくなる。株式持ち合いによって「緩い」経営が可能になっているのだ。民間経営者に「やる気」を起こさせ、規律を働かせるにはまず、こうした日本型の仕組みを変える必要がある。

成長戦略を議論してきた産業競争力会議でも、民間にやる気を起こさせるために、コーポレート・ガバナンス(企業統治)を強化すべきだ、という議論が出た。企業経営者を内部留保ではなく、積極的に投資に向かわせるには株主など外部からの圧力が必要だというのである。安倍首相が「民間のやる気」を強調するのも、そうした議論が下敷きになっている。

もっとも、産業競争力会議では独立性の高い社外取締役を導入することに議論が集中、株式持ち合いの解消まで議論が及ばなかった。しかも独立取締役の義務付けには経団連が強く反対、義務化という言葉すら成長戦略には盛り込まれなかった。成長戦略に市場が失望した一因ともされた。

秋に向けて安倍首相が本気で「民間が主体」の経済を実現させようと考えるならば、日本企業のコーポレート・ガバナンスのあり方が一つの焦点になるのは間違いない。実は、そこに先鞭を付けたのが、5月に自民党の日本経済再生本部がまとめた「中間提言」である。

この提言では「地方再生なくして日本再生なし」「アジアナンバー1の『起業大国』へ」「新陳代謝加速、オープンで雇用創出」「未来の『ヒト』『ビジネス』で付加価値創出」「女性が生き生きとして働ける国へ」の五つが柱として掲げられた。見てお分かりの通り、政府がまとめた成長戦略と歩調を合わせた格好になっている。だが、その中に、政府の成長戦略には盛り込まれなかった政策がいくつかある。その一つが、「銀行の株式保有禁止」だ。

中間提言には「株式持ち合いの解消、銀行による株式保有制限の強化」というタイトルに続いて、こう書かれていた。

「ぬるま湯的な経営となりがちな株式持ち合い、銀行による融資に加え株式保有を通じた銀行資本による支配を通じ、新陳代謝が停滞しているのではないか。ドイツを見習い、株式持ち合い解消を促進し、引き締まった経営により、経済活動の活発化を図る」

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こうした動きには当然反対が噴出した。急先鋒は銀行界かと思われたが、そうではなかった。銀行経営者は、株式保有のリスクを痛感しており、欧米のように株式保有を全廃もしくは大幅に減らすべきだと考えている。金融庁など霞が関は総じて持ち合い禁止に反対だ。端的に言えば銀行を通じた役所による企業支配ができなくなるからだ。また、株主が力を持つことで、市場原理で物事が決まることへの抵抗感がある。市場原理を最も嫌うのは、自らの監督権限が削がれることになる霞が関である。

もちろん、経団連など経営者団体も反対だ。株主の力が強くなれば、「緩い経営」が認められなくなり、買収リスクが高まる。結局、規律の働かない今の日本経済の仕組みの方がお気楽なわけである。

自民党の金融調査会などでもベテラン議員からさっそく反対論が出ていた。「日本やドイツのような遅れてきた資本主義国の国は歴史的に過小資本で、株式持ち合いを止めれば米国などに買収され、乗っ取られる。何でもアメリカ式にすればよいというものではない」

そんな時代錯誤の反対論を展開した議員もいた。噴飯ものだったのは「株式持ち合い解消は米国の陰謀だ」というもの。米国が日本企業を食い物にするために株式持ち合いを壊そうと画策している、というのだ。陰謀説は人々を思考停止にする。果たして安倍首相は日本の構造問題に斬り込めるのか。選挙後を注目したい。