家事代行は消費? それとも経費? 少子化の切り札、育児費用の税額控除

女性の活躍推進を掲げる安倍晋三首相。ニューヨークの国連演説でもその取り組みを強調していました。では、具体策として何をやるのか。実は、自民党の提言や成長戦略には面白い「策」が盛り込まれています。財政当局の大胆な発想の転換が必要なだけに、実現できるかどうかは微妙ですが、実現すれば効果は大きそうです。→エルネオス http://www.elneos.co.jp/

「エルネオス」10月号
連載―30回 硬派経済ジャーナリスト磯山友幸の≪生きてる経済解読≫

待機児童問題と育休三年
 夫婦が共働きで子供がいる場合、最大の「出費」がベビーシッター代であるケースが少なくない。運良く公立の保育園に子供を入れることができても、仕事が終わる夜遅い時間まで毎日預かってもらえるわけではない。帰宅するまでの数時間をベビーシッターに頼らざるをえない働く女性は多いのが現実だ。そうなると費用負担はかさむ。ことによると妻の収入の大半がベビーシッター代に消えることになりかねない。
 子育ては何とか自分の手でと奮闘したとする。今度は、掃除や片付け、洗濯といった家事には手が回らなくなる。仕事と家事、育児の三つを同時にこなすのは至難の業だ。最近、「家事代行」や「家事支援」といったサービスが急成長しているのも、そうした背景がある。だが、そこでも問題はやはり費用の負担が重いことだ。
 安倍晋三首相が推進する経済政策であるアベノミクスの成長戦略には「女性の活躍推進」が柱の一つとして盛り込まれている。女性が働きやすい環境を整えることで社会に活力を取り戻すというのが狙いだ。多くの働く女性が問題だと訴え続けてきた「待機児童問題」。つまり、保育所に入れたくても、定員が足りず入所待ちが絶えない問題について、早期解消などが掲げられた。待機児童問題は、二〇一三年度と一四年度を「緊急集中取組期間」と位置付け、一気に解消を図るとしている。
 そのほか、女性を積極的に幹部に取り立てたり、仕事と子育ての両立を支援したりしている企業にインセンティブを与えることなども盛り込まれた。育児休暇を最大三年間取得できるようにすることなどがニュースでは大きく取り上げられたので、ご記憶の方もいるだろう。

注目されない家事労働
 そんな成長戦略の「女性の活躍推進」であまり注目されていない一文がある。「男女が共に仕事と子育て等を両立できる環境の整備」というタイトルの中で示されている施策で、こう書かれている。
「啓発活動の推進等ワーク・ライフ・バランスの更なる推進を図るとともに、ベビーシッターやハウスキーパーなどの経費負担の軽減に向けた方策を検討する」
 注目すべきは後段だ。ハウスキーパーというのは、いわゆる「お手伝いさん」や「家政婦」「メイド」のことで、最近は「家事代行スタッフ」などとも呼ばれている。要は、働く女性に代わって家事を行う人を雇った場合の経費負担を軽減するとしているのである。
 欧米ではメイドは広く普及しているし、シンガポールや香港などアジア諸国でも社会的地位の高い働く女性の家庭にはメイドが不可欠になっている。日本でも戦前は「お手伝いさん」や「書生」がいる家は少なくなかったが、戦後の平等主義の結果か、家事に人を使うことへの罪悪感が広がり、そうした「慣行」は消えていった。
 専業主婦が当たり前の時代には家事は妻が行うものというのが前提だった。女性の過半が働くようになった今でも、古い世代にはそうした価値観が残る。そういう意味では、家政婦を雇うことを国が推奨するというのは、大きな価値観の転換といっても過言ではないだろう。
 ではどうやって「経費負担の軽減」を図るのか。実は、成長戦略が発表される前に自民党の日本経済再生本部がまとめた「中間提言」に詳しく書かれている。成長戦略の一文は、この提言に沿って盛り込まれたものだ。
 中間提言には、「家事支援税制等の支援策の検討」と題して、こう書かれている。
「先進国で広く採用されている、低所得の共稼ぎ世帯などにおけるベビーシッターやハウスキーパー、高齢者ケア支援者等、家事支援のための家庭内労働者に対する支出に係る税額控除等の制度を参考にしつつ、女性のみならず、広く働く世帯における就労を支援する制度整備を、既存の制度との整理を踏まえつつ、財源を含め検討する」
 中間提言に添付された財務省主税局作成の資料によれば、米国では一人親もしくは夫婦共働き世帯で十三歳未満の子供がいる場合、ベビーシッターやハウスキーパーへの支払いのうち最大三五%が税額控除の対象になるという。ドイツでも二〇%を税額控除の対象とし、フランスでは五〇%が給付付き税額控除となっている。給付付きとは、支払う税額を控除額が超えた場合には逆に国から給付金が出る制度だ。

家事支援は成長産業
 これまで日本では家事にかかわる出費は、家庭による「消費」だとみなされてきた。ベビーシッターを雇う場合、給料の税引き後の手取りから支出をしなければならない。だが、ベビーシッター代を妻が働くために必要不可欠な「経費」だとみなすと、税制ではどうなるか。最低でも所得から差し引くことのできる「所得控除」の対象になってもいいということになる。
 欧米の場合、所得控除に比べて一般的に税負担がより少なくなる税額控除を導入しているのは、働く女性への優遇措置だと考えているからだろう。ベビーシッター代やハウスキーパー代の軽減が働く女性を支え、少子化対策に効果があるということだ。
 日本に永住権を持つフィリピン人女性などをスタッフに家事支援サービスを展開するシェヴ(本社・東京南青山)の柳基善・代表取締役は「家事支援への潜在的なニーズはかなりあり、費用負担が軽減されれば働く女性の利用が大きく増える」とみる。家事はこれまで労働として正しく認知されてこなかっただけに、事業分野として成長する可能性を秘める。人手のかかるサービスだけに、多くの雇用が生まれることになるだろう。
 家事支援税制が導入されるかどうかは、家事を価値を生む労働として認識するかという根本問題にかかっている。