巧妙なスピーチに彩られた2013年のアベノミクス 2013年、安倍首相の「有言実行度」を検証

安倍晋三首相のスピーチは驚くほど巧妙だ。だが、それが首相の本心からの信条吐露なのか、あるいはブレインやスピーチライターが書いた計算づくの演出なのか。有言実行か巧言令色なのか。就任一年で靖国参拝に踏み切った安倍首相の「本音」がどこにあるのか、今後、厳しく問われていくことになるだろう。日経ビジネスオンラインに掲載した原稿です→http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20131225/257541/?P=1


 自民党が政権を奪還し安倍晋三内閣が発足して丸1年。アベノミクスを掲げ、経済再生に主軸を置いた結果、高い内閣支持率を維持してきた。この1年で目立ったのは安倍首相のスピーチの巧妙さ。随所に具体的なエピソードを交え、印象に残るキーワードを散りばめることで、多くの人に耳を傾けさせることに成功している。政治家の武器が紛れもなく「言葉」であることを痛感させらるが、一方で「巧言令色、鮮なし仁」という警句もある。安倍首相の「有言実行度」を検証してみた。

自画自賛する安倍晋三首相

 「特定秘密保護法ばかりが注目されましたが、『成長戦略実行国会』の名にふさわしい国会であったと思います」

 12月19日、経営者や学者らでつくる「日本アカデメイア」の会合でスピーチした安倍首相は、そう自己評価してみせた。社会保障改革のプログラム法、産業競争力強化法電力自由化再生医療の促進、農地集積バンク、国家戦略特区といった「重要な法案がいくつも成立し」、「近年稀にみる、密度の濃い国会であった」と位置づけていた。

 終盤の国会は特定秘密保護法の強引な採決などが目に付き、世論の批判が一気に盛り上がった。NHK世論調査によると内閣支持率は政権発足直後だった1月の64%から4月には66%に上昇、10月も60%を維持していたが、12月は一気に50%にまで急落した。他社の世論調査では軒並み50%を下回った。

 スピーチでも、「特定秘密保護法には、厳しい世論があります。国民の皆さんの叱声であり、謙虚に、真摯に受け止めなければならないと考えています。私自身が、もっと丁寧に時間をとって説明すべきだった、と反省もしています」と自ら語っていた。

 安倍首相は自民党内の「タカ派」で、就任直後から憲法改正集団的自衛権容認、靖国神社参拝などに前向きだと見られてきた。そうした「右翼的志向」は安倍内閣の布陣にも表れており、右旋回するのではないか、という危惧があった。尖閣諸島を巡る問題で国内世論が右傾化していたこともあり、その流れに乗るのではないかとみられたのだ。

 ところが実際は大きく違った。経済再生を主軸に据え、アベノミクスの3本の矢からなる政策に力を注ぐ姿勢を見せたのだ。

 アベノミクスの「3本の矢」については、2012年12月26日の首相就任会見で既にこう述べていた。

 「内閣の総力を挙げて、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略、この3本の矢で経済政策を力強く進めて結果を出して参ります。頑張った人が報われる日本経済、今日よりも明日の生活が良くなると実感できる日本経済を取り戻して参ります」

 そのうえで、「経済再生に向けて、ロケットスタートを切りたいと、こう決意をしております」と2013年1月4日の年頭記者会見でも答えていた。

 就任以来、安倍首相が強調してきた「3本の矢を射込む」という点は実行に移されている。少なくとも1本目の大胆な金融緩和への転換は、黒田東彦日本銀行総裁の任命と、その後、日銀が踏み切った「異次元緩和」で実行されている。2本目の矢である財政出動も1月に成立させた2012年度補正予算などで公共事業の大幅な増額を決めた。この2つについては確かに実行されている。

 安倍首相は1月11日に閣議で「緊急経済対策」を決定した後、こう述べていた。

「安易なバラマキではない」と明言したが

 「昔の自民党のように、無駄な公共事業のバラマキを行っているんではないかという批判も耳にしますが、それは違います。安易なバラマキではないということは明確にしておきたいと思います。我々は、まさに古い自民党から脱皮をしたわけであります」

 安倍首相は就任直後、「古い自民党には戻らない」と繰り返して述べた。自民党は2012年12月の総選挙で圧倒的な議席を獲得したが、実は、自民党への支持が大きく増えた結果ではなかった。自民党比例区で得た得票は1662万票で、大敗して政権の座を追われた2009年の総選挙での獲得票1881万票より少なかった。得票率も27.6%と、0.9ポイント上昇しただけだったのである。

