日経ビジネスオンラインに11月4日にアップされた原稿です→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/110200034/
構造改革を進めるうえでカギを握る会議
国の規制の具体的な見直しを議論する政府の「規制改革推進会議」が本格的に動き始めた。安倍官邸に設置された会議体は「経済財政諮問会議」「働き方改革実現会議」「未来投資会議」など乱立しているが、その中で最も“改革色”が強いのがこの会議。具体的な成果が見えないと批判されるアベノミクスの構造改革で、どれだけ実効性を上げられるかはこの会議にかかっていると言えそうだ。
いくつもの会議体がある中で、その時々で重要な役割を担う会議がある。小泉純一郎内閣から第1次安倍晋三内閣にかけては、「改革の司令塔」としての役割を担ったのは経済財政諮問会議だった。首相が議長を務め、民間人議員も加わった会議体をフル活用することで、首相のリーダーシップを発揮する場となった。毎年6月に「骨太の方針」を示すことで、改革を進めた。
経済財政諮問会議からは、大胆な改革案が出にくくなった
経済財政諮問会議が主導する改革は霞が関の各省庁の権限を抑え込むことになることから、官僚組織からは敵視されてきた。徐々に包囲網が作られ、大胆な改革プランがなかなか出しにくくなった。
第2次安倍内閣以降は、民間人議員の発言力が大きい「産業競争力会議」(議長・安倍首相)が設置され、改革の司令塔の役割を担ってきた。毎年6月に出される「成長戦略」を策定するのが主要な役割だが、そこに改革プランを盛り込むことで各省庁を動かした。
6月には「成長戦略」と、経済財政諮問会議が出す「骨太の方針」、規制改革推進会議の前身である規制改革会議がまとめた「規制改革実施計画」の3つが同時に閣議決定されるパターンが定着していた。
今年の夏はこうした官邸の会議が大きく模様替えされた。産業競争力会議は休止されて未来投資会議に衣替えされたほか、規制改革会議は規制改革推進会議として新装開店した。
医療、農業、雇用分野を「岩盤規制」だと名指し
安倍首相は「アベノミクスの一丁目一番地は規制改革だ」と繰り返し述べている。さらに医療、農業、雇用分野を「岩盤規制」だと名指しして、その改革を強調してきた。岩盤規制については「国家戦略特区」を使って穴を空ける試みが繰り返されてきたが、全国一律の規制改革はなかなか進んでいない。背景には従来の規制改革会議が非力だったからだ、という指摘もある。主要会議体の中で規制改革会議だけが首相が議長を務めていないことから、政治のリーダーシップを発揮しにくいという事情もあった。
そんな中、9月12日に初会合を開いた新生「規制改革推進会議」は改革派が名を連ねた。大田弘子・政策研究大学院大学教授を議長に、総勢14人の民間人で構成した。大田氏は第1次安倍内閣時代に民間人閣僚として入閣、経済財政担当相を務めた。当然、安倍首相の信任も厚い。従来、この手の会議は財界人がトップを務めてきたが、学者の大田氏を据えたのは安倍首相とのつながりを重視した結果とも言える。
ナンバー2の議長代理には金丸恭文・フューチャー会長兼社長を据えた。菅義偉官房長官とのパイプが太く、安倍首相にも信頼されている。金丸氏は前身の規制改革会議のメンバーで農業ワーキング・グループの座長を務めた。JA全中(全国農業協同組合中央会)の改革案を取りまとめるなど、強い農業の再生に向けた農協改革で手腕を発揮。足下では生乳の生産・流通に関する規制の改革に力を注いでいる。
金丸氏は自民党農林部会長の小泉進次郎・衆議院議員とも緊密に連携している。金丸氏のこうした人脈ネットワークの広さによって、難題だった農業改革に切り込むことを可能にした。
<五十音順、敬称略>
安念 潤司 中央大学法科大学院教授
飯田 泰之 明治大学政治経済学部准教授
江田 麻季子 インテル代表取締役社長
大田 弘子 政策研究大学院大学教授
金丸 恭文 フューチャー代表取締役会長兼社長グループCEO
古森 重輶 富士フイルムホールディングス代表取締役会長兼CEO
郄橋 滋 一橋大学大学院法学研究科教授
野坂 美穂 中央大学ビジネススクール大学院戦略経営研究科助教
