麻植茂・元グラントソントン太陽ASGグループ 「スイス在住を経て」第6回

「スイス・ビジネス・ハブ(スイス企業誘致局)ニューズレター 連続インタビュー
2013年3月号
聞き手:元日本経済新聞社チューリヒ支局長磯山友幸

スイスには昔から国外からの移住者が少なくない。ロシアの革命家ウラジーミル・レーニンのような政治亡命から、喜劇俳優チャールズ・チャップリンのような晩年を過ごすための移住まで、理由は様々だとはいえ、数多くの外国人を引き付けてきた。最近は税金が安いといった経済的な理由で移住する企業創業者なども増えている。日本人でスイスに移り住む人はまだまだ少ないが増加傾向にあるようだ。スイスに滞在経験のある日本人に聞くインタビュー・シリーズ。今回はスイスに「移住経験」のある麻植茂さんに話を聞いた。

問 麻植さんは日本の準大手の会計事務所であるグランドソントン太陽ASGグループの創業者のひとりです。退職を期にスイスに移住されたそうですが、何年の事ですか。

 麻植 チューリヒに移り住んだのは2001年10月のことです。そのまま永住するつもりでしたが、不整脈で定期的な通院が必要になり、主治医のいる日本に戻ってきました。もちろん、スイスの医療水準が高いことも承知していましたが、体調の微妙なやり取りとなるとやはり日本がいいだろうということで帰国しました。2004年4月ですから、残念ながら3年弱の「移住生活」だったことになります。
 問 なぜ移住を決めたのですか。
 麻植 私は公認会計士でしたが、職業専門家としての能力は50歳代でピークアウトします。60歳で完全にリタイアしようと常々考えていました。しかし、年長の私がいると何かと若い人たちが頼りにするため、なかなか仕事と縁が切れませんでした。それなら、いっそのこと、海外に移住してしまおうと考えたわけです。もともと日本的なルールの運用が曖昧な社会は好きでなく、外国の方が性に合うと思っていたこともあります。日本に飽き飽きしていたわけです。
 問 なぜスイスだったのですか。
 麻植 まず安全であること、そして英語が通じること、そして欧州の中心にあって何よりも便利であることが理由でした。実は、移住する数年前でしたか、チューリヒに行った際に、スイス人の若い弁護士と知り合いました。その時、日本人がスイスに移住するのは難しいんだろうね、と何気なく聞くと、いやいやチューリヒ州に退職者を移民として受け入れるリタイアメント・プログラムが導入されたのでチャンスはあるという話をしてくれたのです。スイス移住後は労働しないことが条件で、一定以上の消費をすることが義務付けられていました。スイス人の雇用は奪わずに消費を喚起してくれる人を受け入れるというわけです。
 問 一定の消費とは。
麻植 ある一定額の財産証明を提出するのです。そのうえで、消費する額は日本円にして月100万円ぐらいだったと記憶しています。これにはアパートの賃借料なども入りますから、そんなに無理な金額ではありません。加えて、犯罪歴がないことも条件の1つでした。
 問 その退職者の移住プログラムに応募されたわけですか。
 麻植 はい。弁護士に委任状を渡して頼んでおいたのです。申請にはこのほかに、スイス国籍を持つ人2人の推薦状が必要だったと思います。お願いしたのはツーク市で代々800年も続くというファミリーのひとりでした。スイスの建国は1291年ですから、建国以前からの歴史があるというわけです。日本の会社の代理人などを引き受けていた人物で、仕事の関係でかなり前に知り合っていた人でした。もうひとりはスイスにあった日系の金融機関に頼んで作ってもらいました。
 問 そして許可を得たわけですね。
 麻植 あまり期待していなかったのですが、半年ほどして突然連絡が来ました。許可が下りるから3カ月以内に住所を定めて居住申請せよ、ということになったのです。居住許可は1年更新で、問題がなければ6−7年で定住できる許可に変わると聞いていました。実はそれまで家内にはきちんと話しをしていませんでした。「長期の旅行に行くようなものだから」と言って説得しました。
チューリヒ湖が見下ろせるアパートを借りて、生活を始めると非常に快適でしたね。チューリヒを拠点にヨーロッパ各地を旅行して歩きました。むしろ家内の方が気に入って、私の病気で帰国を決めた時も自分だけ残りたいと言っていたほどでした。
