「国の借金」7年ぶり減少の現実を見極め 効果ある財政政策を根本から見直す時

月刊エルネオス6月号(6月1日発売)に掲載された原稿です。http://www.elneos.co.jp/

財政政策論争に決着

「国の借金」が七年ぶりに減少した。財務省が発表した、今年三月末の国債と借入金、政府短期証券の残高合計は一千四十九兆三千六百六十一億円と一年前に比べて三兆九千九百十一億円減少した。この二十年間では、二〇〇八年度に二兆七千四百二十六億円減って以来の減少である。
 もちろん、増え続けている社会保障費の伸びが止まったわけではないし、一千兆円を超す借金残高があることにも変わりはない。だが、今回の減少によって長年の「論争」に終止符が打たれる可能性がある。
 論争とは、税収を増やすには税率を引き上げることが不可欠かどうかというものだ。
 国の財政を所管する財務省は、増え続ける社会保障費などの歳出を賄うには、税率の引き上げは待ったなしだというスタンス。長年にわたって消費税率の引き上げこそが、社会保障を支える唯一の方法だとしてきた。その結果、民主党政権時代に打ち出されたのが、「税と社会保障の一体改革」だった。
 端的に言えば、税率を引き上げる一方で、年金や医療費を抑制することで収支バランスを取ろうということである。
 一六年度の国の予算は九十六兆七千億円にのぼるが、そのうち税金などの収入で賄われているのは五九・六%に過ぎない。残りは国債発行など「借金」に頼っている。この借金が増え続けることで、「国の借金」残高が一千兆円を超えるところまできたわけだ。
 借金の割合を減らすには、税率を上げて税収を増やすべきだというのが財務省の基本的な考えなのだ。
 一方で、経済学者の中には、税率を引き上げても、それによって景気が悪化すれば、むしろ税収は減ってしまうという主張がある。逆に言えば、税率を引き上げなくても、景気を良くすれば税収が増える可能性があるというわけだ。
 この両者の主張は、立場が大きく違うこともあって、長年嚙み合わずにいた。それがどうやら「決着」することになりそうだ。

増税派」の誤算

 というのも、今年三月末時点で「国の借金」が減ったのは、好調な企業収益に支えられて法人税などの税収が大きく増えた結果だったからだ。短期の資金繰りのために発行する政府短期証券などが大きく減ったことが大きい。
 一四年四月から消費税率が八%(地方税分も含む)に引き上げられ、その分、税収が増えた効果はもちろんある。だが一方で、消費税増税による消費の落ち込みが続き、机上の計算ほどは消費税収は上がっていない。
 一方で、アベノミクスによる円安などによって企業収益が大きく改善、法人税収は大きく伸びた。株価の上昇などもあって、所得税収も増えている。つまり、景気底入れによる税収増の効果が大きいことを示しているのだ。
 一五年十月に予定されていた消費税増税の再引き上げを延期したため、一五年度は税率引き上げの直接的な効果は小さかったことになる。つまり、税率引き上げよりも景気底入れが「借金」を減らすには有効であることが証明されたのだ。
 これは、今後の消費税率引き上げのタイミング決定にも大きく影響する。これまで財務省は増え続ける社会保障費を賄って財政再建するには、消費税率を早期に一〇%にすることが不可欠としていた。
 財務省は一年前には、一五年度末の「国の借金」の見込み額として一千百六十七兆円という数字を示していた。このままでは国の借金が増え続け世界的な信用を失い、大変なことになると危機感を煽っていたのだ。メディアもこの試算数字を使って報道していた。
 財務省は昨年十一月になっても、この見込み数字を発表などで使っていたが、十二月末の借金残高が大きく減ったこともあり、今年二月になって、見込み数字を一千八十七兆円に引き下げた。あくまで一五年三月末の一千五十三兆円は上回り、過去最高の借金額になるという点にこだわっていたのだ。

「国の借金」は国民の借金か

 ところが、蓋を開けてみれば三月末の残高は一千四十九兆円。六カ月前の見込み数字と比べれば百十八兆円も少なく、三カ月前の見込み数字と比べても四十兆円近く下回った。百十八兆円といえば、一般会計予算の一年分以上に相当する額である。
 金利低下などで試算の前提が狂ったといった反論はあるだろう。だが、どうみても意図的に試算数字を作ってきたとしか思えない。「国の借金」が大きく増えて大変だと国民の危機感を煽るために偽りの試算数字を作り、国民の意識をメディアを使って〝操作”しようとしたと疑われても仕方がないだろう。
 メディアの多くは、国の借金残高を人口で割って「国民一人当たり八百二十六万円の借金」と書くのが慣例化している。だが国の借金は本当に国民の借金なのだろうか。国(政府)や財務省の努力不足で借金が増えている面はないのか。国の支出である歳出には本当に無駄はないのか。
 今回、国の借金が減少したことは、喜ぶべきことだ。これを一過性のものとしないために、どんな手を打つかを考えるべきだろう。税収が増えると予算を組む財務省も国会議員も、引き締めの手綱を緩めがちだ。一般会計予算は膨らみ続け、過去最高を更新している。
 景気が上向いて税収が増えたことで、景気を良くするためには財政出動が不可欠だという別の主張も出てくることになる。道路や堤防に大盤振る舞いしても、景気を底上げする力がどれだけあるか疑われている。財政出動しても景気を押し上げる力が弱ければ、国の借金はどんどん増えることになる。
 国の借金が大きく増え始めたのはバブル崩壊後の景気対策がきっかけだった。小渕恵三内閣などで大規模な公共事業を行うなど積極的な財政支出をしたツケが今に回っている。
 財政支出を増やすとしても、景気底上げに寄与することが明らかな事業に絞って集中的におカネを使うなど、予算配分にも工夫が必要だろう。円安が一服して企業収益の伸びが鈍化する見通しの中で、景気を下支えして税収を増やすことができるかどうか。国の借金の行方は、経済政策の成否にかかっている。