雇用改革のカギは「明確化」 非正規社員の権利も守れる

ウェッジ12月号(11月20日発売)に掲載された記事です。ご一読いただければと存じます。
オリジナル→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3395


KEYWORD 「雇用ルールを明確にする」

 「解雇特区を許すな」。9月末から10月にかけて、野党や左派系メディアが色めきたった。安倍晋三首相が規制改革の突破口と位置づける「国家戦略特区」で、企業が従業員を解雇しやすくする規制緩和を導入しようとしている、という話が急浮上したからだ。


2014年卒業予定の大学生らを対象にした企業説明会(12年12月)。雇用の明確化が彼らを救う? (提供:時事通信フォト)
 現実に議論されていた内容は大きく違ったのだが、燎原の火のごとく批判の声は広がっていった。特区の原案づくりを担っていた「国家戦略特区ワーキンググループ(WG)」は座長の八田達夫大阪大学招聘教授ら民間有識者5人からなる作業チームで、自治体や企業からの提案を基に規制改革案を練っていた。WGがいくら「解雇を自由にすることなど考えておらず事実無根」と否定しても収まらない。「解雇特区」という言葉がひとり歩きしていった。

 「われわれの狙いは雇用ルールを、企業と被雇用者間の契約で明確化しようというところにあった」とWGのメンバーのひとりは振り返る。

 例えば日本では、企業が従業員を解雇する場合のルールが明確ではない。判例の積み上げで「整理解雇の四要件」と呼ばれるものが存在するが、その要件は非常に厳しい。高度の経営危機に直面するなど人員整理の必要性があることが前提で、新規採用の抑制や希望退職の募集といった整理解雇を回避する努力を履行、合理的な人選基準で解雇する人を選び、説明や協議などの手続きが妥当とされる必要がある。

 会社がこの四要件を満たしたと判断しても、解雇された従業員が訴えるケースが少なくない。裁判になれば時間も費用もかかるうえ、裁判所の判断もどうなるか分からない。大企業では事実上、解雇ができない、と言われているのはこのためだ。

 日本に進出しようとする外国企業から見れば、こうした日本での雇用は「不確実なリスク」と映る。「解雇の条件」などを事前に契約で決めておく欧米流を求める声が出て来るのはそうした背景があった。

 WGでは雇用や解雇の条件を盛り込む契約を特区に限って可能にしようということが議論された。特区に進出する外国企業、グローバル企業やベンチャー企業だけを対象にしようと検討されていたのだ。

 東京でのオリンピック開催が決まったが、現状では外国企業が2020年までの7年間だけ専門家を雇おうとしても契約書で7年後の解雇を決めておくことができない。7年後に解雇した場合に不当解雇だとして訴訟が起きれば、会社側が負ける可能性がある。だから特区に限って欧米のように雇用契約で可能にしようとしたわけだ。

 しかも、対象を弁護士や会計士といった資格取得者や博士号取得者など高度な専門家だけに絞る方針を示したが、それでも批判は止まなかった。あたかも特区に移転した日本企業が社員を大量にクビにするような記事が躍った。「遅刻すれば解雇と契約で決めれば、遅刻しただけで解雇される」と事実無根を書いた新聞もあった。

 結局、特区の最終案では、進出する外国企業にガイドラインを示し、雇用契約を結ぶ際のアドバイスなどを行う「センター」を設置する。

雇用の明確化には
同一労働同一賃金

 欧米では企業と従業員は雇用契約を結ぶのが一般的だ。そこには労働条件のほか、企業の都合で解雇する際の補償なども明記する。契約で従業員の権利・義務を明確にしておこうという発想がある。ところが日本では従業員の権利は労働基準法などで一律で守られるもののほかは、労使交渉などで培われた労使協定や雇用慣行で守られる。

 確かに労働組合があるような大企業の正社員はそうした「慣行」に守られていると見ることもできる。だが、一度雇ったら簡単にはクビにできない日本の仕組みが様々な問題を生んでいるのも事実だ。

 正社員として雇えばなかなか解雇できないうえ、社会保険料の会社負担分も年々膨らむ。それならばパートやアルバイトなどの非正規雇用の方がいい、そう考える中小企業経営者は少なくない。中小企業の現場では、非正規社員の「雇い止め」は日常茶飯事で、まともな退職金も払われていないのが現実だ。「解雇ルールを明確化し、金銭解決などを認めた方が中小企業の社員や非正規社員の権利は守られる」(大手企業の経営者)という見方もある。

 非正規雇用の割合は年々上昇している。総務省労働力調査によると13年9月の非農林業雇用者数5520万人(役員を除く雇用者5232万人)のうち、非正規雇用者は1940万人。全体の37.1%を占める。10年前の03年は30.4%だった。この10年で正規雇用が160万人減り、非正規雇用が436万人増えた。確かに、非正規雇用者の数も割合も増えたが、これは正規雇用が非正規に置き換わった結果なのだろうか。

 厚生労働省の推計では、非正規雇用者のうち「正社員になりたい者」の割合は20.6%にとどまった。33歳〜44歳に限っても24.8%である。この数字を見る限り、非正規雇用の増加は働き方が多様化した結果と見ることも可能だろう。社員に比べて労働時間が明確なパートやアルバイトを好む人が少なからずいて、こうした人たちの働く場が増えたことで、雇用者数全体が増えているとも言えるのだ。

 働き方が多様化している中では、一律の労働規制が働く現場からかい離しているようにも見える。例えば大学の研究室にはアルバイトなどの非正規雇用で働くアシスタントが多くいる。必要不可欠な人材だが予算もなく正社員化する考えは大学にはない。ところが現在の労働契約法では、5年を超えると無期限契約に移行しなければならないことになった。ではどうするか。5年満期で「雇い止め」ということになる。従業員を守ろうとする法律が逆の結果を生む現象が起きているのだ。

 ライフスタイルが多様化し、働き方も様々になっている。そんな中で、社会的に認められない劣悪な条件などは許されないとしても、契約で雇用ルールや解雇の条件を決めておくことは意味があるのではないか。

 雇用の非正規化がどんどん進むことに問題がないと言うつもりはない。同じ仕事をしながら給与が大きく違う点など改善されるべきだろう。同じ仕事をしている場合は同じ賃金が支払われるのが本来の姿だ。また、非正規だと社会保険加入を回避できる現行の制度も改めた方がいい。欧州諸国のように週2日働く人ならば5日働く人の5分の2の社会保障費を負担するという仕組みに変えることが重要だろう。欧米で定着した「同一労働同一賃金」が日本でも当たり前になれば、働き方を個別の契約で決めるのが当然の世界に変わっていくだろう。

◆WEDGE2013年12月号より