江頭実氏(熊本県菊池市長) 「スイス駐在を経て」第8回

スイス大使館の企業誘致局が発行する日本語ニュースレターのインタビューも8回目になりました。今年2014年はスイスと日本の国交樹立150年。2月6日には六本木ヒルズの広場でオープニングイベントがあり、その後今年一年いろいろな記念イベントが行われます。


スイス在住を経て -スイス滞在経験を持つ日本人にインタビュー
「スイス・ビジネス・ハブ(スイス企業誘致局)ニューズレター 2013年12月号
聞き手:元日本経済新聞社チューリヒ支局長磯山友幸



 スイスといえば「ゲマインデ」と呼ばれる町村レベルの自治体の力が強く、「住民自治」が進んでいる国として世界的に知られている。国(連邦政府)や州が方針を決めても、時として自治体が反対すれば実現できないことも多い。スイスならではの風土や伝統が守り続けられているのも、こうした“強い”自治体の存在と無縁ではない。そんなスイスの風土の中で生活したことが1つのきっかけとなって帰国後に自治体の長となった人がいる。スイス在住経験者に聞くインタビュー・シリーズ。今回は江頭実・熊本県菊池市長にご登場いただいた。

  江頭さんが銀行にお勤めで、スイスに赴任されたのですね。住んでいたのはいつごろでしょうか。
江頭 1998年5月から2002年3月の約4年間です。スイス富士銀行の社長として赴任しました。在任中に富士銀行が日本興業銀行、第一勧業銀行で合併し、スイスの現地法人も統合しましたので、統合後は「スイスみずほ銀行」となり副社長でしたね。
  お住まいはチューリヒですか。
江頭 4年間はチューリヒ大学近くのVoegelsangstr.に住んでいました。初めての単身生活だったので、料理が上手くなりました。週末は登山とスキー三昧で、平日は毎日ジム通いでした。今振り返ると、かなり自由を謳歌していましたね。もちろん仕事もしていました。
  スイス滞在中にマッターホルンに登頂されたそうですね。
江頭 登ろうと決めたものの、岩登りはまったく経験が無かったので、事前に何回も岩場のトレーニングをしました。4000メートル級の山にも随分登りました。マッターホルンに挑戦したのは、2001年の8月でした。
  危険は感じなかったのですか。
江頭 準備に時間をかけましたので、危険は感じませんでしたね。落とし穴だらけのバンカー生活の方が、マッターホルンより余程リスキーだと分かりました(笑)。
  その後、日本に帰国され、みずほ銀行からソフトバンクの業務監督部長に天職されたのですね。
江頭 菊池は故郷ですが、社会人になってずっと離れていました。2010年頃でしょうか。町おこしを手伝うようになって、月1回、菊池市を訪ねるようになりました。今はモノがなかなか売れない時代ですが、一方で、命とか自然、健康といったものは強く求められている。そうした支店でみると菊池は「宝の山」なわけです。ところが地元に住んでいる人たちは、なかなかそのことに気付かない。ふるさとの宝の山をみていると、それが生かされていないのが何とももったいない。色々なアイデアが湧いてくるわけです。それを実現するには自分が市長になるしかない、と思ったわけです。
  選挙準備は万全だったのですか。
江頭 2011年の秋に決断し、2012年7月に会社を辞めて、9月に出馬表明しましたが、地盤はゼロです。知名度もゼロ。それから街頭演説、いわゆる辻立ちを始めました。まったくの素人ですから、県庁の記者クラブに出馬表明の会見に行ったのですが、私と家族で行きました。後援会長や支持者が付いて来ないのは珍しいと言われましたね。地方自治体は様々な「しがらみ」があるのですが、そのしがらみがない点を強調し、ふるさとの再生を訴えました。
  2013年4月の選挙では、予想以上の大差で勝利し、市長に就任されました。その後、次々と斬新なアイデアを打ち出し、実行に移しています。
江頭 菊池は、江戸時代には「菊池米」が取引の基準になっていたほど、有名な農業地帯でした。それは今も変わりません。農業を育んできたのは豊かな自然です。とくに阿蘇からの伏流水は菊池の宝の代表格です。農業者の意識は高く、無農薬栽培や自然農法などに取り組んでいる人もたくさんいます。菊池の農産物はブランドに磨きをかければまだまだ売れる。そこで、無農薬など農産物の品質基準を独自に決め「菊池基準」として売り出そうと考えています。健康志向や環境重視の都会の生活者にインターネットショップを通じて売り込んでいきます。これまでもJAS基準や県の認証制度はありますが、さらにその上を目指します。
  農業が売り物ということですか。
江頭 約1800ある市町村のうち人口は560番目、税収は650番目ですが、農業生産額は27位、畜産は7位です。菊池が勝負できるのは、農業と観光ですね。菊池の農産物を食べてみて、行きたくなる。菊池にはすばらしい温泉があります。さらっとしたお湯なのに、中に入って肌にふれるとヌルヌルする。美人の湯です。農業と観光などを組み合わせる6次産業化ですね。
  1次の農業と2次の加工、3次のサービス産業で、1+2+3=6次産業ということですね。農業が売り物ということですか。
江頭 少子化の影響で市立小学校が閉鎖になっています。この旧校舎などを使って「菊池農業未来学校」を作りたいと考えています。都会で農業にあこがれる人たちに入学してもらい、2年間勉強してもらう。先進的な農業をやっているお年寄りなど菊池の農業者が先生です。
  観光はどうやって盛り立てますか。

江頭 「自然への回帰」「心の時代」と言われます。まさに菊池にはぴったり。自然の癒しを提供できる街へと変えていきます。まずは空き地などに木を植えることを呼びかけます。雑木林を育て、森の中の街を市民の手で作っていく。菊池川の堤防には桜の木を植え、並木を育てて行く。実は、私が子供の頃、菊池の市街には水路が網の目のように張り巡らされ、きれいな水が流れていました。今はすべて蓋をしています。これを少しずつはがしていきたい。これに文化や音楽と組み合わせ、癒しの場を提供したいのです。スイスでは例えばツェルマットの町に入ると、窓辺に花が植えられていますよね。しかも通りで色が統一されていたりします。とても綺麗です。そんな町を作りたいのですが、これは行政だけでは無理です。市民の皆さんの力が必要ですね。

  市長になろうと考えられたのも、そんなスイス時代の経験があるのですか。
江頭 はい。スイスは美しい自然を保全しながら活用しています。そしてそれを住民が結束し守っています。世界中の人たちがそれを楽しみに集まる訳です。世界中の人たちがそれを楽しみに集まる訳です。菊池も是非、そんな町にしていきたいと思います。

江頭 実(えがしら・みのる)氏

1954年4月、熊本県菊池市生まれ。菊池高校から九州大学経済学部へ進み、1976年卒業、富士銀行に入行。ニューヨーク、ロンドンなど海外畑を歩む 。スイス富士銀行社長、ロンドン支店長などを歴任。2009年〜12年ソフトバンク勤務。2013年4月菊池市長に初当選。59歳。


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