地方創生特区で医療など岩盤規制打破へ  統一地方選圧勝で、党内抵抗勢力を封じ込め

日経BPが始めた「新・公民連携最前線」というウェブサイトに初めて原稿を書きました。地方創生特区の話です。是非ご一読ください。→ http://www.nikkeibp.co.jp/atcl/tk/15/434169/041700005/


4月12日に投開票が行われた統一地方選挙の前半戦で自民党が圧勝した。与野党対決となった北海道と大分県の知事選挙を含め、10の知事選すべてで与党が勝利した。また、道府県議選の総定数の過半数を24年ぶりに獲得した。

 統一地方選挙自民党は「地域創生」を旗印に掲げ、安倍晋三首相が推進するアベノミクスの効果を、地方にも浸透させることを標榜した。全国ベースでは失業率は改善し、株価も投票日前に日経平均株価が一時2万円の大台を付けるなど、安倍政権に追い風となった。そうしたアベノミクス効果の地方への波及期待が、選挙結果につながったとみてよいだろう。

 そんな安倍内閣が地方経済立て直しの切り札と位置付けてきたのが「地方創生」だ。その目玉である「地方創生特区」がいよいよ動き出した。

 「地方創生特区が全国の地方創生をリードするモデルになることを期待したい」

 3月19日に首相官邸で開かれた国家戦略特別区域諮問会議の席上、安倍首相はこう述べ、秋田県仙北市仙台市、愛知県の3地域を指定した。地方創生特区は、1年前に6地域を初指定した国家戦略特区の一つで、政府が自治体から提案を募集したうえで決定した。安倍首相が繰り返し主張してきた「大胆な規制緩和」を地域限定で実行に移す。

林業改革のモデルに――大きな期待がかかる仙北市

 政府関係者が最も期待しているのが秋田県仙北市国有林野の民間開放や、医師不足の解消と医療体制の充実などを掲げた。

地方創生特区では、地域経済にとって大きな役割を持つ農林水産業の再生モデルを提示することを模索した。仙北市では、そのうちの林業分野で改革に着手する。

日本の林業は、外国産材との競争に後れを取り、産業としての持続可能性が危ぶまれている。仙北市は「秋田杉」などで知られる伝統的な林業地域で市域面積の8割を山林が占める。また、市域の6割が国有林で、この国有林を民間に開放していくことで、林業の高付加価値化などを模索していく。具体的には国有林の貸付対象者や貸付面積に関する規制を緩和する。

外国人医師による診察を解禁、医師不足解消に向けた第一歩

 仙北市のもう一つの注目点が観光地の診療所での外国人医師による診療の解禁だ。安倍首相は医療を「岩盤規制」の一つと位置づけて、その規制改革に取り組む姿勢を見せているが、医師会の根強い反対などもあり、なかなか具体的に進んでいない。外国人医師の診療解禁については、国家戦略特区に指定された大阪などで、高度先端医療を担う医療施設や国際医療拠点に限って規制緩和する方向性が示されている。

 仙北市では、玉川温泉での温泉療養に外国人観光客を呼び込むことで、医療ツーリズムを拡充させるほか、これを支える外国人医師の診察解禁を狙う。外国人医師による日本国内での診察行為は、医師法によって基本的には認められていない。この解禁には医師会などが強く抵抗している。

 外国人医師による診療所での診察解禁は外国人にのみ行うというのが入口。もっとも、仙北市の政策課題として掲げられているのは「医師不足の解消と医療体制の充実」で、外国人医師の診察解禁が、医師不足解消につながると読むこともできる内容になっている。仙北市を突破口に、全国の医療過疎地域に外国人医師招き入れることができるようにする可能性を狙っているとみることもできそうだ。

都市公園内の保育所設置や公設民営学校も可能に

 宮城県仙台市の取り組みで注目されるのが、保育分野と雇用分野。安倍内閣は女性の活躍を掲げて、保育所の待機児童ゼロを打ち出しているが、これを促進する役割を担う。女性や若者、シニアが社会的起業を行いやすい地域にすることで、「被災地からの新しい経済成長モデルを構築する」としている。