 安倍氏自民党の大勝は民主党への批判であって昔の自民党に戻ることを国民が選択したわけではない、と発言していた。もっとも、参議院選挙で勝利し「衆参のねじれ」を解消した後は、安倍首相から「古い自民党に戻らない」という発言はほとんど聞かれなくなっている。

 2013年4月19日には「成長戦略スピーチ」と題した演説を行った。この時の柱は「女性が輝く日本」。つまり女性が活躍できる場を一気に増やす政策を取る、としたのである。そのうえで、「まず隗より始めよ、ということで、自由民主党は、4役のうち2人が女性です」としていた。野田聖子・総務会長と高市早苗政調会長である。7月には厚生労働省で16年ぶりの女性事務次官を就任させたほか、8月には警察庁で史上初の女性県警本部長が誕生。11月には憲政史上初めて女性の首相秘書官を置いた。少なくとも「隗より始めよ」という点においては、高得点を挙げたと言ってよいだろう。

 子育てをしながら働く女性の基本インフラともいえる保育所の整備など、いわゆる「待機児童」の解消にも力を注いでいる。

攻めの農業政策にも意欲的だった

 続く5月17日には「成長戦略第2弾スピーチ」を日本アカデメイアで行った。柱は「世界で勝つ」で、攻めの農業政策を打ち出したのだ。実は3月15日の会見で、安倍首相がTPP(環太平洋経済連携協定)への交渉参加を表明していたことが背景にある。

 その際、TPPによってこのままの農業では大きな打撃を受けることを明確に示したのだ。「交渉力を駆使し、我が国として守るべきものは守り、攻めるものは攻めていきます」としていたが、TPP参加を強く求めていたのは輸出産業を中心とする経済界。農業団体は反発していた。農業政策の具体的な方向を示すことが不可欠になっていたわけだ。

 5月の演説では日本食が世界で広がっていることを挙げ、こう述べた。

 「現在340兆円の世界の食市場の中で、日本の農産物・食品の輸出額は、わずか4500億円程度。こんなもんじゃないはずなんです。国別・品目別の戦略を定めていくことで、必ずや、輸出を倍増し、1兆円規模にすることは十分に可能であると考えています」。

 そのための施策として、農業の6次産業化を挙げ、1兆円にすぎない「6次産業化」市場を、10年間で10兆円に拡大するとした。そうした施策を通じて「農業・農村の所得は倍増できるはずであります」としたのだ。農村の所得倍増計画を打ち出したのである。そのうえで、「農業の構造改革を、今度こそ確実にやり遂げます」と語っていた。

 年末に同じアカデメイアで行った演説では、農業改革の動きを強調した。「農地の集積が何よりも重要」だとして、農地集積バンクの法律が成立し、動き出すと述べた。また、「40年以上続いてきたコメの生産調整の見直しを決定しました。いわゆる『減反』の廃止です」と胸を張った。

 産業競争力会議の下に「分科会」を設置。農業分野は新浪剛史・ローソンCEOを主査として、一気に切り込みを図った。6月に閣議決定した成長戦略で、市場関係者などから「不十分」と指摘された最たるものが農業だったから、安倍首相はそれを強く意識していたという。

 「減反の廃止」については専門家の間から実質的なコメの生産調整は続くとの否定的な見方も出ている。飼料米への補助金を大幅に増やすことで、食用米の生産が抑えられるというのである。だが、減反を止めると表明したことは第一歩として大きな意味があるのではないか。

 「世界で勝つ」という戦略の中には「観光立国」も含まれていた。「まずは訪日者数1000万人をめざし、さらには2000万人の高みを目指して、観光立国型のビザ発給要件の緩和を進めていきます」としていたのだ。結果はどうなったか。アベノミクスに伴う円安の効果で訪日外国人が急増。年間で初めて1000万人の大台に乗ることが確実になった。ビザ要件を緩和したタイなどASEANからの旅行者は急増している。

 安倍氏は年末のスピーチで、「やれば、できる。来年以降は、次の2000万人の高みを目指し、外国人旅行者に不便な規制や障害を徹底的に洗い出し、観光立国をさらに加速してまいります」と述べた。実際、2013年の訪日外国人のうち、中国人は2012年秋の尖閣諸島を巡る問題以降、激減していた。ようやく回復の兆しが出ており、中国からの旅行者が大幅に増えれば、2000万人突破も視野に入ってくるだろう。

