「景気減速」でも7%成長を維持する 中国のバブルと日本のバブルの違い

エルネオス9月号(9月1日発売)の連載コラムに書いた記事を編集部のご厚意で以下に再掲いたします。
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腐敗撲滅運動で景気が沈静化

 中国経済の減速が鮮明になってきた。今年一〜三月期の実質成長率はプラス七・七%と事前の予想を下回ったのに続き、四〜六月期もプラス七・五%と伸び率が鈍化した。四半期ベースで前の期の成長率を下回るのは二期連続。世界の一大消費地である中国の景気減速は、世界経済はもとより日本経済にも大きな影響を与えるのは間違いない。景気の減速で金融機関が巨額の不良債権を抱えているとの見方も強く、中国バブルの崩壊に警鐘を鳴らす専門家も出始めた。
 景気減速の背景には、昨年十一月に中国共産党総書記となり、今年三月に国家主席に就任した習近平氏の経済運営がある。習氏は就任以来、汚職などを徹底的に取り締まる腐敗撲滅運動を本格化させた。それが景気を沈静化させている一因になっているというのだ。
 昨年まで北京市内の高級レストランは予約が取れないほどの盛況ぶりだったが、ここへきて情景が一変している。企業幹部などによる政府高官たちへの接待がめっきり減ったのだ。「人目を避けて研修施設内の食堂で会食するケースが増えた」と、北京をしばしば訪れる日本企業の経営者も言う。
 政府機関や国営企業は社内に幹部や来客が使う食堂を持つ。食堂といっても大小いくつもの個室を備え、高級レストランと変わらない料理や酒が出る。もちろん、党の幹部が恐れているのは庶民の目だけではない。習体制になってから格段に厳しくなった汚職の取り締まりだ。
 党幹部がタックスヘイブン租税回避地)などに資金を移し、海外での蓄財に励んでいることは、今や庶民の共通認識。腐敗撲滅運動に引っかかって事件になれば、党幹部個人が失脚するだけでは済まされない。財産の没収や死刑が待っているのだ。ここへきて、中国を脱出して国外に逃避している党幹部がいるという話が伝わる。

高級時計の需要が激減

 こうした腐敗撲滅の影響をモロに受けているのは、高級レストランや贈答品といった高額消費。例えばスイス時計協会の統計によると、今年一〜六月にスイスから中国への時計の輸出額は前年同期比一八・七%減、香港向けも一一・一%減った。欧州や米国、日本向けなどが軒並み伸びている中で、中国・香港向けだけ落ち込みが著しい。
 去年の上期はその一年前に比べて中国向けが一六・二%増、香港向けが二五・八%増だったことを考えると、まるで景色が変わったのだ。ちなみにスイス時計の最大の輸出先は香港で、これに米国、中国、ドイツが続く。
 中国で高級時計やブランド品、高級洋酒などがもてはやされてきたのはほかでもない。贈答用としての需要が急増していたからだ。中でも時計は大きさが小さいものの金額は張る。一つ数百万円の高級ブランド時計は持ち運びが簡単なうえに転売も可能で、賄賂には最適だったと事情通は言う。それが習氏の引き締めで激減したというわけだ。
 習氏が腐敗撲滅に動いているのは、一般庶民の不満が高まっているからにほかならない。党の幹部ばかりが賄賂などで潤い、巨額の資産を蓄積しているという批判は根強い。経済が二桁の高度成長を続けているうちは、庶民にも恩恵が及んでいた。実際に恩恵にあずかっていたというよりも、いつかは自分にも余波が回ってくると信じる人が多かったということだろう。それが、成長が鈍化したことで幻想が剥げると、特権階級への批判がみるみる高まってきたのだ。
 日本では、中国経済が減速すると、いよいよ中国バブルも崩壊だという論調が目立つ。一九八〇年代後半の日本のバブルと重ねあわせて見るからだろう。たしかに党幹部ばかりでなく北京の庶民までが何軒ものマンションを持つようになっており、日本人の目には明らかに不動産バブルだと映る。

借り手も貸し手も国家

 だが、日本との大きな違いがある。日本の場合、バブルに踊ったのは民間企業や個人で、そこに民間の金融機関が膨大な資金を貸し付けた。投資用ワンルームマンションなどの借り手も民間人だった。当然ながら民間の市場経済の中で生じたバブルだったのだ。バブル崩壊で不動産価格が下落に転じると担保割れが生じ、金融機関は貸し剥がしにかかった。借主が出てしまい賃貸収入がなくなれば、投資した人は不動産を持ち続けることは不可能だ。こうしてバブルは崩壊していった。
 ところが中国の場合、資金の出し手は最終的にすべて政府や国営企業であるうえに、賃貸マンションなどの最終的な借り手も国営企業であることが少なくない。つまり、バブルの最終的な引き受け手が国家になっているのである。こうした特殊構造が、中国のバブルはそう簡単には潰れないという指摘につながっている。
「七%程度の安定成長を続けるというのが習体制の方針だ」と中国ウオッチャーの一人は言う。金融緩和で景気を過熱させれば二桁成長も可能だが、そうなると物価高騰などの副作用が生じ、庶民の生活が一層苦しくなる。七%程度の成長ならば、副作用を抑えながら景気を持続させることが可能とみているというのだ。
 実際、庶民の消費支出は大きく落ち込んでいるわけではない。例えば自動車。中国汽車工業協会が発表した七月の自動車販売台数は百五十一万台と、前年同月比九・九%増えた。投機性の高い商品に向かうカネは減っているものの、実需ともいえる耐久消費財への支出は順調に伸びているということだ。
 また、中国バブルの根幹ともいえる不動産の価格もなかなか下落しない。中国の大都市部の住宅価格は七月も二桁の伸びとなり、北京や上海では今年最大の上昇になったという。
 減速したとはいえ、七%の成長を続けている経済大国は中国だけ。一時手控えていた日本企業の中国投資も再び増え始めた。今年の下半期は中国経済の底力が問われることになるだろう。

                    エルネオス9月号 連載──29 磯山友幸の≪生きてる経済解読≫