アベノミクスで財政が健全化に向かう?財務省にとっては「不都合な真実」

月刊誌エルネオスにいただいている連載ではなるべく優しく解説すると共に、マスメディアとは違った視点を提供することを心掛けています。今回は国の借金について考えました。日本の借金は問題ではない、などと言うつもりはありませんが、危機を煽ることで、思考停止するのも問題ではないでしょうか。ご一読下さい。
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■減少した「国の借金」
安倍晋三内閣が発足したのは昨年十二月末。それ以降、安倍首相が掲げた経済政策、いわゆるアベノミクスには、「倹約」や「緊縮財政」といった言葉は出てこない。「大胆な金融緩和」「機動的な財政出動」、そして「民間投資を喚起する成長戦略」という三本の矢は、いずれも積極的に政府や中央銀行が経済に関与しようという政策だ。そうなれば当面は財政の悪化は避けられない。そう誰もが思っているにちがいない。つまり、国の借金は増えることはあるにせよ、当面の間、減ることはないと考えていた。
 ところが、である。財務省が五月十日に発表した三月末時点での「国の借金」、つまり、国債と借入金、政府短期証券の合計が九百九十一兆六千十一億円となり、昨年十二月末に比べて五兆六千百七十億円も減っていたのだ。国の借金が減少したのは二〇〇九年三月末以来、四年ぶりのことだという。
 安倍内閣になって真っ先に取り組んだのが、前年度の補正予算を通すことだった。総額十三兆円。うち十兆円を公共投資に回すという「積極的な」財政出動策で、財源として国債を増発した。それまでも財務省は一三年三月末には国の借金が一千兆円を突破するのは確実だと言っていたので、この国債増発で、ついに壁を越えたかと思われたが、なんとかそれを押しとどめ、逆に昨年より減少したのだ。
 その要因は税収の増加だとみられる。アベノミクスによる円安・株高によって徴税環境は劇的に変わったとみていい。直接的な税収増の効果で言えば、証券取引の盛り上がりに伴う有価証券取引税の増加。税率は低いとはいえ、最近は短期間に売買を繰り返す「デイトレーディング」が個人投資家の間に広がり、売買高が急拡大している。その分、税収は増えているはずだ。また、株式売買に伴う所得税源泉徴収額も大きく増えていると思われる。
 もう一つが消費税。年明けから百貨店での高級品の売り上げが急増している。株高によって保有資産が増えた人たちが、財布のひもを緩めて高級時計や宝石などを買っているといわれる。実際、全国百貨店協会の統計では、三月の全国百貨店の「美術・宝飾・貴金属」の売上高は前年同月比一五・六%も増えた。ハンドバッグなどの身の回り品や婦人服、紳士服なども売れている。食料品の伸びが鈍いものの、全商品合計の総売上高でも、前年同月比三・九%伸びていた。売上高が長期低落傾向を続けてきた百貨店業界にとって久々の朗報といえる。もちろん、これだけ消費が増えていれば、国に入る消費税も大きく増えているにちがいない。
 それだけではない。上場企業の三月期決算では、自動車や自動車関連など輸出産業の業績が急回復した。当然、これによって法人税の税収は増えることになる。メガバンクなどこれまで長年、法人税を払ってこなかったところが税金を納め始めることもあり、法人税収は予想をかなり上回る増加になるのは間違いないだろう。
 今後、不動産価格の上昇による取引増加や、住宅建設の増加などに火が付けば、さらに不動産取引税なども増えるにちがいない。つまり、アベノミクスによって、いち早く国が恩恵を受け始めているようなのだ。今後も、アベノミクスが失速しなければ税収が大幅に増え、財政が健全化に向かう可能性が出てきたといっていいだろう。
 だが、これは財務省にとっては「不都合な真実」だ。財政再建をモットーとする財務省からすれば税収増は歓迎すべきことのはずだが、どうもそうではないらしい。
 財務省の悲願はいうまでもなく消費税率の引き上げである。野田佳彦内閣によって昨年、消費税増税法案が国会で成立。一四年四月から税率を現行の五%から八%に、一五年十月から八%を一〇%に引き上げることが決まっている。だが、その実施にはもう一つの関門がある。
 実施の半年前、つまり今年の九月末に、税率引き上げを決める「閣議決定」を行うことになっているのだ。その際、経済状況が悪ければ引き上げを見送ることができる「景気条項」が法律には書かれている。つまり、安倍内閣の景気判断によっては、すんなり税率引き上げが実施されない可能性も残されている。
 特に安倍首相の周囲にいるリフレ派と呼ばれる金融緩和論者の間からは、せっかく景気に火が付いたところで、冷や水を浴びせるように消費税を引き上げるべきではないといった声が繰り返し聞こえてくる。そこに、増税しなくともリフレ政策で十分に財政再建はできるという主張まで加われば、財務省にとっては悪夢なのだ。

増税で消費が落ち込むと……
消費増税が確定するまで、不都合な真実は覆い隠そうということなのだろう。三月末の実績を発表した際に財務省は、一年後の一四年三月末の段階での「国の借金」が一千百兆円を突破するという見通しを併せて発表した。国の財政は引き続き大変だと危機感を煽ることで、消費税増税の必要性を訴えたいのだろう。
 もちろん、一千兆円に迫る日本の借金が国際的に見て異常値であることは間違いない。財政再建に向けた取り組み姿勢をきちんと示さなければ世界からの信頼が失われ、日本国債が暴落しかねないというのも事実だろう。
 民主党政権時代、政務三役に就いた政治家から、年金や医療など社会保障費を賄うには消費税率を二〇%近くにしなければ足らないといった発言が出ていた。税率を引き上げれば自動的に税収が増えるように考えがちだが、現実は大きく違う。増税によって消費が落ち込めば、かえって税収は減ってしまうのである。
 本来、税率をどんどん引き上げることが目的ではなく、必要な税収を確保することが大事なはずだ。消費に大きな打撃を与えることなく、トータルとして税収が一番増える分岐点はどこなのか。経済成長と両立できる適正な消費税の水準をきちんと議論して決めていくべきだろう。