 スイスの中でもチューリヒは外国人に優しい町です。言うまでもなくスイスは、大きく分けてドイツ語圏とフランス語圏、イタリア語圏から成り立っています。ですから、自分と違う言葉を話す人に対して非常に寛容です。英語を話せる人も非常に多いですね。市役所の手続きなども英語で対応してくれます。そうした日常の生活でのストレスが極めて小さいところではないでしょうか。
 問 最近は日本人の資産家でスイス移住を希望する人が多いようです。
 麻植 私も資産家の財産管理アドバイスなどを長年してきました。日本の場合、相続税が高いこともあり、企業の創業者などの間で、海外に資産を移そうというニーズが高まっているのは間違いありません。これは世界的な傾向です。最近、フランスが富裕税を課すことを決めた途端に、フランスの資産家がベルギーなどに移住しています。
 フランスからベルギーへの移住なら、フランス語も通じますから国内移動のようなものです。まったく何の躊躇もなく移住できるでしょう。ヨーロッパ人がヨーロッパ内の他の国に移住するのもさほど苦労はないでしょう。基本にある文化はかなり共通していますから。言葉が違うのが壁だと言うかもしれません。だから多言語国家のスイスが移住先として好まれるのでしょう。
ですが、われわれ日本人にとってはこの生活文化の違いはかなり大きなハードルだと思います。税金のために外国に移住したいと思う人が100人いたとすると、実際に移住に踏み切れるのは5人以下です。もともと外国暮らしが長く、西洋文化に馴染んでいるとか、私のように日本的なものに飽き飽きしてでもいない限り、移住はストレスでしょうね。
 よくスイスは税金天国だと言われ、課税を逃れた人たちが移り住んでいるとされます。ですがスイス政府は課税逃れの移住者は好ましくないと思っているそうです。私が利用した退職後移住のプログラムの場合、居住実態があるかどうか厳格にチェックされるとの話でした。居住許可証の更新の際に、居住実態がないとして、許可の更新が受けられなかった人もいたそうです。
 問 文化と言えば食事の違いは問題なかったのですか。
 麻植 実は私は、健康上の理由から魚中心の食事にしています。私が移住した2001年ごろにはチューリヒでも日本食ブームが盛り上がっていました。町中のミグロやコープといったスーパー・マーケットでも鮮魚コーナーが充実しているところが増えていて、刺身用のサーモンや鮪などを買うことができるようになっていました。もともと魚はあまり食べない国民なのですが、寿司ブームのおかげで、チューリヒの町中には回転ずしレストランなどもできていました。私が帰国した後は一段と日本食が一般的になったようですから、食材などは簡単に手に入るようになっているのではないでしょうか。
 問 スイスは日本人にとっても暮らしやすいということですね。
 麻植 はい。ヨーロッパの中で一、二番目に外国人が暮らしやすい国であることは間違いありませんが、それは日本人にとっても同じだと思います。ただ、いずれにせよ、好奇心が旺盛な人でないと、外国暮らしは辛いと思いますね。

麻植 茂(おえ・しげる)氏
1941年3月神戸生まれ。1963年、一橋大学商学部卒業。会計事務所勤務を経てへて、1969年会計事務所設立。1985年監査法人を創設し代表社員などを務める。他の監査法人との合併を推進、現在の太陽ASG監査法人に育てた。2001年に退職、会計士を廃業し、チューリヒで引退生活を送った。2004年に帰国。現在、社会貢献活動に取り組む。
http://www.switzerland-ge.com/global/invest/ja/blog/%E3%82%B9%E3%82%A4%E3%82%B9%E5%9C%A8%E4%BD%8F%E3%82%92%E7%B5%8C%E3%81%A6-%E3%82%B9%E3%82%A4%E3%82%B9%E6%BB%9E%E5%9C%A8%E7%B5%8C%E9%A8%93%E3%82%92%E6%8C%81%E3%81%A4%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E3%81%AB%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%BC%EF%BC%88%E3%83%90%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%BC%E2%91%A5%EF%BC%89
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