地方創生のカギ握る、森信親長官の「地銀処理」 新体制で金融庁が重い腰を上げた

地域経済の活性化には地銀の再生が不可欠です。いよいよ金融庁がその難問に取り組み始めたようです。地方創生担当の石破茂大臣が、地銀問題の重要性に気づけば、問題解決が前に進む可能性があるのですが、どうなりますか。日経ビジネスオンラインに書いた原稿です。→http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20130321/245368/


 安倍晋三首相は10月7日に内閣を改造し、第3次安倍改造内閣が発足した。「経済最優先」に政策の軸足を移すとしているが、来年7月の参議院議員選挙を控えて、中でも「地方創生」が大きな政策の柱になる。地方創生を担う担当大臣には石破茂氏を留任させた。清新さはないものの、継続性を重視し、着実に成果を挙げることを期待したためだろう。地方創生相は国家戦略特別区域担当も兼ねており、アベノミクスの改革の成否を担っている。

 雇用の創出や賃金の上昇などアベノミクスの効果が出始めているとはいうものの、まだまだ潤っているのは大都会の大企業だけで、地方経済は疲弊しているという声は根強い。それだけに「地方創生」で成果を挙げ、地方経済を復活させることは安倍内閣にとって必須課題と言える。

 そんな中で、実は「地方創生」にとって大きなカギを握っている問題がある。地方銀行問題だ。

 経済はおカネが循環してはじめて活性化する。その心臓、つまりポンプの役割を担うのが金融機関だ。銀行が収益力のある企業に貸し付け、その企業が事業投資を行って成長することで地域経済も発展していくのだ。ところが、今の地銀は“死に体”状態に陥っているところが少なくない。これをどう処理し、立て直していくのかが大きな問題として横たわっている。

 というのも、地銀は地域企業の盟友として地域の代表的な企業に資金を貸し込んでいるケースが多い。これに地方自治体や首長、地方議員もからみ、古い利権構造を温存しているのだ。政官業の「鉄のトライアングル」が日本の構造転換を阻んでいると批判されたが、それとそっくりのミニ構造が各地に根を張っているのである。

 その中心にいるのが地銀なのだ。民主党政権時代の「モラトリアム法」の余韻もあり、将来性のない企業に多額の貸付金が固定化する状況が続いている。これをどうやってほぐし、地銀に金融機関としての金融仲介機能を復活させるのかが、地方経済再生のひとつの大きな根幹なのだ。

 地銀の監督官庁金融庁である。金融庁も長い間、問題の所在については十分に分かっていたが、踏み込めずにきた。地銀を再編させるのが手っ取り早い方法なのだが、預金に対する貸し出しの比率、つまり預貸率が低い地銀は、目いっぱい国債を購入していることが多い。

 合併を推進すれば国債の売りを誘発する可能性もあり、財務省出身者の多い金融庁の幹部は二の足を踏んできた。歴代の金融庁長官は問題を認識しながら、手を付けずに先送りしてきたのだ。

 その金融庁が動き出したのである。7月に金融庁長官に就任した森信親氏が先頭に立ち、地銀問題に斬り込む意向を見せ始めたのである。森氏は検査局長や監督局長として銀行に経営改革を求めてきた改革派のエースだ。

 検査局長だった2013年には「監督・検査方針」を大転換し、融資先の中小企業が健全かどうかという判断を、銀行の自己査定に委ねるとした。個別の案件について「箸の上げ下ろし」にまで口を出してきたそれまでの姿勢を大転換したのだ。

 さらに、「金融機関の将来にわたる収益構造の分析について」という1枚のペーパーを作らせ、地銀の頭取などに配った。通称「森ペーパー」と言われ、地銀の再編を含めた生き残り策について、本気で議論する姿勢を示したものだとされた。

 満を持して長官に就任した森氏は手始めに金融庁の政策の方針をまとめさせた。それが9月18日に発表された「平成27事務年度金融行政方針」だ。従来の「監督・検査方針」を大きく脱皮させ、金融庁全体が何を考え、何をやろうとしているのかを明示したのである。

監督・検査方針にPDCAサイクルを導入

 さらに、「方針の進捗や実績を来年6月を目途に公表し、その評価を翌事務年度の方針に反映する」とうたった。いわゆるPDCAサイクルを導入したのだ。「結果を出す」ことにこだわる森長官らしい思い切った手法だ。

