安倍首相「株価頼み」は危ない!口先だけでなく岩盤規制に風穴を開けられなければアベノミクスは失速する

株価動向を強く意識した首相は何人もいました。蕪を手で持ち上げて「カブ上がれ」と言った小渕恵三首相が筆頭でしょうが、バブル崩壊で危機に直面した宮沢喜一首相や、リーマンショックに遭遇した麻生太郎首相もそうでした。そうした時に必ず出てくるのがPKOです。平和維持活動の原義をもじって、プライス・キーピング・オペレーション。公的資金での買い支えです。同時に大規模な公共事業を繰り出すのも特長でした。政府がカネをつぎ込めば、相場も意のまま。それが古い自民党首相の発想でしたが、いずれも完璧に失敗し、禍根だけを残したことは歴史が証明しています。いままた、PKOという言葉が兜町で聞かれるようになっています。これは何を意味するのでしょうか。現代ビジネスに原稿を書きました。→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/38024


安倍晋三首相は昨年末の12月30日、東京証券取引所大納会に出席した。利害得失がせめぎ合う“鉄火場”ともいえる兜町に首相が足を踏み入れるのは極めて異例で、大納会への出席は歴代首相で初めてのことだったと報じられた。しかも挨拶に立った首相は「来年もアベノミクスは買いだ」と、株式の買いを促すような発言までしていた。

 政策の決定権を握る政治家がマーケットに影響を与えるような発言をするのは禁じ手である。先物やオプションなど金融派生商品デリバティブ)が広がった現在のマーケットでは投資家のポジションは様々で、株価が上がれば必ずしも利益を得る人たちばかりではない。「株は買いだ」と直截的に言ったわけではないので、ギリギリセーフとも言えるが、見識が問われかねない発言だったことは間違いない。

 それほど安倍首相が焦っていると見ることもできる。自らが進めてきたアベノミクスへの期待が大きい分、目に見える成果を示さなければならない。特定秘密保護法の制定などが響き、内閣支持率が10ポイント近くも下落したことも大きい。

機関投資家の間でささやかれるPKO

 ところが、アベノミクスによる円安でも、輸出の伸びは思ったほどではなく、貿易赤字が拡大。公共工事の大盤振る舞いにもかかわらず、地方から「景気が好転した」という声は中々届かない。景気回復をけん引しているのは消費だけと言って過言ではない。大都市部の高額品消費が伸びているのだが、株高による「資産効果」が大きいと見られている。つまり、株高が続いてくれることこそが、アベノミクスの効果を着実に生み出すとも言えるのだ。アベノミクスは買いだと言って口先介入し株価を上げたくなる気持ちは分からないでもない。

 官邸に出入りする幹部官僚によると、首相周辺は株価をかなり意識している、という。アベノミクスの一環として年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の運用見直しが議論されているが、首相に近い政治家は「もっと日本株を買わせろ」と言っているらしい。バブル崩壊後の1992年頃にPKO(プライス・キーピング・オペレーション)という言葉が広がった。国連の平和維持活動をもじった言葉だったが、郵便貯金や簡易保険、公的年金国民年金や厚生年金)などの資金で株価を買い支える行為を指していた。

景気が焦点になると必ずと言ってよいほど、このPKOが浮上してくる。日本の金融破たんが続いた1998年頃もそうで、当時の小渕恵三首相は青果店の店頭で、「株上がれ」と言って野菜のカブを両手で持ち上げるパフォーマンスまでやってのけた。一方で、巨額の経済対策として公共事業を大幅に積み増した。結果は、株価は上がらず、政府の借金は大きく膨らんだ。

 2008年のリーマンショックの後にもPKOという言葉が兜町で繰り返し聞かれた。麻生太郎首相時代のことだ。麻生氏も当時過去最大の景気対策を実施して、公共事業などを拡大した。

 そして今、再びPKOという言葉が機関投資家の間でささやかれている。同時にアベノミクスの二本目の矢の「機動的な財政出動」として大幅に公共事業を積み増している。かつての自民党政権が繰り返してきたPKOと公共事業という手法が復活しているように見えるのだ。