「規制改革こそ成長戦略の一丁目一番地

 6月5日に内外情勢調査会で行った演説は、「成長戦略第3弾スピーチ」と呼ばれている。ちょうど、株価が急落した後で、安倍氏自身、「株価が下がったら、アベノミクスは終わりだ、という方までいらっしゃいます」と発言していた。そこで打ち出したのは「民間活力の爆発」だった。

 「芸術は爆発だ」といった岡本太郎氏の言葉を紹介したうえで、民間の経営者のやる気が大事だとしたのである。安倍氏は「私の経済政策の本丸は、3本目の矢である成長戦略です」とした。

 安倍首相は「規制改革こそ、成長戦略の『一丁目一番地』だ」と繰り返し述べている。1月に官邸で行われた規制改革会議の挨拶が最初で、規制改革に取り組む姿勢を強調している。だが、現実には、この規制改革だけは及第点とは言えない。

 規制を国際的な水準に合わせる「国際先端テスト」の実施などを打ち出したが、内容はいずれも小粒なものに留まった。スピーチで安倍首相は明治時代の例を引き、「建白書」を安倍内閣にどんどん出すように経済人など訴えた。民間からのアイデアを広く募ろうというわけだ。

 実際には「民間からの要望があまりないんです」と経済官庁の幹部は言う。霞が関とパイプが太い企業は既得権益を守ろうとする大企業が多く、ベンチャー企業などはほとんど接点がない。大胆な規制改革要望は官庁には届かないのだ。もちろん、官庁自身が規制改革の反対勢力であることも大きい。

海外投資家らからは好評だった「アベ演説」

 安倍首相が「成果」として強調する国家戦略特区の設置についても問題がある。担当の大臣が総務大臣の兼務となったのだ。総務省は言うまでもなく、地方自治体に「利権」を持つ。

 現役の官僚が副知事や部長、副市長などとして大量に出向しているのだ。また、郵政や通信行政なども所管する。規制の固まりのような役所なのだ。その担当大臣が規制改革の突破口である特区担当も務めるというのはまさしく「矛盾」だろう。

 安倍首相は国家戦略特区について、「ロンドンやニューヨークといった都市に匹敵する、国際的なビジネス環境をつくる。世界中から、技術、人材、資金を集める都市をつくりたい。そう考えています」と語っていた。果たして、3月以降、これがアベノミクスの成果として認識されるようになるのかどうか。注目点だろう。

 安倍首相はこの1年、首相官邸のホームページにビデオ記録が残るものだけでも57回の演説を行った。しかも、そのうちの23回が国外でのスピーチだ。前任の野田佳彦首相が退任前の1年間(2011年11月18日から12年11月16日まで)に行った演説は47本でそのうち海外は9本だけだった。

 安倍首相が意図して海外での発信を心がけてきたことが分かる。しかも、そうした演説に対する、海外の投資家などの評判はすこぶる良い。リーダーの「言葉」に素直に反応する欧米人だからということもある。

 6月19日にロンドンで行った経済政策に関する講演では、こう述べた。

マーガレット・サッチャー氏を引用し成長戦略語る

 「最も大切なのは3本目の矢である成長戦略です。成長戦略のコンセプトを、私は、チャレンジ、オープン、イノベーションという、3つの言葉に託しました。その要点をお話しする前に、これは日本にとって、いまは亡きマーガレット・サッチャーさんにならうなら、「TINA」だということ、There is no alternativeだということを、ご理解ください」

 サッチャー元首相が語った「他に選択肢はない」という言葉を引用したが、これは「市場原理を働かせるほかに選択肢はない」という意味だ。

 また、9月25日にニューヨーク証券取引所で行ったスピーチも評判は最高だった。

 映画「ウォール街」の主人公の話を持ち出したうえで、こう言ってのけた。「ゴードン・ゲッコー風に申し上げれば、世界経済回復のためには、3語で十分です。Buy my Abenomics(俺のアベノミクスを買え)」

 日経平均株価は12月25日、6年ぶりに終値で1万6000円台に乗せた。株価上昇は、安倍首相の「言葉」に対する期待感の表れとも言える。強い改革姿勢を示すことで期待を抱かせた内外の投資家に、これからどんな具体策を示すのか。あるいは、さらなる規制改革の玉を打ち出していくのか。「実行なくして成長なし」という自らの言葉を2年目の安倍首相は突きつけられることになる。