 その「金融行政方針」の中に、地銀問題はしっかりと盛り込まれている。「企業価値の向上、経済の持続的成長と地方創生に貢献する金融業の実現」という方針が示されたのだ。

 企業価値の向上も地方創生もアベノミクスの大きな柱だ。それを明示することで、地銀問題を安倍内閣の改革課題の中に位置づけたわけである。

 実はアベノミクスの施策を検討する過程でも繰り返し「地銀問題」の処理が俎上にのぼってきた。

 2013年5月10日に自民党がまとめた「中間提言」では、日本経済再生の5つの柱が掲げられ、その最初に「地域金融の刷新、中小企業の再生」という政策が掲げられた。「地方経済を再生するためには、戦略的、長期的な視点から地域企業をリードする、地域金融機関の様々な機能強化が不可欠である」という視点に立っていた。

 この提言をまとめたのは当時、自民党政調会長代理だった塩崎恭久衆議院議員(現・厚生労働大臣)だが、安倍首相から「地方再生策を考えて欲しい」という指示を受けてのことだった。その知恵袋となっていたのが森氏だったのである。

 塩崎氏は2014年5月に自民党がまとめた「日本再生ビジョン」でも、地域金融機関の再編を取り上げ、「新たな広域での地域金融機関、例えば、『日本版スーパー・リージョナルバンク(仮称)』のような形を模索することも重要な選択肢の一つとして真剣に検討されるべきと思われる」とした。この案文の調整にあたったのも検査局長だった森氏だ。

 今年6月に閣議決定された成長戦略「日本再興戦略 改訂2015」の中にも地銀問題が盛り込まれている。「再編」や「スーパー・リージョナルバンク」といった刺激的な文言はすべて排除されているが、中堅中小企業の「稼ぐ力」を強化するために「地域金融機関による積極的な経営支援を促進する」といった項目が盛り込まれた。

 地域の金融機関として金融仲介機能を発揮し、中小企業の経営を支援するためには、地銀自身の経営を立て直すことが前提になる。「金融機関のガバナンスや経営体力の強化に向け」という一文がさりげなく盛り込まれている。

 金融庁がまとめた「金融行政方針」はこれに沿ったものだが、より具体的に政策の方向性を打ち出している。

 「金融機関が、企業の『稼ぐ力』を金融面から支援するとともに、担保・保証依存から、企業の事業性に着目した融資姿勢への転換を進める」としているのだ。さらに踏み込んで、以下の具体的な項目を示している。

融資先企業へのヒアリング(1,000社程度)による実態把握
金融機関のガバナンスの検証
金融仲介の取組みを客観的に評価出来る多様なベンチマークの検討
外部有識者を含めた「金融仲介の改善に向けた検討会議(仮称) 」を設置し、金融仲介のあるべき姿を議論
 この4つを方針として掲げることで、地銀のあるべき姿を明らかにしようというわけだ。「森ペーパー」をより具体化し、個別の銀行ごとに将来像を描けということだろう。ちなみに、融資先企業へのヒアリングは金融庁自身がする方向だと言う。森氏が検査局長の時に、中小企業が健全かどうかという判断を、銀行の自己査定に委ねるとしたにもかかわらず、地元企業との“腐れ縁”を見直そうとしない地銀の姿勢に森氏は強く苛立っているのだという。

キーパーソンは石破茂氏?

 金融庁自らが融資先との関係に首を突っ込むことで、地銀自身に経営の将来像を描かせようとするのだろう。

 森氏はしばしば「地銀再編論者」と言われるが、決して再編ありきの姿勢はとっていない。自立して生きていけるビジネスモデルが作れる地銀はそれを推し進めれば良いというスタンスだ。あくまで再編は選択肢ということに過ぎない。

 金融庁が方針を示したことで、地銀の経営見直しは進むのだろうか。問題は他の大臣や政治家が、地銀問題の重要性を認識できるかどうかにかかっている。地域の利権構造とつながりが深い議員は、地銀の経営見直しで融資姿勢が厳しくなることに強く反発するのが一般的だ。

 そうした抵抗勢力を押しのけて金融庁が地銀問題の処理を進めるには、安倍首相ほか内閣の強力なバックアップが不可欠になる。続投が決まった石破茂・地方創生相が、地方経済の復活には地銀の再生が不可欠だという事に気が付けば、森長官の強力な応援団になるに違いない。