具体的には、地域限定保育士試験の実施を目指す。地域の実情に応じた試験制度を作ることで、保育士不足を解消する。仙台市で成功すれば、他の政令市に広がる可能性が高い。

 また、都市公園の中に保育所の設置を解禁する。すでに存在する公園を利用して保育所を建設すれば、土地の取得が不要になり、早期に建設が可能になる。待機児童解消の切り札になると期待する声が強い。社会的起業に関する雇用条件の弾力化なども行いたい考えだ。

 愛知県が取り組むのは、教育・雇用分野の規制改革を通じた人材育成と、農業分野の規制改革。教育では、これまでも政府が特区内で推進してきた「公設民営学校」などの積極的な活用を検討する。

 グローバル企業に対する雇用条件の整備や外国人受け入れのための在留資格の見直しも掲げる。愛知県はトヨタ自動車を頂点とする自動車産業の集積地で、今後もグローバル化への取り組みが不可欠になると見られている。また、地域に根差している外国人労働者に対応する制度整備も求められている。

もはや規制改革に抵抗できない自民党の地方組織

 安倍首相は就任以来、農業・医療・雇用を「岩盤規制」と指摘し、その改革に繰り返し強い意欲を示してきた。

 農業分野では農地の転貸の自由化などに向けて農業委員会の権限を自治体の首長に移す取り組みも国家戦略特区に指定した兵庫県養父市などで実施しつつある。最大の抵抗勢力だった農協全国組織の改革にも着手。JA全中全国農業協同組合中央会)の単位農協への監査権限を廃止する農協法改正案をすでに閣議決定した。

 医療分野では国家戦略特区内の国際医療拠点に限って、病床積み増しや外国人医師の診察、保険診療と保険が効かない診療を同時に行う「混合診療」の規制緩和などに取り組む姿勢を見せているが、なかなか進んでいない。労働組合や野党の反対が根強い労働規制の改革も思うように進まない。

 今回の地方創生特区でも、こうした「岩盤規制」に突破口を開けることが重視された。実際に指定された仙北や仙台、愛知の例をみても、こうした岩盤規制に関係する項目が多いことが分かる。

 こうした岩盤規制の改革に最も抵抗する勢力として力を持っているのは野党ではない。実は自民党内の議員たちだ。既得権を握っている団体などにつながっている議員は多く、規制改革に抵抗してきた。

 安倍首相が昨年末に解散総選挙に打って出たのも、アベノミクスを争点にして選挙戦を戦うことで、自民党内の候補者にアベノミクスを受け入れさせる「踏絵」の意味合いがあった。アベノミクスへの支持を訴えて当選した以上、安倍首相の改革路線に表立って反旗を翻すことは難しくなった。総選挙に圧勝したことで、安倍首相は党内反対派を封じ込めることができたのだ。

 もう一つの問題が自民党の地方組織だった。安倍氏を総裁に選んだ2012年秋の総裁選では、地方票は石破茂氏に回った。安倍氏が首相になって以降もアベノミクスへの抵抗は地方に根深いものがあった。旧来型の規制や予算配分に守られている地方の政治家にとってアベノミクスの規制改革は受け入れにくいものなのだ。

 だが、今回の統一地方選でも大半の議員がアベノミクスの成果を訴える手法で選挙戦を戦った。今回の統一地方選での自民党の圧勝は、アベノミクスへの信認を地方議員からも取り付ける意味合いがあったのである。「安倍政権への信任といっていい」といった声が首相周辺から上がったのはこうした背景があった。

 アベノミクスの第一の矢だった大胆な金融緩和の効果もいつまでも続くわけではない。二本目の矢とされた財政出動も人手不足による消化難が表面化している。株価が上昇し景況感も好転しているうちに、第三の矢である規制改革を進める必要がある。統一地方選に勝った安倍首相は、地域創生に向けて岩盤規制改革を一気に進めることになるに違いない。