月刊エルネオスの解説コラム。10月号(10月1日発売)では中国経済を取り上げました。
「エルネオス」連載───54(2015年10月号)
硬派経済ジャーナリスト磯山友幸の《生きてる経済解読》
中国の株価下落が世界を大きく揺さぶっている。上海総合指数が六月十二日に付けた年初来高値の五一七八から七月八日には三四二一へと大きく下落。その後、四〇〇〇を回復したものの、八月後半になって再び下落し、一時三〇〇〇を割り込んだ。
これを受けて、世界の株式市場も軒並み下落、二万円を超えていた日経平均株価は一万八千円割れとなった。上海株も世界の株価もとりあえずは小康状態を保っているが、中国経済の先行きに対する懸念が強まっている。
焦点は、どれぐらい中国の実体経済が悪くなっているかだ。株価バブルが崩壊したとしても、経済成長が続いていれば深刻な事態にはならない。一方で、政府がいくら株価対策を実施して、株を買い支えたとしても、経済実態が大幅に悪化しているのだとすれば、人為的に支え続けるのは難しい。
誰もが疑う中国の発表数値
中国国家統計局が七月に発表した四〜六月期の国内総生産(GDP)は前年同期比七%増だった。リーマン・ショック後に付けた六%台以来の低い伸び率だが、それでも世界の国々に比べれば成長を持続しているといえる。しかも中国のGDPの規模はすでに日本の二倍で、米国に次ぐ世界二位。その経済が七%のペースで伸び続けるとすれば、依然として世界経済の牽引役であり続ける。
だが、多くのエコノミストが、七%という中国の発表数値に疑問を投げかけている。実際のGDPはもっと低いのではないかというのである。英国の調査会社の中には、七%の伸びと発表していた一〜六月の数値は、実際には二・八の%伸びに過ぎないのではないかという見方もある。要は数字を恣意的にいじっているのではないかというわけだ。
二・八%というのは極端だとしても、実際のGDPに一、二%は上乗せしているというのが今や世界のエコノミストの共通認識になりつつある。
そんな世界に渦巻く不信を抑えきれなくなったとみたのだろう。九月になって中国政府はGDPの算出方法について見直す方針を明らかにした。一九九二年以降の数値をすべて見直し、七〜九月期の発表から新方式に変えるという。
これに対する世界のエコノミストの反応はさまざまだ。国際水準に近づくとして歓迎する声がある一方で、「やはり間違った数値だったことを認めたわけで、中国の統計への信頼を失わせる」という厳しい見方もある。
仮に四〜六月期の成長率が五%台だったとすると、中国経済の減速は鮮明だ。世界経済の減速もあり、輸出産業の鈍化が鮮明になっているほか、中国国内の消費も急速に冷え込み始めているもようだ。
一つ大きいのは、習近平体制での綱紀粛正だとされる。共産党幹部や地方政府、軍の幹部が相次いで身柄を拘束され、不正蓄財などが暴かれ、庶民は喝采を挙げている。
もっとも、長年社会に根付いた贈答文化や賄賂文化が経済活動を支えてきたのも事実。習体制前までは、驚くほど高額の中国酒やブランデー、ワインなどが中国では飛ぶように売れていたが、これは消費するためではなく、贈答用に使うためだったといわれてきた。それがピタリと売れなくなったのだ。
地方政府幹部への飲食接待なども日常的に行われていたが、一気にこれが冷え込んでいるといわれる。
また、不正発覚や政敵からの讒言(ざんげん)などを恐れて公共事業の発注を地方政府の幹部が行わなくなったとされ、公共事業も一気に冷え込んでいるといわれる。消費バブル、建設バブルが潰れているというわけだ。
不動産バブルの崩壊後、ここ数年資金が大きくシフトしていたのが株式だった。上海総合指数は、二〇一四年夏までは二〇〇〇に過ぎず、三〇〇〇を超えたのは今年に入ってから。それが六月には五〇〇〇を超えたのだから、いかに上げ方が激しかったかが分かる。現在は三〇〇〇前後で推移しているが、この水準は一年前よりもまだ高いのである。
もっとも、株価上昇の過程で、信用取引で株式を購入した個人も多いとされ、含み損を抱えている人も少なくないといわれる。それが消費に大きく影響しているという見方も根強くあるのは事実だ。
物流は低迷でも爆買いは継続
日本との関係で、中国経済の状況を見るとどうだろうか。
最も影響が見えやすいのがモノの動きである。つまり、日中間の貿易額だ。財務省が九月十七日に発表した貿易統計(速報)によると、日本から中国への輸出額が前年同月比マイナス四・六%と六カ月ぶりにマイナスになった。電気製品や自動車などの輸出が減少している。
数量ベースでは七カ月連続でマイナスが続いており、八月は九・二%の減少だった。二〇一三年の輸出額は九・七%増、一四年は六・〇%増だったので、減速は鮮明だ。当然、中国国内での需要が急速に減退していることが背景にあることが見て取れる。
中国から日本への輸入額は八月も一四・六%増えているが、これは円安に伴う価格の上昇が主因とみられ、数量ベースでは一・三%のマイナスだった。輸入数量は今年に入って、マイナス傾向が続いている。
では、ヒトの動きはどうか。
中国景気が落ち込んでいるのなら、中国から日本にやってくる旅行客の数は激減しそうなものだが、実際には逆に大きく伸び続けている。日本政府観光局(JNTO)の推計によると七月は前年同月に二倍の五十七万人と過去最高を記録、八月も前年同月の二・三倍だった。
株価の大幅な下落で個人投資家が大きく痛手を被れば、海外旅行需要も落ち込むことになりそうだが、今のところ影響は出ていない。円安によって日本で大量に免税品を買い込む「爆買い」が話題になっているが、それが収束する気配はない。つまり、個人レベルで見ると、中国景気後退の影響はまだ見られないと言うことも可能なのだ。
上海株が世界の市場を揺さぶり始めたのは今年六月下旬から。まだ影響がデータに出始めていないのか。あるいは、懸念されるほど実態は悪くないのか。しばらく注視する必要がありそうだ。