長谷川 幸洋 東京新聞・中日新聞論説副主幹
林 いづみ 桜坂法律事務所 弁護士
原 英史 政策工房代表取締役社長
森下 竜一 大阪大学大学院医学系研究科寄付講座教授
八代 尚宏 昭和女子大学グローバルビジネス学部特命教授
吉田 晴乃 BTジャパン代表取締役社長
八代尚宏教授をメンバーに加え「本気度」を示す
労働経済学の大家である八代尚宏・昭和女子大学特命教授は「改革派」の代表格。小泉内閣が2004年に設置した規制改革・民間開放推進会議のメンバーだったほか、第1次安倍内閣から福田康夫内閣にかけて経済財政諮問会議の民間議員を務めた。ちょうど大田氏が大臣だった時期と重なっている。年金や医療・介護分野について積極的に改革提言を行っており、守旧派の官僚の警戒感は強い。それだけに、八代教授をメンバーに加えたことは、安倍首相の規制改革に向けた「本気度」を示しているとも言える。
原英史・政策工房社長も根っからの改革派。もともとは経済産業省出身の改革派官僚で、安倍内閣・福田内閣の時に、渡辺喜美・行政改革担当相の補佐官を務めた。2009年に政策工房を立ち上げてからは、民間の立場で「改革仕掛け人」の役割を担っている。国家戦略特区諮問会議のワーキンググループのメンバーとして特区選定などで裏方を務めてきたが、いよいよ改革の表舞台に登場した。
人選を見る限り、かつてない「過激」な構成
他のメンバーも第1次安倍内閣時代からの規制改革に関与してきた人が少なくない。人選を見る限り、かつてない「過激」な構成になっているのだ。
規制改革推進会議は9月12日の初会合以降、10月6日、10月24日とハイピッチで会合を重ねている。さっそく10月6日の会合では、前身組織から引き継いだ「農業」作業部会に加えて、「人材」と「医療・介護・保育」、「投資等」の作業部会の新設を決めた。
雇用ルールに関する規制改革を議論する「人材部会」の設置には、当初、官邸の一部から「働き方改革実現会議」と重複するとして難色を示す向きもあったが、規制改革の本丸を議論から外すのは問題だとしてメンバーが強く反発。設置が決まった。「人材部会」の座長には安念潤司・中央大学法科大学院教授を据えた。
10月26日の会議で示された今後の審議事項によると、①転職して不利にならない仕組みづくり②ジョブ型正社員の雇用ルールの確立③労使双方が納得する雇用終了の在り方④多様な働き手のニーズに応える環境整備⑤その他──に取り組むとしている。
「解雇ルールの整備」などを重点的に検討
中でも③は、安倍内閣発足以来の課題になっている「解雇ルールの整備」で、推進会議では「重点的フォローアップ事項」にするという。「働き方改革実現会議」では「同一労働同一賃金」や「長時間労働の是正」といった働き手の待遇改善に力点が置かれており、「金銭解雇」などについては当面議論しない方針だとされる。それを規制改革会議で引き受けようということのようだ。
「医療・介護・保育部会」では、介護保険と保険外サービスを組み合わせる「混合介護」の解禁を検討するとしている。座長には弁護士の林いづみ氏を据えた。
「投資等部会」の座長は原英史氏。審議事項として①税・社会保険関係事務のIT化・ワンストップ化②官民データ活用③IT時代の遠隔診療と遠隔教育④都市への投資促進(日影規制、容積率)──となっている。IT(情報技術)の活用に立ち遅れている分野への投資促進や、都市部へのさらなる投資呼び込みを実現するための規制改革に取り組む意向のようだ。
行政事務のワンストップ化などは霞が関の働き方改革や公務員制度改革にもつながっていく可能性がありそうだ。
農業分野の斬り込み隊長は、引き続き金丸氏
「農業部会」は引き続き金丸氏が座長を務める。金丸氏を規制改革推進会議の議長に推す声も強かったが、「自分が議長になると農業分野の斬り込み隊長の役割を担えなくなる」と固辞したと言われる。農業改革の仕上げに向けて手腕を発揮することが期待されている。
企業業績の改善に一服感が強まる中で、アベノミクスの成果が見えないという批判はますます強くなっている。そんな中で、改革派が集まった規制改革会議だが、思い切って改革案を打ち出すことができるのか。もっとも期待しているのは安倍首相本人に違いない。