 ただし、PKOと言っても、かつてのように株価下落を食い止めるのではなく、株価を上昇させる公的資金などの「買い」が入っているのではないか、と証券界の幹部は言う。

 「異次元の金融緩和」を実施中の日本銀行流動性の供給方法として様々な資産を買い入れている。それにはETF(上場投資信託)やJ−REIT不動産投資信託)なども含まれる。こうした金融商品を日銀に買わせれば、日経平均株価を上げることは十分に可能だというのだ。

アベノミクスを信じてない個人投資家

 安倍首相は昨年9月、ニューヨーク証券取引所で講演し、「Buy My Abenomics」と言ってのけた。世界の投資家に日本への投資を呼びかけたのだ。もちろん、単にアベノミクスは買いだ、と言ったわけではない。成長戦略によって「岩盤規制」に穴を開け、低収益構造を改革して日本企業の競争力を回復させるというアベノミクスの構図を語ったのだ。

 ロンドンで演説した際も、「最も大切なのは3本目の矢である成長戦略」だと述べた。しかも故マーガレット・サッチャー元首相の言葉を引用し、「TINA」だと強調した。TINAとは、There is no alternativeの頭文字。市場原理を働かせるほかに選択肢はない、という意味だ。

 トップの言葉に敏感な外国人投資家はそうした安倍首相の「約束」を信じたということだろう。2013年の1年間で外国人投資家は日本株を14兆円も買い越したのである。

 もちろん買った投資家がいれば、売った投資家もいる。売り手は日本の個人投資家が主体だった。「アベノミクスは買いだ」と兜町まで行って語ってみても、日本の個人投資家は冷めているということか。

 あるいは、日本人は言葉の約束を「口約束」と言って、当てにならないモノだと見切っているせいだろうか。安倍首相が言うアベノミクスの成果を今ひとつ信じ切っていないということだろう。

岩盤規制に風穴を開けられるのか

 上機嫌だった安倍首相の兜町訪問をよそに、年明けの日経平均株価は大きく下げて始まった。1月6日の大初会は382円安と大幅に下落した。大初会での下げは2008年以来6年ぶりである。果たしてこの1年の相場はどうなるのか。証券界や経済界には強気の声が溢れるが、株価が上昇を続けるにはいくつもの条件がある。

まずは、昨年買い続けてきた外国人投資家を失望させないか、だ。アベノミクスの3本目の矢である成長戦略に本気で取り組む姿勢を安倍首相が見せるかどうか。

「成長戦略の1丁目1番地は規制改革」と繰り返し述べてきた首相が、どれだけ既得権層とそれに連なる官僚機構が必至に守ろうとする岩盤規制に風穴を開けるか。規制改革の具体策を矢継ぎ早に打ち出さなければ、安倍首相の改革は「口だけ」だったのではないか、という失望が頭をもたげる。買い越した14兆円はいつでも売り浴びせの玉に変わる。

もう1つは国内の個人投資家アベノミクスの成果を実感させることができるかどうかだろう。ここでも具体的な規制緩和の進展や、既得権層への切り込みといった目に見える行動が不可欠だ。

さらに、安倍内閣は「経済最優先」でいくという姿勢を貫けるかどうか。年末の靖国神社参拝で、沈静化しつつあった中国や韓国との対立が再び顕在化している。東アジア各国の経済的なつながりは深いだけに、すぐに経済への影響が出る。

4月からの消費税率引き上げの影響は間違いなく大きい。この影響は政府の財政支出だけでは吸収できないだろう。それよりもアベノミクスの成長戦略による日本経済の構造転換への期待感が高まることの方が重要だ。

政権発足から1年が過ぎて、どんなプランを示すか、という段階はもはや過ぎた。どれだけ抵抗勢力と闘って具体的な行動を取るかに内外の投資家の目は向いている。

株価の上昇は結果であって、手段ではない。そこをはき違えると、安倍内閣も、安易なPKOに頼って瓦解した「古い自民党」の歴代内閣の二の舞にになりかねない。